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働く動機の5段階〜お金・承認・成長・共感・使命

投稿日:2014/04/11更新日:2019/04/09

「働く理由」として大事なもの3つを挙げよ

私がやっている研修プログラムのなかで『「働く理由」自問ワーク』というのがある。なぜ自分は働くのか、日々この仕事をやるのはどうしてか、をあらためて見つめる作業である。あまりにも単純で使い古された問いのように思えるが、実際、研修でこれをやってみると、各自がなにかずっと胸の奥底にくすぶらせていた固まりが一気に噴き出す感じで、皆が実に熱く語り出す。「人はパンのみに生きるのか?」という問いは、いまもって大きく深いテーマなのだ。

このワークに用いる自問シートは次のようになっている。まず左側に働く理由の選択候補をいくつか挙げてある。たとえば、

◆「働く理由」自問シート

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▼テキスト抜き出し
□ この仕事を行うことによって、生計が立てられるから
□ この仕事を行うことによって、自分は尊敬されたり、頼りにされたりするから
□ この仕事を行うこと自体が楽しいから
□ この仕事を行うことによって、自分を成長させることができるから
□ この仕事は、家族に誇れたり、家族が応援してくれているものであるから
□ この仕事を行うことによって、さまざまな人との出会いが生まれるから
□ この仕事を行うことによって、社会に影響を与えることができるから
□ この仕事を通じて、自分の生き方を表明したいから
□ この仕事を通じて、世の中に残したい何かがあるから
□ その他(              )

これらの理由リストのなかで当てはまるものにチェックを付けていき、それぞれの理由の大事さについて1~5の数値で重み付けをしていく。そして最後に、最も大事だと思う理由の上位3つを順に自分の言葉で書き出す。

さて、働く理由としてこの上位3つに入るものにどんなものがあるだろうか。私がさまざまな研修現場できいてみると、まずもって「生計を立てるため」、そして「自己を成長させていくため」「いろいろな人と出会うため」などが上位の常連となる。

ではもっと限定して、受講者が働く理由のトップ1に挙げるものは何なのか。これは実施する研修の対象企業、受講者の年次によって多少差が出るが、おおよそ、「お金」を挙げる人が50%、そして「非お金」(=成長や出会いや志の実現など)を挙げる人が50%となっている。働く理由のトップ1に「非お金」を挙げる人は、実は少なからずいるのだ。

もとより、働く理由のトップ1に「お金」を挙げるのが低次であるとか、「非お金」を挙げるから高尚であるという話ではない。お金は大事であるし、不当に安い給料で満足するものでもない。今の時代、経済難はさまざまな形で自分に起こってくるものだから、お金を第一に考えるのは当然のことだ。

「お金を得ることは働く目的か?」にどう答えるか

そこで私はさらに下の問いを受講者に投げかけ、討論してもらう。

【問い】
あなたにとって、お金を得ることは働く目的か?
あなたの担当事業(あるいは会社)にとって、利益獲得は事業の目的か?

もちろんこの問いに対する絶対の正解はない。実際、各グループの発表をきいても、おおかた「統一の結論にまとまりませんでした」となる。ちなみに私のほうからは、ある2つの考え方を提示する。まず1つめは、ピーター・ドラッカーの次の見方だ。

「事業体とは何かを問われると、たいていの企業人は利益を得るための組織と答える。たいていの経済学者も同じように答える。この答えは間違いだけではない。的外れである。利益が重要でないということではない。利益は企業や事業の目的ではなく、条件である」。  ───『現代の経営』より

ドラッカーは、企業や事業の真の目的は社会貢献であると他の箇所で述べている。その真の目的を成すための「条件」として利益が必要だと、言及しているのである。

金(カネ)は経済の世界では言ってみれば血液のようなものである。人間の体は、血液が常に良好に流れてこそ健康を維持でき、さまざまな活動が可能になる。ただ、だからといって、血のために私たち人間は生きるのだろうか? 「血をつくるために、日夜がんばって生きています!」という生き方はどこかヘンだ。やはり人間の活動として大事なことは、その身体を使って何を成すかである。血は、肉体を維持するための条件であって、目的にはならない。そう考えると、利益追求が企業にとっての目的ではなく、条件であるとするドラッカーの指摘は説得力がある。
───これが1つのとらえ方である。

次はこの2人の言葉である。
「本質的には利益というものは企業の使命達成に対する報酬としてこれをみなくてはならない」。
───松下幸之助『実践経営哲学』

「徳は本なり、財は末なり」。「成功や失敗のごときは、ただ丹精した人の身に残る糟粕のようなものである」。 ───渋沢栄一『論語と算盤』

松下幸之助は、事業家・産業人として『水道哲学』というものを強く心に抱いていた。それは、蛇口をひねれば安価な水が豊富に出てくるように、世の中に良質で安価な物資・製品を潤沢に送り出したいという想いである。松下にとって事業の主目的は、物資を通して人びとの暮らしを豊かにさせることであり、副次的な目的は雇用の創出だった。そして、そうした目的(松下は“使命”と言っているが)を果たした結果、残ったものが利益であり、それを報酬としていただくという考え方だった。

一方、明治・大正期の事業家で日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は、財は末に来るもの、あるいは糟粕(編集部注:そうはく、酒のしぼりかす)のようなものであると言った。仁義道徳に基づく行為こそが目的であり、その過程における努力が大事であって、そこからもたらされる財には固執するな、無頓着なくらいでよろしいというのが、渋沢の思想である。渋沢は、その活躍ぶりからすれば、「渋沢財閥」をつくり巨万の富を得ることもできたのだろうが、「私利を追わず公益を図る」という信念のもと、蓄財には生涯興味を持たなかった。いずれにせよ、お金・利益を「結果的に生まれる恵み」とするのも一つのとらえ方である。

建物と地盤

私もこれら3人が指摘したように、「条件」あるいは「結果的な恵み」としてのお金・利益を強く意識している。その解釈イメージを促すために、私は受講者に「建物と地盤」のメタファーを提示する。すなわち、自分たちが働く目的はあくまで何かの建物をこしらえて、さまざまな人に使ってもらうことである。だが、その建物は地盤がしっかりしていないと建たない。お金を得ること、利益を獲得することは、言ってみれば地盤づくりに当たる。

もしその建物が多くの人に利用してもらい役に立てば、その結果の恵みとして、お金が得られることになる。その利益でさらに地盤を固め、土地を大きくしていけば、さらに複雑で大きな建物が建てられる。自己の能力を証明し、人に役立っていくのはあくまで建物を通じてであり、どんなものを建造していくかこそが働く目的となる。地盤づくり自体は目的にはならない(なったとしても、副次的な目的に留まる)。

私は、仕事とは突き詰めれば、能力と想いを掛け合わせて行う「表現活動」だと考えている。お金や利益はその「表現活動」を可能にしたり、発展させたりする機能として効いてくるものだ。だから、お金は血液であり、地盤であるのだ。

働く動機の5段階

働く理由・目的についてさらに考察を深めたい。私は「働く動機」を5段階に整理している。それを表したのが下図である。

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[段階I]金銭的動機
動機の一番土台にくるのが「金銭的」動機である。そこには「生きていかねばという自分」がいて、誰しも懸命に働こうとするのである。金銭を動機として働くことが必ずしも卑しいということではない。「食っていくためにはお金がいる。だからきちんと働いてお金を得、生活を立てていこう」とする姿はむしろ尊い。金銭的動機は、個人を労働に向かわせ、社会の規律や秩序を守るための土台として機能する大事なものだ。ただ、金銭的動機は、「外発的」であり、「利己的」である。

[段階II]承認的動機
誰しも他から自分の存在を認められたり、能力を評価してもらったりしたいと思う。そこにはたらくのが「承認的」動機である。仕事でうれしかったことをアンケートすると、「上司から褒められた/難しい仕事を任された」「お客様からありがとうを言われた」「ネットに発表した記事が多くに読まれた」など、承認・評価にかかわることが多く出てくる。ソーシャルメディア『フェースブック』の「いいね!」ボタンも、いわばこの承認的動機を刺激するものの一つである。ただし、この動機もどちらかというと「外発的」「利己的」の部類である。

[段階III]成長的動機
仕事をやるほどに自分の能力が伸びていく、深まっていく、となればもっとその仕事をやってみたくなる。それはその仕事が「成長的」動機を喚起しているからだ。この場合、仕事そのもののなかに動機を見出しているので、「内発的動機」となる。だが、いまだ「利己的」ではある。

[段階IV]共感的動機
仕事や働くことは、一人では完結しない。何かしら他者や社会とつながりを持つものである。II段階目の「承認」より、もっと相互に、積極的に、質的に他者と結びつくことで、やる気が起こってくるのが「共感的」動機である。

自分のやっていることが他者と共感できる、他者に影響を与えることができる、社会に共鳴の渦をつくることができる、そうした手応えは強力な力を内面から湧き起こす。この段階から「利他的」な動機へと変容してくる。

[段階V]使命的動機
自分が見出した「おおいなる意味」を満たすために、文字通り、“命を使って”まで没頭したい何かがあるとき、それは「使命的」動機を抱いている状態であるといえる。夢や志、究めたい道、社会的な意義をもったライフワークなどに一途に向かっている人はこの段階にある。

ちなみに、使命的動機が段階Vとして一番上に置かれているのは、その動機を抱くことが最も難しいからである。動機を抱く難度が階段の高さを示していると考えてほしい。逆に言えば、金銭的動機(段階I)は生存欲求からの動機で、最も容易に起こることから一番下に来ているわけだ。

動機を重層的に持つこと

ここから最後の重要な点に入っていく。動機の持ち方として望ましいのは、これら5段階ある動機を重層的に持つことである。動機を重層的に持っていれば、仮に一つの動機が失われても、他の動機がカバーしてくれることとなり、働く意欲は持続される。また、動機どうしが相互に影響し合い、統合的に動機が深まりを増すことも起こるからだ。

お金を儲けたいという動機は抱いてもいっこうにかまわない。ただその動機の層だけに閉じこもってしまうと、どうしても利己心・我欲といったものが肥大化して、問題を引き起こす危険性が高くなる。だからこそ、他の動機も重層的に持つことだ。そうすることで、お金に対する不健全な執着から解放されるし、また複合的に湧いてくるエネルギーで長く強く働くことができる。

もちろん私は、働く動機を重層的に持つための内省ワークを研修のなかでやる。そのときに方向は2つある。1つは動機の段階を上げていく方向。つまり動機難度の低いほうから高いほうへと内省を促していくやり方だ。たとえば、「その仕事によってどんな成長が得られますか?あるいは、現状の仕事をどんなふうに変えていけば、自分の成長が起こるようになりますか?」といった段階IIIの動機を喚起させる問いを投げる。次に、「その仕事を通じてどんな人たちとつながることができるのでしょう?」や「あなたは一職業人として何の価値を世の中に提供する存在ですか?」といった具合に段階IV、段階Vの問いに上げていく。こうした自問を通して、自分の担当仕事に「非お金」的な動機を重層的に持たせていくわけである。

使命的動機の「シャワー効果」

もう1つの方向は、いきなり段階Vの動機を見つめさせるやり方である。これは具体的には、段階Vの使命的動機に生きた特定の人物をロールモデルとして取り上げ、「おおいなる意味」のもとに仕事を成し遂げる人間がいかに自己を強く開いていけるかを学び取るものである。考察していけばわかるのだが、ひとたび使命的なテーマを見出し、そこに没入していくとどうなるか───

・そのテーマに共鳴する同志との出会いが生まれ深いつながりができる。
(→動機IVが喚起され、満たされる)
・そのテーマを成し遂げるための能力発揮・能力習得・能力再編成が起こる。
(→動機IIIが喚起され、満たされる)
・そのテーマの仕事がやがて人びとの耳目を集め出す。
(→動機IIが喚起され、満たされる)
・気がつくと必要なお金が得られていた。あるいは回り出していた。
(→動機Iが満たされる)

そう、つまり、段階Vの動機をしっかり抱いて懸命に動けば、他の動機は自然と上から順に喚起され、満たされるのだ。私はこれを、使命的動機の「シャワー効果」と呼んでいる。

これを読んでいる人のなかには、「ともかく自分は正社員の職を得て、生活をやりくりしていくのに精一杯だ。志や使命を描くなど程遠い」と漏らす状況があるかもしれない。しかし、志を立てるのに何のコストがかかるというのだろう。想い描くことは、誰でも、いま、この場で、タダでできることなのだ。想い描くことをしないかぎり、「食うためだけの仕事」という強力な重力に縛り付けられたままになる。

最後に。「人はパンのみに生きるのか?」という問いに対し、私はこう答えるようにしている。
─「人は志にこそ生きる。おおいにもがくことになるが、そこでパンを食いそびれることはない」。

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