ロット 武山和裕氏「2年後、埼玉のてっぺんを取る」 

グロービス アルムナイ・アワード受賞者に聞く
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

33471

MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している。今年、「創造部門」で受賞した株式会社ロット 専務取締役の武山和裕氏(グロービス経営大学院2007期生)に、MBAの学びをビジネス創造にどうつなげたのかを聞いた。

問い: アルムナイ・アワード受賞、おめでとうございます。まずは感想を伺いたい。

武山: 自分の中で少し変化があったと思う。これまで、自分のエゴで事業をやっていた。本当に自分がやりたいことだけをやってればいいんだみたいな感じだった。ところが、「俺がやらなければいけない」という使命感みたいなものが湧き上がってきたのを感じた。僕は「何も専務」として有名なんですけど(笑)、ちょっとやんなきゃいけないなって思いましたね。

問い: あの授賞式のステージに立って、約1000人を前にしたことが大きかった?

武山: そうかもしれない。自分の言ったことに責任持たなきゃいけないし、これまでも、これからも、しっかりと地に足つけて頑張んなきゃいけないなって。「マズローの欲求5段階説」の中で自分の位置がちょっと上がった。もはやカネの話だけではない。あれ?ちょっと俺いい人になっちゃった、みたいな(笑)。逆に、大きな変化を起こしていくための「力」を欲している自分が生まれてきたようにも感じていて、少々複雑だ。

問い: 株式会社ロットの創業の経緯は、最初は「なんかやろうよ」みたいな感じだったようだ。もともと飲食を目指していたというわけでもなかった。

武山: 最近は年4店舗のペースで出している。創立から13年経ってようやくだ。成長スピードとしては速くない。どちらかといえばゆっくりしている。田子(共同創業者、現代表取締役)は僕の1つ年下だが、当時のアルバイト仲間の紹介で会ったときから、「こいつは凄いツキを持ってる」と思っていた。当時、彼はまだ学生で、実力も経験も何もなかったが、運がめちゃめちゃ強い男で、人を服従させてしまうというか、動かす力が強い。チンピラだろうがヤクザだろうが、そこら辺のおばちゃんだろうが、誰に対しても態度を変えない。やることなすことが良い方向に向かっていく。

問い: 意気投合したというか、服従してしまった?(笑)

武山: こいつとだったら一緒に組んでいけるかなって、お互いに思った。彼とだったら起業できると思ったし、彼とじゃなかったら僕は起業していなかった。

問い: 武山さんは起業したいと思っていたのか。

武山: いや、全く思っていなかった。田子に出会う前は、塾の講師をしていた。若かったのでやんちゃと言えばやんちゃで、ある時、塾長と口論になっちゃって…。そこを辞めて、実家の近くにアパート借りてアルバイトをしていた。僕は小学生ぐらいのときに気づいたのだが人に使われたり、雇われたりということがすごく苦手。上から何かを言われるとついつい反発してしまう。今はもう違うけど(笑)。今なら、どこかの会社に入ってもうまくやっていけると思う、たぶん(笑)。でもその頃は、何か言われるたびに反抗していた。正しいことを指摘されても反抗していた。

問い: 田子さんとは「運命の出会い」だったわけだ。

武山: 本当にそうだと思う。

問い: 出会って、すぐに起業プランを立てていったのか。

武山: 何やろうかって考えてはみたが、自分たちができることってあんまりない。でもその頃は若かったので、「日本を変える」とか「世界を変えられる」とか、訳わからんことを言っていた。

問い: 話がでかい(笑)。

武山: 毎日酒を飲みながら、「戸田から宇宙を変える!」って(笑)。調子に乗っていたのだが、「できるんだ」と本当に思っていた。しかし、実際にはできることはない、スキルもない。ウィル(やる気)しかない。会社はとりあえず作っちゃったが最初の店(カフェアンドダイニング サン)を開けるまでには、8カ月ぐらいかかった。その間いろいろ試行錯誤したのだが、自分たちの手で店を造るっていうのが一番しっくりきた。だから、大工仕事もするし、ペンキも塗る。この街(JR東日本埼京線の北戸田駅周辺、ロットの本社がある)に初めて来て時、「なんだこの街、本当にだめだな」と思った。コンビニもなかった。寂れた居酒屋しかない。これなら、俺たちにもチャンスがあると思ったし、勝てる自信があった。じゃあ、店を開こうかと。その頃、僕たちも若かった。ところが戸田には女の子を口説けるような店が1軒もなかった。そういう店を作って、戸田を作り替えたいという気持ちがあった。

問い: 必要に迫られての起業だったということか(笑)。

武山: 後で気づいたのだが、自分たちで作った店ではおおっぴらに口説けない…(笑)。

それはともかく、店は全部自分たちの手作り。友達に無給で手伝ってもらい、ホームセンターで材料を買い、自分たちで作った。ちょうどワールドカップの日韓のときだったので、試合映像を見ながらやっていた。

その店はまあまあの“ヒット”だった。その頃の僕達には勢いがあったので、2店舗目、3店舗目を続けて出した。「じゅうじゅう」っていうお好み焼き屋を出したら、そこが“大ホームラン”。お客が自分で焼くセルフ方式だから、僕達には技術も何もいらない。連日の大行列が1カ月ぐらい続いた。

問い: いきなり行列ができる店とはすごい。

武山: 北戸田駅前は何にもなかった。乗降客2万5000人なのに、駅前にローソン1軒しかなかった。そこにお好み焼き屋を出したら30日間行列が途切れなかったというわけ(笑)。居酒屋需要の人が来る、ファミリーが来る、お好み焼き食べたい人が来る、お好み焼きは食いたくないけど飲みたい人も来る。大ヒットして、それで調子に乗ってしまった。「飲食業って、楽勝じゃん」みたいな(笑)。それで、ポンポンっと4軒目、5軒目を光が丘、与野のショッピングセンターに出した。これが大失敗だった。

問い: 両方?

武山: 両方大失敗。平日は全然入らない。週末はめちゃくちゃ混んでいて、ずっと行列。ところが店が狭くてお客が回転しない。賃料も高かった。店を開けているだけで、どんどん出血していった。銀行から3000万円ぐらい、言われるままに固定金利で借りていた。店は完全撤退。造るのに3000万以上かかったので、5000万ぐらい丸損。

問い: それ、始める前に計算しておかないと(笑)。

武山: おっしゃるとおり(笑)。そんな計算もしないで店を出していた。僕らは完全に調子に乗っていた。お好み焼き屋のお客さんは滞在時間が長いっていう基本的なことにさえ気づいていなかった。ビジネスという観点で何も見られていなかった。

問い: 良い勉強になったけど…。

武山: めちゃめちゃ痛かった。本当に痛かった。現金が入ってこなくて、銀行への返済が滞り、倒産寸前という状態が2~3カ月続いた。なんとか、お金をかき集めて生き延びることはできた。その時、「俺、絶対ビジネスを学ばないとだめだ」と思った。調子に乗った小僧には誰も注意してくれないし、教えてくれない。事業には何か方程式みたいなものがあって、それを知らないとダメなんだろうなと思った時に、たまたま本か雑誌に、堀さん(グロービス経営大学院学長)の記事が載っていた。「ああ、こんな世界があるんだ」ということを初めて知った。こういうことを学べる学校があるんだっていうことを知って、目から鱗が落ちる思いだった。これは、行かなきゃダメでしょっと、その場で心を決めた。

とはいえ、その頃の僕は、ビジネスの「ビ」の字も知らなかった。「クリシン」って何?「えっ、ク・リ・ティ・カ・ル・シ・ン・キ・ン・グ??」みたいな(笑)。それを辞書で調べるところから始まった(笑)。最初の頃はアカウティングのクラスで「デット」とか「アセット」とか英語で言われても何のことかさっぱりわからなかった(笑)。

33472

問い: 2007年入学の2011年卒業。その間も、本業のほうではかなりのペースで出店していた。埼玉で店を出す一方で、麹町に通って勉強もするというのは大変だったのでは?

武山: クラスの仲間がかなり協力してくれたので本当に助けられた。みんな、信じられないぐらい親切で(笑)。いろいろ教えてくれたし、僕のために勉強会まで開いてくれた。卒業には4年かかったが、なんとか最後までやり遂げられてのは、良い仲間に囲まれたおかげだったったと本当に感謝している。

問い: 大学院での学びが事業に役立ったという瞬間はあった?

武山: 役立っていないと思ったことがない。ケーススタディに書いてある施策のうち、これは使えると思ったものはそのまま真似して実践で使ってみた。そうすると本当にそのまま行ってしまう(笑)。HRM(人材マネジメント)のクラスで学んだ通りにやると、そのまんま人が動いた。そういうことを、ずっと繰り返していた。これは真面目に思うのだが、その時、自分が自身のイシュー(解決すべき課題)を具体的に持っていて、問題意識が研ぎ澄まされていたので、ケースの中から僕の仕事に役立つヒントを見つけ出すことができたのだと思う。

問い: 武山さん自身の経営者としての壁、悩みは?

武山: 僕は、元々、自分の手でなんでもやりたいという性格だった。自分が率先して、おめえらやるぞ、ついて来いよ、っていう感じだった。今でこそ「何も専務」と呼ばれるぐらい何もやらなくなったが(笑)。その(リーダーとしての)スタイルの壁、ギャップがすごく大きかった。それまで自分がやってきたやり方ではもうこの先は無いということに気づいた時。「そんな細かいことまで口を出さないでくださいよ」って言われた時。厨房に入って料理も作ろうとしていたら、現場で「もう、いい加減にしてくれ」みたいなことを言われた時(笑)。僕はこのままじゃだめなんだっていう厚い壁に思い切りぶつかった。

問い: それはいつ頃?

武山: 2009年ぐらい。その壁にぶつかって、これは任せていかなきゃいかんという気持ちになったことをよく覚えている。

問い: 武山さんが「現場の人」から経営者になった瞬間だ。どうやって踏ん切りをつけたのか?

武山: 田子とも話し合った。たまたまテレビの番組で、星野リゾートの星野佳路さんが「人は任せれば楽しみ、動き出す」とおっしゃっていた。そうか、任せてしまえば、人は喜んで動き出すものなのか、と。実践してみたら、うまくいった(笑)。偶然だったのかもしれないが、僕はそれで変わることができた。

問い: でも、なんでも自分でやりたい人間としては、ちょっと寂しい感じもする。

武山: 確かに僕は寂しいと思っちゃうかもしれない。部下や仲間の中に入って一緒にやっていたほうがやっぱり楽しい。現場で働いていたほうが、身体を動かして働いていたほうが、生きているという実感がある(笑)。今日もめちゃくちゃ疲れたけど、充実している、良かったなあって思う。しかし、それで満足していては先が無い、自分が頭を使わなきゃ、会社は小さいままで限界を迎える。そういうことを学べたのは幸運だった。

問い: なるほど。堀義人が最近書いたコラムに「最良のリーダーの条件・・・それは何もしないこと」というのがある。武山さんはそれを実践しようとしている。

武山: 電車の中で読んだ。自分が既に実践できているかどうかは分からないが、一生懸命やろうとしている。「何も専務」と言い張りたい、いつまでも(笑)。

問い: それは大きな転換だったはず。2009年の気づきというか、もがきというか、割り切りというか。自分を変えるって大変だ。

武山: この2年ぐらい、僕は本当に人に仕事を任せている。責任はとる、だからトコトンやれと言っている。バントなんかを小さく狙うな、ホームランを打つつもりで全力で振り切れと話している。ただ単に人に任せるのではなく、「あの山に登ろう」という目標をはっきり示して、そこに至る過程については現場に任せようというふうに、以前から大きく変化してきている。以前は、「ゴールもおまえらが考えろ」みたいに丸投げしていたが、今は「この山をみんなで登ろうぜ」ということを言うのが僕の役割なのだと考えている。

問い: 1つひとつやってみて、失敗もして、また進んでというステップを何回も繰り返されているわけだ。

武山: 3歩進んで2歩下がる。

問い: 三百六十五歩のマーチだ。武山さんのコアの部分は変わっていないのだろうが、意識や姿勢の部分はダイナミックに変貌してきたように感じる。吸収力があるのか、柔軟性があるのか。

武山: 何事も受け入れやすいのかもしれない、僕は。ミーハーなので、すぐにやってみたいし、新しいことが大好き(笑)。逆に、既存のものを維持していくことは苦手だ。

33473

問い: なるほど。起業家や経営者には頑固な一面があって、「ここは絶対譲れない」みたいなことを言う方も少なくないが、武山さんには全然感じない。

武山: 僕と田子の夢は、少し悪っぽく言うと「埼玉を牛耳る」。これは決めている。埼玉を僕らが牛耳るぞ、と(笑)。埼玉を自分たちで牛耳って、埼玉をすげえ街にしたい。それができるんであれば、やり方なんてどうでもいい。山の登り方も自由でいい。ロッククライミングしてもいいし、ぐるっと大回りしてきてもいいし、そういうところは楽しみたい。

問い: 武山さんはこれからも学び続けると思う。何を学びたいか。

武山: 最近になって気づいたことがある。人間とのつき合い方をもっと学ばなきゃだめだなということだ。理論や理屈も大切だが、地元の戸田にいると、義理人情がすごく重要だ。僕は「こまめさ」が足りなくて、がさつな性格だからいけない。最近不動産ビジネスもやっているが、不動産業というのは人づき合いですべてが完結する世界だ。理論など全く関係ない。こいつが好きだからこいつに任せるとか、おまえは嫌いだから貸さないとか、そんな世界だ(笑)。物事を前に動かすのは人の力だが、動きを止めてしまうのも人だ。人とのつきあい方を、もっとしっかり学びたい。

問い: アルムナイ・アワード授賞式のスピーチで、武山さんは「僕らは埼玉のてっぺんを取ると決めていて、そろそろ見え始めている」とおっしゃっていた。

武山: 飲食店の数で出店が30店舗に達すると、「食」のジャンルで埼玉ナンバーワンになる。2年後に30店舗という目標を既に決めていて、着々と前進している。埼玉のてっぺんをとった後は、全く別のやり方で拡大展開する戦略も練っている。飲食のやり方を変えるし、飲食以外の領域にも踏み出していく。2年後、僕達のビジネスのステージを変える。楽しみにしていてほしい。

「グロービス アルムナイ・アワード」は、ベンチャーの起業や新規事業の立ち上げなどの「創造」と、既存組織の再生といった「変革」を率いたビジネスリーダーを、グロービス経営大学院 (日本語MBAプログラムならびに英語MBAプログラム)、グロービスのオリジナルMBAプログラムGDBA(Graduate Diploma in Business Administration)、グロービス・レスターMBAジョイントプログラムによる英国国立レスター大学MBAの卒業生の中から選出・授与するものです。選出にあたっては、創造や変革に寄与したか、その成功が社会価値の向上に資するものであるか、またそのリーダーが高い人間的魅力を備えているかといった点を重視しています。詳しくは、こちら→「グロービス、第10回「グロービス アルムナイ・アワード」を授与、ロット・武山和裕氏、ペー・ジェー・セー・デー・ジャパン・野田泰平氏、日本財団・青柳光昌氏、三菱商事・松本有史氏の4氏」

名言

PAGE
TOP