自然資本を適切に評価するこれからの経営とは 

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災害、病気、ともに不足する「予防」の意識

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12月になり、2012年に亡くなった方々を振り返る報道が増えています。また、享年わずか57歳という中村勘三郎さんの訃報や、雨上がり決死隊・宮迫博之さん(42)の胃がん告白など、あらゆるメディアが取り上げた情報に接する中で、「死」や「病気」について我がことのように受け止め、考えた方も多いのではないでしょうか。

話は、飛躍しますが、前回記事の執筆後、僕は仙台で行われた「TEDxSendai」に行っていました。これは10月9日から14日にかけて行われた世界銀行と国際通貨基金(IMF)の年次総会に合わせ開催されたもので、会の主体を務めた世界銀行が「災害に強い世界」を描くことをテーマに掲げたことから、東日本大震災のあった宮城県・仙台市が開催地として選ばれものです。

今回は、この2つ・・・自然環境における「災害」と僕たち人間における「病気」に実は共通する本質的な要素から説き起こしていきたいと思います。それは、「予防」の計画とそれにかけるコストが極端に少ない、ということです。

僕もTEDxで知ったのですが、世界の自然災害に対するコストは900億ドルといわれているそうです。世界中で増えている災害を見ていても、それは今後もますます増えていくことが予測されますが、このコストのうち、どの程度が防災にあてがわれているか、ご存知でしょうか?答えは、わずか3.6パーセントだそうです。残りは事後の災害が起きた際の緊急対応費として使われているものです。自然災害は今後もますます増えることが予測されていますが、この比率の傾向に今日現在、大きな変化は見られません。

そう。これは、人間の病気に対する向き合い方に似ています。前出の宮迫さんは精密検査で胃がんを早期発見できたそうですが、多くの場合、人は具合が悪いと自覚してから、病院なり検査へ足を運ぶのではないでしょうか?病気になってから病院へ行く。それは災害が起きてからそれを修復するのと似ています。

会社の経営でも同じことが言えそうです。たとえば、不祥事における対応はいつも後手です。経営のマニュアルや研修でも「何か起きたときにどう対処するか」は指示されますが、「起こさないためにどうするか」という内容についてはあまり評価されません。

しかし、本当に大切なのは何か?それは問題が起こったときに対策を講じるのではなく、事前に予防することではないかと思います。このことは、人間であろうが、組織、自然環境であろうが、等しく言えることと僕は考えています。

先述のTEDxSendaiで、世界銀行のシニアコミュニケーションオフィサーMaya Brahmamさんは2010年にハイチ共和国で起こったハイチ地震を引き合いに出し、「この地震はマグニチュード7.0でした。被害は甚大で、復興は今もままなりません。大統領府や国会議事堂をはじめとする多くの建物が倒壊、死者は30万人を超えました。一方、東日本大震災は、これよりも強いマグニチュード9.0でしたが、建物の多くは残りました。このウェスティン仙台(筆者注:TEDxSendaiは仙台駅近くのウェスティン仙台で行われた。当該ビルは最新の免震構造を導入しており、震災以降、使用技術に関する解説を展示している)もそうです)ということを話されました。ハイチの被害は、長年不安定な政権が続き、建物の手抜き工事が多かったことも背景にあると言われており、その点を強調したかったのかもしれませんが、いずれにせよ彼女の発言は、「予防をしておくことの大切さ」を世界に伝えることとなったのです。

自然資本の評価は生態系をホーリスティックに捉えることから始まる

前回まで、自然資本(ナチュラル・キャピタル)という言葉が何を指すのかということ、そしてそれが企業経営や人の生活にどのような影響を及ぼすかということについて書いてきました。自然資本は土壌・大気・水・植物、動物などにより構成され、人の生活はそれらに起因する生態系サービスにより成立していること。つまり、我々の豊かさは金融資本や社会資本のみで成り立っているわけではなく、であればこそ、企業としてもこれ(自然資本)を時価総額を変動させる要素として明確に意識し、依存度を質的・量的に適切に測り、開示していくべき、という考え方です。立脚するのは、私たちが標ぼうする「グリーンエコノミー」は単に「環境にやさしい経済を目指す」などという生易しいものではなく、もはや人類の存続をかけたものというスタンスであるということです。

では自然資本は具体的にはどのように価値評価すればよいのでしょうか。これまで金融機関は自然資本に関するリスクとビジネス機会の理解や考慮が不十分であり、ゆえに自然資本を適切に価値評価できていなかったということは前回にも言及しました。

一つの重要な発想は、自然資本を見る場合には、単に表出している物質や現象のみに着眼するのではなく、背景に存在するシステムごと理解する必要がある、ということです。人間を見る際にも、痛みの発生している器官を直接、観察する西洋医学的な手法から、原因をよりホーリスティック(全体的)に捉え、根本治癒させる東洋医学的な発想に再度、注目が集まっていますが、これと同様、自然資本を把握する場合にも、部分的に見るのではなく、全体を見る必要があります。今まで「ただそこにある」と思われていた自然環境や生態系に価値を求める自然資本の考え方は、点で見るだけでは理解しづらいことも生まれるのです。

たとえば、水の問題。

人間が生活するために必要な水は無限に川を流れているわけではありません。豊かな森林のおかげです。木は水を貯蔵し、ゆっくり川へと流してくれます。背景の森林が、もしなくなってしまうと、雨で降った水が土砂崩れの原因になったり、土壌に水が貯水されることもないので水不足に陥ることとなります。

「世界の淡水の70%近くは雪と氷のかたちで存在している。残りはほとんどが地下にあるが、くみ上げられる地下水の量は自然の供給量よりもはるかに多い。私たちが利用する水の3分の2は農業に使われている。毎年8300万人のペースで世界人口が増え続けている今、水の利用法を変えない限り需要も増加の一途をたどる」(『ナショナルジオグラフィック』2010年4月号「水 限りある資源」より)

記事は、水の使用について振り返ることはもちろん、安定した水を確保するためになにが必要か、あらためて考える重要性を示唆しています。

これについて、世界が注目した動きは、意外にもニューヨークからでした。

ニューヨーク市民の水を支えるのはキャッツキル・デラウェア川。この水源流域ではいま、市民の水を支えることを目的に熱心な環境保全が行われています。水源の環境を守ることが、市民への水の供給を安定化させることにつながると考えられたからです。水源地の森林管理は世界でも珍しいことですが、自然資本を考慮した社会のわかりやすい事例になっています。

このように生態系を一つのインフラと考え、その維持に費用を支払う考え方を「Payment for Ecosystem Service(PES)」と言います。キャッツキル・デラウェア川の例でいうと水源の環境を守るために税金を使っているということです。

「予防」の域を越え、「投資」の発想へ

キャッツキル・デラウェア川の事例は、行政のコミットメントを示すものですが、これはそのまま企業経営や個人の生活にも置き換えて考えられます。

わかりやすい例は「カーボン・オフセット」の概念でしょう。ご存じの方も多いと思いますが、これは、人間の生活を通して排出された二酸化炭素を森林の保護やクリーンエネルギー事業などによって吸収しようという考え方です。つまり、出してしまった二酸化炭素を他の方法で相殺させようという考えですね。京都議定書でもカーボン・オフセットについては詳しく話されており、その必要性が認められています。ここに費用を支払うのは個人や企業の場合もありますし、もちろん国の場合もあり、その場合は税金が使用されます。

日本でもベストセラーになった『ワーク・シフト 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>』(プレジデント社)の中で、著者でロンドンビジネススクール教授のLynda Grattonさんは、次のような物語形式で未来を予言しています。

「(バーチャル秘書の)アルフィーはジルの二酸化炭素排出量もチェックし、設定された上限に排出量が近づくと警告を発する。とくに、交通手段の利用による二酸化炭素排出量で「予算オーバー」にならないように注意を払う」

つまり、私たちが迎える未来では、個人の移動に関しても二酸化炭素の排出量によって細かく制限される可能性があるということを示唆しているのです。個人にあてがわれた排出量の限度を超えれば移動ができなくなる。海外旅行や出張も同様です。そのような制限下、オンラインのコミュニティやバーチャルな世界が普及していく可能性がいっそう高まるとも同書では記しています(移動に膨大なコストがかかれば、そうなるのは自明です)。

ここでのポイントは、「カーボン・オフセット」の概念にはさらに、「投資」の発想も含まれるということでしょう。人が生態系に依存する度合いと、これを守るため、再構築するためにかかってくる費用とを比較検討することで、先行的に布石を打つことが可能になります。これが(これもよく知られるところの)排出権取引の概念の一要素となります。

未来の話はピンと来ない方のために、現在の話に戻しましょう。国連環境計画(UNEP)が2010年に発表した機関紙「Our Planet」によると生態系は72兆ドル相当にもおよぶ必要不可欠なサービスを人間に提供していると考えられています。この数字の大きさにも環境保全の重要性を思い知らされます。UNEPが発表している具体的な事例をいくつか紹介しましょう。

・ベトナムでは12000ヘクタールのマングローブの植林と保全に100万ドルの資金が必要だったが、結果年間700万ドルを超える堤防整備費が不要になった。
・グアテマラのマヤ生物園保護区への保全活動は7000件の雇用を生み出した。
・ケニアのマウ複合林がもたらすメリットは飲料水の確保、水力発電、炭素貯留そして観光産業などだが、これはケニア経済だけで年間15億ドルにもなる。

ざっと事例を拾い上げただけですが、これらを見るだけでも環境に投資することで具体的に生活や経済に結びつくということがわかります。

未来のビジネスは社会的公正を増加させる

UNEPが以前にグリーンエコノミーについてのレポート『TOWARDS A GREEN ECONOMY』をだしているのですが、その編集にも携わったPavan Scdev博士が最近出版した『CORPORATION 2020』という本があります。これからの企業のあり方について語られた本書の中で博士は、「地球は10年、待ってくれるかもしれません。でも、2050年や2100年まで待つことは無理なのです」と資源の限界を述べ、自然をコストとして換算するビジネスをこれからのビジネスとして提案しています。

本書では未来のビジネスは社会的公正を増加させ、環境の危機を減少させる、そして利益は生み出すものとも書かれています。また、そのための必要なキーとして、広告に責任を持たせることが挙げられています。企業は広告で嘘をつかず、消費者も嘘を見逃さない。ビジネスの現場と消費者を正しくつないでいくことが大切なのでしょう。

奇しくも2012年のカンヌ国際広告祭フィルム部門のグランプリは、メキシコ料理のファストフードチェーンが掲げるサスティナブルな食のあり方の重要性を説いたCMでした。同CMは、今年新設されたブランデッドコンテンツ&エンターテインメント部門、フィルムクラフト部門も同時グランプリ受賞です。クリエイティブ側も、感じ取っているのです。この先の流れを。

また、財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)は、資源の利活用効率の大幅な向上と現状システムの改善がなくては持続可能な社会を目指せないと、11月2日に東京で開催した公開セミナーで発言しています。

つまり、社会の生産と消費のあり方を根本的に変革する必要があり、新たな政策が必要だということです。この発表によると各国はただちにグリーンエコノミーおよび、資源抑制へのインフラ整備を含む大規模な投資を開始することが必要だということです。

読者のみなさんも世界の流れが変わってきていることを感じるのではないでしょうか。一部の人のみが気にしていると思われていた環境問題は誰にでも関係する問題なのです。

■記事協力:地球サミット2012Japan

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