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赤坂氷川神社・恵川義浩氏(後編)-日本の伝統を伝え、ビジネスを改革する

投稿日:2008/12/04更新日:2019/04/09

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日販に勤め、ネット事業に携わった20代。恵川義浩氏は大きな危機感を持って、“外”から神社の世界に入った。結婚式ビジネスに注力、高級レストランとの提携など、神社の経営の新しい形を探り、一方で伝統文化を大切にする――街おこしと神社ビジネスについて考えるシリーズの完結編。(この記事は、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年4月19日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)

粋な大人の街、東京・赤坂。複合商業施設「赤坂サカス」のオープンに合わせ、約100年ぶりに復活した江戸型山車(だし)が巡行するなど、赤坂では今現代的な都市開発と歴史や伝統の融合を目指す街おこしが進んでいる。

赤坂の街おこしに携わる人々は多様だ。古くから赤坂で商売を営む老舗、住民、町内会、TBS(東京放送)……こういったさまざまなプレイヤーを結ぶ“かすがい”のような立場にいるキーパーソンが、赤坂氷川神社の禰宜(ねぎ)、恵川義浩氏(36歳)である。「みな立場は違えど、赤坂を盛り上げたいという思いは共通しているはず」という信念のもと、歴史と伝統を誇る赤坂の街と、新時代を志向する赤坂サカスとのWin-Winによる発展を目指して日々奮闘している。

恵川氏の“本業”である神社の世界は、今、大きな危機に直面している。後編となる本稿では、恵川氏が、赤坂氷川神社でどのようにして数々の経営革新を成し遂げてきたかを明らかにしたい。

跡取りとして、神社の経営革新に乗り出す

中編で述べたように、神職に就く前の恵川氏は、産業界で数々の新規プロジェクトを成功させてきた凄腕ビジネスパーソンだった。勘違いでテレビ朝日の内定を辞退し、日販に入社。しかしその後、同社の歴史に名を残すようなイノベイティブな活躍を見せたのである。それを可能にしたのは、「どんな仕事にもその仕事なりの面白さがあり、それを見つけるのは自分の責任」という、恵川氏の仕事観であった。

30歳になるころ、彼は日販を退社し、跡取りとして赤坂氷川神社に入る。しかし神社の世界は、このままでは廃墟化を招きかねない危機的な状況と恵川氏の目に映った。全国の8万社ある神社は、都市は都市の、地方は地方の事情により衰退し、倒産する神社も出てきている。

“神社を経営する”という観点に立てば、何らかの手を打って神社を立て直さなくてはいけないことは明らかだ。しかし、長い歴史と伝統に裏打ちされている分、変化を嫌う土壌が根付いているのが神社の世界である。恵川氏はいかにして、それを突破していったのだろうか?

「実はご多聞に漏れず、私の父も保守派で、神社のマネジメントに関して何も変えたくないという考え方だったのです。ですから、革新を志向する私とは相容れず、正直言って衝突は多かったですね」と振り返る。

しかし恵川氏は、画期的なアイデアをひとつひとつ実現させ、神社の経営を徐々に変えていく。

彼が手がけた神社革新の第1弾は、大祓(おおはらい)。毎年6月と12月の末に行われる。形代(かたしろ)と呼ばれる人の形をした紙に、自分の名前と年齢を書き、体の各所をそれで撫で、息を3回吹きかけることで、心身の穢れがその形代に移るとされる。ご祈祷ののち、それを川や海に流して清める。

親や祖父母の代までは、日本各地で、普通に行われていた行事だが、しかし今では、赤坂氷川神社でも、氏子のごく一部、すなわち、町内の少数の老人しか来なくなっていた。

恵川氏は、伝統的な大祓の良さをより広く知ってもらおうと考えた。そこでひとつひとつ形代を手作りし、1人1枚、1世帯5人と考えて、5枚1セットにして封入し、さらに神事の解説や神社の行事の案内をそれに同封して、氏子区域(赤坂全域、六本木・虎ノ門の一部)全世帯に一軒一軒、ポスティングして歩いた。その数、実に1万世帯(!)に及んだという。

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人の形をした形代。名前と年齢を書き、自分の心身の穢れを移した後、川や海に流して清めるのが「大祓式」(上)。
形代に同封し、赤坂を中心とする1万世帯に配布した案内(下)

途方もない労力を要したこの作業。しかし効果はてきめんで、大祓への出席者は、一挙に10倍以上になった。すかさず恵川氏は、来場者の情報をデータベース化し、以降、神社の行事としては前例のないことだったが、毎回、ダイレクトメールを送るようにしたのである。

これによって、その出席者たちは、リピーターとして定着してゆくようになった。「とても大きな効果がありました。さすがに今では手作りしきれなくなりまして、父も納得し、業者さんに発注しているんですよ」と恵川氏の温顔に笑みが浮かぶ。

レストランウェディングとのアライアンスで大ブレイク

彼の神社革新の第2弾は、結婚式だった。日本には神前式という伝統的な挙式の方法があるが、キリスト教徒でもないのに教会での挙式を好むカップルは多い。また最近では、「人前式」(参照記事)も人気が高まっている。

神前式が行われなくなったのは、その良さが知られていないからではないか――そう考えた彼は、まずホテルと提携する道を模索した。大型ホテルでは施設が整っているので「神前式+結婚披露宴」という組み合わせが行われている。その神前式の部分を、ホテルあるいは古式ゆかしい赤坂氷川神社で実施するという選択肢をカップルのために用意してみてはどうか、という企画を考えたのだ。近隣の全日空ホテルや恵比寿のウェスティンホテルなどに提案してみたが、これは不調に終った。

そこで目を付けたのが、ちょうど人気が高まってきたレストランウェディングだ。レストランには、披露宴の機能はあっても、挙式の機能はないのが一般的。そこで「赤坂氷川神社で挙式し、披露宴をレストランで行えるようにしては」と提案したところ、これがハマッた。地元・赤坂きっての名レストランである「Wakiya-笑美茶楼」「ポワソン六三郎」などが早速、実行に移してくれたのだ。

これがヒットして、レストランウェディングを事業化する多数のレストランが、恵川氏のところにアライアンスを求めてやってきた。その成果は実に目覚ましく、それまで年間2~3件しかなかった赤坂氷川神社での神前式が、2004年には20件、2005年は101件、2006年は120件、2007年には実に200件近くに達し、キャパシティの限界にまで達したのである。

またこの間恵川氏は、元・日販ネット事業部の強みを生かし、SEO対策まで念入りに行ったWebページを立ち上げた。その結果、海外からの引き合いが急増した。

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神前式のようす。雅楽の流れる中、新郎新婦が本殿へ入場する(上)
神前式についてまとめられた赤坂氷川神社のWebページ。提携レストランの一覧も(下)

粋な大人の社交場としての例大祭を実現

恵川氏は、毎年9月に行われる例大祭の革新も手がけている。普通、神社の例大祭といえば、テキ屋と呼ばれる人々が商う焼きソバの屋台とか、ワタ飴の屋台とかが軒を連ねているのが一般的だ。しかし恵川氏は、粋な大人の社交場としての赤坂の伝統を踏まえ、現代の都市生活者が大いに楽しめるものへと“祭りの屋台”を変貌させたのである。

レストランウェディングでアライアンスを組んだ赤坂が誇る一流レストランに、格安で屋台を出してもらうというアイデアだった。我々一般生活者にとっては憧れの存在ではあるが、敷居が高く滅多に行く機会のないお店の料理が、祭りの屋台で食べられるのだ。しかも、1品あたり400円、しかも3品なら1000円という破格の安さ。加えて、盆踊りの選曲に「アンパンマン音頭」を入れるなど、現代の若年層にも配慮したものへと変えた。

効果は絶大だった。大評判を呼んで、例大祭の来場者数は激増したのである。赤坂氷川神社の例大祭は今や、毎年恒例の赤坂の人気行事となっている。

「前例がない」という抵抗を突破する、2つのアプローチ

恵川氏の改革はそれだけには留まらなかった。今、もっとも力を入れている新しい取り組みが、前編で詳述した江戸型山車の約100年ぶりの復活巡行だ。

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赤坂サカスから赤坂氷川神社へ、江戸型山車を引くようす。

神社であれ、町会であれ、歴史に裏打ちされた組織には、その組織に固有の組織慣性が働くものだ。変化を嫌い、すべてにおいて現状延長を指向する。当然、“非連続・現状否定型”の革新には、「前例がない」という理由で強い組織抵抗を示す。それに対して恵川氏は、2つのアプローチでその抵抗を乗り越え、改革を実現してきた。

その2つとは、Win-Winの関係構築と、Swan Cycle型のアプローチである。

山車復活(や例大祭の革新)は、神社革新であると同時に赤坂の街おこしであり、まさにWin-Winを指向していた。さらに言えば、今春の赤坂サカスへの山車の巡行は、赤坂の街と赤坂サカスのWin-Winへの第一歩であった。

Win-Winを実現する上で難しい点は、効用のバランスである。こちらは、そのつもりで提案していても、相手からすれば、自分たちのメリットの方が薄いように見えることも多い。立場が変われば、物事の見え方も自ずから変わってくるからだ。その点で、恵川氏のバランス感覚は絶妙だったのだろう。

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「鳥瞰図的視点と虫瞰図的視点

9年間に及ぶビジネスの現場での体験がここに生きている。神社はこうあるべし、街おこしはこうあるべしという大局的・経営的視点はすべての前提として必要だが、それだけで物事を成就させることはできない。「些事に神宿る」と言われるように、一見取るに足らないような現場レベルでのささいな環境変化の中にこそ、物事の本質、ないしは問題解決への糸口が隠れている場合は多い。そうした変化を敏感に感じ取り、即応してゆくことで初めて、大局的視点も生きてくる。

こうした大局的視点を鳥瞰図的視点、現場レベルの些細な環境変化から本質を読み取る視点を虫瞰図的視点と呼ぶが(図表参照)、恵川氏は、その両者を両立させたからこそ、Win-Winのバランスを実現し得たのではないか。

日販で、いくつかのタイプの異なる現場業務に従事していた恵川氏。そこでの体験の数々は、彼に現場の業務プロセスというものを骨の髄まで叩き込んだ。それが結果として彼を、経営的な鳥瞰図的視点と現場的な虫瞰図的視点の両立した戦略経営タイプへと成長させたと言えるのではないだろうか?

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人はトキメキや感動で動く:

鳥瞰図&虫瞰図的視点の両立によるWIN-WINの実現と並んで、恵川氏の組織抵抗克服を促進した要因――それは、Swan Cycle型アプローチであった。

WIN-WINを巧みに仕掛けるにしても、その提案内容にハッとするような驚きや魅力がなければ、人を動かすことは難しい。

気がつきそうでいて、しかし誰も気がつかなかったような斬新なアイディアは、それに接した瞬間「自分が今までずっと欲しかったのは実はこれだったのだ!」と思わせるようなトキメキを感じるものだ。そして実際にそのアイディアが実現した時、人は深い感動に身を浸す。

レストランウェディングとのアライアンスにも、例大祭の革新、あるいは江戸型山車の100年ぶりの復活巡行にも、そうした“トキメキ”や“感動”が存在している。

いずれの場合も、恵川氏ならではの独自で、他の人とは全く異質な、そして、今までにはなかった新規なSeeds(シーズ、種)を、顧客層のWAnts(ウォンツ、潜在欲求)へと訴求することで、トキメキを喚起し、WantsをNeeds(ニーズ、顕在欲求)へと転換させ、そこで生じる感動が、それら新規プロジェクトの爾後の発展を決定づけている。まさに「SWAN Cycle型」アプローチ、ヒット商品創出のセオリーを、地で行っているといえよう。

病魔を乗り越えて――これからの日本社会のために

こうやって業績だけを並べると快進撃の連続のようだが、実は恵川氏、たいへんな苦労を重ねている。

「昨年の初めに、クモ膜下出血で倒れましてね。一時は死線を彷徨う危険な状態でした。でも神様は私にこの世での使命を与えたのでしょうか、通常では考えられないようなスピードで回復し、後遺症もなく、それまで通りの日常を送れるようになったんです」。

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体のためにも、今年こそはゆったりと過ごしたい恵川氏だが、彼の才能を世の中は放っておかないのか、ますます多忙な日々を送っている。

神社や日本の伝統の良さを次世代に伝えること。そして神社というものをきちんとした形で残してゆくことを、自らのミッションとして自覚する恵川氏。子供たちを対象に神社で雅楽教室を運営しているほか、地域の小学校でも、授業の一環として日本の伝統文化を教えている。

「海外に行った時に、きちんと日本の伝統文化を語ることのできる人になってほしいと念じています。同じ港区にあるミッション・スクール(キリスト教系の幼稚園から大学までの女子一貫校)では、小学校3~4年生が、毎年参拝に訪れます。さすがに欧米ですね。宗教やそれと密接に結びついた伝統文化・習俗を大切にしていることを実感します。日本の学校も、そうあってほしいものです」

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神社で開催している、子ども向けの雅楽教室

全国の神社の倒産・廃墟化の危機が迫る中、恵川氏の目は、赤坂氷川神社の経営革新、赤坂の街おこしから、さらに日本の教育改革と、それを通じた日本の伝統文化のルネッサンスを指向している。

恵川氏のこうした取り組みの数々をひとつのモデルケースとして、全国の神社の経営革新に結び付けてゆけないのだろうか?

「神社の世界では、昔から『言挙げ(ことあげ)せず』と言いまして、“自己主張してはいけない”という基本姿勢があります。ただそうは言っても、神社にとって厳しい時代を迎え、教化活動(情報の共有化)も必要という動きに、最近ではだんだんなってきています」

恵川義浩氏は、36歳を迎えたばかりのバリバリの若手である。氏の今後の活躍を通じて、日本の神社経営が、さらには、日本社会が良い方向へと向かうことを祈らずにはいられない。

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