NEO STAFF 大矢敦男氏「MBAの学びで企業価値を上げた経験を奨学金創設でつなぎたい」 

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MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している(受賞式の様子はこちら)。2017年、「創造部門」で受賞した株式会社NEO STAFFの大矢敦男氏(グロービス経営大学院仙台校、2016年卒)に、MBAの学びをどのように活かしたのか聞いた。(聞き手=橋田真弓子、文=滝啓輔)
 

知見録: 受賞おめでとうございます。受賞の感想は?

大矢: 連絡をもらった時は実感がわかなかったが、あすか会議に出席し、一緒に受賞された方の話を聞くにつれて、実感がわき、嬉しさがこみ上げてきた。

社内にはグロービス経営大学院の卒業生や在学生がおり、会社の代表がすごい賞をいただいたと盛り上がっている。そもそも、地方にいると、自分たちが第三者から評価される機会自体が少ない。今回は自分個人にスポットが当たったが、このような評価を受けたのは、社員にとっても誇らしいことだ。

フリーター生活から就職、八戸での起業

知見録: まずはここまでの道のりを振り返ってほしい。

大矢: もともと東京の大学を卒業したが、しばらくは定職に就かずフリーターだった。26歳のときに初めてサラリーマンもやったほうがいいのかなと思い、東京の大手人材派遣会社に就職。30歳になる前に、自分のやるべきことを見つけたかった。

転勤の多い会社で、仙台、盛岡、札幌、青森などを回った。途中からは、支店長になり、気づけば4年経っていた。大手の企業でできること・できないことも大体わかった。派遣スタッフをより手厚くケアしたいのなら、もう少し地元に密着した会社でやったほうがいいのかなと感じるようになり、起業するのがベストという結論に至った。

2005年、社員3人で、人材サービス業のNEO STAFFを立ち上げた。立ち上げには前職の部下も関わっていたため、直接の競合になるのは避けようと、あえて前の会社がカバーしていないエリアである八戸を選んだ。

ある程度の運転資金は用意していたし、営業力にも自信があった。実際に売上は上がっていたが、コストコントロールの意識が低く、4か月で資金がつき、事務所を閉めることに。そこで、よりマーケットの大きいエリアで出直そうと法人化して、盛岡でリスタートすることになった。

とはいえ、新たに事務所を借りるお金はない。そこで小鳥沢という山奥の地に一軒家を借り、社員全員で住み込んで事業を始めた。携帯電話の電波も入らないような辺鄙なエリアだったが、1年間踏ん張り、ようやく盛岡の中心部に事務所を借りられるようになった。さらに1年後、仙台にも事務所を出すことになる。

リーマン・ショック、震災にひるまず貫いた決断

知見録: 盛岡に進出したあとは順調だったのか?

大矢: 進出後間もない2008年にリーマン・ショックが起き、片方の事務所を閉める決断を迫られた。売上だけを見れば、まだ盛岡に9割以上を依存している。しかし、ここで盛岡に戻れば、二度と自分たちはそこを出られないという予感があった。結果、盛岡の拠点を閉鎖し、仙台にしがみついて事業を続けることにした。

2011年3月には東日本大震災も起きた。周囲の人間は当然、仙台の経済状況を不安視していた。しかし、そのような状況下で、あえて事務所を仙台駅前のランドマークであるアエルに移転した。登録してくれるスタッフにとっても、社員にとっても、取引先の企業にとっても、信頼を得るための1つとして事務所の立地が大事だと判断したからだ。2011年10月のことだ。

知見録: 事務所の移転に対して、反対の声も大きかったのでは?

大矢: そのとき移転を主張したのは自分だけだ。社員も理解に苦しんでいたし、もちろん金融機関も含めて全員反対だった。しかし、根拠がなかったわけではない。まず、震災後に復興需要が生まれれば、人材の需要も出てくるはずだという読みがあった。

また、自社を、仙台や東北の復興の象徴のような会社にしたいという思いも湧き上がった。今の仙台の経済を築いてきた会社には、自分たちの親の世代が興した企業が多い。厳しい言い方をすれば、同世代の人間が経営する会社でそこまでの存在感があるところがない。この震災を機に、自分たちの世代がもっと頑張らなければいけないという、一種の使命感をもって、アエルに移転するという決断を下した。

知見録:その読みは当たったのか?

大矢: そうだ。案の定、人の需要が出てくるにつれ、数字も上がり社員も増えた。しかし、新たな問題が生まれた。それまで自社の経営は、規模が小さかったのもあり、サラリーマン時代に営業をしていた延長でなんとかなった。だが会社の規模が大きくなるにつれ、自分には「どういう会社をつくっていくか」というビジョンがないことや、金融機関に対して財務の説明が十分にできていないことなどに気付いた。このままでは、いろいろな人に迷惑をかけるし、そもそも会社をさらに成長させることも難しい。

MBAの学びを重ねるうちに成長戦略が見えてきた

知見録: そこでグロービスとの出合いがあった。

大矢: 課題を解決するために経営学を学ぼうと思ったものの、時間や移動のことを考えるとなかなか現実味がなかった。そんなとき、偶然にも同じフロアにグロービス経営大学院仙台校ができた。アエルに事務所を移転して1年後くらいだったと思う。もし隣にグロービスができなければ、わざわざ新幹線で東京の大学院に通っていたかもしれない。

単科生として2012年の7月期から早速「クリティカル・シンキング」を受講した。当初は、基礎科目を一通り学んだら、あとは普段の仕事で実践していけばいいと考えていた。マーケティングを学んで、自社のマーケティングを見直す。アカウンティングやファイナンスを学んで、金融機関用の資料を修正する。そうやって、自社の弱点を補強すればよいと。

しかし、基礎科目を終えた頃、さらに会社を成長させるためには、会社が目指すべき方向にそった科目を受講することが必要だと感じるようになった。具体的には、今後、仙台から他の大都市に進出していくにしても、日本の人口が減少したら、さらなるマーケットを探さなければならない。そこで必要になるのは、「本・アジア企業のグローバル化戦略」や「異文化マネジメント」、「ネットビジネス戦略」といった科目だ。それらを意図的に履修するためにも、本科生になった。

東北復興を担うリーダーを育てる奨学金制度

知見録: 実務に一番役立ったと感じる授業は?

大矢: どの授業でも、得た学びをすぐに会社で実践していた。「サービス・マネジメント」で従業員の満足度を上げるのが大事だと思えば、すぐにそういう施策を打ち、「オペレーション戦略」を学んだら、休憩中に会社に戻って机の並びを見直したことさえある。すべてがすぐにうまくいくわけではないが、それでもやり続けた。そういう意味では、どの授業も効果的だった。

ただ、違う視点で1つ挙げると、一番印象に残っているのは「パワーと影響力」だ。普段の実務に即効性があるというよりも、もっと本質に立ち返ったクラスで、そもそもなぜ、会社を大きくする必要があるのかなどの意義を再確認する。会社が大きくなり公共性を帯びていく中で、単に企業価値を上げるだけでなく、自分はこの力をどう使うべきか、見つめ直す機会になった。

たとえば、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属していたマー君(田中将大)みたいなすごい野球選手は、その投手力という能力を、東北復興のために適切に使っていたという捉え方もできる。ならばグロービスで経営を学ぶ機会をもらった自分も、自身の能力を適切に使って、経済活動で還元すべきじゃないか。そんな学びを得たクラスだった。

知見録: それが、のちの奨学金の構想につながったのか。

大矢: いや、直接的なきっかけは個人的な体験にあった。自分はグロービスやダイムラー財団の奨学金制度のおかげで学費の負担をかなり軽くでき、そしてグロービスの学びのおかげで自社の企業価値を上げることができた。それならば自分がそのバトンを引き継いで奨学金を給付し、東北の復興を志す経営者やビジネスリーダーが企業価値を向上するために役立ててほしいと考えた。

自分自身を振り返っても、グロービスに通うのに、最初は「お金の壁」があった。地元で起業する人間は、なかなか金銭的余裕がない。でも、MBAが本当に必要なのは、そういう人たちだ。

さきほど、自社を東北を代表するような企業にしたいと言ったが、1社が大きくなったところで、東北の復興は望めない。自分のような若手の経営者たちが頑張るべきだし、そのためには、やはりMBAは必要だ。

優秀な人材と交わり「井の中の蛙」を自覚せよ

知見録: 社員をグロービス経営大学院 仙台校に通わせていると聞いた。

大矢: 基本、単科生だが、会社が全額負担している。正直、短期的なスキルアップは期待していない。むしろ、自分たちの力のなさを自覚させたいと思って、通わせている。わが社の社員は、必ずしも学歴が高いわけではないし、中途で入ってきた人間も一流企業から来たわけではない。しかし、アエルのオフィスで働き、マネジャーの肩書もつけば、外部からはそれ相応の人間だと見られる。

グロービスには、地元企業はもとより、大企業の支店長など、とても優秀な人材が集まっている。そういう人たちと学んで、自分たちとの実力の差に気づいてほしい。「井の中の蛙」で自分たちのレベルを勘違いしないように、意図的に外部の人にふれさせている。最初はレベルの差がありついていけないと思うだろうが、3か月頑張ってほしい。

知見録: 今後の展望は?

大矢: 社員も増え、オフィスも手狭になったので、同じビルの中でより広いフロアの移転を決めた。今後は東京、ゆくゆくはアジアへと進出したい。去年、札幌への進出をはたしたが、仙台は100万都市で札幌は200万都市。東京へ行く前に、まずは倍のマーケットでオペレーションに慣れ、成功体験を積みたいと考えている。東京進出の時期は……、来年と言っておこうか。2年後3年後って言うと、実現できなそうだから(笑)

震災後、いままでは復旧というタームで、インフラの整備など、行政に最低限やってもらうべきことがたくさんあった。しかし、これからの復興を考えると、やはり自分たちが経済を回さないといけない。経営者として、それを痛感している。

また、仙台の会社でも世界に行けるということを示したい。「パワーと影響力」で学んだように、自分の経営の能力を適切に使って、会社をメジャーにしていく。仙台でそういう会社が増えれば、地元で起業する人も増える。仙台はもっとポテンシャルがあるはずの街。経済活動を通じて、仙台の知名度を上げていきたい。

グロービス アルムナイ・アワード2017 「創造部門」受賞理由

大矢敦男氏は2005年に株式会社NEO STAFFを創業し、人材派遣、人材紹介、人材コンサルタントの総合人材サービス企業として同社を経営。グロービス経営大学院入学後は、学びを活かしてベンチャー精神に根差した挑戦を続け、単科生受講から卒業までの約3年半で、売上げを9倍近くに伸ばした。同社は東北楽天ゴールデンイーグルス及びベガルタ仙台のオフィシャルスポンサーも務め、地域との共存と社会貢献を体現。また、高い志と企業家精神を持つ経営者及びビジネスリーダーを育成し、企業価値を向上させて東北の復興に貢献することを目指す「ネオスタッフ東北アントレプレナー奨学金」を敷設し、グロービス経営大学院仙台校で学ぶ後輩たちの育成にも尽力している。

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