セパージュ時代の到来(3) 成長:消費者の視点 

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皆さん、次のような経験はないでしょうか?

ある日、レストランに行って、たまたま頼んだワインがとてもおいしかった。ラベルのデザインがとても印象的で同じワインを買いたいと思う。ワインの銘柄をメモにしたため、同じワインを酒屋さんで直接買おうと心に決める。しかし、実際に酒屋さんに行ってみると、同じワインが置いていない。そのうち、メモもどこかにいってしまい、そのワインのことを忘れてしまう……。

ワインのことを良く分からないながら、ワイン好きを自称していた若い頃、このような経験を何度もしました。最近ではインターネットでワインを容易に買うことができますから、昔に比べると、どこかで出会ったワインに再会できる可能性は格段に高くなっていますが、それでも適切な検索をしないと難しいこともあります。

今回は、お気に入りのワインに出会う秘訣をひもときながら、土地よりもブドウの品種を重視する「セパ—ジュ主義」が、ワインのマーケティングや消費者の利便性向上に役立っていく様子をご紹介します。

“お気に入り”のワインを買う

まず、お気に入りのワインに出会ったときに、何をメモしたのか、何を記憶に留めたのかが、重要になります。

たとえば、左のラベルの例を見てみましょう。これは「テロワール主義」的なラベルの典型です。一番大きい字で書かれている「Ch_teauPoupille」をメモしたとします。これはワイナリーの名前です。その後、ワインが置いてある、酒屋さん、スーパーなど歩いてみますが、見当たりません。実際に、私が住んでいる近所のお店を3カ所ほど見ましたが、置いてあおりません。

それもそのはず。Ch_teauPoupilleは、それほど大きなワイナリーではありません。ワイナリーの名前をベースに街中でワインを買おうとすると、かなり難しいのです(ちなみにインターネットで検索するとすぐに見つかります)。

次に、その下の「C_tedeCastillon」をメモした人はどうなるでしょうか。こちらはワイン産地です。C_tedeCastillonは、ボルドー地方のやや内陸のほうに入った地区の名前です。地区全体として三千ヘクタールほどの栽培面積があります。これをメモした人は、これと同じ地区から出荷されたワインに出会う確率が高まります。お店の人に「C_tedeCastillonはありますか?」と聞くと、品揃えをしているかもしれません。実際に私の近所の店にも置いてありました。ただし、どこにでも置いてある、というほど流通しているわけではありません。

さらに、C_tedeCastillonの下に、細い字で書いてある「VignoblesJ.M.Carrille」というのは、造り手の名前ですが、これをメモして、ワインを探す人はあまりいないでしょう。

次の右のラベルの例ではいかがでしょうか。こちらは、「セパージュ主義」的なラベルの典型です。このラベルの場合、まず何をメモする可能性が高いかというと「ISLADEMAIPORESERVA」ですね。これはワイナリーの名前で、一番大きく書かれていて、金の下線が引かれています。しかし、ワイナリーの名前で、ワインを探すのは、先ほどのCh_teauPoupilleの場合と同じで、再会するのは難しくなります。

次に、さらにその下の「CABERNETSAUVIGNON」をメモした人はどうなるでしょうか。メモしたものは、ブドウの品種です。このブドウの品種を手がかりにワインを探すと、ほぼどこのお店でもCABERNETSAUVIGNONのワインを見つけることができます。私の近所のお店をチェックしてみますと、すべてのお店にCABERNETSAUVIGNONのワインが置かれていました(当然、メジャーなブドウ品種とマイナーなブドウ品種があるため、レストランで出会ったお気に入りのワインがマイナーな品種である場合は、再会が難しい可能性は否定できません)。

ここまでの話の設定は、どちらかというとワインの初心者が、偶然出会ったお気に入りのワインとどう再会するかというものでした。ワインの初心者は、そのワインのどこが気に入ったのかについて、あまり明確ではない可能性があります。

「何を気に入ってそのワインと再会したいのか」という理由は整理しておかなければなりません。もし、「ラベルが気に入った」とか「恋人と飲んだ記念のワインだから気に入った」といったようなことでなければ、「おいしかった」「自分の味覚にあっている」というあたりがそのワインを気に入った理由ではないでしょうか。

ラベルが消費者に伝えるメッセージ

このような理由の場合、実は、「Ch_teauPoupille」でなければならないとは思っているわけではなく、「Ch_teauPoupilleのような」ワインが気に入ったということのはずです。「……のようなワイン」を探す時、「地理的に近いところのワイン」を選ぶという方向と、「品種が同じワイン」を選ぶと方向の二つの考え方が出てきます。

一つ目の「地理的に近いところのワイン」を選ぶという考え方です。フランスでは、生産地やブドウ品種を厳格に規定した「原産地統制呼称(AOC)」に関する法律があるため、同じ地域のワインであれば、同じブドウ品種を使っている可能性が高く、「……のような」ワインに出会える可能性は高くなります。ただし、村や地区レベルで地理を特定してしまうと、どのお店に行っても同じ産地のワインがあるというわけには中々いきません。当然、地理的な枠組みを広くしていけば、入手可能性は圧倒的に上がります。しかし、「フランスのワインが好き」や「ボルドーのワインが好み」という大きなくくりでは、大雑把な感じが否めません。

一方、二つ目の「品種が同じワインを選ぶ考え方」をすると、メジャーな品種であるシャルドネ、ソーヴィニョン・プラン、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、ピノ・ノワールといったものであれば、ワインをおいているお店であれば、ほぼどこでも入手可能です。味わい・香りという点においても、ほぼ期待の範囲内のものに出会えるはずです。

要するに、消費者にとって、セパージュは圧倒的に分かりやすい。Ch_teauPoupilleやC_tedeCastillonというワインに街中の酒屋で出会う確率より、CABERNETSAUVIGNONというブドウ品種のワインと出会える確率のほうが高いわけです。そして、同じブドウ品種のワインであれば、その香りと味わいはほぼ想定範囲内にあるはずです。

このように、消費者からラベルを見た場合、ブドウ品種を確かめることで、自分が飲みたいワインに近いかどうかを判断できるわけです。

品種が同じであれば香り・味わいは同じなのか?

ここまでくると、同じブドウ品種であれば本当に香りと味わいは同じなのか、と疑問に思う方もいるかもしれません。プロの鋭敏な舌をもって厳密に答えれば、「No」ですが、一般消費者が捉える大まかな特徴としては、多くの場合同じと言っても許される香りと味わいであるのではないかと思います。

実際にラベルを隠してブラインド・テイスティングをやるときに、真っ先に考えることは、「セパージュは何だろうか?」ということです。たとえば、こんな具合です。まず、外観を見ます。やや濃いめのルビー色をした透明感のある赤ワイン。この段階で、いろいろなことが分かります。透明感があるというのは一つの特徴です。赤ワインには、透かしてみたときに、グラスの反対側が透き通って見えるものと見えないものがあるからです。

ルビー色をした透明感のある赤ワインの場合、一般的に、ブドウ品種はガメイ種やピノ・ノワール種が想像されますので、一端、ガメイ種かピノ・ノワール種ではないかと仮説を立てます。次に、香りを嗅ぎます。華やかな木苺や紅茶の香りに加えて樽の木の香りがします。ガメイ種の場合は、より甘いストロベリーの香りが多く、樽の木の香りがする場合が少ないことが多いので、ここでは「ピノ・ノワールではないか」と先ほど立てた仮説を検証します。そして、味わってみて、香りから想定した品種をさらに再検証します。

味わいの特徴としては、果実を思わせる風味や酸味・渋味などをチェックします。ここまできて、ほぼピノ・ノワールに違いないと確信できると、次に産地を考え始めます。フランスワインの場合は、原産地統制呼称によって、ピノ・ノワールを造ることができる地域はサンセール、アルザス、ブルゴーニュと決まっていますので、北に行くほど酸味が強いといった判断軸をもとに、酸味が豊かであればサンセール地方に違いないと絞っていくわけです。

実際には、高級ワインと大衆ワインで色の濃さや香りが異なってくるので、この例ほどにはブラインド・テイスティングは単純でも簡単でもありませんが、大きなロジックの流れは以上のようになります。

ここでお伝えしたいのは、テイスティングは、まさに、「セパージュ主義」的な発想で考えるということです。上述したように、品種が同じであれば、香りや味わいが大体似通ってくるからです。しかし、ここでまた難問が生まれます。自分が感じた味わいや香りが、他の人が感じている味わいや香りと同じであると、果たして断言できるのか、という問題です。

かのロバート・モンダヴィは次のような言葉を残しています。

「お互いが理解できる言葉をさがすのである」
「なにしろ味覚というのは、非常に個人的なものだ。自分にとってはしょっぱかったり、苦かったりしても、他人も同じように感じるとはかぎらない」

共通言語と定量評価

ワインのテイスティングにとって、言葉はきわめて重要ですが、例にあげた、「濃いめのルビー色」「木苺の香り」といった形容詞は、非常にあいまい度が高い。実際に、複数の人で利き酒をすると、ある人は「淡いガーネット色」「ブルーベリーの香り」と表現するかもしれません。このとき、自分が感じている香りと、その人の感じている香りが果たして同じものなのか、分からなくなってきます。

テイスティングを何回も繰り返し訓練しているベテランの間では、多くの議論を通して、ある程度共通言語化されていきている部分もあります。このプロセスは、テイスティングを分析的、科学的なものにしようとする努力のたまものです。視覚・味覚・嗅覚で感じたことを言葉と結びつけながら、だれもが同じ表現をすることができる共通言語を確立することによって、その再現性・客観性を担保するのです。

分析的な論理思考と、直感的な「おいしい」「おいしくない」という感覚が結びつくと、実感として人々に受け入れられていくのだと思います。この作業を極端に進めた人物が、アメリカのワイン評論家、ロバート・パーカー氏です。次の言葉に彼の思想がくっきりと表れています。

「どれだけ長くワインを造っているか、家柄がいいかどうか、どこでワインが造られているか、四ドルなのか四〇〇ドルなのか、そんなことはクソくらえだ。いいワインなら、ただいいと言うまでさ」

ロバート・パーカーは、世界の主要なワインを個別にテイスティングし、100点満点で評価した結果を、「TheWineAdvocate」(1978年創刊)という雑誌に掲載し支持を集めた人です。アメリカのボルチモア州出身で、もともと弁護士をしていました。

1年に1万種類以上のワインを利き酒しているとも言われており、この評価結果は、「Parker’sWineBuyer’sGuide」という本にまとめられています。ありとあらゆるワインが、点数付けされている一冊です。パーカーの強みは、特定の小売店や特定の造り手と提携しているわけではなく、市場側の顧客の一人として評価をし続けているということでした。ある種の客観性が担保されていたので、彼の定量化の発想は多くの支持を集めました。

パーカーの評価システムは、「出席点」として50点から出発し、色と外観に5点、香りに15点、味わいと余韻に20点、そして残りの10点が全体の品質レベルまたは熟成可能性に割り振られています。最初のころは、これらを一つひとつ評価して集計し、点数を算出していましたが、数多くのワインをテイスティングするうちに、飲んだ瞬間に、そのワインが何点であるかを言えるようになったというのです。

パーカーの五感+第六感を一つの評価スケールに乗せて、世の中のワインを評価するというとても画一的な評価システムがここに登場したというわけです。ロバート・パーカーは、この評価システムを考え出した当初、ワインを点数で評価することがそもそも妥当であるのか、あまり考えなかったようです。しかしながら、消費者にとって極めて分かりやすいこのシステムは、市場に広く受け入れられ、瞬く間に世界に広がって行きました。

パーカーに対する批判の高まり

消費者にとっては、ワインを購入する際にとても分かりやすいガイドブックです。「とにかく点数の高いワインを買っておけば安心」という人が出てきます。また、小売店でも、「このワインはパーカーが95点つけたワインです」といった具合に、マーケティングがしやすくなります。そして、実際にそのようなワインが飛ぶように売れるようになったのです。

点数化によって、あまり知られていなかったワイナリーが市場で注目を集めるということも起き始めました。マーケティングにあまりお金をかけられない小規模なワイナリーにとっては、絶好の媒体になりますし、消費者にとっては質の高いワインの選択肢が広がり有難いことです。

反対に、たまったものでないのは、それほど高い評価をしてもらえなかったワイナリーです。それまで、ブランド力があり、ワインの売上げが高かったようなワイナリーでも、パーカーから酷評されたワイナリーは数しれません。日本では映画『失楽園』で有名になった一級格付けシャトー「シャトー・マルゴー」もその一つです。1973年のビンテージに関して、「ひどいワイン」だとパーカーは評価し、55点をつけたのです。そのときのコメントは、とても辛辣でした。

「とても薄っぺらで酸っぱく、香りも味もボケていて退屈だ。下手なワインで、買うべきでない」

当然、パーカーのやり方に対する批判も出てきます。

「パーカーが成功したのは、『これはよい』『これは悪い』という決めつけ方をしたからですね。明確な判断を下すんですが、そういう白黒はっきりさせるようなやり方をすると、間違いを犯すことがあるのです」
「パーカーの評価は、一人の人間が下したものでしかないということに、人々が気づくのが大切なのです」
byオーベル・ド・ヴィレーヌ、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ

「二つのワインがあって、片方が九三点をもらい、もう片方が九二点をもらったような場合、その二種は比較しながら採点されたのだろうか。片方は生産者といっしょに夕食の席で飲み、もう片方はそのあとワイナリーで試飲したといった場合、どちらか一方がもうひとつのワインよりいいと、どうして判断できるのだろうか」
byスチュワート・ヤニガー

第15回のコラムで、「パリの試飲会」のお話を書きましたが、ここで、またしてもワインを分析して定量化するという科学的発想の評価システムに、ワイン業界が翻弄されるのです。

画一化が進むワインとそれを支える技術

このような評価システムが登場すると、どうやったら高い評価点をもらえるか造り手サイドも考えるようになってきます。特に、「1995年以降からパーカーを中心とした商業システムが動き出した」と言われ、一流シャトーでは、「点数が八五点から九五点に変わるとすると、売上がおよそ六〇〇万から七〇〇万ユーロも違ってくる」「一〇〇点満点をもらったシャトーの価格は、四倍に跳ね上がる」(エリン・マッコイ、『ワインの帝王ロバート・パーカー』、白水社)といいますから、造り手も真剣にならざるを得ません。資本主義的な市場のメカニズムによって造り手サイドが変わり始めたのです。

ロバート・パーカーから高い評点を得ようとする造り手の中には、ワイン・コンサルタントを雇う人たちがでてきました。パーカーが高く評価するワインはどんなワインで、そのワインを造るためには、技術的に何を改良しなければならないか、教えを請うわけです。このようなアドバイスを行うワイン・コンサルタントの中でも筆頭格が、ミッシェル・ロランです。

彼は、世界12カ国、100以上のワイナリーを顧客に持ち、その顧客リストには、世界トップクラスのワイナリーが名を連ねていたといわれています。彼は自らの醸造方針と最新の醸造技術の知見をベースに、「空飛ぶ醸造家」として、世界中を飛び回りながらアドバイスをしているのです。この状態は何を意味するかというと、ワイン造りの画一化です。同じアドバイザーが世界中で同じ醸造技術を提案するからです。

このワイン造りの画一化には、良い面と悪い面があります。良い面とは、ミッシェル・ロランが確立した技術が、ブドウ品種のクローンとともに国境を越え世界中で展開されることにより、それまで、それほどでもないワインを造っていたワイナリーもこうした技術によって、より質の高いワインを造れるようになりました。技術を通して、世界全体でワインの質の底上げが進んだのです。

一方で、画一化の悪い面は、パーカー・スタイルのワインがばかりがもてはやされ、そうでないスタイルのワインが売れなくなり、値下げを迫られるという現象まで起き始めたということです。フランス人はこうした現象を「パルカリゼ(パーカー化された)」と呼びました。そして、店頭に並ぶワインがどれもこれも似たような味になってしまい、消費者もある程度その味になれてくると、なんとなくこれらのワインに飽きてくるのです。ワインは嗜好品ですので、このような現象は好ましくありません。

以上、今回のコラムでは、セパージュ主義を検証してきました。セパージュ主義的なラベルは消費者にとって、より分かりやすいマーケティングの意味合いがあること。また、ロバート・パーカーという消費者の立場からワインを評価する人が現れたこと。さらに、パーカー的なワインを造る技術がミッシェル・ロランを中心とした醸造コンサルタントによって世界に広がっていること。このミッシェル・ロランがまさに、セパージュ主義的なワイン造りを後押ししていること。なお、この進展には弊害も含まれていること。

セパージュ主義は、その本質に画一性という危うさを内包しながらも、世界中で、造り手と消費者に受け入れられ、ワイン業界を席巻し始めたのです。

次回は、世界に広がっていく様を具体的な事例でお話したいと思います。

参考資料
エリン・マッコイ、『ワインの帝王ロバート・パーカー』、白水社
ロバート・モンダヴィ、『最高のワインをめざしてロバート・モンダヴィ自伝』、早川書房

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