ワイン造りの思想 その3:セパージュ(品種)主義 

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セパ—ジュ主義とは何か

「その変わりようのはなはだしさは、伝統ある産地のワインが、これほど一気にイメージの違うものへ生まれ変わってよいものか疑問を感じてしまうほどのものであった。・・・(中略)・・・ワイン醸造における科学の進歩は、風土を超越するものではないかという思いに、強く駆られた」(麻井宇介著、「ワインづくりの思想」、中公新書)

麻井宇介氏は、メルシャンの元醸造責任者です。残念ながら2002年に他界されてしまいましたが、セパージュ主義的発想により、日本でも美味しいワインが造れるかもしれないという夢と希望を与えてくださった方です。実際に、メルシャンが長野県で生産する「桔梗ヶ原メルロー」というワインは、値段はやや張るものの、とても質の高いワインで、こうしたワインが造られるようになったのも麻井宇介氏の功績と思います。

世界に眼を向けると、「美味しいワインは、フランスでしか造れない」という「テロワール主義」に風穴をあけたのが米国のパイオニアたちでした。こうしたパイオニアは、アンドレ・チェリチェフ、マイク・ガーギッチ、ワレン・ウィニアルスキーといった醸造技術者です。また、その後、米国のワインをグローバルにした代表的な貢献者が、ロバート・モンダヴィでした。

“Goodgrapesmakegoodwines.”

この言葉は、私がアメリカに留学していた時に、ロバート・モンダヴィ・ワイナリーを訪れた時に聞いた言葉です。“Goodland”とは言わずに、“Goodgrapes”といったのは、まさに「セパージュ主義」を一言で表したものに他なりません。

高貴種ブドウを使って、技術を駆使すれば伝統的なフランス・ワインに引けをとらないワインを造ることができることを実践する人たちが現れたのです。彼らが使った技術はもともと、フランス・ボルドー大学のエミール・ペイノー教授が発端ですが、これらの技術をカリフォルニア大学ディヴィス校とともに、研究を重ね、セパージュが、ワインの質の決定要因であることを示唆する実験を繰り返していきました。

このようなセパージュを中心とした考え方は、ワインのラベルに表現されています。左の写真は、アメリカの代表的なワイナリーであるロバート・モンダヴィ(カリフォルニア州)のワイン・ラベルです。

ラベルの下方にイタリック様の字体で、「Chardonnay」と書かれているのが分かります。このChardonnay(シャルドネ)というのが、ブドウ品種の名前です。

CHABLIS(シャブリ)には記載されていなかったブドウ品種が、堂々と明記されています(ちなみに、CHABLISは、このラベルと同じ、シャルドネをブドウ品種として使用しています)。上方にRobertMondaviと書かれているのが作り手の名前です。生産地区については、このラベルの場合、「Chardonnay」の大きな文字の下に小さい字で記載されています。明らかに、ブドウ品種に関する意識の強い表れです。

セパージュ主義とは、高貴種ブドウを使用し、かつその土地の日照時間、降水量、気温湿度などの条件をある程度満たせば、テロワール(土地・風土)を越えて、美味しいワインを生産できるという思想です。高貴種ブドウとは、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニョンといったものです。そして、この思想を根底で支えているのが、「ワイン造りを科学して、再現可能な技術を確立することで、品質の高いワインを造ることができる」という大前提なのです。

実際に品質の高いワインを造る技術がセパージュ主義者によって確立され始めると、伝統的なヨーロッパ以外のチリ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカといった新興国において、品種を意識したワイナリーが増えて行きました。こうしたワインは、ヨーロッパのワインに比べて、多くの場合、安価でありながら、素人にも分かりやすい美味しさであるため、市場も急速に拡大してきたのです。

ワイン新興国に広がるセパ—ジュ主義

左の「ERRAZURIZ」は、1870年創業のチリでは伝統的で有名なワイナリーです。エラスリスの創業者は、スペインのバスク地方に先祖をもつ家系で、この家族からは4人の大統領と2人の大司教を輩出しています。チリが軍事独裁国家であったとき、ほとんどのワイナリーが国に接収されてしまいましたが、このワイナリーは、接収を免除されています。

なお余談ですが、多くのワイナリーが軍事政権に接収されてしまったことは、チリ・ワインの質を低下させ、後々までチリ・ワインのブランドイメージを好ましくないものにしてしまった一つの理由となっています。

エラスリス・ワイナリーは、先ほどご紹介したロバート・モンダヴィともジョイント・ベンチャーを起こし、現在ではCaliterra(カリテラ)というチリ・ワインでも質の高いワインを生産しており、日本でも入手することが可能です。このエラスリス・ワインのラベルには、「CHARDONNAY」と大きくブドウ品種が記載され、その下に薄い字で「WINEOFCHILE」と産地が書かれています。

右の「CLOUDYBAY」は、ニュージーランド・ワインの質の高さを世界に最初に知らしめたといってよいワインです。ラベル下部に記載されている「SAVIGNONBLANC2007」は、ブドウ品種の名前と生産年です。

これらのブドウ品種は、フランスでは、ロワール川上流のサンセール地方やボルドー地方で使われている代表的な品種です。

もうひとつ南アフリカのワインをご紹介します。こちらも、「Boschendal」という銘柄の下に、生産年である「2003」とブドウ品種である「CheninBlanc」という記載が見えます。産地は一番下に単に「WINEOFSOUTHAFRICA」と書いてあるだけです。

このようなブドウ品種を意識した国々のワイン生産量は確実に増大しています。添付のグラフ(図1、図2)の統計を確認してみると、やや古い数字ですが、1996年ごろのフランスの生産量は、60億リットル前後だったものが、2006年には50億リットル前後に減少しています。一方で、米国は、19億リットルから24億リットル、チリは4億リットルから8億リットル、オーストラリアは6億リットルから14億リットルと軒並み生産量が増加しています。

そして、こうした増加傾向は、米国、チリ、オーストラリア以外のセパージュを重視したワイン生産国でも見られ、ニュージーランド、南アフリカも今後増加していくことが見込まれます。このように見ると、「テロワール主義」「セパージュ主義」というのは、単純なラベルに何を表記するかの形式論ではもはやありません。ワインビジネスの根本を変える本質的な考え方です。

では「セパージュ主義」が「テロワール主義」と決定的に違う点は何か。それは、「科学」がキーワードです。

科学の力で高い質を生みだす

セパージュ主義的ワイン生産において、重要なポイントは、大きく三つあります。

1.苗木の入手
2.苗木にあったテロワールの選択
3.できるだけブドウ本来の美味しさを引き出す生産技術

これらの三つのポイントが揃えば、セパージュ主義的ワインは、世界に通用する品質で生産される可能性をもっていました。そして、こうした素地をそなえていたのが、米国だったというわけです。

まず一つ目のポイントですが、米国には醸造学を専門とするカリフォルニア大学ディヴィス校が存在していました。カリフォルニア大学ディヴィス校は、フランスのボルドー大学、ディジョン大学やドイツのガイゼンハイム研究所と並ぶ世界でも有数のワイン醸造学科です。このディヴィス校において、実際にフランスの銘醸地で使われているブドウのクローンを作り、これらのクローン種子がカリフォルニアで植えられるようになりました。セパージュ主義的観点からみると、これは、宝を得たも同然です。種子がなければ、何もできませんが、種子さえあれば、あとは科学の力でもって、さまざまな問題を解決していけば、質の高いワインが造れる可能性が与えられます。

種子が手に入ると、次に、その種子をどこに植えるべきかという問題が出てきます。それが、二つ目の「テロワールの選択」です。この分野でも、ディヴィス校のウィンクラー博士が、1930年代に行なった「ワイン産地の気候区分」の功績に触れないわけにはいきません。ブドウの生育期である4月1日から10月31日までの7カ月にわたって、カリフォルニアの各地における温度を毎日積算し、この積算値の高低を大きく五つに分類したものです。

この値とヨーロッパ各地で同様に積算した値を比較し、カリフォルニアのどの地域がヨーロッパのどういった地域に近いのか、マッチングしたのです。たとえば、「フランスのボルドーに近いのは、カリフォルニアのソノマバレーである」といった具合です。ソノマバレーに植えるべきブドウ品種はボルドーで植えられているカベルネ・ソーヴィニョンやメルローに違いないと推測できます。このように、どこに最適な品種を植えるべきかを科学的に考察していったわけです。

種子が手に入り、植える場所が決まれば、あとはいかにブドウを育て、収穫し、醸造・熟成・保管をしていくかがポイントとなってきます。これら、すべてを科学的に丁寧に検証しながら詰めていくのです。それが、三つ目の「生産技術」です。

「科学といっても、分野はひとつではない。プロセスを完璧に理解するためには、地理学、地質学、気象学、農学、植物学、生物学、そして化学の初歩的知識が必要だ。物理学についても、ほんの少しでも知っておけば、役に立つことがあるだろう。ブドウ畑を知りつくすためには、土の質、地下水面、降雨パターン、台木、ブドウの品種、植樹間隔と植樹の時期、害虫の管理、カビと菌類の管理、木の仕立てと剪定の技術、灌水、糖分と酸のレベル調整、日照、ブドウの収穫時期、そして最適の収穫方法について、知っておかなければならない。そしてワインのつくり方を習得したければ、複雑な発酵、酵母菌の種類、酸のレベル、ブドウの皮と茎と種の構成比・・・(中略)・・・工学技術や冷蔵技術、そして溶接技術についての多くの知識も、仕入れておくと役立つ。もしわたしたちと同じようにオーク樽のなかでワインを熟成させるのなら、森林と森林整備についての知識が必要だ。・・・(中略)・・・どのような種類の樽が、ワインにどのような質を与えるのか。コルクひとつをとっても、一種の科学である。・・・(つづく)」(ロバート・モンダヴィ『最高のワインをめざしてロバート・モンダヴィ自伝』早川書房)

省略しつつも、かなり長く引用させていただきましたが、生産技術といっても、そこには膨大な科学が存在することをお伝えしたかったためです。カリフォルニアの多くのワイナリーが研鑽・努力を積み重ねて、技術を蓄積していきました。ロバート・モンダヴィ以外には、ワレン・ウィニアルスキー氏、アンドレ・チェリチェフ氏などが技術的進歩に大きく貢献したワイン醸造家です。彼らは、ヨーロッパの貧しい村などから、米国に夢を託して移民してきた人たちで、とても忍耐強く、努力を惜しまない人たちでした。

当時の米国では、ワインという飲み物は市民権を得ておらず、また造られているワインは、それほど質の高いものではありませんでした。しかし、ロバート・モンダヴィ氏のようなイタリアから来た移民にとって、ワインは身近なものでした。

こうした人たちが、ヨーロッパのようなワインを造ろうとカリフォルニアの地で努力を継続し、低温発酵法やマロラクティック発酵法といった技術に磨きをかけ、1970年ごろには、ヨーロッパの造り手が目を見張るほどに品質が高まっていたのです。

しかし、ワインは眼でその品質を確かめることができない商品です。品質が高いということを、知ってもらうことは中々容易なことではありません。味わい・香りは人によって感じ方が異なりますし、飲んだ瞬間に消え去ってしまうものでもあります。それまで好ましくないイメージが広がっていると、なおさら、高い品質を認めてもらうことは難しくなります。ですが、このイメージを覆す出来事が起きたのです。

次回は、テロワール主義とセパージュ主義の激突が、はっきりと目に見える形で初めて起きたときの様子をお話しいたします。

参考資料
ヒュー・ジョンション、『ワイン物語下』、平凡社
麻井宇介、『ワインづくりの思想』、中央公論新社
ロバート・モンダヴィ、『最高のワインをめざしてロバート・モンダヴィ自伝』、早川書房
TheGlobalWineStatisticalCompendium1961-2006,JeremyRothfield,GlynWitter

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