指標経営の原点は「心配性」という気質
私とお二人の関係ということで言えば、田口さんには実は、私たちグロービスのベンチャーキャピタルが5億円の規模でスタートした時から投資いただいており、いわば恩人のような方です。星野さんについては、グロービスの合宿クラスのためにケースを執筆させていただきました。ケースに書いた3年前のことが、もうはるか昔に感じられるほど、凄い勢いで会社を発展させていらっしゃいます。ではまずは、お二人に簡単に自己紹介から、お願いします。
星野:それでは先に失礼します。自己紹介については、雑誌のインタビューや自著など、いろいろなところで語っていますので、今日は少し違う切り口からお話しします。
私自身を示すキーワードは2つあって、それは「心配性」で「運が強い」ということです。そして、この2つがあったおかげで、これまで何とかやってこられたと思っています。
私が星野リゾートを引き継いだのはバブル絶頂期だったのですが、私は心配性ゆえ、「この好景気が本当に続くのか」と、国内リゾート業の行く末を憂慮していました。「幸い」というわけではないのですが、この憂慮は当たり、わずか10年の間にバブルは崩壊、競合にもダメージが残りました。時代に対して危機感を持っていたら、時代がいつの間にか我々に追いついてきた感じ。昨今は地方や、観光業への注目も高まってきており、これまで積み上げてきたことが役に立つ時代が来たという、運の強さも感じています。
田口:私は1933年生まれで、この会場のなかでは一番の年長者ではないでしょうか。ミスミを創業し、30余年の長きにわたり社長職に就いていましたが、5年前に三枝匡さんという、日本では珍しいプロフェッショナル経営者ですが、彼に経営を渡しました。
「どうして?」とよく聞かれるのですが、事情をお話ししたいと思います。ミスミは私の時代に50〜60億円の利益を出す会社になったのですが、それ以上の規模に育てるには、(自分自身の経験にはない)大企業としての組織を構築し、運営する技量が必要と思った。また、私はとてもドメスティックな男なのですが、世の中ではグローバル化が進んでおり、これに対応できるマインドも不可欠と考えました。この事業継承は結果として奏功し、今では売上高1200億円、営業利益160億円近くまで拡大したと聞いています。
一方、私は大企業の経営に造詣はないですが、とにかく事業創造は大好きです。そこで、エムアウトという、文字通り「マーケットアウト」を発想の基盤にして、新しいビジネスを興すことを目的とした会社を創業しました。
ありがとうございます。お二人とも成功体験に甘んじることなく起業家精神を持たれていることを改めて感じ取りました。さて、今日のテーマは「ケースの登場者に学ぶ、新たなビジネスの創造」ということで、ケースの内容も少し意識しながらご質問させていただきたいのですが、(ケース執筆時点の2004年と比して)、星野リゾートのビジョンや事業の進め方に変遷はありましたか。
星野:そうですね。私は心配性のため、「業績が良い」と聞くと、「来年はどうなるんだ」と、まず心配になります。「業績が悪い」と聞けば、もちろん不安になるわけで、どのみち大船に乗ったような気にはなれない、この気性が私の戦略構想の出発点です。ですから、うまく運んでも悪く転じても、その理由、メカニズムを把握し、好業績を再現できるような仕組みの構築に力を注いできました。具体的には細かいレベルで数値目標を設定し、「なぜうまくいったのか」「なぜ(業績が)下がったのか」を、その指標に基づき細かく分析し、運・不運だけで業績が決まらないようにしています。
星野リゾートではビジョン達成のために、経常利益率、顧客満足度、エコロジカルポイントにおいて具体的な数値目標を掲げ、全ての施設でこの3つを同時達成することを目指しているのですが、細かいレベルでは特に、労働生産性の向上が目下の課題ですね。観光業の労働生産性というのは、製造業などと比すると、まだまだ改善の余地が大きいのです。また顧客満足については、CRM(Customer Relationship Management)の取り組みとして、リピートされるお客様のニーズや不満を緻密に精査して、サービスレベルを上げていく、そしてそれをグループ内で共有して横展開するということを熱心に進めてきました。学びという意味では、やはり失敗から学ぶことが多いですね。
経営指標として、最近ではES(Employee Satisfaction、従業員満足度)を重要視する企業も増えてきています。経営コンサルタントやアナリストの中には、「星野リゾートの強みは組織文化である」というような論調もあるようですが・・・。
星野:最近、地方の温泉旅館の再生案件が増えているのですが、確かに「星野リゾートの組織文化という強みを生かしてほしい」と期待されることが多いです。新しく参加に入った(温泉旅館などの)方々にも、早く星野リゾートの文化に馴染み、リゾート運営を楽しんでいただけるよう「組織文化浸透プログラム」のようなものを昨年から作り始めました。ESも毎年、測定しています。
ただ、再生案件で(星野リゾートの参加に)取り込まれた従業員の満足度が、すぐに上がるというのは理想論でしかないんですね。これまで慣れ親しんだやり方を変更するというのは抵抗を生じるものですから、再生に入った組織のESが当初、大きく下がるのは仕方のないことです。ですから、そこではあまり気にせず、とにかく戦略を遂行して、まずは小さな成功でも結果を作って見せるのがターンアラウンドの秘訣と思って取り組んでいます。




