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ロジックを超えるコミュニケーション(前編)

投稿日:2009/04/20更新日:2019/04/09

ロジックは完ぺき、プレゼン資料も美しいものを整えた、なのに周囲が動いてくれない――。皆さんは、そんな経験はないでしょうか。本稿では前後編の2回に分け、周囲を精力的かつ継続的に巻き込む「説得型コミュニケーション」について、グロービス経営大学院の嶋田毅氏が紹介します(この連載は、東洋経済新報社「Think!」2009年No.28号に寄稿の内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです)。

プレゼンテーションや説得、あるいは協調型の交渉(=説得型コミュニケーション)により、人を動かさなくてはならないシーンは多いが、これは決して容易なことではない。特に、「継続して」「精力的に」動いてもらい、「さらに回りも巻き込んでもらう」となると、難易度が増す。そうした説得型コミュニケーションの難しさについて、まずはケースによって示し、それを乗り越えるための勘所について、「相手」「自分」「内容・デリバリー」の3つの側面から、それぞれ最重要と考えるものを解説していく(図1)。

図1 本稿の構成

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ケース 鴻池美登利のプレゼンテーション

中堅の広告代理店、大野広告社(仮称)は、規模こそ大手の代理店には及ばないが、進取の気性に富み、ユニークな企画を生み出すことで知られている。例えば、十数年前にネットが台頭した頃は、逸早くネット広告の取り扱いを始めた。イベント企画なども、大手が手を出さないサブカルチャー分野に早くから取り組むなど、その着眼点や取り組みスピードの速さは業界でも一目置かれている。

こうした実績や組織文化の背景には、大野広告社の独特の人事制度がある。同社では、20年以上も前から、毎年、「社内ビジネスプランコンテスト」が開催されている。プレゼンの結果、特に優れた企画と認められれば、予算がつけられ、提案者はプロジェクトリーダーとして新規事業の立ち上げを任せられる。過去には、社内で事業を立ち上げ、そのままMBO(マネジメントバイアウト)をして独立した人間もいる。社内ベンチャーはともかく、独立までされてしまうと痛手ではないかと考える人間も多いが、経営陣は鷹揚だ。現社長の大澤龍一郎氏は、常々こう語っている。

「独立したい人間を引き止めるのは難しいし、無理に引き止めてもモチベーションは維持できない。独立したいからこそ真剣に考えるという側面もある。長い目で見れば、優秀な人材を呼び込むことにもつながる」

鴻野美登里は新卒で大野広告社に入社以来、10年間、営業畑を歩いてきた。もともと新規事業に特に強い興味はなかったのだが、最近、同期入社の仲間など何人かがコンテストに応募するのを見て、彼女も徐々に新規事業に興味を持つようになっていた。また、そうした企画作りをキャリアの軸にできないかという思いも芽生え始めていた。そんな背景もあり、入社10年を機に、力試しも兼ねて、コンテストに応募することを決意した。

彼女が着目したのは、近年問題となっている、小児科医、産科医不足だ。必ずしも医療に興味があるわけではないが、テレビや雑誌でニュースを見、それにヒントを得た。「いつかは自分も母親になる。その時に十分な医療サービスを受けられないとしたら・・・」そんな思いを抱いたことも、このテーマを取り上げる一因となった。

医療分野は、ビジネスの観点から見れば後れた分野だ。それゆえ、さまざまなビジネスモデルが考えられたが、広告代理店という立場を考えれば、やはり「多くの人に情報を伝える」という活動を軸にしたプランの方が、自社の強みも生かせるし、経営陣にとっても興味深いだろう。では、誰にどのような情報を伝え、誰に課金するのがよいのか。折しも、2007年からは、医療法の改正により、病院や診療所の広告が大幅に緩和されたという背景もあった。

テーマを選んでから3カ月。様々な試行錯誤を経つつも、美登里は市場性やビジネスモデルに関して仮説を立て、それが成り立ちうるかフィジビリティを検証していった。何事も初の経験となる美登里にとって、アイデアを肉付けし、説得力のあるプランに落とし込むのは大変な作業であったが、経験のある知人に助言を仰いだり、ビジネス書を買って勉強したりすることで、自分なりに納得のいくものを仕上げていった。出来上がったのは、患者や医師に情報を流通させ、地方自治体と製薬メーカーに課金するというビジネスモデルである。

プラン提出が近づき、美登里はプランの再チェックを行い、また、それに先立って、信頼できる数人の知人に、プランを見てもらった。

「アイデア自体に対する先輩たちの評価も高かったし、ロジックについても、大きな漏れや、ストーリーの飛躍・混乱は感じないということだったわ。構成も最もオーソドックスなものだし。収益性についてもかなり早い段階からリターンが見込めるし、CSR(企業の社会的貢献)の観点から言っても、きっと経営陣にも受けるはず」美登里は自分に言い聞かせた。

コンテストは1次の書類選考と、2次の対経営陣プレゼンの2段階であったが、美登里のプランは数倍の競争率をクリアし、1次選考を通過した。

そして2次のプレゼン当日、いよいよ美登里の順になった。あっという間に25分の発表持ち時間が終わり、質疑応答に入った。オーディエンスである経営陣の反応は悪くはなさそうだ、と美登里は感じていた。

「鴻野さんは、もともと医療分野に興味があったのかな?」

いきなり大澤社長から質問が飛んだ。美登里は緊張しながらも答えた。

「いえ・・・。昔から興味があったかといえばそういうわけではありません。しかし、少子高齢化に悩むわが国の現状を考えれば、誰かが取り組まなくてはならないテーマだと思います」

大澤社長は何か納得したような面持ちで美登里を見ていた。別の取締役が口を開いた。

「面白い提案だとは思うが、今回盛り込まれているヒアリングのコメントはどのくらい信頼できると思うかい?例えば、○○ページの病院の院長のヒアリングコメントだけど、本当にこれって信頼できるのかな?」

「もちろん、すべての病院にヒアリングしたわけではありませんから、そういう意味で確約できるものではありません。これまでになかったサービスでもありますし。実際、今ひとつこのサービスにピンと来ていない病院長の方も少なからずいました。しかし、ユーザーの強い声があるのは確かであり、それは十分採算性が取れる規模にあることは実感しています」

「僕だけの懸念かもしれないが、このサービスをあちこちの病院に売り込むのはかなり大変なことだと思うが」

「そこは、私が死に物狂いでやりますし、同志をぜひ募りたいと考えます」

「・・・」

この後、いくつかやり取りが続いた後、大澤社長が改めて美登里に質問した。

「今回のコンテストに応募した動機は何だったのかな?それともう1つ。鴻野さんは、今後、どんなキャリアを歩こうと考えているのかな?」

「動機とキャリアですか・・・。動機は、正直、自分の企画力を試してみたいというところでしょうか。キャリアについては、今の段階では何ともいえませんが、将来的には自分のこれまでの経験も活かして、この会社でより高いポジションの管理職になりたいと思っています」

「その時、どんな仕事をしていたい?」

「そうですね。いまは営業をやっていて、それはそれで楽しいですが、できれば企画的なことに携わりたいと思います。今回、このコンテストに応募したのも、その意味合いが強いです」

「なるほど、よくわかった」

そして数日後、コンテストの結果が発表された。美登里のプランは優秀な着眼点を評価する「奨励賞」を受賞したものの、グランプリをとるには至らなかった。美登里に送られてきたフィードバックシートにはこう記してあった。

「着眼点そのものは非常に良い。ただし、実際にビジネスが推進されていくイメージが湧きづらく、思いの強さが伝わってこない。今回は残念ながら採用は見送ったが、この部分がクリアできるのであれば、再度チャレンジする価値は十分にあり」

ケース解説 美登利のプレゼンに欠けていたものは何か

美登里のプレゼンは、なぜ経営陣を動かすまでに至らなかったのだろうか。一般に、ビジネスプレゼンテーションをはじめとする説得型コミュニケーションの目的は、その内容を伝えることで、聞き手に好ましい行動をとってもらうことである(図2)。

図2 説得型コミュニケーションの目的

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例えば、ベンチャーキャピタルの会社が、新たなファンド組成に当たり投資家向けのプレゼンを行うのであれば、その最終目的は、そのファンドに投資をしてもらうこととなる。おそらく、「当該ファンドへの投資は投資家の皆さんに素晴らしいリターンをもたすであろう」ということを説明するために、裏づけとして、「過去の投資実績」「マネジメントチームの卓越度」「投資の方針」などを説明することになろう。

当たり前のことのようだが、意外とこの基本ができていないことは多い。特に初心者に起きがちな失敗は、「相手のアクションを促す」という最終目標を忘れ、相手の関心や置かれた状況を踏まえずに、自分の言いたいことのみを一方的に説明してしまうという失敗だ。

内容の貧弱さゆえに相手に伝わらないというケースもやはり多い。具体的には、例えばプレゼンであれば、資料内でロジックが破綻している(重要な見落し、矛盾、極端な飛躍があるなど)、事実(ファクト)に基づいていない、ストーリーがわかりにくい、チャートが見にくいなどである。

では、今回の美登里のプレゼンは何が問題だったのだろう?内容面について言えば、ユーザーのコメントに対する質問などもあったが、少なくとも、ロジックが破綻しているとか、ストーリーが分かりにくいなどの瑕疵はなさそうだ。それは、美登里の知人からのフィードバックからも推定される。むしろ、オリジナリティなどは経営陣からも高く評価されている印象だ。ロジカルな面は概ね押さえられていたと考えてもよいだろう。

では、聞き手である経営陣の関心を誤解していたり、そもそものプレゼンの目的を失念していたという可能性はどうだろう?ビジネスプランコンテストであるから、そのへんは一見、誤解は生まれにくいように思われる。しかし、本当にそうだろうか?

ヒントとなるのは、「実際にビジネスが推進されていくイメージが湧きづらく、思いの強さが伝わってこない」というフィードバックコメントと、プレゼン当日の質疑応答だ。

ここで、皆さんに考えていただきたい。あるプレゼンを聞いたときや説得を受けたときに、その提案どおりに行動をとろうとするのはどんなときだろうか?より具体的に言えば、その提案が自分に支援や経営資源の提供(時間的、金銭的など)を請うものだとしたら、どんなときに「助けてやりたい」と感じるだろうか。

おそらく、単に内容がわかりやすく、理解できたからアクションに移す、ということは少ないはずだ。単純に理解=行動とつながるのは、それがそれほどの労力を要しない(例:千円単位の募金など)場合だ。

実際のビジネスにおいて、ある程度の時間や労力を伴うアクションを起こすためには、「理解」だけではなく、強いインセンティブがそこに存在するか、もしくは、単なる理解を超えた「共感」が醸成されなくてはならない。これらがあるからこそ、自分自身が積極的に動いたり、さらに誰かを巻き込もうという気になるのだ。

特に、今回のケースは新規事業のプレゼンテーションである。企画立案者が事業推進役となるという点がポイントだ。プランそのものはきれいにまとまっていても、「こいつに任せてみよう」と思える「何か」が不足していては、聞き手は動かされない。

具体的には、当事者のミッション(使命感)やパッション(情熱、強烈な内発的動機)だ。新規事業の立ち上げは、楽しさもあるが、ほとんどが苦難、修羅場の連続だ。そうした中でやりぬくためには、強烈なエネルギーや、それを下支えする使命感、内発的動機が欠かせない。

そして大野広告社ではおそらく、ビジネスプランコンテストの評価基準として、内容の斬新さや事業の魅力度、ロジックに加え、そうした当事者の真剣さを1つの重要な判断基準にしていた可能性が高い。今回の美登里の提案に一番欠けていたのは、その部分であった。つまり、ビジネスプランコンテストで評価者が重視するポイントを読み違え、必ずしももともと問題意識の高くないテーマを選んだことが、聞き手に訴えきれなかった一因と考えうる。

次回は、このケースを踏まえ、「説得型コミュニケーションを成功させる3つのポイント」について具体的に解説していきます。

後編はこちら

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