急速な企業の意識向上が求められる「自然資本」とは? 

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「先進国と同じ状況を途上国が作り出したら、地球はいくつあっても足りない」

2012年6月、ブラジルのリオデジェネイロで「持続可能な開発に関する国連会議(リオ+20)」が行われました。僕は企業経営者として現地に2週間滞在していましたが、冒頭に引いた、会議場のフードコートで話した環境系の官僚が発した言葉が、議論の争点を象徴するものとして強く記憶に残っています。

地球上には利用できる資源が無尽蔵にあるように思えますが、新興国などの経済発展によって加速度的に増える消費により 、人類は地球資源が再生されるよりも速いペースでそれを消費しています。国連の予測によると、2030年まででも、現在よりさらに少なくとも50%増の食糧、45%増のエネルギー、30%増の水が必要になるということです。

環境問題なんて自分の世代では……と思っている方も多いと思います。実際、僕もそうでしたが……。しかし、こうやってカウントダウンがはじまると、自分がまだ生きているくらいのタイミングでそのティッピング・ポイントがやってきてしまうことに気づかされます。

ちなみに、地球上のすべての人がアメリカ人のように消費すると地球は5個いるそうです。

リオ+20の主要テーマの一つが、この問題について検討する「持続可能な開発と貧困根絶の文脈におけるグリーンエコノミー」でした。エコロジーではなく、エコノミーです。地球の資源をどのように経済的に考えるか?ということです。

人類は資源を求め、移動を続けてきた

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人類の歴史は資源を求める旅でした。「資源」とは、当初は「食糧」であり、今はそれに加えて「エネルギー」にも大きく焦点があたっています。石油などの資源は、戦争なども含めて多くの人が奪い合ってきました。そして今、石油以外にも奪い合いの対象となる資源は増え始めています。

例えば、「水」。日本には水が豊富にあるので、実感が湧きづらいかもしれませんが、世界を見渡せば、これほどまでに水に恵まれているところはごくわずかです。

例えばインドのデリーでは1日あたりの水の需要量に対して、実際の供給量は1億リットル以上、足りません。しかも、配分の偏りが激しく、また漏水率(水道管を通っているうちに漏れてしまう水の割合)が53%もあります。
デリーで使われる水の3分の2以上はヤムナー川とガンジス川から引いているのですが、元をたどればこれはヒマラヤの氷河からきています。この氷河が温暖化により消失しはじめているという問題もあります。これらがこのまま進行すれば、数年後には水不足が原因でデリーでは人口の大移動が起こるとも予想されています。

川の水が減るにつれて、紛争も広がります。

インドと中国、パキスタンは増え続ける人口を支えるために、食糧増産を迫られています。ところが、気候変動と水供給の減少で30年後には南アジアの穀物生産高が5%低下するという推測もあるのです。

水をめぐる摩擦が国境を越えはじめると、資源をめぐる政治的なやりとりも発生します。たとえば、中央アジアでは氷河が豊富にある国々(タジキスタンやキルギス)が、乾燥地帯にある石油資源の豊富な近隣諸国(ウズベキスタンやカザフスタン)への水の流れを止めかねません。以前、イランが石油航路であるホルムズ海峡の封鎖を外交手段に使おうとしたように、水もまたこうした政治的な道具になり得るのです。

さらに、石油と異なり水が移動するには土壌が必要です。土壌がないと植物も育ちません。植物が育たないと動物も生きていけません。このように地球規模で行われていた循環が、人口増加により破綻をきたそうとしているのです。

これをどうするか? その話し合いがリオ+20でも行われたのです。

グリーンエコノミーは失敗か?

2012年6月の段階で、世界の主要メディアは「リオ+20のグリーンエコノミーの議論は失敗だった」と報じました。実際はどうだったのでしょう?

その場にいた僕自身は、全体感として「先進国の言い分を、途上国がつっぱねた」会合であったという印象を持ちました。

先進国側の言い分とは、自分たちが失敗したことを途上国にはしてほしくない(だから、環境破壊や資源の急速な枯渇につながるような経済活動のドラスティックな活性化、消費は避けてほしい)ということですが、途上国側にしてみると、自分たちも早く先進国のような暮らしをしたいというわけです。これまでは、この途上国の言い分をEU(欧州連合)など先進国がお金をだすことで解決してきましたが、現在、EUなど先進国もお金がない状態ですから思うようにできません。

ベネズエラ政府は6月21日、「リオ+20によってグリーンエコノミーは強いられるものではなく各国がその担い手となった」と声明をだしました。強いられるという言葉がまさに途上国の思いを伝えているものでしょう。

実際、ブラジルで案内をしてくれた現地の男性は、「急に自然を大事にしてくれといわれたって自然と戦ってきたような僕らにしてみると違和感があるよ」と話しました。確かに、自然の驚異を間近で感じているのに、他国から「自然は地球の共有資産だから守ろう」といわれても困ることでしょう。

とはいえ一方では、途上国の言い分を「そりゃそうだよね」と納得して丸飲みにすれば、地球があっというまもなく破綻する結果に結びつきます。

この先進国と途上国のバランスが今、非常に危うく、また難しいのです。

グリーンエコノミー本当のポイントは「自然資本」

今回リオ+20が議論がうまくまとまらず「失敗」といわれることとなった要因の一つは、グリーンエコノミーを議論するのに、企業人の参加が少なかったことが挙げられるのではないかと僕は考えています。

グリーンエコノミーは環境にやさしい経済を目指すなどという生易しいものではなく、人類の存続をかけたものです。先にも述べた今世紀中に起きるティッピング・ポイントでどう生き残るか、ということなのです。

そのためには、政府と市民だけではなく企業も話し合いの場に参加できる仕組みが必要でした。しかし、経営者たちにとって、リオ+20はあまり意味が感じられるものではありませんでした。ただ単に合意を得るために躍起になる官僚たちと自分たちの訴えたいことだけを訴え続ける市民の間で、企業はいつも孤独です。

そこで注目されているのが、金融機関による「自然資本宣言」です。

自然資本(ナチュラル・キャピタル)は地球の自然財産(土壌・大気・水・植物、動物)から成り、人間の生活はそれらに起因する生態系サービスによって成り立っています。ところが、これら生態系サービスだけでなく、それを提供する自然資本のストックも、社会資本や金融資本と比べると適切に価値評価されていません。社会やお金よりも人が生きる上では必要不可欠であるにもかかわらず、です。

これまで金融機関は金融商品・サービス、サプライ・チェーンにおける自然資本に関するリスクとビジネス機会の理解や考慮が不十分であり、ゆえに自然資本を適切に価値評価できていませんでした。それが昨今になって
ようやく、こうした知見を高めるとともに、企業に対しても自然資本への依存度と影響度を量的・質的に開示させたりするようになりつつあります。

つまり、企業経営において、社会資本や金融資本と同じように自然資本にもフォーカスをあてる必要がでてきたのです。

そこで本連載では、企業経営にグリーンエコノミー、そして自然資本をどのように組み込んでいくか、そして各国がどのような取り組みをしていくのかを紹介していきたいと思います。次回はまず、「お金と豊かさ」についてお話しします。

■記事協力:地球サミット2012Japan

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