グロービスとi-plugは2021年6月、オンライン化が進む昨今の新卒採用・新人育成をテーマに、オンラインセミナー「22年新卒採用を総括―オンライン採用から育成をつなげる一貫性」を開催した。第2部ではモデレーターとパネリスト3人が、マッチングから内定、そして内定者フォローから育成までをつなげる視点について議論する。(全2回、後編。前編はこちら)
学生と社会人との大きな違いを伝える
井上陽介氏(以下、敬称略):前半では谷出先生に、人材の採用から育成において一貫性を持ってメッセージを発信し、入社後活躍いただくことが最も重要だとお話しいただきました。第2部では、採用、内定者フォロー、そして入社のプロセスで具体的に何をすべきか深掘りしていきます。まずは簡単に自己紹介をお願いします。
中野智哉氏(以下、敬称略):インテリジェンス(現パーソルキャリア)で求人媒体に10年間携わったのち、2012年にi-plugを設立しました。当社の事業は、新卒採用に特化したダイレクトリクルーティングサービス「OfferBox」の運営です。「OfferBox」では登録された学生の情報を検索し、企業から直接応募へのオファーを送ることが出来ます。これまでは優秀な学生が応募してくるのを待つしかないエントリー型のサービスが一般的でしたが、「OfferBox」は自社へマッチしそうな人材に対する能動的なアプローチを可能にします。当社はこのサービスを通じて、新卒採用におけるミスマッチを改善し、労働市場をより良いものにしていくことにコミットしています。現在、「OfferBox」は就活生の3人に1人ぐらいが使っていて、今年は登録が18万人を超えました。利用企業さんは大手から中小・ベンチャーまで幅広く、2021年8月末時点で9,183社となっています。
寺内健朗氏(以下、敬称略):制作会社に10年以上在籍して、eラーニング、電子書籍、教育番組づくり等のお手伝いをしてきました。その後グロービスに入社し、現在は内定者・新人の早期活躍をテーマにした「GLOBIS 学び放題 フレッシャーズ」という育成サービスの事業責任者を務めています。
井上:ありがとうございます。早速、参加者の方から質問をいただきました。「どのようにして学生の皆さんに認識の変化をもたらせばよいのでしょうか」。先ほど谷出さんからも、「社会人と学生では大きな違いがあり、そこを理解してもらうことが大切」との話がありました。
谷出正直氏(以下、敬称略):認識を変えるのは簡単ではありませんが、学校生活と社会生活が違うこと自体を、最初に理解してもらう必要があります。学生は就職活動を大学入試の延長線上で考えやすい。「人気企業ランキングがあって、上位のほうが偏差値も高く、なんだかすごそう。周囲からもすごいって言われそう。」といった考えです。でもそもそも企業には偏差値はないわけで。「どんな会社が良い会社か」と聞かれたら、多くの社会人は「自分に合う会社がいい会社」と答える人が多いと思います。人気の有無と自分に合う、合わないは別ものですよね。
学校と社会では仕組みやルールが違うのです。ですから私はよく学生に、「学校と社会は野球とサッカーぐらい仕組みが違う。学校の感覚のまま社会を捉えるとズレが出る」といった話をしています。例えば『役割』や、『正解のあり/なし』といった部分です。学生が面接で覚えてきたようなことを喋ってしまうのは、正解があると考えているからです。自己PR等を懸命に暗記して、「それが言えたら100点」と考えてしまうのです。
しかし、社会にはそうした正解がなく、あるのは納得解。相手が納得してくれること、つまり、伝わったか否かです。ですから、「覚えてきたことを言えばいいというものではない」と伝えてあげないと、就活もうまくいきません。『役割』も、学生が消費者であるのに対し、社会人は生産者と異なります。そうした違いが就活でつまずく最大の要因にもなると考えています。
若手に対する期待の高まり等、企業にも大きな変化
井上:キャリア観の変化についてはいかがでしょうか。今は就活生に対しても社員に対しても、自律的・自発的にキャリアを形成して欲しいとのニーズが高まっていると感じます。参加者の方からは、「3年で3割が退職することについては、ミスマッチというより、ある意味では変化として受け入れるぐらいの感覚のほうが良いのでは?」とのコメントもいただきました。
谷出:これだけ世の中の変化が激しいので、新卒で入社した会社にずっといるべきとも思わないですし、自分に合うかどうか、わずか数カ月の就活で理解できるとも思っていません。そのため、どちらかというと「本当にミスマッチなのか自分のキャリアの捉え方も含めて考えないと、思い悩む状態がずっと続く」と伝えています。考え続けることのほうが大事であり、考えることを放棄した時点で会社へ依存するようになってしまう。「依存すると、いざ会社に不具合が起きたときに自分の身も守れなくなってしまうので、考え続けたほうがいいですよ」と伝えています。
あるいは離職するにしても、後日どこかで以前の会社の人たちと再び一緒に仕事をする機会があるかもしれないので、「やるべきことをやってから退職しよう」と伝えています。喧嘩別れのように「明日から来ません」となってしまう人は、少し幼いでしょう。それが自分を守る唯一の手段だという話も分からないことはありませんが、社会は年長者の多い世界であることも踏まえると、若い人の価値観をすべて受け入れてくれというのも難しい話です。
かといって昭和の価値観にすべて合わせるわけではありません。そこはすり合わせになります。日本が世界第2位の経済大国だった頃の成功体験を持ち出して教科書的な話をされても、「そうですか」としか反応できません。今、日本は成熟期から衰退期に入ってきたことを考えると、結局は新入社員側も会社側も、「変化を前向きに捉えましょう」ということになるのだと思います。
寺内:今は企業側から、新人や若手に対する期待値が非常に高まっています。そもそも生産年齢人口が減少していますし、「労働時間を減らそう」「育休・有休をどんどん取得しよう」といった話が是とされている今の流れにあって、短い時間で難しいビジネスを回さなければいけなくなっています。かつコロナの影響で今はそれをリモートでやらなければいけません。
そうした状況で学生に対する期待値が高まっており、それが思った以上に当人たちには負担にもなっている。このズレを適切に是正することも、育成の観点では大きなテーマになると考えています。
井上:中野さんは企業と学生とのブリッジングを1to1に近い形で実現していらっしゃいますが、特にここ1〜2年の変化や今後の展望をどのように捉えていらっしゃいますか?
中野:マッチングに限って言えば最大の変化はオンライン化です。コロナという外部要因で一斉にやらざるを得なかったわけですが、実際にやってみるとメリットも数多くありました。
具体的には地域間の格差がかなり是正されました。出会うために数万円を使わなければいけない地方と、数百円で出会える都心との大変な格差が一気に解消されてきたのです。
例えば弊社のデータからどんな企業がどんな学生にオファーを出しているのかを見てみると、今はエリアを越えてオファーが飛び交う状態となっています。企業としても「リアルで会うのは最終面接へ近づいたときに」という考え方になり、優秀な学生を全国から探すようになっています。
一方、コミュニケーションや出会いの方法としてリアルが減ったぶん、ミスマッチは増えているのかどうかという疑問があります。今後を見てみないと分からないですが、企業としては足元で内定辞退が増えている感覚が明らかにあると思います。今後はそうした新たな課題への対処が重要になるでしょう。
ただ、ミスマッチが増えていたとしても、短期的にはなかなか企業も対処できないように思います。3年以上勤務してくれる前提で教育システムを考えている場合、3年未満で辞めてしまうとなると「それなら今後は1年目から活躍して利益を生み出すような人を採用しよう」と考えるケースもあるでしょう。では、その場合のキャリア教育はどうなるのか。大学側のインターンシップの仕組みなど、教育のあり方もかなり関わってきますので、中長期的に解決を目指すという話になるのかなと思います。
井上:参加者の方からは、「日本企業は、入社後にすぐに活躍しなくても当面は給料を払って会社にいてもらう状態を許容している」とのコメントもいただきました。そうしたアイドリング期間を設けたうえで、パフォーマンスを高めてもらうのは数年後という前提が成り立っていることは、世界的には稀有な状態かもしれません。一方、たとえばトヨタ自動車さんは、かつて9割だった新卒採用の割合を今3割に切り替えているそうです。即戦力化を求める傾向が強くなるのは、新卒に限らず採用現場における大きな変化なのではないでしょうか。
リアルで関係構築し、オンラインで関係維持を
井上:また、参加者の方からは内定者フォローに関する悩みも寄せられています。谷出先生からは「人間関係をつくり信頼を構築する」といったお話がありましたが、ここがオンラインでは難しさもあるよう思います。どのようなアプローチであれば信頼が構築できるとお考えでしょうか。
谷出:今までは内定者フォローというと集まって「飲み会」のような形が定番でしたが、今は気軽に接続できるオンラインの特徴を踏まえて、今まで月1回だったフォローを隔週または毎週にしたり、週に1回15分だけにしたり、とさまざまなフォローの形が出てきました。週1来社となるとハードルも高くなりますが、「週1回15分、オンラインで少し話しましょう」なら、まだいいですよね。
また、来社してもらう場合は社内にいる人しか対応できませんが、たとえば全国的な組織で、もし長野や北海道に同じ大学の先輩がいたとしたら、東京採用でもその先輩につないでもらうことでOB訪問のようにすることもできます。学生となんらかの共通点を持っていて人間関係がつくりやすい人を選び、オンラインでフォローしてもらうのも1つの方法です。
中野:コロナ禍が今後もずっと続くわけではないと思うので、今やるべきことと将来の内定者フォローとでは、戦略の方向性は一緒でも戦術が変わると考えています。大切なのはオンラインのメリットとデメリットを把握してハイブリッドでやっていくことです。関係構築に関してはリアルが強く、関係維持に関してはオンラインのほうが頻度とコストの関係で圧倒的にメリットが大きい。リアルで構築した関係をオンラインで維持するという戦略が基本になると思います。
また、関係性の問題なので、全員一律で同じことをやる必要はなく、全員リアルで集める必要もないかもしれません。リアルでなくてもいいという人もいれば、リアルで関係構築しないと不安になる人もいます。そうした個々の違いを判断しながら戦略を立て実行していくことが重要です。
それとオンライン採用については、内定承諾でなく、もう少し先の内定者フォローぐらいまでが選考・採用のプロセスに含まれるという認識に変えたほうがいいと考えています。完全にオンラインだけで採用活動を行い、それで内定を出して承諾を得たとしても、たとえば1年間コミュニケーションを放置していたら辞退されるでしょう。オンラインは関係性のフックが浅く、フックが外れやすいという面があるため、注意が必要です。
寺内:SNSを使った内定者フォローは非常に有効ですが、「SNSを用意したけど誰も書き込んでくれない」といった悩みを抱える企業は多いです。うまくいっている企業が何をしているかというと、きちんとテーマ設定をしています。
自己紹介はやりやすいと思うので、そこから始めて「当社の理念のどんなところに共感しましたか?」等々、毎回テーマを提供していく。「SNSで自由に話してください」では、正直、あまり関係構築にはつながりません。
面白い例として、本来は時間と場所にとらわれないSNSで、あえて時間を決める企業もあります。「〇日の〇時に書いてください」と指定して皆がリアルタイムで書き込むのを見ると、つながっていることを感じられます。そんな風に、SNSの“熱”が伝わりにくいような側面を払拭しつつ接点づくりをしている企業もあります。
活躍には「能力とスキル×マインド」が不可欠
井上:もう1つ、皆さんにご意見をいただきたいのが「活躍」に関するお話です。入社後1〜2年の早期から活躍してもらうためには、どういったアプローチが必要だとお考えでしょうか?
寺内:活躍の話になると、企業から出てくるのは「自律化」「チャレンジ」といった課題になりますが、そのために大切になるのは「能力とスキル×マインド」の醸成です。能力とスキルについては、業務に特化した専門能力もあれば、もう少しポータブルな能力もあるので、まずは研修やOJTで育んでいく。そこにマインドを掛け算していくために「チャレンジすることの何が良いのか」「チャレンジがその人の価値観とどう紐づくのか」といった話を整理します。それらをセットにして育んであげることが自律化につながり、そうした成功体験の重なりがチャレンジにもつながるのだと考えています。
中野:私自身は社会人になったばかりの20年ほど前、長時間働いていました。残業時間が自分に対する教育投資の時間になっていたからです。ただ、今はそうしたやり方も難しくなってきました。そうなると、成長し活躍するために必要なのは、会社に拘束されない自分の自由な時間に自己投資することだと思っています。
では、それを促進するために何をすべきか。会社によって求めるスキルは違いますし、スキルよりパーソナリティが重要になる職種もあります。ですから、まず短期的な視点では、職種ごとに「何が最低限必要か」というスキルやパーソナリティの分析が重要になると考えています。
また、それには今は会社が実現しようとしていることへの共感度が一層重要になっているとも感じます。会社から出た時間も会社のことを考えて自己成長するような行動をとってもらうことが大切になる。ただ、これは今までのような「契約内のここでやってください」という指示でなく、会社の吸引力で求め実現していくものであり、よりコントロールしづらいもの。従って、中長期的には、そこで働くことの意味合いのようなメッセージを伝え、それに整合した人事制度・組織構造を実現させていく必要があるのだと考えています。
「なりたい自分」を考え続けることで、モチベーションは保たれる
谷出:究極的には「自分がどうなりたいか」を言語化できるようになることが大事です。ただ、「どんな大人になりたいか」と聞かれても、知らないものは頭に浮かばないので、すぐ出てくる学生は少ない。そこは、いろいろな人を見て、「こんな大人になりたい」とお手本にするか、「こんな大人になりたくない」と反面教師にするか。ですから、いろいろな人に会って話を聞いたり、テレビで見た人でもいいので「こういう人になりたい」と感じたりしながら、自分がどんな大人になりたいかを考える。その繰り返しが大切です。
昔、モチベーションの高い人にモチベーションを高く保つ秘訣を聞いたら、「ない」と言われました。「モチベーションが下がる意味が分かりません」と。モチベーションは下がったり上がったりするものと考えていたので衝撃でした。その方は、やりたいことをやっているのだから下がるわけがない、と。結局、自分のやりたいことが明確な人ほどモチベーションも下がらないのだと気づかされました。
だからこそ、「こういう人になりたい」と考え続けるのが重要です。すると、それまで意識せずに素通りしていた出来事も、意味を持った情報として頭に入ってくることがあります。本を読んだり、テレビを見たりしていても、琴線に触れる出来事が出てくるでしょう。
会社としてできることを考えると、たとえば「こんな人になって欲しい」等、会社が求めるロールモデル的な働き方をしている人のドキュメンタリーをつくるといったアプローチがあると思います。「チャレンジ精神を持ちなさい」と言われてもよく分からないので、何をすることがチャレンジ精神を持つことだと認識しているのか、特定の人を通じて理解してもらうということですね。
井上:「採用」「内定者フォロー」「育成」という風に分けるのでなく、一連のプロセスのなかで学生の皆さんと対話をしながら、まさにオンボーディングでうまく船に乗せ、社会に出る流れを形成することが大切になるのですね。みなさん、今日はどうもありがとうございました。