白骨温泉・齋藤ゆづる氏(後編)-涙の会見後、何が起きたのか 

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田中康夫前知事と若女将の涙の会見は、まるでドラマでも見ているような衝撃だった。そのため白骨温泉=悪という公式が、いまだ多くの人の心の中でくすぶり続けているようだ。結果、白骨温泉の現状はどうなっているのだろうか?(この記事は、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年5月9日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)

温泉偽装発覚から4年。多くの温泉地がブームに乗って人気を博しているのに、北アルプスの秘湯・白骨温泉だけは入浴剤投入のレッテルを貼られたまま、マスメディアから事実上姿を消している。その真相を明らかにするために、筆者はかつてたびたび投宿した同温泉の白船グランドホテルを訪ね、若女将の齋藤ゆづるさんに話を伺うことにした。

ゆづるさんは、田中康夫長野県知事(当時)による同ホテルへの踏み込み劇と、直後の若女将・涙の記者会見を通じて、同温泉の偽装の象徴的存在になった人物である。記事前編では入浴剤投入までの経緯を、中編では、事件発覚後、田中知事の踏み込み劇や涙の記者会見に至った事情を取材した。最終回となるこの(後編)では涙の記者会見以降、白骨温泉ではいったい何が起きたのか、そして今、どうなっているのかを聞く。

殺到する抗議、返金要求、そして恐喝

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「あの記者会見の直後から、白船グランドホテルの4本の電話が一斉に鳴り始めたんですよ」
時は2004年7月末・盛夏。上高地観光を兼ねて来る宿泊客も多い、1年を通じて最大の繁忙期だ。ただでさえ多忙であるのに、それに加えて事件の事後処理に膨大な時間と労力を割かなければいけなくなったのだ。

「一番多かったのが、以前宿泊されたお客様からの問い合わせや抗議のほか、『お金を返してほしい』という要望でしたね。あと、『街宣車を送るぞ。それが嫌なら金を出せ!』と右翼団体らしきところからの恐喝もありました」

「あの記者会見の直後から、白船グランドホテルの4本の電話が一斉に鳴り始めたんですよ」
時は2004年7月末・盛夏。上高地観光を兼ねて来る宿泊客も多い、1年を通じて最大の繁忙期だ。ただでさえ多忙であるのに、それに加えて事件の事後処理に膨大な時間と労力を割かなければいけなくなったのだ。

「一番多かったのが、以前宿泊されたお客様からの問い合わせや抗議のほか、『お金を返してほしい』という要望でしたね。あと、『街宣車を送るぞ。それが嫌なら金を出せ!』と右翼団体らしきところからの恐喝もありました」

過去の宿泊客からの返金要求には応じたのだろうか?

「いいえ、白骨温泉旅館組合の申し合わせとして、それはしないことになっていました。でも、事件で気分を害され抗議されるお客様のところには、私が足を運んでお詫び申し上げたりしました」

宿泊のキャンセルも激増したのでは?

「もう夏休みに入っていて、今からでは予定の変更が難しかったということでしょうか、夏の間は意外とキャンセルはなく、例年の夏と同じくらいのお客様がいらっしゃいました」

接客を担当する仲居さんたちは、苦労したのでは?

「そうだと思います。宿泊するお客様たちと直に接し、事件についていろいろと言われたり、聞かれたりするのは彼女たちですから」

そのストレスに耐え切れずに退職した仲居さんやスタッフも多かったのでは?

「いいえ、ベテランの仲居が現場をうまくとりなしてくれましてね。そのお陰で事件後は、彼女たちとのコミュニケーションが深まり、団結は強くなったと感じています。ただしフロント業務担当の若いスタッフだけは、あらゆる電話を最初に取る立場なので、毎日、朝から晩までキツイことを言われ続けてこたえたのでしょうね、退職していきました」

偽装ということで、法的責任を問われることはあったのだろうか?

「あの時、当館としては初めて顧問弁護士をつけて一切をお任せしましたが、結局、訴訟沙汰はありませんでした」

入浴剤による着色行為自体は、当時の温泉法に抵触するものではなかった。そのため法的責任ではなく、むしろ倫理的責任を問われたと見るのが適切だろう。

従業員・出入り業者・地域社会への甚大な影響

その一方において、経済的影響は重大であった。事件の後遺症で、企業としての雇用責任を果たすことが困難となり、スタッフの人員を減らさざるを得なくなったほか、出入り業者への発注量も減少した。

白骨温泉全体の評判が落ちることで、おみやげ屋など地域社会への経済的影響は計り知れないものがあったろう。そもそも入浴剤を投入しなかった旅館の方が多いにもかかわらず、それらの旅館まで白い目で見られることになり、その風評被害も相当あったと推察される。

白骨温泉ツアーなどを企画し、積極的にお客を回してくれていた旅行会社各社との関係は悪化しなかったのだろうか?

「お客様を回してくれなくなったところも一部にはありましたが、大多数の旅行会社はしっかりと顧客対応して下さり、お客様も回して下さいました。ただ『公共野天風呂での入浴剤投入が発覚した時点で、白船グランドホテルとしても、正直に言ってほしかった』とは言われましたね」

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白骨温泉の日帰り入浴施設の案内(上)、1954年に白井喬二氏が中心となり建立された中里介山文学碑(下)

嵐のような夏の日々はいつしか過ぎ去り、秋の行楽シーズンも一段落し始めた頃、白船グランドホテルに異変が生じる。客足がガクッと落ちたのである。事件後の新規の予約が伸びなかったのだ。

そんな時、ゆづるさんのご主人が救急車で搬送される。事件以降の強烈な緊張と過労が影響したのか、人工透析を要する身となってしまう。2005年に入ると、客足はさらに落ち込んだ。

「秘湯ブーム以前の状態に戻りました。ハイシーズンだけ、それなりに客足が伸びる感じですね」

日本中を挙げて秘湯ブームは絶好調だったが、白船グランドホテルをめぐるそうした状況は、2006年、2007年といっこうに変わらなかった。その間に(2006年)、創業社長(83歳)がガンで亡くなり、病気のご主人が同年、2代目社長に就任。そして今、白骨温泉と白船グランドホテルは、1つの曲がり角に来ている。

白骨温泉と白船グランドホテルは事件後、社会とどう向き合ってきたか?

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東京在住の筆者から見る限り、白骨温泉としてはもちろん、白船グランドホテルとしても、事件後、現在に至るまで、あたかも沈黙を守ってきたように見えてしまう。

実際問題として、社会とどう向き合ってきたのだろうか?

「事件後、白骨温泉旅館組合のそれまでのWebサイトをいったんクローズした上で、組合としてのお詫びを掲載しました。当館としても右へならえという感じでしたね。また、組合として、朝日、毎日、読売などの全国紙に謝罪広告を出しました」

残念ながら、筆者はWebサイトはもちろん全国紙での謝罪広告も目にしないままで終ってしまった。ところでその後、マスコミから取材依頼はあったのだろうか?

「当館へのテレビの取材依頼もありましたが、ご辞退し続けてきました」

テレビの旅番組にあれだけ頻繁に登場していたのにもかかわらず、白船グランドホテルはもとより白骨温泉の主要旅館も、事件後、ほとんど登場しなくなった。結局、自ら出演を辞退し、テレビ局側も無理してまで取材要請をしなかったからということなのであろう。

白船グランドホテルは組合の会合で入浴剤使用を否定し続けたわけだが、事件後、組合内での立場がいささか微妙になったのでは?

「そうですね。白船グランドホテルが結果的に事件を大きくしてしまったということで、当館として、自ら積極的に動くことはせず、組合での決定事項を粛々ととり行うようにしております」

田中康夫県知事(当時)が中心になって、事件後(2004年11月)、長野県独自の温泉に関する基準(=「安心・安全・正直」な信州の温泉表示認証制度)を策定しているが、それに対しては白骨温泉として、あるいは白船グランドホテルとしては、どのようにコミットメントしたのだろうか?

「白骨温泉としては当館も含め、ほとんどの旅館がコミットしていません。認証を受けようとしなかったということです」

田中知事独特の派手なテレビ的演出で全国民に強烈な印象を与えてしまった2004年7月の出来事は、白骨温泉の方々に複雑な感情を抱かせたことは想像に難くない。温泉偽装と聞けば、パブロフの犬のように白骨温泉の入浴剤を連想するようにしてしまったのだから。

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毎月、最終日曜日に実施している温泉粥の無料サービス(左)、 湯めぐり手形で白骨温泉の温泉をめぐることができる(右)(出典:公式Webサイト)

これまで白骨バブルを支えてくれた一般宿泊客への事後対応は、どのようにしたのか?

「白骨温泉として『湯めぐり手形』を発行しまして、いらっしゃったお客様には無料でエリア内の温泉をめぐることができるようにしました」

これは熊本県の黒川温泉でヒットした手法で、顧客サービスの向上策と位置付けられる。ツアーに参加した宿泊客には添乗員からご案内があるようだ。一般の個人客は、白骨温泉の公式Webサイトから見ることができる。

「あと、シーズン中の毎月最終日曜日には、白骨温泉として、無料で名物の温泉粥をふるまうようになりました」

これも顧客サービス向上策の一環。ツアー参加者でない場合は、やはり公式Webサイトを見れば発見できる。

白骨温泉として、あるいは白船グランドホテルとして、事件を踏まえ社会に対して、どのような価値を創出してゆこうとしたのだろうか?

「組合として『憲章』を策定しました」

その憲章は、各旅館に掲示されているようだ。白船グランドホテルでは正面玄関付近の目立たないところに、ひっそりと掲げられていた。

憲章自然・温泉・人 共存宣言

私たちは、恵まれた自然環境を大切にし、人との調和をはかります。
私たちは、限りある資源である温泉を守り、地域の文化と伝統を後世に伝えます。
私たちは、お客様に、やすらぎとくつろぎのときを提供します。

これは一般企業でいえば、「経営理念」に当たるものだろう。経営理念は、その実現を担保するビジョンや中長期の戦略計画があって初めて生きてくるが、それについては本取材終了後(2008年4月)、白骨温泉公式Webサイト上に、「湯アップ白骨温泉プログラム」が発表された。

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湯アップ白骨温泉プログラムは「地域ぐるみで」「優れた湯質を生かして」「白骨らしさの演出」「健康づくりへの活用」「自然環境を活用して」――以上5項目からなっている。また湯めぐり手形、温泉粥提供などのほか、飲泉所の整備、温泉割焼酎の提供、入浴指導員の養成、遊歩道の整備などが追加されている。

事件はまだ終っていない――一般生活者や宿泊経験者に向けた対応策

白骨温泉旅館組合として、社会に向けて一定の情報発信をし、白船グランドホテルもその一員という立場を取ってきたことが分かる。しかし、それにもかかわらず、今なお白骨温泉と聞けば、多くの人は「ああ、あの入浴剤で有名な……」と言う。その状況は変わっていない。現実問題として組合の発表によると、白骨温泉全体で売上は4割減、白船グランドホテルも3期連続で赤字決算という厳しい状況が続いている。

なぜなのだろうか? 日本の秘湯ブーム自体が終息したのならともかく、ブームは相変わらず好調である。日本人の海外旅行離れが進み、このゴールデンウィークも、海外旅行者が前年比でさらに15%減になっていることからも、国内の温泉地にはビジネス上の可能性が広がっているのに。

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白船グランドホテルの内風呂

今回の取材を通じて、その原因として感じたこと――それは、入浴剤騒動は過去の話と思っている多くの人にとって、実は「事件はまだ終っていない」ということである。まず言えることは、2004年7月の田中康夫知事による白船グランドホテルへの踏み込み劇と若女将・涙の記者会見のテレビ映像のインパクトが強烈過ぎたということだ。

あれ以降、日本各地の温泉地で悪質な偽装が数々行われていたことが明らかになった。しかし大多数の人は、それらについてほとんど覚えておらず、「踏み込み劇+涙の記者会見」の映像を記憶しているのである。

それは、ひとえに田中康夫氏の知名度の高さ、県知事としての注目度の高さに加え、上記映像が、まるでドラマでも見ているかのような見事な“シナリオ”になっていたからだ。それ以降のいかなる温泉偽装発覚においても、田中知事のような有名人の陣頭指揮はなかったし、あれほど印象的なシナリオも登場しなかった。

結局、白骨温泉に行ったことのない人から見れば、これこそが、白骨温泉に関する知識のすべてなのだ。そうである以上は、白骨温泉としても、その固定観念を覆すほどのインパクトのあるプレゼンテーションが必要となってくる。

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取材に行った日、内風呂で採取した湯の花(温泉成分の酸化物)

そういう視点からすれば、白骨温泉としての社会に向けた情報発信は、今後、より積極的になされるべきものと思われる。Webサイトの片隅でひっそりと情報発信をしているが、それでは足りない。わざわざ白骨温泉のWebサイトを見に来る熱心な人だけを対象にしていては、一般生活者(=潜在顧客層)の白骨温泉に対する固定イメージを変革することはできないからだ。また強い関心を抱いていても、そもそもPCを使わない人にとっては結果的に除外されることになるだろう。

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入浴剤投入の象徴的存在のようになってしまった白船グランドホテルとしても、独自の情報発信が望まれるだろう。というのも白骨温泉に行ったことのない一般生活者と同様に、白船グランドホテル宿泊経験者の多くにとっても、「事件はまだ終っていない」からである。

ゆづるさんからお聞きする限り、事件後に行った主要な顧客対応は、感情を害し、抗議してきた宿泊経験者に対するお詫び行脚である。換言するならば、ことの成り行きを静かに見守っていた物言わぬ好意的宿泊経験者たちは、2004年7月当時で心の時計が止まってしまい、そのまま今に至っているということである。

白骨温泉旅館組合内での微妙な立場も影響してか、事件後は組合の決定事項に粛々と従い、自らは積極的に情報発信してこなかった白船グランドホテルであるが、同ホテルの宿泊経験者から見れば、組合がWebサイト上に何を発表しようが、正直言ってあまり興味はない。別に組合の幹部の方々と面識があるわけでもないし、組合の施設に泊ったわけでもないからだ。

そんなことよりも「宿泊した際、あんなに良くしてくれた、あの若女将や、あの仲居さんたちは元気で頑張っているのだろうか? 事件後、同館として、どのように立ち直りを図っているのだろうか? 温泉はどうなったのだろうか? それにおいしかった食事は?」という感情の方が圧倒的に強いのである。

一部の白骨ファン層は、白船グランドホテルを盛り上げようと、事件後、積極的に同館を訪ねたことだろうが、そういう人たちの行動力だけでは限界がある。やはり、大多数を占める物言わぬ好意的宿泊経験者たちに対する積極的な情報発信を通じて、彼らの心の中にくすぶり続ける2004年7月の事件を完了させる必要があろう。個人客へのきめ細やかな対応が、そうした面でも今後望まれるのである。

白船グランドホテルの経営、再評価されるべき「経営システム/業務プロセス」

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日本社会、とりわけマスメディアの特性として、持ち上げるだけ持ち上げておいて、いったん何かあると完膚なきまでに叩きのめす傾向がある。まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」である。

白船グランドホテルは偽装発覚後、そうした批判にさらされたわけだが、しかし、客観的かつ公平に見る限り、その経営手腕には驚くべき点が多々あることは間違いない。

創業社長が当時構想した宿のコンセプトや現代的センスに富んだ機能の数々は、来るべき秘湯ブームにおける顧客の「ウォンツ(=Wants、潜在欲求)」を読んだものだった。だからこそ白船グランドホテルは、その後の白骨バブルで中心的位置に立ち得たのであろう。

また、次の(1)~(4)に見るように、「経営システム/業務プロセス」の数々も、当時としては卓越したものであったと言える。

(1)2源泉の分離使用
建設当初は白船グランド源泉と、新宅源泉を混合して湯船に出していた。しかし、宿泊者数急増に対応して風呂場の改装(拡張)を実施した際に混合泉を止め、白船グランド源泉を露天用、新宅源泉を内風呂用に分けた。この決断は、色合いや成分の微妙に異なる各源泉の特性・効能を大事にしたものと言える。
(2)熱交換システムによる間接的加温
白骨温泉全体にいえることだが、源泉温度は高いとは言えない。こうした場合の対応としては手を加えないことが大事として、ぬるいままで出す宿もあれば、いきなりボイラーで沸かすという宿もある。前者は、特に湯温が大幅に低下する露天風呂では寒いだけで入浴の快適さからはほど遠いし、後者は泉質への影響が懸念される。

そういう意味で設備投資に多少のコストがかかっても、熱交換システムによる間接的な温度調節が望ましいという意見がある。白船グランドホテルでは、この熱交換システムを導入している。

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白船グランドホテルのボイラー室では、熱交換システムで湯の温度設定をしている

(3)源泉湧出量に見合った衛生管理
さらに白骨バブルによりお客様が殺到した時の衛生管理に対する考え方も明確だったと言える。一般に「源泉かけ流しは清潔で安全」と思われがちだが、必ずしもそうではない。湧出している源泉の量と入浴客の延べ人数とのバランス次第で、清潔にも不潔にもなり得る。

白船グランドホテルで使用している2本の源泉の湧出量は、残念ながら、増え続ける入浴客の数と見合いそうになかった。湧出量から言って毎日お湯の総入れ替えをすることは難しい中で入浴者数がそのまま急増するならば、いずれレジオネラ菌などの問題発生を懸念せざるを得まい。

こうした場合、3つの選択肢がありえる。第1は「一日限定○組の宿」という超・高級旅館に鞍替えするなど、顧客数を制限する。第2は知らん顔して、そのまま営業を続ける。第3は温泉成分の変質・劣化というマイナス要因を、あえて甘受して塩素の注入を行う。

白船グランドホテルは、迷わず第3の道を選択した。すでに近代的大型旅館として建設・運営している以上、第1の選択肢は現実的ではない。そうなると、第2もしくは第3のいずれかの選択となるが、同館は第3を選んだ。この塩素注入は一見、(1)と(2)の泉質保護と矛盾するが、宿泊客の安全確保はすべてに優先すると判断したのだろう。

630yd shira11 脱衣場の入口には、給湯方式などを明記したポスターを掲げている

(4)湯船の温泉成分・効能を表示
日本の温泉旅館の大多数は、温泉ブームの中で旅館・ホテルの数が源泉湧出量に見合わないほど増え過ぎてしまったこともあり、源泉かけ流しではなく、濾過(ろか)循環方式を採用している。

簡単に言えば、少ない源泉を何度となく使い回すシステムである。一度使った湯は入浴者たちの毛、垢、脂、分泌物、雑菌で著しく汚れている。そのため濾過してきれいにし、通常、加水・加温・塩素注入をして、再度、湯船に送出する。そこで汚れた湯を、また同じように濾過・加水・加温・塩素注入して湯船に送る。この循環を繰り返している。

しかしこの方式は、清掃が十分でない場合、レジオネラ菌の繁殖につながる危険性がある。ここ数年、レジオネラ菌での死亡事故が各地の温泉施設で報告されているが、それらはすべて、この濾過循環方式によるものである。

それに循環湯には、もはや温泉としての効能は期待すべくもない。しかし2004年当時の温泉法では、湯船での成分については何ら明確な規定がなかった。そのため、その盲点を突いたか、濾過循環方式を採用している温泉旅館には、脱衣所付近に源泉の成分・効能を掲示し、あたかも、その湯船の湯にそれだけの力があるかのような誤解・錯覚を入浴客に与えるようなことをしているところが多かったのである。

それに対して白船グランドホテルでは、最初から湯口(湯船におけるお湯の湧出口)での温泉成分・効能を明示していた(2005年2月、温泉法が改正され、湯船の湯に関し、循環・加水・加温・入浴剤利用・消毒薬利用の有無についての掲示が義務付けられた)。

今なお逆風の中に置かれている白船グランドホテルであるが、上記(1)~(4)に関しては、一定の評価がなされても良いのではないだろうか?

最高のもてなしの宿、今後に向けて

今回、事件後初めて、4年ぶりに訪れた白船グランドホテルは、さまざまな問題を抱えながらも、その「もてなしの心」は以前にも増して素晴らしいものになっていた。

それは宿泊者アンケートを見ても一目瞭然だ。湯もそうだが、何より料理のおいしさと仲居さんたちスタッフの至れり尽くせりの接客には、本当に感動させられる。夕食では、同館名物の岩魚の骨酒(こつざけ)、信州牛のステーキ、馬刺し、朝食では、温泉粥が印象に残る。また、明るく愉快で働き者の仲居さんたちとの会話は旅の疲れを癒してくれる。

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食で出た信州牛のステーキ(上)と岩魚の骨酒(下)

館内各所に生けられた花々もまた心を和ませてくれるものだ。エレベーターの中には柔らかい小椅子が角に置かれている。お年寄りをいたわるものであろう。いろいろなタイプの宿泊客に対する目配り・気配り・心配りが同館のもてなしの基本のようだ。

しかし既に詳述したように、こうした素晴らしさの数々は必ずしも知られていない。事件後は、いまだに「ああ、あの入浴剤で有名な」である。こうした状況を変革してゆくためには、終っていない事件を完了させることが何よりも肝要だろう。

もちろん、それがいかに大変なことかは、筆者にも分からないではない。東京のビジネスシーンで常識だからと言って、それが直ちに日本の隅々でも常識になるとは限らないのが現実だからだ。

白骨温泉は地理的にも人里離れた世界であり、だからこそ秘湯なのである。何代にも渡って、時間的・空間的に閉ざされた世界で湯を守ってきた方々には、その人ならではの価値観もあるだろう。そこにいきなり東京の常識を持ち込むのは、決してたやすいことではあるまい。

しかし、秘湯ブームの中心的役割を担ってきた企業群としての社会的責任は、世の中の要請として果たさなければなるまい。そして繁栄を取り戻すためには、社会との積極的なコミュニケーションを図ることが是非とも必要だろう。これは白骨温泉にも、白船グランドホテルにも言い得ることだと筆者は考える。

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