ダイバーシティニュース 政治(7/20)津田大介【8/31までの限定公開】

津田大介:ジャーナリスト/メディア・アクティビスト 
メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。オンラインメディア「ポリタス」編集長を務める。Twitter

津田大介さんのニュースピックアップ

1. 感染者増のなか五輪開幕へ 「バブル方式」には綻びも

どうやら選手団のバブル方式も穴だらけで選手や関係者からも陽性者が出てきた。もう政府としても感染対策の打つ手がない状況なのだと感じる。飲食店に対する金融機関からの働きかけも酒類取引停止要請も結局は撤回したが、そうした対策でもしない限り感染拡大は抑えられないのだろう。一番の感染対策は開催中止だと思うが、最悪の場合、開催中の中止もあり得る。ここまで無理をして五輪を開催することの意味を我々は考えないといけない。

2. 倫理面で課題残るも、医学会が子宮移植認める報告

出産の新しい選択肢となるが、基本的には生まれつき子宮がない方に限るなどの制限つきで、かつ子宮提供者となる母親や親族がリスクを引き受け納得した場合のみ行う想定だという。ただ、生命維持に必ずしも必要でない子宮を移植するため、親族とはいえ他者の命を危険に晒して良いのかという倫理面の問題は残る。他の臓器と同様に脳死者の方からの移植を可能にする法改正の意見もあるが、本当に難しい問題であり、まずは一定の枠内で制限しながら少しずつ変えていくしかないと思う。

3. 激務等で休職が増加 公務員のメンタル不調を調査

東日本大震災の1ヶ月後に被災地域を取材したが、自治体職員の方々が置かれた大変な状況は今も目に焼き付いている。目下のコロナ対応も同様だと思う。予約できるとアナウンスしていたワクチンの供給を政府に減らされても、クレームの矢面に立つのは職員の方々。「お前たちは税金で食っているのに」と厳しい見方をする住民もいて、メンタルヘルスに支障をきたし休職する人が増えるのも理解できる。きちんと実態を調べて対策を講じる必要がある。

4. 広島高裁、「黒い雨」浴びた住民84人全員に被爆認定

地裁判決を支持しつつ、さらに踏み込んで国への対応を求めた判決となった。国は自らの“科学的根拠”をもとに被爆者認定するか否かを地理的に線引きしていたが、「対象区域外でも健康被害はあった」と、原告の個別状況を認定した形だ。70数年前の話で科学的根拠も証明しづらい状況下、区域を定めて保障するという国の考え方自体も否定している。ただ、提訴は6年前。高齢の原告84人のうち14人はすでに亡くなっている。最高裁で争うとなると救済されないまま亡くなる方がさらに増える可能性もある。ここは政治決断で上告を断念し、判決を確定させるべきではないか。

5. 猫の腎臓病治療に光 東大研究チームに寄付が殺到

死因の多く占める腎不全の治療法が確立されると猫の寿命は大幅に伸びる可能性があるという。僕も保護猫を飼っているが、そうなると自分が喜寿になるぐらいまで一緒に生きることとなるのか。人生のパートナーに一層近づき、いろいろな意味で社会にもインパクトを与える可能性がある。このニュースがSNS等で広まって2日余りで3,000万円が集まったのは、研究を切実に望む方が多かったから。そうしたニーズに対し研究の意義を適切に発信できたら、国からの予算を補う手段としてクラファン等で資金集めもできる可能性があるという意味で、今回は良い事例になったと思う。

【スペシャルトーク】テーマ:「表現の不自由展かんさい」

スペシャルトークでは、津田大介さんに、大阪市内で今月開催された「表現の不自由展かんさい」について掘り下げていただいた。

ここ10年ほど、公立美術館等で特定の作品が、たとえば政治的理由でクレームを受けて展示不可になったりすることが相次いでいた。2015年、そうした展示不可作品を集めた『表現の不自由展』を観たことが心に残っていて、2019年に「あいちトリエンナーレ」で僕が芸術監督となったとき、『表現の不自由展・その後』を企画したという経緯だ。展示不可になった作品を、不可になった経緯とともに観ていただき、人々に考え、議論してもらいたいという社会への問題提起だった。

それが大炎上したことは皆さんもご存じだと思う。その騒動を受け、東京と名古屋と大阪でそれぞれ異なる市民団体によって企画されたのが今回のイベントだ。ただ、それも妨害を受け東京は開催延期になり、順調にスタートしたと思えた名古屋でも郵便物で爆竹が送られ3日目に開催中止となってしまった。

一方、大阪会場も脅迫めいた抗議等で一度は使用許可が取り消されたものの、主催側が「正当な理由なく不許可にするのはおかしい」と、裁判所に仮処分を申請。その結果、地裁は会場使用を認める決定を下し、それを高裁も支持する大どんでん返しがあって、最終的には3日間開催される運びとなった。

僕もその3日目に会場を訪れた。周辺は警察官や機動隊、さらには右翼の街宣車も集まって騒然としていたが、ひとたび会場に入ればじっくり観ることができたし、来場者に作品の感想を聞いてみると、むしろ「拍子抜けした」との声も多かった。「どれだけ過激なものがあるのかと思ったら、『なぜこれが展示できないの?』というものが多かった」と。

ただ、ある種の議論を呼ぶ作品が大変なコストやリスクを背負わないと展示できなくなっているのは事実だ。「日本には自由がある」といっても、特定のものに触れない場合だけ。海外にも同様の事例はあるが、それが日本でも表面化してきたし、ネットでさらに憎悪が煽られていると感じる。今回大阪で開催できたのは、運営を担った市民団体や労働組合の方々が警察とも緊密にコミュニケーションをとりつつ、「展示を実現させることは社会にとって大事なんだ」と考え真剣に取り組んできたから。逆に言うと、そこまでしないと開催するのも難しい時代になっているのだと思う。

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