P.G.C.D. 野田泰平氏「今の自分は理想の1%、自分の器を100倍大きくしたい」 

グロービス アルムナイ・アワード受賞者に聞く
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MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービスアルムナイ・アワード」を授与している。今年、「創造部門」で受賞した株式会社ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン 代表取締役社長 野田泰平氏(グロービス経営大学院2011期生)に、MBAの学びをビジネス創造にどうつなげたのかを聞いた。

問い: アルムナイ・アワード受賞、おめでとうございます。この受賞をどう受け止めたのか。

野田: 僕は2011年にグロービス経営大学院に入学して、最初の「あすか会議」に参加した。アルムナイ・アワードの授賞式を見て、「卒業した翌年にアルムナイ取るぞ」と心に誓った。同期のメンバーにも公言していたので有言実行だ。取りたかったし、必ず取れると思っていた。受賞できて素直に嬉しかった。

問い: 予定通りの通過点を通ったという感じなのか。

野田: 予定通りだ。入学時に3年後を見通していた。それぐらい頑張らないと、ここに来る価値がないと思っていた。自分が世の中に対して価値を出せるようになるために学ぶのだし、アルムナイ・アワードの場に立てない程度だったらグロービスに通う意味はないと真剣に思った。壇上の受賞者を見て「俺の方がスゴいだろ!」って(笑)。単純に悔しかったのかもしれない。でも、ベンチャー経営者ってこうじゃないと、やっていけない。少し虚勢張るぐらいじゃないと(笑)。どこそこの社長さんに会うと、普通は「おおっ!」となるが、僕の場合はベンチャーとはいえ社長だから、「自分は負けてない!」みたいな(笑)。ベンチャー経営者って、そんな生き物だ。

問い: 野田さんは大学時代に起業したそうだが、その経緯は?

野田: 4代続いている起業家の家に生まれ育ったので、最初から企業に就職する気はなかった。ずっと、「お前は何をするんだ?」と問われていたし、自分でも自分の会社をやるんだと思っていた。ちょうど1997年に京都議定書が採択された。日本は1980年代以降環境に対する意識が高まり、ニュースでもいろんな問題が取り上げられていた。

そんな時に、琵琶湖の汚染の問題をNHKのニュースでみた。琵琶湖の水が汚染されている。原因は生活排水。その生活排水の中に化粧品があった。当時自分は化粧品が琵琶湖の汚染と何の関係があるのか理解できなかった。でも調べると、1979年、滋賀県は琵琶湖富栄養化防止条例(せっけん条例)が制定されるなど、化粧品の環境への影響を知った。人を綺麗にする商品が地球を汚しているなんてショックだった。

それをきっかけに、本当にナチュラルなもので人も地球も美しくすることを考え始めた。

行き着いた先が石鹸だった。8世紀からヨーロッパで作られ、世界に広がって行った石鹸は一番ベーシックだからこそ水分量もすくなく、余計なものもいらない、自分が望んでいるものだった。そこから、世界最高のスキンケアソープの開発が始まった。親父は地元の福岡で事業をやっていて、その親父がエンジェル(投資家)みたいになってくれて、1999年から2009年までの間、最初の会社を一緒に創って行った。創業時はまだ大学生だったし、自己資金もないので、いろいろな意味で勉強をさせてもらった。

その後、2010年2月に世界最高のスキンケアソープのコンセプトを引き継ぎ、現在のペー・ジェー・セー・デー・ジャパン社を立ち上げた。

問い: グロービス経営大学院に通い始めたのは、その頃?

野田: 2010年の1月にクリシン(クリティカル・シンキング)のクラスを取り始め、2月にファウンダーとして100%自分の資本で会社を設立。提携先のOEM(相手ブランドによる製造)会社を探して、商品作りを1から始めた。レシピは僕が持っていた。違う、もっとこうだ、もっとこうだ、もっとこうだって、作り直して、作り直して、作り直して、作り直して。クリシン、OBH(組織行動)、HRM(人的資源管理、アカウンティング基礎、ファイナンス基礎などを受講しながら(笑)。

だから、グロービスに入った頃は怒涛の時期だった。商品を作って、販売を始めて、コツコツ、コツコツ、コツコツとビジネスを大きくしていった。グロービスに通いながら。

2010年には、グロービスとは別にもう1校学校に通った。日本で最初のデザイン専門学校である桑沢デザイン研究所が、「STRAMD」という戦略デザイン経営のスクールを始めたからだ。PAOSの中西元男さんという、日本のCI(コーポレート・アイデンティティ)の元祖と呼ばれる方が教えていた。伊奈製陶をINAXに変えたり、福武書店をベネッセに変えたり、電電公社をNTTに変えたり、全部中西さんがやっている。

そして、2011年4月にグロービス経営大学院に本科入学した。その年の初夏の「あすか会議」で、「俺の方がすごい」って思ったというのは、そんなふうに言わないと自分が折れそうな気もしていたからだ。そんな状況で、商品が作れてきて、少しずつ販売も上がってきて。それが僕の2011年だ。

僕には、男の子が3人いる。家族のためにもほんとに負けられない。戦うしかない。自分には志とそうとうの覚悟があった。絶対に後に引かなかった。だから「俺は卒業した翌年にあそこに立つんだ」と決めて、実現を微塵も疑わなかった。

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問い: グロービス経営大学院は野田さんに何かを与えられただろうか。

野田: 僕はグロービスにものすごく感謝している。これまでの人生で一番きつい時に、自分に甘えを許さず、緊張感を持たせてもらった。ファイナンス基礎の最初のクラスだったか…。自分が以前経験した買収工作と同じ内容がケースになっていた。それを見た瞬間、「あ、俺がやられた事って世の中では“よくある話”なんだ」って気づいて、経営者として当たり前の勉強ができていないことを思い知った。僕にとってグロービスは、自分に対してとても緊張感を持たせてもらう場所だった。今、いつでも「レディー」な状態にいられるっていうか、気を抜かない状態でいられるっていうのも、グロービスにいる期間に再トレーニングしてもらったおかげだと。もう感謝の気持ちしかない。

だから、「グロービスを卒業した野田泰平」じゃなくて、「野田泰平が卒業したグロービス」なんて言われるようになれたら、たぶん最高の恩返しができるんじゃないかなって思っている。そんな経営者になりたい。

グロービスで出会った仲間が、野田泰平が目指す世界に共感してくれて、一流の大企業を辞めて参画してくれた。上場企業の幹部候補生として活躍した逸材が、野田泰平に惚れ、ブランドに惚れ「この製品の良さをもっと世界に伝えるべきだ」と言ってジョインしてくれた。その中でもオムロンの新卒プロパーから叩き上げで同期トップの出世頭、当初グロービスで会った時には立石一真氏への想いを、目を輝かせ熱く語ってくれた現弊社取締役COOの角野の存在は大きい。当時私は、「彼はオムロンの社長になるんだ」って本気で思っていた。それが、1年半同じクラスの受講を続け、お互いがリスペクトできる存在になっていき、いつのまにか意気投合した。そしてグロービス卒業を待たずに、会社を辞め入社して来てくれた。1年後にはナンバー2となり経営陣となり、会社の理念と成長を誰よりも強く訴える人になった。

1人じゃ何もできなかった。だが、捨てる神あれば拾う神ありだ。グロービスに入ったのも運命だと思うし、神様が何かそういうふうに仕向けてくれたんだろうなと思う。クラスでは発言する機会をたくさんいただいた。自分の中でいろんなアップダウンがあって、クラスで吐き出していた。「なんで俺は失敗したんだ」「なんで駄目だったんだろう」「でも、俺はこう考えてるんだ」「いつも、こう考えてるんだ!」って。本気の魂を込めた自分の言葉で毎回毎回発言して、伝えようとしていた。先生から認められることもあれば、駄目出しされることもあった。駄目出しされて「でも、俺はこうなんだ!」って、先生に食って掛かるような態度だった。周りのクラスメートからすると「なんなんだ、あいつは?」と煙たがられていたに違いない。でも、それを3年間、毎週の勉強会とクラスで吐き出して、それに対していろんなフィードバックをもらった。こんな経験はそんなに簡単に得られるものじゃないって素直に思う。

自分っていう、何か柔らかかったものが、より堅くなったと思う。だから、ブレないし、逃げないし、前を見て、勇気を持って進むことができているし、これからも戦える。自分の人生の大きなターニングポイントだった。

2009年に会社を清算した経験を僕は持っている。今思えば…。本当に素直に思えば、「潰れるレベルの経営者だった」。たくさんの債権者の方々に迷惑をかけてしまった。お客様にも大変な迷惑をかけた。昔の社員にも迷惑をかけた。だから、あまり言える話じゃないけど、自分の中では、あの経験があったからこそグロービスに入ったし、今のメンバーにも会えたし、今の自分の価値観と考え方が濃く、堅く固まったんだと思っている。何ひとつ無駄じゃなかった。

問い: 今後、何を、どう学んでいきたいと思うか。

野田: いろいろある。ひとつは心理学を学んでいきたい。また経営者として精神力の鍛錬に僕は剣道をやっている。60歳になったら自分の道場を持ちたい。茶道と香道は定期的に楽しんでいる。日本の文化とか心みたいなものを学んでいきたい。

ちょっと余談になるが、僕は、大学では建築デザインを学んでいた。伊藤豊雄さんという著名な建築家の事務所で丁稚奉公みたいに勉強させてもらっていた。本来ならば、無形のものにこそ価値を見出すのが日本の文化なのに、最近ではデザインのような無形サービスは「値切り」の対象にしかならない。なぜ、こんなことになってしまったのか、「デザインの境界線というのはどこにあるんだ」といったことを真剣に学んでいた。あるデザインを見た時に感じる感情やインプレッションは、人の脳に刺激を与えるわけで、ということはデザインの境界線は人の脳の中にまで入り込んでいくわけだ。それは無限の広がりではないか。デザインの境界線の定義を決めるのは、デザインをする側であって、デザインには無限の可能性がある。建築ならば、人の流れを作り、文化を作り、人々のマインドや価値観を作り、国を作ることができる。「デザインというのは、ライフそのものなんだ」と気付き、それをビジネスにできれば面白いと思った。それで、化粧品のビジネスをネット通販で始めたという流れになる。

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僕たちの名刺やコーポレートサイトには、富士山の等高線を描いている。日本で一番高い山が日本で一番美しい。これ、すごい事だと思う。日本人の文化そのものを体現しているのが富士。ただ大きいだけじゃない。綺麗なだけじゃない。そこに「両立」というものがある。

「文武両道」という言葉がある。日本の文化には「道(どう)」が付くものが多い、そして必ず「型」がある。「所作事(しょさごと)」になっている。上手ければいいとか、強ければいいとかじゃなくて、やっぱり美しくなきゃならない。フェンシングみたいに剣の先が触ったらライトがピカッと後ろで付く、とかじゃなくて、剣道のように「気剣体一致(きけんたいいっち)」することで一本になるんだという美しさがいい。だから、日本の剣道連盟は剣道をオリンピック競技にすることを反対している。判定をシンプルにして分かりやすくすると、行き着く先は触ったらライトが付く、になってしまうのは目に見えているからだ。

それで、このP.G.C.D.っていう会社のマークを作った時の話だが、最初にPGCDって4つアルファベットが出てきた。「何ですかこれ」って言ったら、「マークです」と。「いや、マークじゃないです、これ」って。象形文字は漢字であったり、ひらがなであれば1つの文字に対して意味はあるけれど、PはPだし、GはGなんで、それを何かタイプグラフ的に並べたって意味はない。日本が掲げる会社の旗印っていうのは、あるビジョンじゃなければならない。天下布武(てんかふぶ)でなければならないし、毘沙門天(びしゃもんてん)じゃなければならないし、風林火山(ふうりんかざん)でなければならない。その旗を楽にする為に働くわけだし、その旗に集まるわけだから旗本なわけだし、その旗を掲げる家に来るから家来なわけだ。そこにいる人たちが命を捧げるためのマークが旗印なのあって、そこに意味の無いものを乗っけちゃだめだと言った。

P.G.C.D.っていうのは英語で言うと、Greatest Common Divisorの略で、最大公約数のこと。そのフランス語でペー・ジェー・セー・デー。でもそれをブロックに分けた時点で、受け手にとっての意味はなくなる。人が集まるための旗印として価値があるもの、目指すべきビジョンを掲げたいって、とことんこだわった。「じゃ、野田さんは何を掲げたいんですか?」って問われた時に出てきたのが「富士山です」だった。

問い: そうした日本的な感性のルーツは幼少期にある?

野田: 僕は九州の田舎で育った。田舎なぶん、文化的習慣や催しが結構多かった。人間って死ぬにも作法があるが、生まれるにも作法があるということを感じていた。仏壇に線香を一本、曲げて立てたら、「ご先祖様が道に迷われる!」と、ぶん殴られて(笑)育てられた。「きちんとする」ことが大事なのだ。そういうことが、教育の中に、生活の中に必ずあった。

爺ちゃん家、曾爺ちゃん家に行くと、曾婆ちゃん、婆ちゃん、うちの母親、妹、4代が台所に並んでいる。曾婆ちゃんが妹に、漆の拭き方なんかを教えている。そういうのを僕は幼いころからずっと眺めてきた。いい家庭でした。良いものが周りにあった。花器1つとっても、家具をとっても、周りのすべてのものが日本の本物だった。

近くに有田焼のいい焼き物屋さんがあって、幼いながらに目が肥えていた。器を割っちゃいけない、片付けなければならない、拭かなきゃいけない、長く使うために丁寧にケアしなければいけない。「きちんとする」ということが生活の中に埋め込まれていた。

東京よりも海外に旅行に行く方が多い家庭だった。うちの親父はVANの石津謙介さんの門下生でアパレルをやっていたし、その後不動産ビジネスも手がけていたので。僕もよく海外に一緒に連れてってもらった。その都度、海外では日本人の美しさを改めて知ることが出来た。日本人のもつ、正しくきちんと生きることは、世界に誇れる文化であり、素晴らしい価値観だと素直に思った。

それが中学校か高校の時、東京に遊びに来た時、若者が地べたに座っているのを見てものすごいショックを受けた。きちんとしたものを着ていたら、床なんかに座らないでしょう。しかも、電車の床に座って化粧している女性を見て気持ちが悪くなった。化粧というものは、美しくなる仕草をするもの、所作事なんだっていうことを、化粧をしない男子なりに理解していたが、それがそういう場でそういうふうに行われているってことに愕然とした。そんなふうに感じる日本人は、もうレアなのかもしれないが、自分の中では蕁麻疹が出るくらいの嫌悪感を覚えた。電車の床に座って化粧をするという所作事が美しくないのに、出来上がったものが美しいわけがない。ここは日本じゃないっていう感じさえ持った。

だから、P.G.C.D.のビジネスには、「きちんとしていますか?」「何か大切なもの、忘れていませんか?」という投げかけを込めているつもり。お客様に対しても、社会に対しても。日本的合理性と欧米的合理性は違うことを知ってほしい。本来違うものの掛け違いによって、今の形になっている。そうしたことを意識してデザインしている。

問い: そういう意識が製品にも生きている?

野田: はい。うちの石鹸は125グラムで、通常の90グラムよりも大きくて重い。90グラムは届いた瞬間がジャストフィット。うちのはちょっと大きいので手に余る。そうすると落としてしまう。最初、皆さん必ず落とします(笑)。「アーッ」って。すると、少し丁寧に扱うようになる。丁寧に扱っている時間を重ねていくと、どんどん、どんどん自分の手に馴染んでいく。そして、物に対してどんどん、どんどん愛着が生まれてくる。「私の石鹸」になってくる。

10人にこの石鹸をお渡しして、1カ月間使ってもらってから、全員の石鹸を持ち寄っていただくと面白い現象が起きる。みんなが笑い始める。「なんでそんな形になるの?!」っていうぐらい、みんなの石鹸の形が違うから。細長い人もいれば、丸みを持ってる人もいれば、薄くなってる人もいる。泡立て方も使い方もみんな違うからだ。

プラスチックの容器は落としても割れない。落としたら、「ああ落としちゃった」と拾ってポンと置いて終わり。でも、うちのはガラスでできている。だから、落としたら割れてしまう。落として割ってしまったら、間違いなく皆さんの記憶の中に「ああ、どうしてもっと大事に扱わなかったんだろう」という感情が生まれるはず。その感情は、割れるからこそ生まれるもの。だから、物を大切にする気持ちというのは、壊れないと生まれないんじゃないかっていうのが、僕がこのデザインに込めた投げかけだ。壊れるから丁寧に扱うし、丁寧に拭くし、丁寧にしまう。落としても壊れない物ばかりに囲まれていると、いつの間にかそうした自然な気持ちを忘れてしまうのではないか。

僕は美しくなる商品ではなく、美しくなる習慣をデザインしている。

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問い: P.G.C.D.の製品デザインに、そこまで深い人間観が込められているとは知らなかった。最後に、今後の展望を伺いたい。

野田: 今年が家内との結婚10周年で、それを記念して先日沖縄に家族で旅行した。その時、「10年前」「現在」「これからの10年」について、家内とゆっくり話した。家内が「あなたって、現実の自分を理想の自分と比べると今どれくらいなの?」と、なんとなくポンと聞かれて、「たぶん、1%ぐらい」とポンと答えたら、「えっ、常に100%じゃないの?!」って驚かれた(笑)。

今が100%だったら伸び代がなさそうで嫌だ。P.G.C.D.は今売上10億円。今後の通過点としては2017~2018年のIPOを目指している。売り上げ規模は1000億を超えたい。ヨーロッパのトップブランドを超えるような、もっと大きなブランドを作っていきたいと思っているので、売り上げも今の100倍以上に上げていかなきゃいけない。

今は笑われてしまうが、シャネル、アルマーニ、P.G.C.D.の3つが並んだ時に、うちのブランドが一番カッコイイって言ってもらえるになりたい。今後5年、10年でネット発のプレミアムブランドが出てくるはず。それが日本のブランドだっていいじゃないか。ポルシェ、フェラーリをデザインしたのも日本人だ。パリでミシュランの星をとっているシェフも日本人だ。僕は「日本人は団体で弱く、個で強い」と思っている、団体になると相場(常識)が敵になってしまう。でも、1人であれば尖がれるし、自分の個性で圧倒的に勝負できる。

去年はグッドデザイン賞の金賞をいただいた。化粧品業界としては13年ぶり2社目で、通販ブランドとしては史上初の出来事だった。海外では、パリで行なわれているフランスコスメの最高金賞「ヴィクトワール賞」を2年連続で受賞した。この受賞は石鹸では世界初の快挙だった。日本人の為に開発してきて世界最高のスキンケアソープが、コスメの本場であり、石鹸発祥の地ヨーロッパで最高の評価を得たのだ。これは自分だからこそ出来た。ベンチャーだからこそ出来た。デザインにこだわり、中身の質にもこだわる。妥協をしない、クオリティに徹底的にこだわるブランド創りをやってきたからだと思っている。

そして今年の7月22日にスイスに新会社を設立した。その日は僕の35歳の誕生日であり、このブランドの創立記念日だった。来年にはフランス、ドイツを中心にヨーロッパでのビジネスを展開していき、本気で「世界で勝てるプレミアムブランド」を目指す。

自分自身、個性を研ぎ澄まし、経営者としての器を100倍大きくしなければいけないと思っている。もっともっと、いろんなことを吸収したい。10億規模の経営者、100億規模の経営者、1000億規模の経営者では、器の大きさが明らかに違う。スケールというか、大きさという部分ではまだ1%なので、100倍に自分の器を広げる。「器」って人間味とか人間力というようなところだが、それらを大きくする方法ってよく分からない。「これをやったら、人間の器が大きくなるよ」なんていうことは聞いたことがない。だから、とにかくいろんな事を吸収していくことしかないなと思う。器の大きい人に会い、自分と向き合うために「道(どう)」が付くものに取り組む。それが僕なりの「日本が誇り、世界が憧れるブランド創り」という先の長い戦いだ。

最後にもう一言。今の自分はグロービスによって作ってもらったと素直に感謝している。アルムナイ・アワードをいただいて、気が引き締まった。恥じないように、これからも精進して一生懸命頑張りたい。

問い: 見ています!

野田: ありがとうございます!

「グロービス アルムナイ・アワード」は、ベンチャーの起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、グロービス経営大学院 (日本語MBAプログラムならびに英語MBAプログラム)、グロービスのオリジナルMBAプログラムGDBA(Graduate Diploma in Business Administration)、グロービス・レスターMBAジョイントプログラムによる英国国立レスター大学MBAの卒業生の中から選出・授与するものです。選出にあたっては、創造や変革に寄与したか、その成功が社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えているかといった点を重視しています。詳しくは、こちら→「グロービス、第10回「グロービス アルムナイ・アワード」を授与、ロット・武山和裕氏、ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン・野田泰平氏、日本財団・青柳光昌氏、三菱商事・松本有史氏の4氏」

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