本当に転職に有利なのか? 日本の社会人大学院事情 

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不景気になると、キャリアアップや転職を目指すため「社会人大学院」を希望する人が増えるという。多くの大学では社会人でも単位が取得できるようなカリキュラムとなっているが、本当に社会人大学院を卒業すれば転職に有利なのだろうか?(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2009年3月19日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)

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不景気になると、MBA(Master of Business Administration)講座の申し込みは増えるのか、減るのか。米国の経験では、明らかに増えるらしい。好条件の仕事が得にくくなるので、経済学用語でいうところの「機会費用」(その行動を選択することで失われ、ほかの選択肢を選んでいたら得られたであろう利益のこと)が下がり、MBAの申し込みが増えるのだという。

確かに企業派遣の留学生などの場合でも、主たる問題は、MBAコースの2年間、準備期間も含めると3年間、仕事から離れることが問題だった。機会費用はかなり大きかった。筆者の世代でも(現在よりも海外MBAにはありがたみがあった)、若い社員ならいざ知らず、30歳前後の世代のエース級の人材を留学に出すのは「もったいない」という感覚だったと記憶している。

一方、企業の側では、若い社員を海外MBA留学に出すと帰国後にすぐ転職してしまうケースが多いのが問題だった。正確な統計を取ったわけではないが、筆者が在籍していた会社(総合商社)でも、海外に派遣したMBA留学生が帰国後に転職してしまうケースが目立った(印象としては「過半数」だ)。転職する人が多かった背景として、外資系のコンサルティング会社(MBA人脈で知り合いがいる)などから、まずまず好条件のオファーがあること。もう1つには、大組織の一員に戻ってもMBAコースで学んだ知識が生かせるような状況ではないことが理由だったようだ。コンサルティング会社の場合は、MBA取得が必須に近いので、既にMBAを持っていることはキャリア形成上も有利だし、採用側でも便利だ。

商社の場合、最近は若くして投資先の会社の経営を任されるような、MBAホルダーにとってやる気の出るような状況が増えつつはあるようだが、会社派遣留学生を社内にとどめられているのだろうか。ここのところ、金融関係にいい転職機会が少なくなったが、相対的にコンサルティング会社の人気は上がっている。また、MBAホルダーで成功している起業家経営者が何人も出ているので、やはり退職者はそれなりに多いかもしれない。

MBAの取得は転職に有利なのか?

このような事情もあって、いったん就職してから、会社の費用(と時間)でMBAを取ることは、誰でもできるわけではない。ここで有力な代替案として登場したのが、国内の大学が開設した、主に平日の夜間に授業を行う社会人向けの大学院だ。大学の商売の都合もある。少子化で学部の受験者が減っており、多くの大学が、かつてよりも大学院を拡充しようとしている。

社会人向けの大学院の多くは、大企業のビジネスパーソンなら何とか自費で支払いが可能な程度に授業料を設定し、平日の夜と土日(主に土曜日)の授業で単位を取ることができるようなカリキュラムを組んでいる。企業派遣でなくても、会社の仕事と両立させながら、自費で修士あるいはMBA(要は経営学の修士)を取ることが可能になった。

こうした大学院の1つで、筆者は、数年間、非常勤講師として「金融資産運用論」という講義をしてきたが、参加者の半分くらいは金融関係の実務家だった。ただ、授業の後(夜だ)などに、大学院を終えてどうするつもりなのかと聞くと、大学院で学んだことを、現在の仕事なり、転職なりに具体的に生かすという計画を持っている人は少なかった。多くの学生は、大学院を出てもどのような効果があるか分からないが、一応、勉強には興味があるので続けている、ということだった。

金融を主な縄張りとするヘッドハンターに聞いてみても、MBAを持っているからといって転職が有利になることは「ほぼ、ない」という。「30代前半くらいまでで、誰でも名前を知っているような米国の大学のMBAならともかく、それ以外のMBAでは、『まあ英会話はできるだろう』というくらいの評価にしかなりません」とのことだった。日本の社会人大学院の場合、実務の最前線から外れている人なのではないかとの印象もあるので、必ずしも歓迎されないともいう。サブプライムローン問題が起こる前の、まだ転職市場が活発だったころに聞いた話だが、なかなか手厳しい。

なかなか評価が高まらない日本の社会人大学院

筆者の授業を取ってくれた受講者は、いずれも真面目で、会社の仕事と授業の課題(宿題も多い)を両方こなす生活は大変そうだったが、辛口のコメントを許してもらうと、キャリアプランも研究も中途半端だったという印象を持つ。大学院卒の資格及び授業の内容を仕事や転職に生かすという明確な戦略がある方は少ないし、道を変えて研究の世界に入るには明らかに基礎学力不足の方が多かった。

日本の企業は、これまで一貫して新卒では「素材を採る」という方針だった。いわゆる「地頭」(「ぢあたま」。自分で考える力の強い頭のこと。慶應義塾大学SFC教授の高橋俊介氏が最初に使った言葉だと記憶している)のいい人材を採ることが彼らの採用の目標だった(実際には「地頭」よりも「性格のいい使いやすい部下」を採っている感じだが)。また、中途採用にあっては、学歴よりも、実務経験の質を重視する「即戦力指向」だ。これらの方針は、方針自体としては間違っていないと思う。

日本の社会人大学院が、企業側に、教育内容自体を評価されて、卒業生の価値を高めることができるまでの道のりはまだ長そうだ。海外MBAホルダーの中には、起業して成功する例や大企業の経営者に抜擢される例が増えて来て、MBAというものに対する認知も広がってきたし、彼らに対する評価が徐々に高まってきているように思う。日本の社会人大学院も、その出身者で印象的な成功者が何人か出ると、評価が高まるに違いない。それまでしばらくの間は、学校側でも受講生側でも、進むべき道の模索が続きそうだ。

例えば若いビジネスパーソンに「キャリア形成として社会人大学院はどうですか?」と問われたとすると、今の時点では「勉強自体が好きだという人は別として、キャリアにプラスかといわれると、今の時点ではお勧めしない」とお答えする。

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