市場の“分割統治”を実現するベンチャーこそが「キャズム」を超える 

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キャズムとは何か

キャズム(chasm)とは、隔絶・溝を意味する言葉である。ベンチャーの世界において、この言葉は技術ベースの製品やサービスを市場で「成功」させるため、すなわち対象市場を独占するためにどうしても超えなければいけない一線を指す。米国シリコンバレーの老舗コンサルティング・ファーム、McKenna GroupのパートナーであったGeoffrey Moore氏が、独立した後の1998年に「Crossing the Chasm」という題名で出版し、一般に広まった理論である。

元来は技術ベースの製品・サービスを対象としているが、コンセプトそのものは技術依存性が低い製品・サービスにも使える。

キャズム理論では、製品の対象市場の構成者を1イノベーター(革新者)、2アーリーアダプター(初期採用者)、3アーリーマジョリティ(前期追随者)、4レイトマジョリティ(後期追随者)、5ラガード(遅滞者)——の5つに分類する。

製品はイノベーターから順番に受け入れられていき、ラガードに受け入れられるときにはその製品はその市場を独占している。しかしラガードにまで受け入れられる製品はわずかで、ほとんどはイノベーター、若しくはアーリーアダプターの構成者にしか受け入れられず、市場を去って行くことになる。

そこで、アーリーアダプターとアーリーマジョリティの間を「キャズム」と呼び、キャズムセオリーではこれを超えることによって対象市場を独占する確率が格段に上がる、としている。ちなみにイノベーターとアーリーアダプターの合計は16%程度。

定性的なマーケティング・リサーチでも製品を使用する人が6〜7人に1人(約16%)に達すると、非使用者は「皆が使っている」という印象を持つようで、この数値を超えると爆発的な成長をする例が多いということだ。

なお、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)のように、ネットワーク外部性の高いサービスなどでは、その導入ハードルとコストの低さが相まってキャズムを超えた後の成長スピードは格段に早くなる。

分割統治のマーケティング戦略

では、どうやって市場の16%以上を取ってキャズムを超え、対象市場を独占する可能性を高めればよいのだろうか?

まず、最初から市場を独占しようとするのは無謀である。そのため、広い市場対象のうち、どのようにDivide and Conquer(分割統治)するかがマーケティング戦略の鍵となる。Divide and Conquerとは、市場を複数のサブ市場に分け、それらを1つずつ攻略することである。サブ市場の分け方については、次のような観点から徹底的なヒアリングをしてプライオリティ付けをする。

・自分の既存製品の付加価値創造度(=顧客の痛みをどれだけ解決できるか)
・規模(痛みを持った顧客の数)
・参入容易度(バリューチェーン構築やカスタマイズの度合い、顧客の心理的ハードルなど
・他セグメントへの移行容易度(汎用性の担保)

そしてプライオリティの高いサブ市場内でプロダクトマーケティングをしっかり行い、顧客が求めるスペックと、加えて表明化しにくいニーズの両方をくみ取り、製品とそのペリフェラル(周辺環境)の作りこみを最初から行うことが非常に重要である。

グロービス・キャピタル・パートナーズ(GCP)では年間を通じて200〜300以上の起業家やベンチャー経営陣とお会いしているが、投資に至るのは数パーセントに過ぎない。

投資に至らない理由を一言で言えば、「想定されるリターンに対し、投資を回収できない可能性が大幅に上回る」と判断せざるを得ないことであり、それは以下のような要因による。

・市場性:市場が想定されるより小さい、成長しないと予測される
・競争優位性:顧客から見た優位性が担保できない、優位性の継続性が懸念される
・経営チーム:将来の成長戦略上必要になると思われる人材がいない、調達が困難と思われる

上記のポイントを定量的に表すのがマーケティング戦略である。たとえば現在売上が1億円のベンチャー企業の潜在対象市場規模が1000億円の場合、そこまでいきつくための過程についての考察や戦略が重要になる。どのような特性を持ったサブ市場に、どのような優位性を持った製品を投入し、どのような経営チームで攻略するのか、そのバリューチェーン構築にどのようなリソースが必要になるのか。さらに、このようなステップをほかのサブ市場でいかに効果的に繰り返し、最終的に1000億円のマーケットを獲得するのか、という構想が必要である。
ベンチャーキャピタルは、こういった戦略をデューデリジェンスの過程で検証するとともに、経営陣とディスカッションをして調整していく。そして、プランを完遂する為に必要なヒト・モノ的リソースを確保する為に必要な資金を投資させて頂くことになる。当然のことと思われる読者の方が多いと思われるが、実際の事業計画から資金ニーズをロジカルに落とし込むのは容易ではなく、そのためこの重要な部分が十分に練られていない事業計画が少なくない。以下に、実際の失敗事例と成功事例を紹介したい。

顧客への導入基準を読み切れず失敗した事例

キャズムを超えようと戦略的にプランしてもできないことは当然ある。PDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)をすばやく回せる業態であればセカンド、サードチャンスがあるが、コストがかさむハードウェア系であると存続そのものへの致命傷になりえるのでキャッシュフローの精査はマストである。私はかつて個人的に超ハイパフォーマンスプロセッサの設計および販売をするベンチャーに参画していた経験がある。そのプロセッサのアーキテクチャは汎用性があるため、対象と成り得る市場は広い。そこで複数のサブ市場をリサーチし、必要とされるスペックを顧客との議論を通じて確立し、プロダクトをローンチした。しかし、顧客に受け入れ始められたものの、業績は伸び悩み、遂にキャズムを超えることはできなかった。

理由の1つは顧客導入クライテリア(導入基準)の調査不足とそれに起因するリソース配分の失敗。ある競合は、プロセッサに加えてその上で動くアプリケーションの設計を容易にする完成度の高いライブラリをふんだんに提供していた。またある競合は、エンジニアを客先に常駐させて自社製品の利用を促進していた。ベンチャーである我々は圧倒的に高いパフォーマンスのハードウェアを提供できたが、ライブラリやサポートは未熟。既存競合製品を利用すればより早期の市場投入が可能になる為、パフォーマンスを見送ってでもそちらを選択する顧客が少なからず存在した。アーリーアダプター受けが非常に良く、そして彼らが欲する作りこみを行った為、マスマーケット投入に必要なペリフェラルが不足していた。顧客導入クライテリアをより深く理解し、リソース配分を事前に調整することができていれば、この失敗は避けられたのかも知れない。

的確な市場ターゲットでキャズムを超える事例

弊社投資先のディジタルメディアプロフェッショナル(DMP)は3DグラフィックスエンジンのIP設計とその販売を行っている。会社設立当初、3DグラフィクスはゲームやCADなどのPCアプリケーションでの利用が大半だった為、PC用3Dグラフィックスエンジンとして製品が企画された。キャズムを超えれば世界的かつ莫大な市場の可能性があるものの、PCという余りに巨大なオープンプラットフォームである為、ベンチャーが「成功」できる確度は低い。

そこで狙うべきサブ市場が複数検討された。1つ目はパチンコ・パチスロなどのアミューズメント市場。2兆円規模の市場であるが、厳しい競争環境でさまざまな差別化が試みられているため新機能への関心が高く、かつ業界特性から新技術導入のハードルは比較的低い。またDMP社製品の特長である高性能と低消費電力(=低発熱)の両立が、限られた空間に複数の台を設置するアミューズメントでは重要なポイントとなった。これは一般的なPC用3Dグラフィックスの競合が参入できていない理由でもあった。

現在DMPはアミューズメント市場においてキャズムを超えつつあり、それを足場に巨大な3Dグラフィクス市場中の第2、第3のサブ市場への参入が進んでいる。

次回は、DMPの経営陣とともに、キャズムを越え、その後の成長をプランする取り組みなどをより具体的に紹介する。

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