経営の共通言語とマネジメント実績が、変革リーダーの最低要件
相澤:「オペレーション戦略」の相澤です(会場笑)。無事に講師を卒業して、この場に立っています。10年間、普通の会社(コスモ石油)に在籍の後、11年間、経営戦略コンサルティング(アクセンチュア、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン)に従事しました。そして昨年、「取締役としてダイエーの再生をやってほしい」と声をかけられ、実業の世界に戻りました。
ダイエーの話をいただいたときは、正直、とても悩みました。経済的な理由からです。アクセンチュアでパートナーに就いて4年が経っていたのですが、あと1年続ければストックオプションの権利が発生するという微妙なタイミングだった。妻には言えなかったので、中学3年生の息子に相談しました(笑)。
「父さんは、今、こういう状況だ。家には住宅ローンもある。お前は私立の学校に通っている。どう思う?」。これに応えて、息子は言いました。「でも父さん、もう決めているんでしょう?」。
完全に見透かされていました。常々、息子には「人間にとって大切なのは(金銭的な豊かさなどではなく)、成長を求め続けることだ」と伝えていたのですが、彼は父親にとって今がその時だということが分かったのだと思います。
知識:経歴は配布していただいている資料のとおりですが、端的に言えば私はカネボウしか知らない人間です。1985年に鐘紡(後のカネボウ)に入社。カネボウ化粧品に配属となりました。規制緩和影響下での新しい流通戦略の構築などに携わった後、92年に新ブランド(リサージ)を立ち上げ、98年にその会社の代表取締役になりました。そうこうするうちに、会社全体が傾き始め、2004年に産業再生機構(以下、再生機構)の支援を受けることとなりました。
相澤さんは講師をされていたとのことですが、私は受講生としてグロービスに通っていました。30歳前後から、マーケティング、アカウンティング、人的資源管理・・・と、結構、夢中になって色々な科目を受講しました。途中でギブアップした科目もあれば、「これだけは!」と優秀レポート賞を狙ったものもあります。これはお世辞でも何でもなく、ビジネスの共通言語はグロービスで学ばせていただいたと感謝しています。
2004年に再生機構が入って以降、2年後に(花王に事業を)イグジットしたわけですが、株主が変わり、文化の全く異なる会社と一つに融合することになりました。MBAも持っていない社長が、(そういう難しい状況下でも)どうにかこうにか会社を動かしている。これも一つのケーススタディになるかなとは思いますし、今日は皆さんに身近に感じてもらいながら話を聞いていただければと考えています。
今日は残念ながら、(元・産業再生機構COOの)冨山(和彦)さんのご登壇が難しくなってしまいました。冨山さんのお話を楽しみにされていた方にはお詫び申し上げます。ただ私自身、冨山さんとの対談はこれまで何度もさせていただいていること、また、自分自身がPE側で10年にわたり再生案件をハンドリングした経験を持つことから、ファンド側の立場も踏まえて発言を補いながら進めていこうと思っています。
まず、プロパーの社員が経営改革を推進する「内なる変革」ということで知識さんに伺いたいのですが、知識さんはなぜ、ご自身が社長として推挙されたと思われますか。大変に難しい局面で、古参役員をゴボウ抜きにした41歳社長ということで、当時はマスコミなどでも大きく取り上げられました。
知識:難しい質問ですね。何せ私自身、なぜ自分だったのか、という説明を受けたことは1度もないんです。一つあるとすれば、私は若く、社内のしがらみもありませんでしたから、過去の経営陣からの呪縛を断ち切ることができる、と思われたのでしょうか。もう一つは、自分でいうのもおこがましいですが、社内で新規事業を立ち上げて、それなりの成果を上げた実績を見てもらえたのかもしれません。社内では、わりに傍流というか、変わった経歴でしたので、そういうこともあったかなと思います。
ありがとうございます。実は私、これについては冨山さんに聞いて裏を取ってあるんです(笑)。冨山さんによると、(知識さんをカネボウ化粧品社長に登用した)ポイントは三つあったそうです。
一つは知識さんが「経営の共通言語」を話せるということ。ファンド(ここでは再生機構のこと)側は経営のプロ集団であり、専門の言葉を使って、どんどん議論を進めていく。ところが、カネボウの古参役員は、日本語はギリギリ通じるが(笑)、経営の言葉が全然、通じなかった。知識さんは、それが通じる数少ない一人だったのだそうです。
それから、ご自身でも仰っていたとおり、社内ベンチャーを立ち上げ、経営した経験をお持ちだったこと。そして、最後に人望、しかも女性からの人望がやたらと厚かったこと(笑)、と。冨山さんが言うに、この場合、古参役員からの人望なんて、どうでも良くて、化粧品業界では女性社員、例えば販売部員をやる気にさせられるかということが、とても大切で、そこで社内でいろいろ聞いてみると知識さんの評判が凄く良かった。それが決め手となったそうです。
ただ、私が思うに「古参役員はどうでも良い」というのは、あくまでファンド側の考えであって、実際には調整などで苦労されたのではないでしょうか。41歳社長ということは、20年分ぐらいの年上社員が、ざーっといて、過去の上司が部下になったりもするわけですよね。そのあたりの、コミュニケーションは、どのようにしたのですか。
知識:もう、割り切るしかなかったですね。仕事の上では割り切る、ただし、それ以外では人生の先輩として礼節はわきまえる。そんなスタンスでやりました。リサージの社長をしたときも、35歳という若さで部下はほとんど年上でしたから、その際の経験も役に立ちました。
ただ、若ければそれだけでいいか、というと、そんなことはないということは(若手社員に向けて)強調しました。再生機構は机の上で線を引いて、「○歳以上はダメ」「重い」などと言うんですが(笑)、私は「そんなことはない」「若いとか年寄りとか、年齢は関係なくて、あくまで個人のパフォーマンスとやる気で評価する」と社内でも社外でも公言してきました。




