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はじめに −お坊さんがMBAを取得した理由

投稿日:2012/05/16更新日:2019/04/09

皆さん、はじめまして。浄土真宗本願寺派光明寺の僧侶、松本紹圭と申します。私は2011年の4月まで一年間、インドへ留学をしていました。お坊さんがインドへ留学というと、たいてい「やっぱり本場のインドで修行されたんですね」と言われるのですが、実際の留学先はビジネススクール。MBAを取りに行ってきたのです。生まれて初めての海外生活、それもインドへ家族同伴、しかもビジネス経験なしのお坊さんバックグラウンド。みっちり一年間、厳しい修行をさせていただきました。

MBAを持ったお坊さんなんて、あまり聞いたことがないかもしれません。意外かもしれませんが、私の知る限りでもそういう方が何人かいらっしゃいます。そう、グロービスの安永雄彦先生もそのお一人。毎回ご講義の最後にされるありがたい“講話”がとても人気だとか。考えてみれば、仏門というのはすべての人にいつでも開かれているわけですから、どんな職業の人、どんなスキルを持つ人がお坊さんになっても不思議ではないのです。

でも、「お坊さんとして、お寺のために」MBAを取ったのはおそらく私が初めてだと思います。なぜお坊さんがMBAを?それは、お寺の運営をもっと良いものにしていくためにはマネジメントの勉強が必要と考えたから。一般にMBAといえば営利企業のビジネスのためのものと思われがちですが、最近ではNPOなど非営利組織の経営力向上にもおおいに活用されており、もちろんお寺にも役立つに違いありません。実際、現代経営学の一人者、ピーター・ドラッカー先生は著書の中で、日本における非営利組織の原点として「お寺」を挙げているくらいです。

しかし、なぜインドで?それは、私が(そして妻も)インド好きだから。誰が言い出したか「インドに行くと人生観が変わる」という話は耳にタコができるほど聞きますが、同じくらい「MBAの経験は人生観を変える」とも言われるわけです。ならば、MBA×インドのコンビネーションが、私の人生を大転換させてくれるに違いない。そう考えた私は、たまたま目にしたフィナンシャル・タイムズ紙の世界MBAランキングでISB(インド商科大学院)の名前を見つけました。そして、インドのトップビジネススクールが私を呼んでいると思い込み、受験することに決めたのです。

周りに受験仲間もいない厳しい環境でしたが、ロータリー財団の国際親善奨学生として支援もいただきながら、TOEFLやGMATなどの関門を何とかクリア。何よりも、「日本のお坊さんがお寺のマネジメントのためにインドのビジネススクールでMBAを目指す」という、もはやどう評価して良いのか分からない私のUSP(UniqueSalesPoint)が、Diversityを重視するアドミッションオフィスの心をつかんだのでしょう。面接では「仏教の八正道についてのあなたの意見は」などと聞かれ、そのまま合格しました。

ニーズ=苦と読み替えるなら、マーケティング=慈悲

さて、MBAプログラムでの私の専攻は、経営戦略とマーケティングです。お寺のマネジメントに最も関わりの深そうなものを選んだのですが、実に良い勉強になりました。私もご多分に漏れず、ドラッカー先生のお話に心動かされた一人です。

たとえば、短期的な利益の獲得に追われて忘れがちな企業も少なくないですが、ドラッカー先生が言うように、本来は企業の目的は利益の追求ではなく「顧客の創造」です。

経営戦略は「私たちは誰にお仕えするのか」を明確にするところから始まります。お寺のお坊さんが「仏さまにお仕えしています」というのは経営論的にはちょっと違います。なぜなら、仏さまはお寺の顧客ではないから。私の見方では、お寺における顧客の創造とは、仏法を求める人間の創造、つまり心の真の自由を求める人間の創造です。よく勘違いされていますが、およそまともな宗教というのは、人間を縛るのではなく、自由にするためにあります。仏教は、私たちが自分で自分自身を縛っている「自我」という執われから、自己を自由に解放するものなのです。つい、話が脱線しました。

マーケティングも重要です。「われわれは何を売りたいか」ではなく「顧客は何を買いたいか」を問うこと。お寺の場合は、闇雲に仏教を売るのではなく、人の苦悩に耳を傾け、何を解決したいのかを明らかにすることです。顧客の「ニーズ=苦」と読み替えるなら、「マーケティング=慈悲」、つまり、縁ある人々の苦に寄り添う姿勢や活動こそが、お寺のマーケティングなのです。

まず顧客からスタートするなら、お寺の仕事は漫然と「仏教を広める」ではなく、仏法を通じて「縁ある人に対して心を支える価値を提供する」ことであると自ずと知れるに違いありません。

顧客の「ニーズ=苦」重視と言うと、「お寺が人間の欲望を追認するばかりで良いのか」とお叱りを受けることがあります。しかし、そこは既存のサービスだけでなくイノベーション、すなわち新しい満足を生み出すことで次を切り開いていけばいいのです。

「お寺のマーケティング」「お寺のミッション」は何か居心地悪い

欲望を煽り続ける消費社会を生きる現代人の心に、「仏法を聞きたい」という欲求を創造するのが簡単ではないことは、百も承知。だからこそ私も、仏教界でさまざまな新しい試みに挑戦してきたわけです。「超宗派仏教徒によるインターネット寺院“虚空山彼岸寺”」では、宗派を超えた仏教徒が集い、ソーシャルメディアを最大限に活用した仏教ウェブマガジンを展開しています。

また、「“お寺カフェ”神谷町オープンテラス」では、昔ながらのお寺の良さを活かしながら現代人にも親しみやすいお寺の場作りをし、お寺を都会のオアシスとして開いています。しかし、それらの取り組みを通じて痛感したのは、点と点の活動をつないで大きなビジョンを作る力が足りないことでした。もっと強力にお寺を変革する力が欲しい。そんな私の前に表れたのが、MBAという選択肢だったのです。

経営戦略、マーケティング、イノベーション。実は、驚くほど総合的な経営力が求められるお坊さんという仕事ですが、基本は極めてシンプルではないかと最近気がつきました。それは、馬鹿みたいに、ただひたすら、人のためだけを考えて、一生懸命働くこと。そうしていれば、たとえ自分の力が及ばないことがあっても、助けてくれる仲間が必ず現れます。自利利他の精神がリーダーシップを育むのです。おっと、気がつけばリーダーシップ論にまで話が広がってしまいました。こんなふうに、マネジメントと仏教は案外、交差する部分が多いのです。

ところで、日本の多くのお坊さんは「住職」、つまり一つのお寺に住み込んで特定のお檀家さんに仏事を執り行うことを主な役割としています。しかし私は、いわゆる「在家出身」のお坊さんなので、跡を継ぐお寺というものがありません。一方で、タイの農村には「開発僧(かいほつそう)」と呼ばれるお坊さんがいて、農業技術の向上や地域開発に力を尽くしています。私もお寺を飛び出し積極的に社会活動をする彼らを見習って、マネジメントの勉強をしたお坊さんとして自由に活動することに決めました。日本の開発僧として、お寺の可能性、お坊さんの可能性、人の心の可能性を開発することが、今の私の使命です。

ところで、ひとつ私が苦労していることがあります。それは、マネジメント用語がお寺の世界とまったく馴染まないこと。「お寺のマーケティング」というのもなんだか違和感がありますし、「お寺のミッション」というのもよく考えるとどこか変です。マネジメント用語は西洋の宗教や軍事から生まれたものが多いので、その用語や考え方をそのままお寺に当てはめると、どうも借り物を着せられているような無理を感じます。それは、もしかしたらお寺だけではなく、一般企業のビジネスにおいても当てはまることかもしれません。

この連載では、仏教×マネジメントの交差する場で活動する私が、「借り物でない日本的経営」を表現してみたいと思います。グローバルに活躍する日本のビジネスパーソンの皆さんに、日本人として自信を持って独自のビジネス観を語るためのヒントが提案できれば嬉しいです。

この春から、私は仲間のお坊さんたちと共に「未来の住職塾」をスタートします。開講にあたり自分の思いをつづったものを最後に引用し、第一回目の結びとさせていただきます。

お寺に代々受け継がれてきた伝統を守り、次の世代へとつなげる。それは、とても大切なことです。しかし、今までお寺がやってきたことをこれからもそのままやっていれば大丈夫という時代は、すでに終わりました。今や、既存の枠組みの中で従来の活動をただ繰り返すことが最も危険な選択肢でもあり得るのです。私たちが生きている現代のようにとりわけ不安定で不確実性の高い時代には、ものすごいスピードでなされる環境変化へ適切に対応し続けることが、お寺の存続のためには欠かせません。

「未来の住職塾」は、急速に環境が変化する現代社会におけるお寺の役割や運営を専門に学ぶ、超宗派の僧侶養成プログラムです。都市と過疎地、寺院の規模、地域の特性など、寺院のあらゆる状況とその変化に柔軟に対応し、これからのお寺の100年を切り開く寺院運営力を身につけます。

私たちが「お寺の運営」と言うとき、それは単に寺院活性化や経済力向上を指すのではありません。闇雲に何か新しいことを始めればいいというのでもない。必要なのは、今日までお寺が人や社会に対して生み出してきた価値を再評価し、足りないものは補い、良きものにはさらに磨きをかけ、ないものは創造すること。一見バラバラの「点」と「点」に見える従来のお寺の業務を体系的に整理し、ひとつのビジョンのもとに統合した上で、新たな価値を創造するのが、「未来の住職」の仕事です。

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