最終回「優しい自由主義」のススメ 

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「ビジネスパーソンの働き方」や「金融・経済のあり方」などを記してきた、筆者の山崎氏。これまで主義主張を正面から書くことはなかったが、今回をもって最終回ということもあり、現在の政治・経済について綴った。(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2009年4月30日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)

これまで本連載では、自分の主義主張を正面から書くことはなかったが、今回をもって本連載の一区切り(最終回)とすることもあり、現在の自分の政治・経済的な立場(意見)について書いてみたい。

自由主義の基本を満たしていない

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まず、自由主義と福祉社会をお互いに対立選択肢であるかのように対置する考え方には与しない。福祉社会は自由主義と両立するし、自由主義的であってこそ、よりよい福祉社会を作ることができる。

昨今の金融危機やいわゆる格差の拡大を自由主義(「資本主義」あるいは「新自由主義」と呼ぶ人が多い)の失敗のせいだとする考え方には、事実誤認があると思う。サブプライムローン問題に代表される今回の経済的失敗は、自由主義の基本を満たしていない取引のせいで起こったものだ。

自由主義の基本とは、ミルトン・フリードマンの言葉を借りるなら「経済的取引が双方で自発的かつ十分な知識を持ってなされるのであれば、この取引の双方の当事者がそれから共に利益を受ける」(『資本主義と自由』熊谷尚夫他訳、マグロウヒル好学社)ということだ。サブプライムローンの証券化商品は「十分な知識」の下に取引されていなかったし、投資銀行をはじめとする金融機関の多くは、経営者も含めた社員がこれを利用してボーナスを奪い取るための“インチキカジノ”のような存在だった。

このインチキカジノの仕組みにあっては、取引相手や末端で使われる労働者ばかりでなく、資本家もカモにされていたことは、もっと注目されていいだろう。例えばリーマン・ブラザーズのような投資銀行の株主は、ある意味では、資本家の中の資本家のような存在だが、バブルの渦中にあって彼らの供出した資本は、ギャンブラーに種銭(たねぜに)を貸していたに過ぎなかったことが後から分かった。

問題は、自由主義や資本主義にあったのではなく、エージェンシー問題にあった。つまり、エージェント(代理人)たるギャンブラー達に安易に大きな資金を委ねてしまったプリンシパル(委託者)の失敗であった。つまり、労働者も資本家も「カモられてしまった」のだ。

「十分な知識」という前提条件を実現すること

ここで本質的に重要なのは、デリバティブや証券化商品の取引を制限することではなく、「十分な知識をもってなされる」という前提条件を実現することだ。「十分な知識」の前提を作るためのルールの適用は、自由主義にとって有害な規制ではなく、情報コストを節約する有効な工夫だ。まして金融のように、1人の失敗が他人にも影響するようなシステムにあっては、周到な仕組み作りが不可欠だし、完全な仕組みの実現は難しいから、仕組みを改善する不断の努力が必要だ。どうやっても「十分な知識を持って取引する」ことが難しいなら、取引自体を禁止してもいいが、これは最後の手段だ。

なお、金融マン的なセンスでいうと、相手が「十分な知識」を持っていたのでは多くのデリバティブ取引の多くはうまみがなくなって消滅してしまうだろうが、だますことによる利益を規制することに問題はない。例えば、個人向けに販売されている通称「EB」(他社株転換権付社債)などは実質的には金融詐欺に近いが、こんなものをオプション価格の計算ができない個人に売ることを許しておく方が間違っている。自由主義が常に規制緩和論であるとは限らない。

さりとて、金融業を政府に独占させると、資金配分を通じた資源配分の効率性は大きく損なわれるだろう(例えば、パイオニアのような経営失敗企業への公的資金注入を検討する最近の動きを見よ)。20世紀の経験だけで十分かどうかは判断が分かれようが、社会主義的な仕組みには、長期的な資源配分の効率が低下する問題があるし、政府の官僚による国民の大規模な搾取が生じやすい。特に、政府を交替させる仕組みがないと、官業が事実上の独占企業となってしまう。

自由主義者が政府の関与を警戒するのは、何よりも、政府によるサービス取引は当事者にとって自発的に行われるものではないし(受益と負担が直接的に結びついていない)、政府の提供するサービスに関する情報も不十分であることが多いからだ。「福祉」を政府に任せることについても、その内容が不要であったり、行われ方が非効率的であったりする場合が多いだろうと心配する。

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「不十分な知識」に基づく取引を抑止する

自由主義に弱点があるとすれば、それは「不十分な知識」に基づく取引を抑止する仕組みが、単純な自由放任の下では育たないことだろう。自由主義を支えるためには、嘘つきがいけないことだとか、他人をだますのがいけないことだといった社会が持つ倫理観の強制力が必要だし、「市場」(ルールを含めて)の作り方に工夫が必要だ。この点に関しては、自由主義者にも献身が要求される。

また、経済的な自由主義と弱者に対する福祉の実現も矛盾・対立するものではない。自由な取引による経済の活性化と、所得の再分配、即ち社会的福祉は、相当程度両立する(税率が100%になると両立しないが)。社会的に適切と判断された所得の再分配のために必要な税率が、30%であっても、40%であっても、「より多く働いた方が、よりよい生活ができる」というインセンティブは残る。肝心なのは、このインセンティブを福祉の受け手側でも持てるような制度設計だろう。「働くようになると打ち切られる生活保護」のような仕組みではうまくゆかない。

よく「高福祉・高負担」と「低福祉・低負担」あるいは「中福祉・中負担」のどれがいいかという問いがなされる。この聞き方だと、「高負担」と「低福祉」がどれくらいの極端を指すのかが分からないし、漠然と中庸が無難だという心理が働くから(スターバックスでトールサイズが売れるのと同じ理屈だ)、「中福祉、中負担」を選ぶ人が多いだろう。低支持率の麻生首相の発言であっても、昨年、最初の経済対策の際に述べた、日本が「中福祉・中負担の国」を目指すべきだという話には異論を唱えた向きがほとんどなかった。

筆者もまた、福祉はある程度大きくてもいいと思うが、その中身は個々の国民が選択できるようなものであってほしいし、具体的な福祉サービスの担い手は政府ではなく民間であることが望ましいと考える。

具体的にいうと、受け取り側では、生活保護、年金、介護保険(によるサービス)など、お金を受け取る名目は、いちいち条件付けられていない方がいいし、介護や医療などの具体的なサービスの提供については、国や自治体が事業主体になるのではなく、自由な参入を保証された競争の下で民間が行う方がいい(政府と癒着する「政商」の排除は重要だが)。

高福祉(大きな所得再配分)と大きな政府(大きな官僚機構)は必ずしも同義ではない。政府の規模(官僚の人数や人件費)を小さく保ったまま、大きな所得再配分を行うことは十分可能だ。端的に言って、現在公的に提供されているサービスを廃止して(例えば公的年金や雇用保険は廃止する)、その分の収入を直接所得の再分配に回すことで、世の中はかなり良くなるだろう。

筆者が目指す社会は「小さな政府、大きな福祉」

構造改革ブームの最中には、「働かざる者、食うべからず」といった、過剰な自己責任論が横行したが、「働かない者は、餓死せよ」という世の中よりも「働かなくても、食える」世の中の方がいいに決まっている。全員がどの程度まで「食える」かは、社会の実力に依存する問題であり、あるいは、将来、国民全員を食わせるのは難しくなるかも知れないが、他人が働かないからといって食い物(基本的な生活)を取り上げるのは行き過ぎであり、これも自由主義に反している。

現実的には多少の無理があることを承知で言うつもりだが、あえてキャッチフレーズにまとめると、筆者が目指す社会は「小さな政府、大きな福祉」だ。そのための道筋は、所得の再配分には優しく、誤魔化しと政府の肥大化には厳しい「優しい自由主義」しかないのではないかと考えている。

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筆者は、経済に関しては自由主義で、政治に関しては自由な経済取引を実現してくれる勢力を応援する一民主主義者だが、防衛などに関しては単純なハト派だ。自由主義に近い立場を持つ人たちには、日本も武装して対外的に軍隊が実力行使できる(彼らのいうところの)「普通の国」になるべきだというようなタカ派が多いが、この点には違和感を感じている。お金持ちは、暴力を使わないと自分の財産が守られないと思って心配になるのだろうか。

どのみち米国にも中国にも軍事的には到底かなわないのだから、軍備に余計な費用とマンパワーを割かない方が得だし、「国」というものは人の命に代えてまで守る価値のあるものではないと私は考えている。「普通の国」は無駄なお金がかかるし、余計な奴(軍人ないしはそれに近い人々)が大きな顔をするので、願い下げだ。

軍事力を交渉力に使わないという意味でも「優しい自由主義」を標榜したい。

これまでのご愛読に感謝します。

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