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ワイン造りの思想 その2:テロワール主義

投稿日:2009/09/02更新日:2019/04/09

ワインのラベルから紐解くテロワール主義

「ワインの質を決定する最大の要因は何ですか?」

「千年以上前から、人はワインと宗教的な関わりがあった。基本的に地中海を中心とした地方で自然との宗教的な関わりを築いてきた。まず、もちろん土、化学肥料を入れない生きている土、それに気候だ」

byエメ・ギベール氏、ドマ・ガザック、ラングドック地方アニアーヌ村

ジョナサン・ノシター監督「モンドヴィーノ」より

この言葉は、テロワール主義を典型的にあらわしたものだと思います。「土、それに気候だ」。眼前にある自然要素にある種の畏敬の念を抱きながら、ワイン造りをする思想です。ここにおいて、大地と葡萄は既定です。ブドウ品種は大地が選択したものであり、大地は時代を超えて存在する対象物です。

ワイン造りが伝統的に行われているフランスには、このようなワイナリーが無数にあります。こうしたワイナリーでは、その大地をベースに、長い歴史が選択したブドウ品種の潜在力をどう100%引き出すかがポイントとなってきます。

古くからのワインの銘醸地であるフランスのワインのラベルを見ると、この「テロワール主義」の影響が色濃く反映されていることが分かります。ちなみに「ラベル」をフランス語の言い方で「エチケット」と呼ぶこともあります。

左の写真は、フランスの有名なシャブリという白ワインのラベルです。

「APPELLATIONCHABLISGRANDCRUCONTORLEE」とラベルの下の方に書いてあります。「CHABLISのGRANDCRU(特級畑)のひとつであるVALMURで造られたワインですよ」という意味です。フランスには、生産地やブドウ品種を厳格に規定し、品質やブランドの維持を図る「原産地統制呼称」という法律があるため、Chablisの特級畑で造られたワイン以外は、ChablisGrandCruと名乗ることは出来ません。「神戸牛」でないのに、「神戸牛」と称して販売してはいけないという発想と同じです。

このラベルの上部にかかれている「SIMONNET-FEBVRE(シモネ・フェブル)」というのは、ワインの造り手の名前です。このラベルには一切、ブドウ品種は記述されていません。原産地統制呼称度の法律自体は、このほかに、品種、最低アルコール度数、栽培方法、醸造法、剪定方法などさまざまな規制をおこなっていますが、ラベルを見る限り、「どの土地でだれが造ったか」に大きく焦点があたっていることが明らかです。

「どの土地で造られたかが重要」という「テロワール主義」的思想は、事例写真において特級畑(GrandCru)と明記されていることからも良く分かると思います。フランスのブルゴーニュ地方では、最も美味しいワインが造られる畑は特級畑、その次が一級畑(PremierCru)といったように法律で階層化され、「このワインはどの畑で造られたか」まで特定できるようになっています。

一級畑の次の三番目のレベルになると、畑は特定されず、村名または地区名だけが記載されます。例えば、単にChablisという地区名だけ記載されます。「このワインは、どこの畑で作られたかまでは分からないけれども、少なくともChablis地区で作られものです」ということをあらわしているのです。

もう一つ別の例をご紹介したいと思います。

こちらは、フランス・ボルドーのムートン・ロートシルトというシャトー(ワイナリー)が造ったワインのラベルです。このシャトーは、ボルドー地区にある何千というシャトーのなかで、法的に定められた格付けでトップ5に数えられる有名なものです。毎年、著名なアーティストにラベル上部の絵をデザインしてもらうことでも知られ、1973年にはピカソもラベルの絵を描きました。

1991年のデザインは、日本人の出田節子さんの絵です。出田節子さんは、1962年に東京を訪れていたフランスのバルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ伯爵、通称バルテュス伯爵に見初められ1967年に結婚。以降、バルテュス伯爵夫人として生涯を過ごされた方です。

バルテュス夫妻はともに芸術的才能を持ち合わせ、1993年にはバルテュス伯爵自身もムートン・ロートシルトのラベルをデザインすることになります。夫婦そろってムートンのラベルを描いたのは、バルテュス夫妻のみです。

さて、このラベルの場合は、先ほどのシャブリとは違い、畑名は出ていません。ラベルからうかがえるのは、「1991」というビンテージ、「ChateauMoutonRothschild」というシャトー名、そして「PAUILLAC」という村名です。

ブルゴーニュにある先ほどのシャブリとは、記載内容が若干異なりますが、テロワールの思想をくんでいることが分かります。シャトー名は、すなわちそのシャトーが保有する畑からとれたブドウを使っているということですから、本質的にはテロワール主義的な「土地に根ざした考え方」に従っています。

「産地」と「ワイン」の関係

ここで紹介したムートン・ロートシルトは最高級ワインの一つであるため、シャトー名まで特定された形で記載されますが、ブルゴーニュと同様に、ワインのレベルが下がると、Bordeauxという地区名のみ記載という場合があります。「このワインは、ボルドーのどこかは知らないけど、とにかくボルドーで取れたブドウから作られています」というように、産地のくくりが大きい表示になっていきます。

より身近な例で考えてみましょう。さくらんぼは山形県が日本一と言われていますが、その中でも鳥海(ちょうかい)という生産者が栽培したさくらんぼは、特に美味しいと評判です。ワインの畑やシャトー名まで特定するということは、「鳥海さんのさくらんぼ」として売り出すということです。Bordeauxという地区のみ記載することは、「山形のさくらんぼ」というレベルです。

「山形のさくらんぼです」とプレゼントされただけで、「きっと美味しいに違いない」と喜びひとしおですが、「鳥海さんのさくらんぼです」とプレゼントされたら、もはや狂喜乱舞ということでしょうか。

ワインの例に戻りますと、結局、「造られた土地とワインの質に相関性がある」ということが強く意識されているのです。こうした意識は、産地のとらえ方に大きく二つの方向性をもたらします。

一つ目は、土地のちょっとした場所の違いも区別し、ワインの産地表示を細分化するというものです。ごく小さな範囲の温湿度環境を「マイクロ・クライメート(microclimate)」と呼びますが、ちょっとした場所の違いが異なるマイクロ・クライメートを生み、ワインの味に影響を与えます。そのため、土地を細かく区別し、品質を管理しようとするわけです。

細分化の方向性は、特に優良な畑でワイン造りをする人たちにおいて顕著になります。優良な畑を擁する「土地」こそが、優れたワインをもたらす差別化ポイントであり、彼らの生活を支えているものだからです。畑を細かく分類し、それぞれの畑が一つのブランドとなっていくことになります。先ほど紹介した特級畑、一級畑は、このような考え方がベースになっており、実際に価値の高いブランドが多く存在しています。

二つ目は、ちょっとした場所の違いを緩和するために、ワインを集めて大ロット化するというものです。こうしたやり方は、特級畑や一級畑のような高級な畑に属さない畑で造られたワインで多く見られます。「土地」での差別化を発揮することが難しいため、逆に畑を細分化せずに、複数の畑のワインをブレンドし、個々の畑の品質のばらつきをできるだけ抑えたワインを造ることになります。そして、これらは村名ワインや地名ワインとして売られていくのです。

つまり、畑のグレードが下がってくると、テロワールを捉える枠組みの大きさが畑から村、地区、地域と大きくなっていくという傾向があるということです。なお、これはあくまでも畑の質を大きく分類した枠組み論での話です。枠組みとしてはグレードが低く分類されても、市場で高く評価されているワインを造っている造り手も多く存在します。

「産地」と「ブドウ」の関係

テロワール主義的思想が根付いている産地の代表が、フランスです。フランスにワイン造りが伝わって以来、千年以上の伝統があり、こうした長い歴史のなかで、それぞれの産地に適したブドウ品種も選び抜かれてきました。まず、土地がありきで、さまざまなブドウ品種が試されてきたということです。そして、現在のフランスでは、長年の経験をベースに、どの産地がどのブドウ品種と相性が良いかが知られており、法律でも産地とブドウ品種の関係が定められているぐらいです。

例えば、先ほどご紹介したChablisGrandCruという産地で造られたワインであることをラベルに表示するためには、ブドウ品種としてシャルドネのみを使わなくてはならないと法律で定められています。また、ムートン・ロートシルトがあるPauillacという村で造られたことをラベルに表示するためには、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロー、カベルネ・フラン、カルメネール、マルベック、プチ・ヴェルドのいずれかを使わなくてはなりません。

こうした産地とブドウ品種の組み合わせは、フランスにおいて1935年に法律で規制されるようになりました。本コラムの冒頭でも簡単に触れた「原産地統制呼称(Appellationd’OrigineControl_e)」と呼ばれるものです。この考え方は、もとはというと、ジョーゼフ・カピュースというフランスのジロンド県選出の下院議員によるものです。

ことの発端は、1925年のチーズ騒動でした。現在高級チーズとして有名なロックフォールは、羊乳が原料です。当時も、フランス南部中央高地のアヴェロンにある山岳地方でしか製造できない限られた地域の製品として認められていましたが、羊の乳ではなく、牛の乳で作ることがありました。この問題を指摘したのが、ジョーゼフ・カピュースで、同じような問題がワインにおいても起きていることを彼は知っていたのです。こうした騒動から、法律に次の文言が盛り込まれました。「地方に定着した特有のすばらしい慣習によって、神聖なものとされたブドウの品種を用いる。*1」

こうした経緯もあり、フランスではあるワインの産地がわかれば、そのワインがどのブドウ品種から造られているか自動的に分かるようになりました。その影響は、ワインのラベル表示にもあらわれており、フランスのワインは、伝統的にラベルに産地を明記しますが、ブドウ品種は明記しないやり方が一般的となったわけです。

また、輸送に向いていないというブドウの特性もテロワール主義の方向性を後押ししました。ブドウの果皮は、柔らかいため破砕しやすく、有害な微生物によって直ぐに汚染されてしまうのです。したがって、ブドウは栽培したその土地ですぐに醸造し、ワインとすることが、ある意味もっとも最適なやり方だったのです。

結局、「テロワール」と「セパージュ(ブドウ品種)」との間に、法律的にもブドウの特性的にも固定関係が出来上がっているため、「テロワール」と「セパージュ」の二つのパラメータに対してワインの造り手が出来ることは多くありません。そこで、次に着目されるパラメータが、「だれが造ったか」「何年に造ったか」の二つです。

ワイン・ラベルには、産地以外にも、造り手とビンテージ(醸造年)を記載しなければなりません。

造り手とビンテージ

「だれが造ったか」。これは、造り手の個性の違いを味わうところです。テロワール主義における造り手の多くは、極力自然のままのブドウの味を引き出すことに注意し、できるだけ手を加えないようにワイン造りをしています。ただ、どのように自然の味を引き出すか、という考え方はそれぞれです。

ブドウ栽培の仕方から、収穫・醸造・熟成・保管と、あらゆるところで造り手の個性が発揮されます。同じ産地で同じブドウ品種を使っても、異なる香りと味わいのワインが出来上がることになります。この差は、素人からするとわずかな差でしかないかもしれませんが、日ごろからワインを飲んでいる人にとっては、大きな違いに感じられます。日ごろ食べているお米が変わると、「お米変えた?」と思わず聞いてしまうのと同じ感覚です。

「何年に造ったか」。これは、毎年気候が異なるため、造り手の違いより大きくでるかもしれません。ビンテージ・チャートというものがありますが、年代によってワインの質が大きく変化することの結果として作成されたものです。1961年、1990年、2005年のフランスのボルドー地方の赤ワインは、当たり年で有名です。なお、最近では、ワイン造りの技術が向上し、気候による影響は以前にくらべ小さくなってきたと言われています。

以上、ワインのラベル表記を紐解きながら、「テロワール主義」のワイン造りの思想を紹介してきました。意識的にせよ無意識的にせよ、この「テロワール主義」という考え方は、畑が差別化ポイントの中心です。「土地を出発点にして他のワイン造りのパラメータが決まってくる」という考え方は、世界中にある先入観を与えてきました。最も重要な差別化ポイントである「土地」は、フランスにあって、この土地は動かすことができないので、「フランス以外では、美味しいワインは造れない」と考えてしまうのです。フランス以外の国にはチャンスが無いように思えてしまうのです。そして、実際に長い間、そう思われてきたのです。

こうした「テロワール主義」的常識に風穴を開けたのが、米国でした。「セパージュ主義者」の台頭です。テロワール主義の大前提である「産地」は、実は初期条件ではなく、変数でしかないというのです。

このセパージュ主義とは、どのようなものなのでしょうか?

次回のコラムでは、「セパージュ主義」について語りたいと思います。

*1ヒュー・ジョンション、『ワイン物語下』、平凡社

参考資料

ヒュー・ジョンション、『ワイン物語下』、平凡社

社団法人日本ソムリエ協会、『日本ソムリエ協会教本』、日本ソムリエ協会

映画「モンドヴィーノ」、東北新社

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