初稿執筆日:2013年10月18日
第二稿執筆日:2015年10月20日
現在、日本全体で医療に使われる国民医療費は、41.8兆円である。厚労省の推計では医療費が2025年には54兆円にまで増加することは、以前指摘した通りだ。この数字は、今の仕組みを維持したままでは日本の医療保険財政が破綻することを示している。だからこそ、100の行動35(厚生労働1)では、国民が医療サービスをなるべく使わなくても済むインセンティブを制度に組み入れるための「行動」を提言した。
これまでの政府による医療制度改革の議論は、高齢化に伴う医療サービスの需要増大や医療費の増大を当たり前のものとして、「だから保険料を上げなければならない」「だから消費税を上げなければならない」「だから医療や介護の施設を増やさなければならない」といった方向の議論に留まってしまっているのではないか。そうではなく、「私たちが健康で安く長く生きるために医療制度をどう変えることができるか」という視点が重要だ。
1. 株式会社の参入を認め、混合診療も完全自由化せよ!
数年前まで、公立病院を中心に赤字経営に陥り、診療科の休止や病院の統廃合などで医療崩壊が叫ばれていた。これに対して、政府は病院医療への診療報酬のプラス改定によって対応し、今では医療崩壊といったニュースを見ることはあまりなくなった。
しかし、病院の赤字経営や非効率な経営は、果たして診療報酬が低いからという理由だけによるものだったのだろうか。むしろ、放漫経営から来る問題が多いのではないだろうか。
医師は、医学や病気の治療に関してはプロだが、病院経営やマネジメント、組織論やITなどについては当然ながらほとんどの場合は素人だ。経営の素人である医師が専門外の病院経営をしていては、非効率な経営や赤字経営、病院での過酷な労働環境などを生み出してしまう。しかしながら、今の医療法では、医療法人の理事長には医師がつかなければならないことになっている。病院経営も経営であり、経営は経営のプロが担うほうが効率的だ。医療法人の理事長を医師に限定する規制は撤廃すべきだろう。
また、営利企業である株式会社が医療法人を経営することは禁止されているが、増資による資本拡充の自由度を増やしたり、合併による経営の規模化を図り、経営を安定させたりするには、株式会社の方が有利である。株式会社の参入も認めるべきであろう。加えて、混合診療に関しても、完全自由化することで、患者のニーズに合った医療サービスを病院が提供できるように制度を変えるべきであろう。
日本は諸外国に比べて人口当たり病床数が多い一方で、特別養護老人ホームなどの社会福祉法人の数は足りず、多くの入居希望者が待機させられている。今後の高齢化社会の進展で、医療と介護の境界はますます無くなっていくだろう。そのニーズに対応するためにも、医療法人に加えて社会福祉法人も規制緩和を行い、両者を一体的に経営できるよう制度を見直すべきであろう。
株式会社の参入を許し、病院、高齢者住宅、介護施設、在宅医療、訪問介護などの医療・介護サービスを一体となって経営できる制度にすれば、病院等の経営の安定化に資するはずだ。
2. 医療のIT化を徹底的に進め、マイナンバーとも連携させよ!
今や、医療の質を上げるためにITの力を借りることは当然という時代だろう。レセプト(診療報酬請求書)のオンライン化に関しては、ここ数年で大いに進んでおり、評価すべきだ。2011年度から、一部の例外(医師が高齢である等)を除いてすべての医療機関でオンラインによるレセプトの請求が義務づけられることになり、全体の88.7%が電子化されている(2011年5月請求分)。内訳は、病院で99.6%、診療所で91.3%、歯科で37.8%、調剤薬局で99.9%だ。
レセプトのオンライン化の主目的は、1カ月に3600万件以上といわれるレセプトを電子的に審査・処理することによる業務の効率化だが、同時に、膨大な医療情報を電子的に活用できるビックデータとなるのは当然だ。次は、せっかく国が保有するそのビッグデータをどう活用するかだ。特に予防・健康維持のために、膨大な医療情報のビックデータを活用するプラットフォームを政府が整備することが望ましい。
2013年9月12日の日経新聞の記事によれば、「総務省と厚生労働省は2014年度から、ビッグデータを活用して病気の予防に役立てる医療システム作りに乗り出す。数百万人分の健康診断結果や日々の運動量などをまとめて統計処理し、生活習慣と病気の関係を予測して一人ひとりに適切な健康指導をする。」という。
従来の健康指導は企業や健保組合が患者に簡単な助言をする程度で、病気の予防効果は低かったのが実態だ。同記事によれば、「どのような体質の人が何歳でどういった病気にかかったかという傾向をつかみ、健康指導に生かす。運動習慣と健診データから「5年以内に糖尿病を患う確率が10~20%」などというように示すことができれば、体質改善の動機づけになる。」という。
医療ビッグデータのプラットフォーム作りを政府が進めることを大いに期待したい。
さらに、2016年から運用が開始されるマイナンバーと連携させれば、個人個人の医療・健康データを効果的に活用できる環境を整備するとともに、医療ビッグデータの最大限の活用が可能となるはずだ。
2015年の法改正によって、2018年度から段階的にマイナンバーを医療情報とリンクさせることが可能となっている。カルテやレセプトなどの医療情報にマイナンバーを連動させれば、医者が個人の診療結果や処方薬の情報を共有できるようにして、二重投薬や二重検査を避けることができる。それらがなくなれば、1兆円を上回る医療費の削減効果があるとも言われている。医者や介護事業者が在宅医療を受ける高齢者の情報を簡単に共有できれば、効果的な医療計画を立てることも可能となるだろう。
マイナンバーとの連携で集約できる病気や治療に関する医療情報は匿名にして、ビッグデータとして活用することが可能だ。治験結果などを製薬企業や大学に開放して活用することで、検査や投薬の効果を検証して医療費削減につながることが期待される。
こうしたマイナンバーとの連動を可能にするには、カルテの電子化が必要だ。しかし、電子カルテを導入している400床以上の一般病院は2011年度で57%にとどまるという。政府は平成20年度に90%に拡大する目標を立てているが、マイナンバーとの連動の観点からも医療のIT化を徹底的に進めることが必要だ。
3. 医師の数を増やすよりも患者の数を減らせ!
医師不足が叫ばれて久しい。病院の勤務医の勤務形態は確かに過酷であり、そのために医師が都市部の病院に偏在する地域偏在や、産科や小児科のなり手が少ない診療科間偏在が問題になっているのは確かだ。
しかし、人口千人あたり臨床医師数は、国際比較すると、アメリカの2.4人、イギリスの2.7人に比べ、日本はが2.2人であり、を確かに下回ってはいるが際立ってはいない。
OECDのデータでその他の数字を比較すると、
(出典)OECD Health Data2012
日本は平均在院日数と外来受診回数が突出していることがわかる。つまり、日本は医師の数が少ないのではなく、患者の数が多いのだ。
確かに、医療従事者の人材確保は重要であり、政府の行っているような医学部の定員増加に加え、看護士が担う医療行為を増やすことによる医師の負担軽減、また、診療報酬改定による、診療科間の偏在是正を誘導することも必要だろう。しかし、医師不足という問題に関しては、発想を転換して、患者の数を減らすための施策にもっと重点を置くべきだ。つまり、なるべく病院に行く人を減らすための施策だ。
それには、第1に、4.で提言する予防・健康ケア医療への転換が必要だ。
第2に、金銭的な誘導だ。100の行動35(厚生労働1)で提言した、患者の自己負担比率を一律3割にすることに加えて、政府が検討しているように、紹介状なく大病院にかかる人に初診料1万円の定額負担を課すといった施策で患者の分散を促すことも必要だろう。加えて、入院日数の制限も検討するべきだ。
第3に、在宅医療の充実だ。病院にかかる患者をできるだけなくし、在宅での医療サービスを充実させるのだ。実際、グロービスの卒業生で、経営学を武器に名古屋で在宅医療のクリニックを立ち上げ、介護、福祉と連携して最高の在宅医療サービスを提供している事例がある。
この三つ葉在宅クリニックでは、ITを駆使して医師の事務作業負担を大きく低減させたり、患者の症状、処方、往診記録だけでなく、性格など主治医しか知りえない暗黙知までITで“見える化”し、同僚医師、看護師、ヘルパーと共有することで情報格差を無くしたりしてチーム医療を実現している。同クリニックにおいては、患者の三分の一が末期癌の患者だという。まさに終末医療を病院ではなく、在宅で行っている実例だ。
私たちが直面する少産多死時代においては、老後の長期化が一般的になり、病気を治すだけでなく、病気をうまくマネージすることが必要になってくる。そういった時代に患者のQOL(Quality of Life)を考えれば、病院に長く入院する医療スタイルではなく、治療から健康ケアへ、病院から地域/在宅へ転換する資源配分が必要なのだ。そうすれば、「病院で医師が足りない」という問題も解決に向かうはずだ。
4. 予防・健康のケアのインセンティブを制度に組み入れよ!
今の日本の医療がトラブルシューティング型の医療であることは以前指摘した。私たちは基本的に病気や怪我をして初めて病院にいく。病院は、病人やけが人の行く所であり、病気になるのを待たないと医療は始まらない。それが常識となっており、予防や健康のケアは基本的には医療行為の対象とならないのだ。
だから、若い頃に暴飲暴食をして健康管理をして来なかったがために高齢になって生活習慣病になった人たちの膨大な治療費を、国民健康保険という仕組みで健康な人が肩代わりさせられている構造が生まれてしまう。もちろん、しっかり健康をケアして来た人が不運にも病気やけがに襲われることもある。しかし、予防と健康のケアが医療のメニューに入っていないために医療費の増大に歯止めがかからない構造は変える必要があろう。
医療の達成すべき本当のゴールは、病気の治療ではなく、健康の維持だろう。本当に私たちが健康で「安く」「長く」生きることができる社会にするためには、医療のメニューに予防・健康ケアを組み入れ、医療機関や国民や企業に、健康でいることへのインセンティブを与えることが第1だ。
糖尿病性腎症などをはじめとする腎疾患治療のための人工透析には年間1.5兆円がかかっている。生活習慣病を中心とした管理可能な疾患を社会全体でマネージできれば、国民医療費の大幅な削減も可能だろう。糖尿病、骨粗鬆症、高血圧、慢性心不全、ぜんそく、COPD、脂質異常症、などの疾患は、すべて管理可能か、管理する余地が多く残されている疾患だという。それらの病気を対象に、医療機関には、患者の予防と健康維持へのインセンティブを診療報酬で与える。つまり、予防等に役立つ施術を診療報酬のメニューに入れるのだ。
国民にも、健康を維持している人に対して、国民健康保険料が下がる等のインセンティブを与え、逆に健康ケアを怠る人には、保険料の増額等のペネルティを与える。国民健康保険の保険料の支払者である企業においても、健診をサボタージュしたり、健康のケアを怠っている社員には報酬上のペナルティーを与えたりする、という仕組みを検討してもよいだろう。
5. 一般医薬品のインターネット販売を全面解禁!同時に、薬学管理料を撤廃し、医薬品流通を促進せよ!
治療から健康ケアへ、病院から地域/在宅への転換という観点から、私たちの医薬品へのアクセスを容易にし、私たちが病院に行かずに、自ら健康管理できるようにすることは重要だ。
第1に、一般医薬品のインターネット販売を全面解禁すべきことは当然と言える。
薬のネット販売解禁に関しては、政府の規制改革会議や産業競争力会議で、2013年の6月に一般医薬品のインターネット販売解禁を決めたにも関わらず、いまだに、鎮痛剤の「ロキソニンS」などの主要な売れ筋の医薬品28品目を例外品目にすべきだといった反発や、インターネット販売にのみ新たな販売ルールを設けたり、行政が監視するためのテレビ電話の設置を義務づける案まで出て来ていた。
安全性は確保する必要があるが、インターネット販売解禁を実質骨抜きにしようとする動きは、既得権益を持つ業界による反発にすぎない。政府は一般医薬品に関しては、適正な販売手続きをルール化した上で、例外なくインターネット販売を解禁すべきだ。
この一般医薬品のインターネット販売解禁に関しては、薬事法が改正され、2014年6月から解禁された。しかし、上述のロキソニンSなどは、「要指導医薬品」という新たな区分に位置づけられ、インターネット販売が禁止されたままだ。引き続き不断の規制改革が必要だ。
第2に、調剤薬品に関しても、患者へのアクセスを阻んでいるものがある。薬学管理料がそれだ。これは、調剤薬局における薬剤服用歴管理指導に支払われる診療報酬で、処方箋1枚の調剤につき300円が支払われる。
300円といっても、年間の処方箋の総数は7億枚以上だから、単純計算でもこれだけで2100億円以上が支払われていることになる。薬学服用歴管理指導とは何かと言えば、単に調剤の内容を記録し、患者に情報提供する作業だ。
レセプトがオンライン化された現在では、その作業負荷はほぼコストゼロに近い。薬学管理は患者が不要といえば薬局は拒めないらしいのだが、調剤薬局でそういった確認が行われることは稀だ。むしろ、医薬品を扱っている以上、記録を保管しておくのは薬局の義務であり、その作業に年間2100億円以上のお金を支払っているというのは、おかしい。
そういった既得権益のような仕組みも排除して、私たちがより容易に安価に医薬品を入手できるようにすべきだ。
こうしてみると、日本全体で医療に使われる国民医療費は、41.8兆円であるが、半分とは言わないが、2、3割は削減する余地がある。しかも、上述の改革により、より健康になれ、より効率的な病院経営が行うことができ、予防や健康のケアも行えるようになる。
上述の問題点を一つひとつ改善する行動を地道に実施することにより、確実に日本の医療の問題点は、解決できよう。まさに、「ニッポン未来会議」ではないが、「ニッポンの医療の未来を決めるのは、あなたたちだー!」なのである。