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セパージュ時代の到来(2) 作品第一:オーパス・ワン

投稿日:2009/10/08更新日:2019/04/09

最強のタッグが挑むジョイント・ベンチャー

前回のコラムで、フランス人にとって衝撃的な事件が起きたことを紹介しました。パリで開かれたワインの試飲会で、フランスワインの評価がアメリカワインの評価に比べて下回っていたというワイン史上の大事件です。1976年のことでした。しかし、これよりも早くからアメリカワインの潜在性に気がついていたフランス人がいます。その人は、フィリップ・ド・ロートシルト男爵です。ロートシルト男爵は、第13回のコラムで紹介した、ムートン・ロートシルトというワインを生産するシャトーのオーナーです。

アメリカの代表的なロバート・モンダヴィ・ワイナリーの創業者であるロバート・モンダヴィ氏は、自身の著書の中でロートシルト男爵を次のように表現しています。

「彼は、一流のワイン、一流の料理、そして魅力的な女性への情熱を持っていた---わたしも同じだ!」

ロートシルト男爵は、1960年代ごろからアメリカワインの発展に注目し、興味を持っていたというのです。ロートシルト男爵は、カリフォルニアにあるワイン・インスティテュ—トの会長(当時)であるハリー・サーリス氏と親交が深く、60年代に、「カリフォルニアでパートナーを探すとしたら誰が良いか」と相談をしていました。その時に、名前が挙がったのが、ロバート・モンダヴィ氏です。そして、1970年にロートシルト男爵は、ハワイで行われたある酒類卸売業者の会合にロバート・モンダヴィ氏を招待し、接触します。

「あるワインに興味があるのだが・・・。カベルネ・ソーヴィニョンだ。どうだろう。何らかの形で一緒にできることはないだろうか」

(RobertMondavi,HarvestsofJoy,HarcourtBraceより筆者訳)

こうした経緯を経て、1978年2人はオーパス・ワンというジョイント・ベンチャーを立ち上げます。パリの試飲会から2年後のことです。世の中は急速に動きつつありました。

この発言のポイントは、ロートシルト男爵自身が、カベルネ・ソーヴィニョンを知り尽くしているということです。彼が所有するワイナリー、ムートン・ロートシルトは、カベルネ・ソーヴィニョンを主体としたワインを造っているのです。その評価も、ボルドーワインの格付けでトップ5に入ることは以前にも説明しました。

フランスの土地でしかその魅力を引き出せないと思われていた品種をあえて指定し、アメリカの大地で試してみるということ。そして、そのパートナーとして、アメリカワインのパイオニア、ロバート・モンダヴィを選んだということ。ここに、ロートシルト男爵の並々ならぬ情熱を感じます。

「アメリカのワインなんてみな同じ味じゃないか、コカ・コーラみたいなものだ」

かつて、ロートシルト男爵はこのようにも言っていました。オーパス・ワンというジョイント・ベンチャーへの動きの中で、ロートシルト男爵は、何を想い、何を見ていたのか、残念ながら私の手元の資料では、あまり参考になるものはありません。想像するに、パリの試飲会以降、アメリカワインの実力が認められつつあったこと。また、ロバート・モンダヴィという人物を信頼し、アメリカに新たな事業の夢を託したのではないかと思います。さらに付け加えると、ロートシルト男爵の妻ポリーヌが、心臓疾患と癌のために1976年にカリフォルニアで他界していたこともあって、カリフォルニアという地に対して、郷愁に似た感覚を覚えたのではないでしょうか。

オーパス・ワン

「二つの異なるワイン文化と二つの異なる将来展望が出発点でした」

ムートン・ロートシルトのワイン醸造家であるパトリック・レオン氏の言葉に象徴されるように、このジョイント・ベンチャーは、ある意味壮大な実験でした。フランス人とアメリカ人が協力をしながら、カベルネ・ソーヴィニョンという品種を主体に、カリフォルニアの地で、最高級のワインを造ろうというのです。オーパス・ワンの「オーパス」はラテン語で「作品」という意味で、「オーパス・ワン」には「作品第一」という意味がこめられています。

この実験が成功するということは、フランスという土地から離れても、カベルネ・ソーヴィニョンという品種から秀逸なワインを造ることができるということを示唆します。テロワール主義的発想を否定し、セパージュ主義的発想を肯定するということです。ムートン・ロートシルトというフランスでも最高級のワインの造り手。そしてロバート・モンダヴィというアメリカでも屈指のワインのパイオニア。この二人がタッグを組んで取り組むわけですから、実験の質の高さは折り紙つきで、正当な検証として受け取れるものです。

オーパス・ワンの役割分担は、次のように行われました。ロバート・モンダヴィは、ブドウの供給、醸造はロバート・モンダヴィ・ワイナリーからロバート・モンダヴィの息子のティム・モンダヴィ、ムートン・ロートシルトからは技術所長のルシアン・シオノーの両ワイナリーの担当者がその任につきました。熟成に使われる大樽はシャトー・ムートン・ロートシルトの在庫を使うことになりました。

目指すワインの味わいは、ボルドー風で、使用する品種もボルドーで使われているカベルネ・ソーヴィニョンを主体に、カベルネ・フラン、メルローを補助品種として使用することにしました。なお、ジョイント・ベンチャー設立当初は、これらの3品種でワイン造りをしようと計画したようですが、現在では、プチ・ヴェルド、マルベックといった品種も使われています。これらの品種もボルドーで認められている品種です。

更に両者は次のようなことも取り交わしていました。ジョイント・ベンチャーによるワイン造りが失敗する、もしくは何らかの理由で販売できなくなった場合には、ロバート・モンダヴィが、抱えた在庫を自社のブランドで売りさばかなくてはならないということになっていました。ムートン・ロートシルトは、伝統的なだけでなく、フランスを代表する自らのブランドを失敗のリスクにさらすことは避けたというわけです。

以上のように、ジョイント・ベンチャーの大きなスキームが決まった後、ルシアン・シオノーとティム・モンダヴィは、定期的に会うようになりました。まず、ルシアン・シオノーは、最初に125種類のカベルネ・ソーヴィニョンから、オーパス・ワンに相応しい品種を選定することから始めています。そして、両者はお互いの違いを認め合いながら、仕事を進めて行きました。

「わたしたちはムートンにアメリカ式ビジネスを教え、彼らは私たちにフランス流のワインづくりを教えてくれた。」

byロバート・モンダヴィ

新たな概念と技術がワイン業界を変えた

こうして、ジョイント・ベンチャーを始めた翌年の1979年には、早くもオーパス・ワン最初のヴィンテージを造りあげました。そして、二年間の熟成の後、1981年6月21日に最初のケースが市場にリリースされオークションにかけられたのです。初値は、1ケース2万4千ドル、一本あたり2000ドル。カリフォルニア・ワインとしては、当時最高の価格をつけたのでした。これは成功といって良い結果です。そして、オーパス・ワンはアメリカを代表する高級ワインとして、現在に至るまで不動の地位を築いています。なお、最近のヴィンテージは一本2万円から3万円で流通しているようです。

私自身、オーパス・ワンを一度飲んだことがありますが、そのワインはどことなく上品さを醸し出しつつ、ボルドー特級畑のワインと、香りや味わいが似ており、ロバート・モンダヴィとムートン・ロートシルトが目指したコンセプト通りのものであると感心したことを覚えています。このオーパス・ワンは、アメリカに出張したときに買って帰ってきたもので、お店に持ち込み、知人と飲んだのでした。カベルネ・ソーヴィニョン主体の高級ワインというのは、多くの場合、実際に飲むより1~2時間ほど早めに抜栓しますが、この時も、お店の方が気を利かせて、早めに抜栓してくれていました。

こうして、まずはオーパス・ワンによって「セパージュ主義」というワイン造りの思想が通用することが、まずは一つの事例として検証されました。優れた品種を軸に、優れたワインが造られたのです。

従来のフランスを中心とした「テロワール主義」的ワイン産地にとって、差別化とは、「どこで造られたか」という土地を主張することであり、さらに同じ土地の中では、「だれが造ったか」を主張することでした。土地という動かすことの出来ない前提の中では、一度押さえられた既得権をだれも崩すことが出来ませんでした。伝統の中で、「テロワール主義」という概念すら意識するまでもなく、ある意味ビジネスの占有権は守られてきたのです。

一方で、アメリカ、チリ、オーストラリアといった「セパージュ主義」的ワイン産地にとって、差別化とは、「なんの品種で造ったか」をまず主張することであり、同じ品種の戦いであれば、「だれが造ったか」を主張することであるのです。品種は持ち運びが可能です。そこには占有権は存在しないため、だれもが自由にワインビジネスに参入し、ワインの美味しさを競うことが可能なのです。こうした概念の登場と、概念を支える技術の確立は、ワイン業界を極めて流動的にしていくこととなったのです。

そして、丁度このころ、市場サイドでは、まさに胎動ともいうべき出来事が起きていました。これまで、お話してきたテロワール主義、セパージュ主義、そしてその融合は、すべて生産側に関するものでしたが、次第に市場側の動きがでてきたのです。ワイン評論家ロバート・パーカーとワイン醸造コンサルタントのミッシェル・ロラン。セパージュ主義的動きを一気に突き動かす二人の役者の出番でした。次回は、市場側でどのような変化が起きてきたかをお話をしていきたいと思います。

参考資料

HarvardBusinessSchool,RobertMondavi:CompetitiveStrategy

HarvardBusinessSchool,RobertMondaviandTheWineIndustry

ロバート・モンダヴィ、『最高のワインをめざしてロバート・モンダヴィ自伝』、早川書房

RobertMondavi,HarvestsofJoy,HarcourtBrace

ヨアヒム・クルツ、『ロスチャイルド家と最高のワイン』、日本経済新聞社

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