現代の経営者は、収益性とCSRの高次元での達成を求められている―住友スリーエム取締役・昆政彦氏  

講師インタビュー
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財務担当役員がCSRを追求する理由

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田久保:昆さんは、ゼネラル・エレクトリック(以下GE)やファーストリテイリング、米3M社(以下3M)の日本法人である、住友スリーエムといった日米の大企業で、ずっと財務畑を歩んで来られました。現在は、住友スリーエムで財務・情報システム担当の取締役の任に就いていらっしゃいます。その一方で、ご著書やご講演のテーマは、企業の財務・会計戦略に関するものではなく、「CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)」を軸にしたものが大半ですよね。そこで、まずお聞きしたいのですが、なぜ財務担当役員が「CSR」なのでしょうか。企業が収益性を追求することと、社会的責任を果たしていくことは、時として相反すると思います。

昆:私も最初は、そう考えていました。そもそも私がCSRという概念について深く学び始めたのは、2004年にファーストリテイリング執行役員に就いてからですが、きっかけはナイキの労働問題でした。1990年代の半ばに東南アジアの生産委託先工場での児童労働、低賃金労働などの問題が発覚し、ナイキが世界的な批判を受けたことは皆さんも記憶に新しいところでしょう。これを契機にアパレル業界を中心に、生産委託先の労働環境改善が加速したわけですが、中国に生産拠点を置くファーストリテイリングも、その例外ではありませんでした。そこで、労働環境の改善に関わらず、より広範にCSRに取り組もうということで、参画したての私に白羽の矢が立ったのです。

田久保:当時は、まだ、CSRというと、ボランティア活動だとかメセナ活動だとかを想起する人が多かったわけですよね。

昆:おっしゃるとおりです。CSRを推進しようと大号令をかけたのは当時の社長、玉塚(元一・リヴァンプ代表パートナー)さんでしたが、周囲には「昆には、もっと収益改善につながるようなことをさせればいいのに」という見方をしている人もいたように思います。CSRというと、事業の本流ではないところで傍流の人たちが取り組むもの、という捉えられ方が大半だったのです。この温度差は、いまも各所で感じることですよね。

ただ私自身は、調べれば調べるほど、これは自分の理想に極めて近いのではないかと思うようになっていきました。そもそも私は、GEで、とにかく結果(財務業績)を追求する企業の姿に触れ、「これは少し違うのではないか」と疑問を抱いていたんですね。当時の結論は、財務上での結果を出せる会社は、それ以外の分野への意識が低く、逆に、人や環境に配慮した会社は財務業績がどこか振るわない、というものでした。でも、心のどこかで、双方はバランスするはずだ、とも思っていたんです。それが、あるべき姿だろうと。

CSRの追求は、決して、会社の利益を無駄にしていい、良いことだからと、めいっぱいコストをかける、ということではないはずです。収益性の担保とCSRの達成は相反するものではなく、高い次元でバランスするものでなければならない。CSRの理念は包括的な企業経営目標ですから、財務担当にとっては財務分野以外での意識や社会感覚を磨く試金石になると考えています。

現代のCSRは「コンプライアンス」「コントローラーシップ」「インテグリティ」を包含する

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田久保:もう少し詳しくお聞きしていかれればと思います。そもそもCSRの及ぶ範囲は、人によって解釈が大きく開くところと思いますが、昆さんの言われる「CSR」は、どこまでを包含するものなのでしょう。

昆:決算書の収益を拡大させた「トリプルボトムライン」として「社会」「経済」「環境」の側面からの評価を推進するガイドラインもありますし、一般的には「経済」「従業員」「地域(コミュニティ)」「環境」の四カテゴリーに大別することができます。この全てのカテゴリーに対してバランスを取りながら責任を果たしていきましょう、ということです。

田久保: 就労環境の整備といった「従業員」への配慮や、「地域」への良き波及効果、地球「環境」の保護といったあたりは比較的、イメージしやすいところと思いますが、「経済」というのは、狭義には企業の事業性や収益性を指すわけですよね。先ほどの議論にもあったように、ここはCSRに含むのか否か、議論が分かれるところなのではないですか。

昆:関連学会などでは財務的要素は落として議論することが多いですね。CSRを狭義に捉え、コンプライアンス(法令遵守)のみに焦点を当てたり、環境保護の視点に寄ることもあります。

田久保:いずれにせよ学会では、「金儲けは悪」というところに立脚するわけですね(笑)。

昆:そうですね(笑)。ただ確かに、CSR本来の意味はコンプライアンスと、ほぼ等価であるべきなのです。ビジネスの遂行に際しては国が決めた法律を守りなさい、と。ただ、その守るべき範囲がいわゆるモラルの領域に、どんどん入ってきており、だから、自然環境やコミュニティにも配慮を…ということになっている。そのあたりが、CSRというものの本質を分かりづらくさせている遠因でしょうね。ですから、会社によっては、コンプライアンスと、モラルに関わる部分とを明確に分けて呼んでいたりもしますよ。例えばGEでは、法律に関わる部分を「コンプライアンス」、そのうち会計に係るところを「コントローラーシップ」、そしてモラルの部分は「インテグリティ」と置いていました。

田久保:企業にとってのステークホルダーの範囲が拡がってきている、とも言えそうですね。ポーター(マイケル・ポーター ハーバード・ビジネススクール教授)は、自身の論文『競争優位のCSR戦略』の中で、「企業と社会は相互に依存し合って」おり、これまでのように双方を対立概念として捉えるのではなく、「『企業と社会の一体化』について考え始めるべき」と提唱しています。

そのようにして、法令遵守の範疇から徐々にモラルの領域にまで企業が意識を馳せざるを得なくなったのには何か具体的な契機があったのでしょうか。

昆:一つには、企業の国際化が進み、ボーダーレスの時代に突入したことが挙げられます。それまで国家が社会的な責任を規定し、統制可能であった時代が終焉したことにより、巨大な力を持つようになった企業が、独自の判断と規律で正しい行動を取ることが求められるようになったことが背景にあります。具体的な例をGEのケースで挙げると、ハドソン川にPCB(ポリ塩化ビフェニル)を流して撤去作業に5億ドルを投じていますが、流した当時、あれは法律違反でも何でもなかったんです。でもその後、時代が変わり、環境保護の意識が相対的に高くなって、河川汚染が大きな社会問題として取り上げられるようになりました。その時点ではGEはPCBの投棄はしていなかったのですが、しかしながらGEは社会的な批判を強く受け、ブランド、財務ともに大きな傷を負いました。そこで、法律を守っているだけでは社会的責任は果たせないと自覚するようになっていくわけです。

田久保:CSRに係る要求水準は相対的に高くなってきていると思われますか。

昆:そう思いますね。そもそも経営環境そのものが、第二次大戦前と今とでは圧倒的に今のほうが厳しいのです。米国型の企業経営が定着し、いまや証券取引所のパワーは国家のレベルを超えています。株主の(利回りに対する)要求を無視して企業は存続できないのです。そのプレッシャーがエンロン、ワールドコムを生み、エンロン、ワールドコムの揺り戻しが、今のCSR強化にもつながってきた。だから、今の経営者は大変ですよ。これまでにないほど高い水準で、業績もCSRも満たさなければならない。考えようによっては、昭和初期の経営者などというのは、ラクだったかもしれませんね。

田久保:そういえば、本当かどうかは分かりませんが、(本田技研工業の創業者である)本田宗一郎さんは、P/L(損益計算書)が読めなかった、なんて話も聞きますね。

昆:そうそう。当時は道徳観念に秀でていることが、トップを選ぶうえで最も重要な要素となっていたのです。ところが今は、株主からの非常に高い要求を満たす戦略の設定と遂行する能力がなければいけないし、もちろん、モラルだって高くなければいけない。大変ですよ。

田久保:CSRの及ぶ範囲について少しだけ話を戻しますが、先ほど昆さんから、「経済」「従業員」「地域」「環境」という四つを上げていただきました。ナイキやGEの事例をお聞きしながら改めて思ったのですが、これらは「環境」しかり、「従業員」しかり、経営の周辺にあるように見えて、実は時代と共に経営の中枢に入ってきた、かなり重要な要素なんですよね。「環境」と正面から向き合わなければ、サスティナブル(持続可能)な経営など不可能だし、GEの事例のように、顧客や株主といったステークホルダーから直接的に謗りを受ける引き金にもなり得る。「従業員」に関しても、例えば途上国などに生産拠点を置き、コスト削減を目指すとなれば、当然、人権問題に対するセンシティビティが求められます。

つまり、CSRは企業にとって極めて本質的な問題なんですよね。株主優位の時代だからと「儲かること(経済)」だけに邁進すればいいというものではなく、いまや経営への要求は、これまでになく多様化している。そのうち特に顕在化しているキーワードが「従業員」であり、「地域」「環境」ということなのでしょう。要は、CSRは企業戦略そのものなのだから、もっと本業の側に“巻き取って”いかなければならないのに、多くの企業は「環境経営」とか「コンプライアンス」とかをパーツに切り出して、組織の末端のほうに「CSR室」とか小さなチームを作っては、ちょこちょこと活動している。

「財務パフォーマンスのGE」、「CSRの3M」という一般的な評価

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昆:そうですね。私が問題意識を抱いているのは、こうした活動がともすれば“仏、作って魂入れず”となりがちな点ですね。経営者をはじめ、組織として、CSRの本質的な重要性を認識しない限りは、体制だけが残って形骸化しますから。「CSR報告書」を発行している日本企業で、実は従業員は報告書の存在も内容も認知していないというような状況も、よく耳にします。これでは、真のCSR経営を達成することは不可能でしょう。

田久保:そのあたり、例えばGEや3Mは、どのように実践しているのでしょうか。そもそも、この2社は非常に対照的な企業ですよね。

昆:仰るとおりです。財務畑の人はGEの財務的パフォーマンスの達成能力を高く評価しますし、コンプライアンスとか環境の専門家は、3Mの社会性の高さを評価します。つまり、これまで対立すると考えられてきた概念の両極端のところで、それぞれが高く評価されているわけです。

田久保:それは、GEは株主にとっては良い会社だけれど、CSRの側面では、あまり評価されていない、という意味ですか。

昆:一般的にそのように見る人もいるでしょう。しかしGEは創立当初からフィランソロピーに力をいれ、社員によるボランティア活動を世界的に展開していますし、コンプライアンスに対する徹底的な社員教育を施してきました。また、2005年からはグローバルに環境問題を解決する「ecomagination」という取り組みも始めました。今の会長のジェフ・イメルトはポーターの戦略的CSRをドライブしており、今年11月6日に開催されたBSR(Business for Social Responsibility)カンファレンスではキーノートスピーカーを務めています。ただその一方で、先ほど例示したPCB問題のようなネガティブなイメージを想起させる報道も絶えない。

田久保:それは事業特性として、GEが軍需産業や原子力発電などで成長してきたことにも起因するのではないでしょうか。

昆:それはありますね。でもそれ以上に、こうした報道に上がってくるのは、同社が“エクセレントカンパニー”である証左だと、私は考えています。

田久保:どういうことですか。

昆:グロービスのクラスでも、よく話しているのですが、私はリスクを適切にマネージすることがエクセレントカンパニーの条件だと考えているんですよ。リスクのない分野だけで勝負していれば問題は起こさないかもしれませんが、企業に求められるのは「問題を起こさないこと」だけではないですよね。きちんと収益を上げて、従業員の生活を守り、株主に価値を還元することのはずです。その意味からすると、リスクをまったくとらないとすることが必ずしも競争優位性を獲得することにはならない。リスクをとってもきっちり利益を取りにいくことが経営者としての大切な嗅覚だと思うんです。それを直感ではなく、長年の経験を踏まえた仕組みとしてマネージしているところがGEの凄さだと思うんです。もちろん、それと同時に、経営者からだけではなく、社員全員から、「インテグリティに抵触しない」という誓約書を毎年、取っています。

田久保:具体的に、どのような仕組みで、それを実現しているのですか。

昆:まず、内部監査を選り抜きのエリートに任せています。そうすると彼らが、経営の中核に行ったときには、「ここまでのリスクは大丈夫だが、それ以上やるとマズイことになる」ということが肌に沁み込んでいるから、決して無茶な意思決定はしない。ところが、そのあたりのことが分かっていない会社は、第一線から外れた社員に“退職前の花道”として内部監査を任せたりします。すると、「内部監査担当は現場を見ない監査」もしくは、「問題の本質を見落とした監査」となり、現場のオペレーション担当が、スッとブラックゾーンに入ってしまったりするんです。

田久保:つまり、GEのコンプライアンス遵守の仕組みというのは、財務とCSRのバランスを高度に取る形で回っているのですね。

昆:そう。すごくうまく回っている。リスクをとっても決して一線を越えないことは非常に高度な知識・経験を要求されますので、GEはリスクの教育と管理のために最高の人材を張っています。国内有数の法律事務所と太いパイプを築いていますし、社内の法務部門にも有能な弁護士を雇い入れています。日本での各事業別法人では、従業員数1500人以上の規模に対し、専任の弁護士資格をもったゼネラルカウンシルを配置しています。私の知る限り、そんなことをしている企業は、ほとんどありませんよ。

田久保:そう見ると、3MとGEの相違が、より明確になりますね。3Mは逆に、ホワイトゾーンだけで勝負する。フェアウェイだけを行く企業ですよね。

昆:そうですね。ものすごくピュアな会社です。米国では珍しく永年勤務を誇りとして、めったに外からは人を採らない。会社への忠誠心の非常に高い化学の研究者を社内に抱え込んで、自由な研究活動から革新的な新製品を出し、イノベーション経営の中で個人の尊厳と自主性を尊重するビジネスモデルを貫いてきました。ところが競争環境の激化によって、成長にかげりが見え始めました。

田久保:確かCEOをGEから取りましたよね。それは、やはり株主からの圧力ですか。

昆:ええ。そういう皮肉なことが起きている。財務面で脆さが出てきたために、これまで、あらゆる方向から評価されていた「管理せずに自由に任せる経営手法」を変化させる必要が出てきました。

田久保:例えば、どのような。

昆:個人への業績評価の取り込みと社外人材との競争意識の導入です。3Mの、なるべく雇用を守るという考えは、トップパフォーマーも、ローパフォーマーも作らないという暗黙の了解のうえに成立していたんです。ところが、GEのやり方というのは各個人レベルで財務パフォーマンス貢献の意識付けを明確に行うものです。3Mは、新しい人事施策の動向を3M風にアレンジしたうえで新人事評価制度を入れ、各人の業績を可視化していった。会社の業績は確かに上がりましたが、結果として厳しい競合との競争を個人レベルでも感知するようになってきました。イノベーションにつながる分野には自由な発想を奨励し続けていますが、一方、従業員自身がエンゲージされることと、効率性とスピードを追求することが組み込まれました。一般的な会社ではごく当たり前のことですが、のんびりした企業文化に慣れ親しんだ人には大きな変化を感知することとなったのです。

田久保:GEと3Mは全く異なる体質であったのものが似てきたように思えますが。

昆:そのとおりです。GEは、3Mなど社会性の高い会社の施策を取り込もうとしており、3Mは、財務パフォーマンスの向上手法を取り入れようとしています。

例えばGEは、地球環境を新規事業ドメインに据えた事業およびマーケティング戦略と創造性を組み合わせたecomaginationを展開していますが、これは環境問題に1975年から取り組み、イノベーション経営を邁進してきた3Mの最も得意とする戦略です。一方の3Mは、社会性の高さを保ちながら財務パフォーマンス、特に、成長力を獲得しようとして、GEなどで行われている戦える人材育成のためのモデル「リーダーシップ・アトリビュート」を取り入れて、財務パフォーマンス向上を日常業務の中にまで落とし込む施策を導入しました。

それぞれの会社で持っている優位性を損なわないように、新しい機軸を取り入れられるかが、今後企業として永続して繁栄できるか否かの分かれめです。私の現在の職務目標は、まさに理想としていた「人間への尊厳や環境への取り組みを壊さずに財務パフォーマンスを向上させる高度な経営目標」にチャレンジすることです。これが達成できれば、(住友)3Mはこの先100年にわたってエクセレントカンパニーでいることができるわけです。

田久保:それを聞くと、最初にお聞きした「なぜ財務担当役員がCSRなのか」という問いへの昆さんの答えが、腹に落ちてきます。つまり、株主への便益供与を前提とした今日の企業経営においては、健全な収益基盤を抜きにしたCSRというのは生存し得ない。だから、財務担当がバランサーの役割を担うのが自然なのだ、と、そういうことなのですね。

守りのCSRから、勝つためのCSRへ

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田久保:同じ話を日本の経営環境に振り向けて考えてみたいのですが、日本企業はGE型か3M型かと乱暴に分けてみると、どちらかと言えば3Mに近いのかもしれませんね。

日本企業がステークホルダーとして株主を強く意識しはじめたのは、ごく最近の話で、それまではファイナンス面でのプレッシャーは、さほど高くはありませんでした。一方で、年功序列・終身雇用に代表されるように従業員には手厚く、高度成長期の一連の公害問題を経験してからは自然環境への取り組みも先進国随一のレベルで来たと思います。松下電器産業の水道哲学に代表されるように、そもそもの成り立ちとしても公益の福祉を全面に掲げる企業が多いように思います。しかし、ここへ来て海外の資本家や個人投資家が続々と入ってきて、財務のパフォーマンスを厳しく問われるようになった。彼らの要求に答えながら、今までどおりのCSRの水準を保てるのか――。そう考えると、グレーゾーンのマネジメントを仕組み化し、財務基盤を磐石にしたうえにCSRの施策を置いているGEの強さが真に迫ってきます。

GEはしかも、これまで特にクリーンな企業であると標榜してこなかっただけに、新しく打つ球は「次はエコで行く」「水事業に出る」と全て戦略やマーケティングの種にできる。ところが、これまでどちらかと言えば、CSR的には超優等生であった3Mのような企業は、財務とのバランスを勘案しながら、むしろ120%だったものを100%に落としていかざるを得ない。これは大きなジレンマですね。

昆:そこは今後、事業戦略として考えていかなければならないところと認識しています。これまで3MはCSRに係る施策を宣伝材料に使ったりはしてきていないんですよ。それは、むしろ当たり前の、PRに使うようなものではないという姿勢でやってきた。そうした施策をビジネスウィークのような雑誌が評価すると、相対的に上位に来る感じだったのです。

日本企業にもご指摘のとおり、似た側面はありますね。怖いのは、ライブドアのケースにも見られるように、財務のほうに舵を振り切ってしまうことでしょう。株主尊重というのは、だからといって経済指標にのみフォーカスすることではない。GEが凄いのはCSRとのバランスを組織的に取っているところで、ただ表層で理解して真似ても、十分な対応力がないとどこかでブラックなところに足を踏み入れて破綻することになる。

田久保:課題は、そこのところの問題意識をいかにしてトップが持ち、組織に落とし込むかでしょうね。

昆:そうですね。会社のためなら法を犯しても構わない、という忠義心が、これまでの日本のビジネスパーソンにはありますからね。その意味では、三菱ふそうのリコール隠しは特徴的でしたね。現場の社員は、法令以上に、会社の顔を守ることにプライオリティを置いていた。西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載も、典型的な“昔の会社”らしいコンプライアンス違反でした。虚偽が発覚してから検察庁が同社の組織に入っていって色々と調べたらしいのですが、他の部分では完全に真っ白だったというんですよ。会社の本質として非常にまじめで実直な人たちが、法律遵守よりも会社や創業者の顔やプライドを守るほうが重要と考えさせてしまう典型的な例です。これがトップダウンの怖さですね。トップの倫理観が一瞬でもぶれたら、会社全体に影響する。

田久保:そこはやはり、執行と取締の役割を組織内でより明確にしていくとか、よりシステマチックに担保していかなければいけない部分なのでしょうね。組織に問題意識を持たせるには、どうすればよいとお考えですか。

昆:トップマネジメントの意識が薄いと難しいですね。特にモラルの領域の話は、実害があるか、実益に結びつかない限り、現場は危機感を持ちづらいものですから。

田久保:まさに、飴と鞭というか…。

昆:そう。財務パフォーマンスに明確に結びつくとか、規制のレベルが上がるとかが、ドライバーにならざるを得ない。

田久保:炭素税が導入されたら、更なる省エネに取り組んだり、原油価格高騰が電気自動車の開発を促進したりといったことですね。その意味で、リコーやキヤノンといったCSRと財務パフォーマンスを兼ね備えた企業のうまいところは、まずきちんとしたKPIを設定しているところではないでしょうか。とあるKPIを達成したら原価率も同時に下がってくる、というようなことが明示されれば、動きやすいですよね。だからこそ、やはりトップダウンでなければ、ということなのでしょうが。

昆:KPIは必要ですね。私も日本は有効な経営指標が少なすぎると考えています。ただ、指標はPDCAに埋め込んで初めて功を成すものですから、そこを忘れてはいけないですね。「目標体重○kg!」と掲げるだけなら、誰にでもできますが、本当に取り組まなければならないのは、体重を減らすための施策である「カロリー摂取量」や「運動量」をKPIに落とし込んで、PDCAまわすことで、それができなければ成果を刈り取ることはできません。

田久保:税の低減効果もドライバーになるわけですか。

昆:そこは本当に難しいところですね。財務担当としては当然、税負担を下げに行くのですが、「税金の使い道を考えていくと、それ自体がCSRに反するのではないか」という声も上がってきます。「それは社会的に本当に良い会社と言えるのですか」と。このあたりは答えの出ないところですね。私個人としては、それは国の施策を信頼できるか否かにかかってくると思います。政策が信用できないのであれば、社業で社会に福祉を返していくべき、と。このあたりはオープンエンドというか、個々の会社が各々のポリシーに基づいて考えていけばいいところだと思います。大切なことは、CSRを本業の中核において捉え、どう強弱を付けながら財務パフォーマンスとのバランスを取っていくかという、まずはそこに意識を持つことでしょう。

田久保:そのバランス感覚というか、時代が要求するCSRの方向性を感知する力というのは、どうすれば醸成できるのでしょうか。

昆:それは経営センスと同義でしょう。ここから先、どのように経営環境が変化するかということ、そこにアンテナを張り、変化の方向性を見極め、組織の体質を変革していくほかないのではないでしょうか。昔は社会的に許されていたことが、時代の変化のなかで法令違反の範疇にはいってしまうことはよくあることです。社会の変化の感度を磨くことは、事業上での経営スキルを向上させることと全く同じだと思います。そして、見ている範囲を財務パフォーマンスだけではなく、地域・社会・環境にまで広げるだけのことなのです。

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