社会起業家の実像 第1回 開発途上国の飢餓と先進国の健康問題を同時解決する―TABLE FOR TWO 

社会起業家の実像
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伊藤忠商事、日本アイ・ビー・エム、ファミリーマート、横浜市、NEC、日本航空、東京海上日動火災……。 TABLE FOR TWOのウェブサイトには、実に錚々たる企業・団体が「参加企業」として名を連ねる。その数、優に60社。

36歳の事務局長・小暮真久氏が率いる同組織は、設立からわずか1年強で、これら企業の賛同を得る快挙を成し、ルワンダなど3カ国に34万食の給食を届けた。貧困問題の解決を掲げるNPOは多く存在するが、このスピード感は他に類を見ない。

その事業モデルは単純明快だ。TABLE FOR TWOの参加企業は、自社の社員食堂で、熱量を730kcal程度に抑えた「ヘルシーメニュー」を提供し、販売価格に上乗せした1食あたり20円の寄付金をTABLE FOR TWOに納める。

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20円の寄付金は、開発途上国の小学校に渡り、給食1食分となって子供の空腹を満たす。支援が学校給食を通じて行われるのは、「給食が出るとなれば、親は子らを学校に行かせる。給食がなければ子供たちは、自分の食い扶持を稼ぎ出すためにと幼いうちから就労を余儀なくされ、教育の機会を損失し、結局は、きちんとした収入の期待できる就労機会をも失くしてしまう。給食を出すことで、こうした負の連鎖を断ち切ることができる」(小暮氏)という期待からだ。

寄付金はヘルシーメニューを摂食する会社員らが支払う。参加企業によっては、同額を「マッチングギフト」として加算し、TABLE FOR TWOに贈ることもある。会社員らのヘルシーメニュー購買の理由は、「自らの健康管理のため」、「開発途上国の子供たちを応援するため」、「ヘルシーメニューの味が気に入っているから」など幅広く、開発途上国支援の想いにのみ支えられた活動ではないのが特徴だ。「企業に募金箱を設置してもらうのは簡単だが、それでは永続的な活動にはならない」とは、小暮氏の弁。

そこには、肥満や生活習慣病に悩む飽食の国の人が、貧困による飢餓に苦しむ人と、あたかも仮想のテーブルを囲むようにしてカロリーを移転し合う、共生の構図が作り出されている。

CSRと社員の生活習慣病、企業の悩みに応えるTFTの事業モデル

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では企業らは、なぜ数多ある開発途上国支援団体の活動の中から、TABLE FOR TWOの活動を選び、支援するのか。その理由の一端は、参加企業の視座に立った事業モデルにある。

TABLE FOR TWOが、その産声を上げた2007年は、おりしも企業らが、共通する二つの課題に直面した頃でもあった。

その背景の一つが06年の医療制度改革によって、08年4月から健康保険組合らに実施義務が課されることとなったメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の特別検診だ。国民医療費の約3割を占めるまでになった、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病などの生活習慣病の予防は、国全体にとって喫緊の課題であり、検診の実施は、企業組合にも、その解決の一助となることが強く求められるようになるという予兆でもあった。「社員の生活習慣病の予防のために、何かをしなければならない。けれど、具体的な施策は思い至らない。企業の人事部も、健康組合も、そんな悩みを抱えていた」と、TABLE FOR TWO事務局の安東迪子氏は説明する。

もう一つが、CSR(企業の社会貢献)への意識の高まりだ。株主や社員、顧客などの近しいステークスホルダーに留まらず、広く地域や環境に、その益を還元することが社会的に所与の要請となってきた一方で、企業側は「CSR室などの組織は作ったものの、費用対効果が高く持続可能性のある取り組みは、どのようなものかと今もって模索している」(安東氏)。

この双方を同時解決するのが、TABLE FOR TWOの、社員食堂にヘルシーメニューを導入し、収益の一部を途上国支援に役立てるという事業モデルだった。

「導入のハードルが高く取り組みづらいと意味がなくなってしまう」(安東氏)と、企業側の立場に配慮したシンプルな仕組みも、企業の参加を加速した。TABLE FOR TWOの活動には、(1)1食あたり約730kcal、(2)栄養バランスが取れている、(3)野菜を多く含む、というガイドラインを満たしたヘルシーメニューさえ用意すれば、その日のうちにも参加することができる。1万円程度の実費を支払えば、活動について紹介したポスターやPOPなどのツールも貰える。寄付金の集計も、食堂のPOSシステムなどから得られる売上データを基にすればいいので簡単だ。

「TABLE FOR TWOからメニュー提案をすることや、より厳密なガイドラインを設けることも、もちろん可能ではあったが、参加企業によって、食堂の運営会社も設備も異なる。オペレーションや設備の大幅な改善を要求するような仕様は、導入の障壁になる」(安東氏)と熟慮した結果として、メニューは参加企業側で自由に決めてもらう形を取った。

「一見、当たり前のことだが、企業とNPOの“常識”には乖離も多い。いただいたメールには、すぐ返信するなど、ビジネスの世界の基本を忘れず行動することも大切にしている」と、小暮氏は話している。

バイオ研究者・戦略コンサルから一転、フィランソロピーの世界へ

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企業や組合、社員食堂の運営会社など各者の事情に配慮した事業モデルからは、事務局長を務める小暮氏の異色のキャリアが緩やかに透けて見える。

1972年、東京・練馬区に生を受けた小暮氏は、日蓮宗の上人より「世のため、人のために生きる人間になるように』という想いを込め、経の一部から真久と名づけられた。敬虔な仏教徒であった母の教えもあり、「人の命に関わる仕事がしたい」と育った氏は、機械工学のバイオ分野を専攻。豪州の大学院に進学し、人工心臓の研究で修士号を取得する。しかし、その過程で、「優れた基礎技術を効率的に実用化するには、職人気質のエンジニアと、ビジネスサイドの要請を高度に結ぶコーディネーターの存在が不可欠」と痛感し、卒業後には一転、外資系の戦略コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニーに転進。さらに7年後には、いわゆる伝統的な日本企業を指向して、映画会社の松竹に転職をする。

「マッキンゼー時代、アメリカで、その力を思い知らされたエンターテインメントの仕事を、今度は実業でやってみたいと考えたのです」(小暮氏)。しかし、いざ入社して暫く後には、長い歴史に裏打ちされた企業において、新しい取り組みをスピード感を持って立ち上げることは極めて難しいという現実に直面することになる。

思いあぐねた小暮氏は一人、自室にこもって模造紙を広げ、「過去にワクワクしたこと」「自分が職業に求めること」「人生において追求しなくてもいいこと」……を、一つひとつ書き出していったという。「その結果として、自分自身は大きな組織よりは起業に向いているのではないか、自身のスキルは公器であり、金儲けだけではなく社会のために使いたい、といったことに気づいたのです」。そんなおりに知己を得たのが、米経済学者のジェフリー・サックス氏だった。

コロンビア大学地球研究所長、国連ミレニアムプロジェクトディレクターを兼務するサックス氏は、科学的な現状分析に基づく途上国支援を訴え、自らも途上国支援NPO「ミレニアムプロミス」を運営している。サックス氏の地球規模で問題解決を考える高い視座と卓越した思考力、そして何より「自身の信じることに全力でぶつかっていることから来る人間的な輝き」に触れた小暮氏は、自らの志向性とも合致するフィランソロピーの世界観に開眼する。

このとき、小暮氏と同道したのが、氏のマッキンゼー時代の先輩で、日本医療政策機構で副代表理事を務める近藤正晃ジェームス氏(TABLE FOR TWO代表理事)であった。その前年、世界経済フォーラム(ダボス会議)が選出する「Young Global Leaders(YGL)」の会合に出席していた近藤氏は、「開発途上国の貧困・食糧問題」を議論するテーブルの隣で「先進国の肥満・健康問題」が議論される世界的な食糧の不均衡に高い問題意識を抱き、TABLE FOR TWOの事業モデルの原型となるアイデアを、まさに試行錯誤の最中だった。この構想に小暮氏が共鳴。事務局長への就任依頼を受け、07年10月。TABLE FOR TWOがNPO法人として正式に始動するに至った。

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日本的企業文化への配慮とメディアの積極活用が向心力に

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多彩な経歴、とりわけ外資系のコンサル企業と典型的な日本の事業会社という両極端の環境に身を置くという経験を経て、小暮氏が体得したのは、「意思決定の秩序は頭でイメージする以上に(企業ごとに)大きく異なる」ことだったという。

「外資系企業ではトップの意思決定が上から下に向かってカスケードで降りていくが、日本の労働組合には、これを逆流させるだけの存在感がある」(小暮氏)。そんなボトムアップでの意思決定の強力さに触れた小暮氏は、TABLE FOR TWOの参加企業を募るにあたり、トップ営業だけに甘んじず、現場の社員や給食会社の声に丁寧に耳を傾け、その共感を得る努力を惜しまなかった。それは、トップダウンでの決定事項も、ボトムアップで覆り得ること、現場の理解がなければ長期にわたる活動の継続は期待できないことを肌身で知っていたからだ。

実際、ボトムアップで参加を決定した企業のほうが、社員のヘルシーメニューの利用頻度が高く、新メニューの開発などに社員が積極参加する姿も散見されるという。

TABLE FOR TWOの成功要因を探るとき、新聞・テレビといったメディアの存在も、また、看過できない。活動開始当初は、YGLのメンバーなど理事の知己を頼ってトップ営業をし、参加企業を集めていたTABLE FOR TWOだが、その活動は、すぐに新聞、雑誌、テレビなどの注目するところとなり、掲載記事や番組が強力な告知装置となり、また、組織への信頼感醸成も下支えしていった。その効果は絶大で、「08年春には、既存の参加企業からのクチコミと、メディアによるパブリシティが奏功し、事務局側で営業活動をしなくても問い合わせが次々と来る状態になったほど」(安東氏)。住友商事や豊田通商など、CSRとも人事とも無縁の一社員が、テレビの報道でTABLE FOR TWOを知り、自身でプレゼン資料を作って経営層に提案し、導入につながった例もあるという。

メディアに取り上げられるに至った経緯も、結果から振り返れば、実に巧みだ。「活動開始から今年(08年)10月まで、実はTABLE FOR TWOからのニュースリリース配信は一切していなかった」(安東氏)にも関わらず、TABLE FOR TWOの活動がメディアの目に触れるのは、参加企業や団体が自ら、TABLE FOR TWOへの参加を積極的にリリースするから。大手企業には、個別に担当記者が付いているから、参加企業が増えるたびにTABLE FOR TWOを知る記者が増える。参加企業は業種・業態を選ばないから、産業別の業界紙などにも網羅的に紹介される。市町村や学校などが活動を開始すれば、「学校法人では全国初」などとして、また紹介される……。

このパブリシティの巧みさの背景には、小暮氏がマッキンゼー在職中に触れたという「メディアを効果的に使うことによる社会活動の面白さ」が垣間見える。「セントラルパークで行われたチャリティイベントでは一晩で数億円が集まるのを目の当たりにした。その際は具体的に何かビジョンと結びつきはしなかったが、社会活動におけるメディアの役割の重要性は強く心に刻んだ」と、小暮氏は往時を述懐している。

日本発、ハンガーマップを緑に塗り替える未来

順風満帆に見えるTABLE FOR TWOではあるが、「まだまだ苦労は尽きない」と、小暮氏は打ち明ける。「ここまで大変とは聞いていなかった」と冗談半分に、ぼやいて見せることもある。

キリスト教の寄付文化があり、社会貢献活動に係る税制も手厚い米国などと比べると、寄付に対する意識基盤、税制基盤の薄い日本において、社会貢献を目指す組織のスタートアップ時の運営にかかるカネのやりくりは、大きなボトルネックになっている。事業が、ある程度まで軌道に乗った後、組織を規模化させるための株式市場に変わる機能も存在しないため、その活動の進展は遅々とした歩みに陥りやすい。

他の追従を許さぬスピードで参加企業を増やしているTABLE FOR TWOですら、「寄付総額の1割を運営費とさせてもらっているが、今の規模では全くの赤字」(小暮氏)。運営費には、発起人の近藤氏ほかTABLE FOR TWOの理事がポケットマネーから出し合った基金を食い潰している状況だ。小暮氏は、「寄付総額が数億円の規模に達しないと、損益分岐を超えない」と言い、設立3年の2010年での単年度黒字を目指していると話す。

寄付の額をスケールアップするための試みとして、最近では社員食堂のヘルシーメニューの導入に加え、レストランチェーンを展開する三國清三氏と共同でランチボックスを開発したり、有機食材の宅配ビジネスを手掛けるオイシックスを通じたカレーやベーグルを販売する試みも始めた。このほか今後は、企業からの賛助も募り、会員企業のCSR活動を側面支援するような取り組みも進めていくという。

しかし、「ここまで大変とは聞いていなかった」という、“ぼやき”とは裏腹に、小暮氏の表情は極めて明るい。その視線の先には、TABLE FOR TWOが「日本発のフィランソロピーのモデル」として世界展開され、真っ赤に塗られたハンガーマップが少しずつ、少しずつ、緑に変わっていく未来が映っている。その未来は決して絵空事ではなく、既にYGLのメンバーによってインドにTABLE FOR TWOのフランチャイジーが開設されており、アメリカやイギリスにおける拠点開設の目処も立っているという――。

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今年9月。小暮氏は支援先の一つである、ルワンダを訪れた。

トウモロコシ粉をふかした粗末な給食を貪る子供たちの笑顔。熱心に勉強机に向かう姿。元気に手を挙げ、発言する声。「栄養失調のため、咳ばかりして集中力を保てなかった子らの成績が、給食のおかげで、どんどん上がっているんです」と、校長が嬉しそうに話す。

そこには、あの日、模造紙に書き連ねた「人の命に関わる仕事がしたい」、「自分のスキルを社会のために役立てたい」という想いが、確かな現実となって存在していた。(取材・構成:グロービス 社会起業家プロジェクト)

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