能を知ることで、日本人の精神的支柱が見えてくる
今日のセッションの目的は三つです。
1)能・古典芸能について知ってほしい。感じてほしい。
2)(古典芸能の持つ世界観や教えを)自分たちの身近なところに引き寄せて考えてほしい。
3)それぞれの立場から、(日本の良き伝統を)次世代にどのように伝えていくか、考えてほしい。
セッションのタイトルにもあるように、「能」についてのお話を端緒に、日本人としてのアイデンティティを見つめなおし、その精神性を守り伝える意義に踏み込んでいかれたらと思います。
まずは、パネリストお三方の自己紹介から。
佐藤:東京オリンピックが開かれ、新幹線の開通した1964年に旧・文部省に入省し、2000年まで務めました。その後3年7カ月にわたり、ユネスコ(UNESCO、国際連合教育科学文化機関)代表部特命全権大使をし、この2007年4月からは、東京国立博物館館長の任に着いています。
文部省に入省時の上司が、元・日本芸術院院長の犬丸直氏で、「家でビールを飲ませてやるから私の謡を習え」と、早々に誘われました。そこで謡を習ったのをきっかけに、能の世界に魅了されました。翌1965年からは省まで出稽古に来てくださっていた観世流・関根祥六氏に師事し、やがてお宅稽古にも通うようになりました。
老齢になってから「シマッタ!」と気づくのではなく、若いうちから、こうした伝統芸能の世界と出会うことができ、趣味として持てたことを幸せに思いますし、皆さんにもそうあって欲しいと考えています。
現在、政策研究大学院大学の理事・非常勤講師としてグローバリゼーションや文化政策について話をしているのですが、今日は(趣味としている)能の話ということで、どこまでの内容をお話しできるか分かりませんが、いろいろと議論できればと思います。
佐伯:同志社大学大学院社会学研究科の教授をしています。祖母が観世流の能楽師で、幼い頃から能を観て育ちました。女性のプロ能楽師というのはとても少なく、祖母は非常に稀有な、そして草分け的存在です。山口県萩市の祖母の家には能舞台までありました。こう言うと皆さん、驚かれるのですが、地方は広い土地を手に入れるのが、それほど難しくないですし、能舞台というのは、とてもシンプルな構造なのです。
(ファシリテーターの)吉田さんとは、先ほど話に上ったサークルの先輩・後輩の間柄です。佐藤さんと同じく私も趣味として謡や仕舞いを練習しているのですが、今日は笛の実演をと求められましたので、少しだけ吹かせていただきます。この笛という楽器は、暖めてあげないと音が出ない。とても繊細なものなので、先ほどから笛のことばかり気にしていて、失礼をいたしました。
−実演−
今、吹いたのは「調べ」と呼ぶ旋律で、能の舞台が始まる前に流れるものです。パネルディスカッションのイントロということで、この調べを選びました。
佐伯さんのご専門は比較文化論ですので、本日はその視点からも能や伝統芸能の位置づけを語っていただきます。最後は、観世流 シテ方、岡庭祥大さんです。
岡庭:父が能楽師で、私自身も3歳から稽古を始めました。中学1年生から7年間、通いの内弟子、いわゆる見習いとして関根祥六先生に師事し、その後、住み込みの内弟子として9年間、さらに修行をしました。独立し、現在に至ります。




