一人一人の言動が日本を変える(堀義人 起業家の冒言) 

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テクノロジーが加速する草の根の変革

今まで僕は、意見を言うのは控えてきた。なぜならば意見を言えば必ず反論され、批判を受けるからだ。誤解もされるし、その結果、敵もつくることになる。だが、もうそうは言っていられない。日本が抱える課題はかなり大きいにも拘らず、その課題・問題に対して前向きに取り組んでいる姿勢があまり見られないからだ。

僕の立場も変わりつつある。グロービスは、日本を代表する経営大学院になりつつあるし、僕自身、もう年齢的に50歳近くになる。当然、次の日本を背負う僕らの世代には、責任がある。これからは批判を気にせずに、言うべきことを言い続けることとした。

ホリエモン、村上ファンド、グッドウィル等への社会的制裁により、起業家仲間でも、「目立たない方が得」という風潮が出てきた。なぜならば、目立つと叩かれるからだ。しかし、社会の活性化には、イノベーターが、「我こそは○○でござる」と自らを宣言し、考えを主張することが大事である。

その違う個性による強烈な自己主張のぶつかり合いが、社会のダイナミズムを生むのだ。大人しい、真面目な人ばかりでは、何も生まれない。「調和社会」は、聞こえがいいが、一歩間違うと「何もしない人の集団」となり、イノベーションが生まれない。

良い意味での「ダイナミックな調和社会」は、主義主張をぶつけ合いながらも、生み出せると思う。個性を尊重し、違いを認め合い、感情的にならずに論理的に意見交換をし、ルールに従い意思決定をする。その素地が社会にあれば、異種の自己主張のエネルギーを吸収しながら、ダイナミックな変革を担い続けられると思う。それが、日本が向かうべき「ダイナミックな調和社会」と言えよう。

どんな服装をしようが、髪型をしようが、髭をしようが、いいではないか。それが個性なのである。その個性を伸ばす社会であれば、世界でもっと活躍できる人材が生まれると思う。

最近記者会見などを聞いていてよくわからないのが、「世間を騒がせて申し訳ないと思う」、という発言である。「え?どうして申し訳ないの?」と思ってしまう。世間が騒ぐが騒がないかは、世間が決めるものである。自らが決めるものではない。

グロービスのベンチャーキャピタルのパートナーであるアラン・パトリコフ(コラム:(「伝説のベンチャーキャピタリスト、アラン・パトリコフ」参照)が面白いことを言っていた。「頭の中で悪魔を増長させてはいけないよ」、と。僕は、何の意味かわからなかったので、質問して教えてもらった。彼が言うには、「悪魔」というのは「問題」のことである、と。小さな問題でも、頭の中で考え続けるとその悪魔(問題)がどんどん増長していくのである。つまり、問題は、大きい小さいに関わらず、意識の持ちようで大きくなったり小さくなったりするのである。

これは、世間でも一緒である。小さな問題でも、マスコミが大きく取り上げたら社会問題になる。ましてや国会、さらには公聴会で取り上げると、これは、「大問題」になる。ところが、実際には「大した問題ではない」かもしれない。ただ、そこまで行くと、誰も「大した問題ではない」とは、言えない空気が生まれ、謝罪をしなければならないところまで追いやられる。これを英語では、「politicize」と言い、「政治問題化する」、と訳される。つまり、意図的に政治利用するのである。一方では、大きな問題であってもマスコミが取り上げないと社会問題化しない。本来は、世間で騒ごうが騒ぐまいが、「良いものは良い」、「悪いものは悪い」のだ。

その政治利用のために、目立つものがターゲットになることがある。検察、行政、マスコミによる一罰百戒的な見せしめ的行為により、目立つものがターゲットになるのである。その結果、「出る杭は打たれる」という諺が現実のものになってしまうのだ。となると「目立たない方が、得」と意識が芽生え、ダイナミックな変動が何も起こらない社会が生まれることになる。(ただし、実際には、目立たないところでは、様々な動きがあるが、静かにしているので社会を動かす力になりえないのだ)。

僕も、今まで黙々とやるべきことをやってきた。日本にとって必要なのは、新たな人材育成である。だからこそ、グロービスを通しての人材育成をしてきた。日本に必要なのは、新たな企業・産業である。だからこそ、ベンチャーキャピタルを通して第二のソニー・ホンダを生み出そうとしてきた。日本に必要なのは、新たな知のダイナミズムである。だからこそ、出版による知の提供をしてきたのだ。

だが、それだけでは足りない気がしてきた。だからこそ一歩踏み出し、オピニオン「起業家の冒言(ぼうげん)」を書き始めたのだ。僕自身、目立つことに抵抗はあるが、そうは言っていられないのだ。環境も変わって来た。社会の中での危機意識もかなり共有されてきた。

ITの進化により、「よりパワフルな発信力を個人が持つようになり(ツイッター7つの仮説2)、そして、「パーソナルな情報がマスメディアを凌駕する」(仮説4)のだ。この環境であれば、草の根的な改革は、実現できると思う。

先ずは、各人が各人の立場で発言し、行動することが重要だと思う。僕も、提唱者として、臆することなく、今後とも気がついたことは必ず発言し、行動に移そうと思う。同世代には、政治家の良き仲間も多いし、経済人、文化人、メディアの人も多い。ツイッターでも仲間が増えてきた。同志が多いことは、心強い限りである。

先ずは、身の回りからの一人一人の発信、行動である。そこから日本の改革が始まるのである。

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