身体感覚と氣 

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日本人特有の身体感覚とは

昨今の浴衣ブームもあって、夏の花火大会などでは浴衣を着たカップルを見かけることが多くなりました。また、グロービス経営大学院・東京校(麹町)の近くには、表千家の東京稽古場や礼法・着付けを教える学校がたくさんある関係で、ステキな着物姿の方々にお目にかかることも良くあります。さて、皆さんは、美しい着物姿、浴衣姿と聞いて、どういった着こなしをイメージしますか?

最近の浴衣や着物には華やかなプリントの生地が使われていたり、小物やグッズも増え、全体としてはおしゃれな感じは漂っています。しかし、どこか違和感を覚えることがあります。よく観察すると、生身である人間の立ち方そのものが、あまり美しくないのです。

浴衣や着物を日常的に着て生活していたころと、現代の生活は大きく様変わりしました。衣、食、住のあらゆる生活習慣が、西洋化しています。環境の変化の中で、私たち自身の身体感覚もまた変化を遂げ、日本人が無意識的に身につけていた所作、振る舞いも失われつつあります。

明治大学の齋藤孝教授は、著書『身体感覚を取り戻す—腰・ハラ文化の再生』(日本放送出版協会)の中で次のように指摘しています。

「最近、自己の存在感の希薄化がしばしば問題にされる。自分がしっかりここに存在していると感じるためには、心理面だけでなく、身体感覚の助けも必要である。現在の日本で、自分のからだに一本しっかりと背骨が通っているということができる者はどれだけいるだろうか」

「日本の伝統的な身体文化を一言でいうならば、<腰肚文化>ということになるのではないかと私は考える。現代の八十代 九十代の人たちと話していると、腰や肚を使った表現が数多く出てくる。

『腰をすえる』『肚を決める』などは基本語彙である。『昔は肚のできている人が仕事を任される人だった』という言葉も九十代の男性から聞いた。ここで言われている腰や肚は、精神的なこともふくんでいるが、その基盤には腰や肚の身体感覚が実際にある」

齋藤教授が言及している身体感覚は、今でも武道や芸道の中で脈々と受け継がれており、「氣」ととても深い関係にあります。

身体感覚を通じて氣を養う

私が所属した大学の体育会合気道部において、有川定輝師範による第一回目の師範稽古で教えていただいたことは、立ち方と座り方でした。「はい、立って」「はい、座って」「はい、立って」「はい、座って」。この繰り返しの中から、身体感覚なるものが徐々に生まれて来ます。身体が、地球の重力を感じられるようになってきたら、次は、この身体感覚を臍下丹田(「せいかたんでん」と読む:お臍の下)に集めます。これができるようになると、「氣」というエネルギーを体感できるようになるのです。

次は、膝行(「しっこう」と読む:座ったまま、前後左右に動く)の稽古をします。座ったまま、膝を前後に出して動くためには、臍下丹田に自らの重心が常にないと、バランスを崩すことになります。ここまでできるようになると、より遠心力のかかる木刀や杖を使った稽古もできるようになります。このように、身体感覚は稽古を通じて得られる一つの身体技術なのだと思います。

「自然体」という言葉をお聞きになったことがあることと思います。自然体は、下半身はしっかりと大地を踏ん張り、地球の重力をしっかりと臍下丹田で受け止め、上半身がその上に柔らかく乗っている状態を言います。この「自然体」を確立できている人の着物姿は本当に美しいものです。本コラムの第3回「江戸末期の快男児と現代を生きる我々」で取り上げた坂本龍馬氏の立ち姿もとても美しい。

昔の日本人は、生活の中で、この身体感覚(身体技術)を身につけたと言われています。炊事や家事などの「行い」を通じて、このような身体感覚を養いました。「行入」、身体を通じて「まず行う」ことが求められ、頭でごちゃごちゃ考えることではありません。コミュニティーとしても、この身体感覚を共有していたからこそ、倫理的な善悪の判断において一本筋が通り、危機への対処となれば、粘り腰を持って一致団結して事に当たれたのではないかとも言われています。

氣を日々の暮らしに生かす

身体感覚を通じて「氣」を養うと、日々のビジネスライフにも応用できるようになります。ここでは、私が個人として、ビジネスにおいて氣を用いている事例を三つ紹介したいと思います。

私はここ5年程、新規事業の立ち上げを担当してきました。新規事業の立ち上げは、難易度が高く、不確実性も高いです。ややもすれば、会社の中核事業と比し、マインドシェアや資源配分などで恵まれないケースもあります。従い、その中にあって事業を伸ばすためには、自身として強い気構えとエネルギーがいります。そのため、自身の氣の状態を知覚し、エネルギーが足りないと思うと、自然に触れ、家族や良き友人と交わり、良書や芸術をたしなむことでエネルギーの補充をします。

大学院の教員としては、クラスにおいて、ひとりひとりの学生の気配の動きを掴まえるようにしています。「発言を躊躇していたけれど、Aさんは、本当はここで何か言いたかったな。だから、次回同じトピックとなった時には、Aさんの発言を促してみよう。ケースの戦略上のディスカッションなので、たくさんの学生より発言したいと手が上がるが、絶対当てて欲しいというオーラが出ているBさんにここは発言をしていただこう」などと学生の発する氣を察知しています。

そして、最後に、論理的に考えても分からないことを身体に問います。Zという戦略的な方向性とXという戦略的な方向性のうち、どちらにより氣は集まるだろうか。それはどうしてだろうか。だとすると、その氣はいつまで集まり続けるのだろうか。氣を通じて、意思決定の方向性が見えてくることが多いのです。(詳しくは本コラムの第2回「 宇宙観と人間観」をご覧ください。)

三つ目の事例は、日本的な企業経営のあり方をも示唆していると思います。演繹的に考えても答えが出ないことに対し、このような深い直感と社員(人間)の紐帯によって生まれるパワーを信じてみる。そして、その上に、経営的な合理性(戦略やPDCAなど)が合わさることによって、日本企業の経営は、経済合理性のみを中心とする西洋的な企業経営を上回ることができるのではないでしょうか。

氣を日常に取り込むことで、皆さんのビジネスライフや生活がより充実していくことを願っています。昔の日本人は、身体感覚を通じて氣を養い、生活に取り入れていました。私たちも氣を意識することで、より健康に、楽しく生きましょう。

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