自然資本を考える経済へのシフト——新たな豊かさの基盤を求めて 

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9月18日、ブルームバーグが、米ハーバード大学の新卒者の年収がサウスダコタ鉱業技術大を下回ったと報じました。サウスダコタ鉱業技術大の2012年の卒業生の年収の中央値が5万6700ドルであるのに対し、ハーバード大のそれは5万4100ドル。背景には、需要急増による商品の強気相場と、新規鉱床の発見などに対応できる労働者の不足がある、と記事は伝えています。

資源の不足については前回にもお伝えした通りですが、地球の変化や、それに伴う産業構造の変化などによって、私たちの例えば「有名大学を出れば幸せになれる」といった幻想は、このようにして崩れ得ます。無論、「収入の多寡=幸福の多寡」というだけではなく、幸せにはさまざまな形があります。けれど、金銭的な指標でもって幸せを考えている人にとって、このニュースはちょっとした衝撃なのではないかと思います。

「世界で最も貧乏な大統領」のスピーチ

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今年6月にブラジルのリオデジャネイロで行われた「持続可能な開発に関する国連会議(リオ+20)」におけるウルグアイのムヒカ大統領の演説はご覧になりましたでしょうか? ソーシャルメディアなどを介し各地で話題になったので、動画サイトなどで見た方も多いのではないかと思います。

リオ+20のような場所では、各国の首脳が演説を終えると、それぞれがそそくさと帰って行ってしまいます。順番は、先進国など世界でも注目度の高い国から順になります。私も、実際に会場で演説を聴いていましたが、スピーチが終わると一人、また一人と帰っていきます。メディアも自国のスピーチが終わると、足早に去っていくことも。

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当然、ウルグアイのような小国は後半に置かれ、結果、本会議場の中にいる人は少なくなります。しかしそこで「世界で最も貧乏な大統領」とも呼ばれる彼が話したことは、多くの人たちの心に刺さり、結果、その言葉は瞬く間に世界を駆け巡りました。

ちなみに僕らのような参加者は本会議場における演説をフードコートで観ることができます。インターネットに挙げられている演説の動画も、フードコートで撮影したものですね。

(余談ですが、このフードコートは世界各国から人が来るため、ベジタリアン専用のお店などもあるのですが、一番人気は現地の日本料理店「弁慶」でした。ここでは寿司となぜか焼きそばが売られており、この焼きそばが人気。味はなぜかカレー味でした。)

ムヒカ大統領の演説は、すでに日本語訳も出回っており、その言葉を引用させてもらいます。

「マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、すなわち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作ってきたのです。マーケット経済がマーケット社会を作り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか? あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で『みんなの世界を良くしていこう』というような共存共栄な議論はできるのでしょうか? どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?」

そして彼は、「見直すべきは生活スタイルである」ということを話します。「消費が続き、無限の欲を追い求めることが、人類の幸福につながるのか?」と問いかけるのです。「これが人類の運命なのか、発展は幸福を阻害するものではあってはいけない」、と。

幸せはお金で買えるのか?

『モモ』や『はてしない物語』などで知られるミヒャエル・エンデは僕の好きな作家の一人ですが、彼の言葉にこんなものがあるそうです。 「そこで私が考えるのは、もう一度貨幣を実際になされた仕事や物の実態に対応する価値として位置づけるべきだということです。そのためには現在の貨幣システムの何が問題で何を変えなければならないかを皆が真剣に考えなければならないでしょう。人間がこの惑星上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問いだと私は思っています。重要なポイントはたとえばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と株式取引所で扱われる資本としてのお金は2つの全く異なった種類のお金であるという認識です」。 世界で流通しているお金のうち、私たちが財布にいれて使っているお金はごくわずかです。 ここでちょっと目線を変えてみましょう。皆さんは、自動販売機やスーパーやコンビニで商品を購入するために、お金を支払い、時にはお釣りをもらいます。このお釣り、どこからきたか考えたことはありますか? 手元のお金がどこからやってきて、どこへいくのか。 1998年、米マサチューセッツ州ブルックラインのデータベース・コンサルタントのハンク・エスキンは、この好奇心を満足させるため追跡サイト「ジョージはどこに?」を立ち上げました。彼が探すジョージとは、ジョージ・ワシントン。1ドル紙幣の「顔」です。同サイトでは、特定の紙幣の通し番号と紙幣を手に入れた場所の郵便番号をデータベースに入力すれば、その紙幣の行方を追いかけることができます。同じ紙幣番号が入力されていれば、紙幣の移動履歴が表示されるのです。 中には最初の登録者の手元に戻ってきた紙幣もあります。この紙幣は3年ちょっとのあいだに6440キロ以上を移動。一日の平均移動距離は6.11キロでした。人間の歩行速度は成人の平均で5キロ程度ですから、歩く速度でしか移動はしていません。 しかし、証券取引所におけるお金の移動は速度・量ともに膨大です。2010年1月、日本では東京証券取引所が超高速売買システム「アローヘッド」を導入しました。証券会社を通じてだされる株式の売買注文、その1件あたりの処理速度は以前のシステムなら2〜3秒でした。しかしアローヘッドでは、それが2ミリ秒(0.002秒)にまで短縮され、猛烈な速度で売買注文を成約させていきます。 こうなると、もはや人が処理できる速度ではありません。プログラム売買が主流になり、お金を動かしているのは、コンピューターです。いったい、お金とはなんのために存在するのでしょうか?

お金は本来、増えない

お金は本来、お金をさらに生ませたり、増やしたりするためにあるのではありません。お金はあくまで媒介でしかなかったはずです。しかも、1万円札を1万円の価値があるものとして相手が受け取ってくれるだろうという期待のもとで成立する存在でしかないのです。日本の自動販売機で1ドルが使えないように、同じお金でも成立する場所と成立しない場所があることからも、そのことは明白です。

これほど危うい存在であるのにもかかわらず、お金に振り回される人は後を絶ちません。これは、先に述べた「お金がお金を生む」という考えが普及していることが原因ではないでしょうか。背景には、限りない成長への欲望が潜んでいます。大量生産、大量消費の拡大の世界。でも、それが困難になったことは多くの人が知るところです。今、お金とは何かをあらためて考え直さなければ、企業経営のネクストステージを見極めることは至難と言わざるを得ません。

僕の会社は東京の表参道にありますが、ここで考えさせられるのは「都心で生きるにはお金がいる」ということです。食事をするにも、何をするにもお金がいります。これがまたお金に絡め取られる理由の一つかもしれません。おいしいものを食べるためにはお金がいる。お金を手に入れるためには稼がなければいけない・・・。

生活をするうえで、そういうふうにお金の必要性を考える人は多いのではないでしょうか? ですが、実際はそうではないのかも、と考える機会がありました。新潟の米農家が親戚だという社員は、ほとんどお米を買ったことがないというのです。お米は親戚からもらうもの、として彼女は生活してきました。「親戚からみかんが送られてきた」「田舎のおじいちゃんが今年もスイカを送ってくれた」・・・そういう習慣は自分で体験していなくてもなんとなくわかると思います。自分の周りの人を自然に支える。そして支えあっていくという生活が古くからあることを改めて感じました。

「お金」よりも「つながり」によって得られるもの、それこそが「豊かさ」といえる気がします。次の時代における幸福のヒントは、ここにあるのかもしれません。日本でも知られるようになったブータンの政策に活用されている国民総幸福量(GNH、Gross National Happiness)なども、これにあてはまるでしょう。国民総生産(GNP)や国内総生産(GDP)は物質主義的な側面での「豊かさ」だけに注目しているのに対し、同指標は国民一人あたりの幸福度を最大化することを目指しています。

リオ+20では、実は、日本やブータンなどが提案した、幸福度指標に関する内容が削られました。「経済成長の制約になりかねない」と警戒する途上国の一部から反対がでたのですが、裏を返せばそれだけ世界が注目している指標とも言えるでしょう。

土壌も水も、森林もすべて資本

「自然資本」という言葉を僕の連載の中でも使っていますが、「豊かさ」を支える資本はお金、つまり「金融資本」だけではありません。おいしいお米や野菜・・・これを育てるには土壌が必要です。土壌も水も、森林もすべて僕たちの生活を支えている資本なのです。

2011年の東日本大震災の津波で水田約2000ヘクタールが塩害を受け、10年以上、米の作付けができない状態となりました。これほどの大災害でなくとも、自然災害や環境の変化でお米ができなくなることは多々あります。

そんななか、宮城県にあるNPO法人田んぼでは、江戸時代の『会津農書』貞享元年(1684年)の中にある「田冬水」——冬の間に有機物の多い水をかけると菌類とイトミミズ・ユスリカなどの泥に棲息する生物たちが活性化して農業の生産力が高まり、抑草効果も発揮する手法——を現代に蘇らせようとしています。

世界では異常気象も猛威をふるっています。2011年の気象災害による損失は世界で推定12兆円といわれており、前年度より25%も増加。そしてこの損失は今後も増え続けると見られています。

2012年2月、ボスニア・ヘルツェゴビナでは湖が干上がり、水力発電で電力を外国に輸出していた同国は、電力を輸入せざる得なくなりました。

異常気象によって産業構造も変化しつつあります。例えば、水不足を視野に入れて干ばつに強い作物を開発しなければいけなくなりました。また、建物は洪水や強風に耐える必要がでてきます。

ちなみに先に挙げた塩害の田では、米ではなくジャガイモを作るようになりつつあります。これにより土地や国で獲れる作物の種類と収穫量にも変化が起きることになります。

予測不可能な事態が起き続けるなか、単純に田畑の面積と年間の収穫量だけで収益を判断することはもはや困難になってきています。前回お伝えした「自然資本宣言」をした企業は、自社のバランスシートを作る際、自然資本に関連する資産と負債を定量的に把握し、開示することも求められます。例えば農業であれば、その土地の何%が水不足になりそうかという数字を開示するといった具合です。彼らは環境変化に対応し、お金だけではなく、自然資本を組織の時価総額を変動させる要素として、積極的に測りはじめているのです。

これまで地球温暖化を防ごうということは、多くの人が気づいていたことですが、実害を感じない人はいまいちピンとこなかったかもしれません。しかし、二酸化炭素の排出量の増加などによって1970年以降、地球の表面の温度は0.58℃上昇しています。そして今世紀末までには世界の気温は1.5〜4.5℃上がるとの予測もあります。温暖化によって気候変動も起きます。

海水温があがると、海面から大気中に放出される水蒸気の量が増えます。水蒸気が増えれば、大雨が降る確率も高くなります。自然が牙をむき始めているのです。こうした中で、企業経営やマネジメントも変容を遂げ始めています。次回は、変容に対応しえるためのカギとなる「自然資本」について、より詳しく説明していきます。

■記事協力:地球サミット2012Japan

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