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マルハレストランシステムズ社長・小島由夫氏(後編)―「不変」と「革新」の絶妙なバランスで顧客の潜在欲求を満たす

投稿日:2008/04/21更新日:2019/04/09

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会社組織の中で夢に向かって邁進するビジネスパーソンを追うインタビュー企画、嶋田淑之の「この人に逢いたい!」。前回までは、「ニルヴァーナ」「コカレストラン」など海外のレストランを多数、日本に誘致してヒットさせてきた、マルハレストランシステムズ社長・小島由夫氏の軌跡をインタビュー形式で辿ってきた。後編では少々趣向を変え、小島氏の成功を、経営理念やマーケティング戦略にフォーカスしながら読み解く(この記事は、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年2月1日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。

「不変」と「革新」の「識別力」と「貫徹&実現力」

下表は、経営理念の構築力・実現力が高い企業、低い企業の特徴をまとめたものだ。あなたの会社や、あなたの会社の経営者の姿勢は、どこにあてはまるだろうか?

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マルハレストランシステムズ社長・小島由夫氏の場合、新卒で入社した大東通商時代に「心から楽しいと思えることをやりたい」と思い定め、そのミッションを抱いたまま、レストランビジネスを続けており、その点でまったくブレていない。

その際、「楽しいこと・好きなことだけをするのは単なる趣味」であり、「楽しいこと・好きなことであって、しかもお客様の求めることをするのがビジネス」であるという、明確な視点、経営観が存在した点にも注目したい。

小島氏は、仕事を通し、世の中に対して、どのような価値を創出していこうとしたのか。その基本理念は、「短期的なトレンドを追いかけることなく、グローバルなステークホルダーから長く評価され得るような、老舗感・本物感のあるレストランビジネスを展開すること」であり、氏が社長を務めるマルハレストランシステムズなどが展開中のビジネスを見渡すと、いずれもこの基本理念に合致しており、ブレていないことが見て取れる。

小島氏のこうした理念の「貫徹力」は、氏がこれを「不変」の対象として捉えていることを示している。すなわち、社会経済環境がどのように変化したとしても決して「変えてはいけないこと」と認識して、堅持しているということだ。

本記事の前編や中編でも述べた通り、小島氏は、いかなる環境変化が起ころうとも「変えてはいけないこと(=不変)」と、環境変化に即応して大胆に「変えるべきこと」(=革新)」の「識別能力」において卓越していると、筆者は見ている。

さらに、「不変の貫徹力」と「革新の実現力」、いずれも傑出している。海外の老舗レストランとアライアンスを構築し、日本市場に誘致する際も、気候風土・顧客ニーズがまったく異なる以上、そのまま移植しても決してうまくは行かない。しかし、ただ日本流にアレンジしてしては、「~“風”レストラン」になってしまい、氏が目指す「本物志向」のレストランにはなり得ない。

そこで「不変」と「革新」の適切な使い分けが必須となる。「コカレストラン」「マンゴツリー」「ニルヴァーナ」など、いずれのレストランにおいても、不変・革新のポイントが明確だった。だからこそ日本で支持されたのだろう。

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顧客の“もやっとした欲求”に応える「SWAN Cycle型」アプローチ

小島氏は「楽しいこと・好きなことであって、なおかつお客様の求めることをするのがビジネス」であるという経営観を持っている。

では、お客様の求めるものとは一体何だろうか? 経営学的には、それは「Needs(=顧客の顕在欲求)」「Wants(=顧客の潜在欲求)」として捉えられる。

「Needs」は言うまでもなく、顧客自身が、自分が何をしたいのかを明確に自覚しているケース。「安くて早く出てくる、ボリュームのあるカレーライスを食べたい。おいしければもっといい」といった場合である。こうしたケースにおける企業対応は、何より「Needs即応型」であることが求められる。安くてボリュームのあるおいしいカレーを、すばやく出すことが、顧客の充足感・安堵感につながるのだ。

一方、「Wants」への対応は難しい。顧客自身が自分の欲求を明確に自覚しておらず、欲求のイメージが“もやっ”としている。例えば「どこかすてきなところで、何かおいしいものを食べたい」といった欲求に、いかに応えるか。それはムードのあるレストランなのか、料亭なのか。食べたいものは何料理なのか?

漠然とした欲求に対し、その解答を製品やサービスとして具体的に提示されて初めて、顧客は「ああ、自分が欲しかったものはまさにこれだったのだ!」と認識する。「日常生活の不安やストレスから解放されるような、『非日常』を実感させてくれるレストランに行きたい」という観念的な欲求は、それがどんな店のどんなメニューやサービスなのかを具体的にイメージできていない点で、「Wants」といってよいだろう。

こうしたケースにおける企業対応は、「SWAN Cycle型」であることが望ましい。すなわち、自社の有する「独自・異質・新規」型の「Seeds(デザイン・アイディアや商品開発など事業の種)」を、顧客の「WAnts」に訴求することを通じて、「自分が欲しかったものはまさにこれだったのだ!(=Needs)」と強く実感させること、「Wants」を「Needs」へと転換させることである。「SWAN Cycle」によって「Wants」を満たされた顧客の反応は、基本的に「ときめき・感動」である。

ただし、ここで重要なのは、この「SWAN Cycle型」アプローチが可能なのは、あくまでも自社ならではの「独自」で、他企業とは「異質」な、そしてこれまで存在しなかった「新規」の「Seeds」が存在する場合だけということだ。「平凡・同質・既存」型の「Seeds」しか持ち合わせない企業には、これはムリな話だということである。

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小島氏の顧客価値創造は、「Needs即応型」、「SWAN Cycle型」のどちらだと捉えられるだろうか? 結論から述べれば、明確に「SWAN Cycle型」アプローチである。

「海外の老舗レストランを日本に誘致する場合、候補となるレストランをどう選ぶのですか?」という問いに対し、小島氏は、「現地(海外)で日本人が多数来店しているような店から候補を選ぶ」と即答した。この点だけを見れば「Needs即応型」とも思える。しかし日本市場で展開するにあたって、「不変」と「革新」の識別を厳格に行い、そのレストランが現地で有している中核的強みを、社会環境のまったく異なる日本でも最大限に発揮し得るような工夫を行う。

その工夫とは、「不変」の貫徹・強化と「革新」の断行だ。それによって、そのレストランは、本店の単純な移植でもなければ、日本風への変質でもない、本物かつ「独自・異質・新規」な「Seeds」を訴求する存在になる。だからこそ、ニルヴァーナニューヨークやマンゴツリーといったレストランは、顧客の「ときめき」や「感動」を生むのである。

鳥瞰図」的視点と「虫瞰図」的視点の使い分け

老舗感・本物感のあるレストランビジネスの展開を目指す場合、すべて自前でやろうとすると何十年もの歳月と莫大な資金・マンパワーが必要となり、現代の経営環境の中で実現することは難しい。

となると、「手段戦略」を効果的に運用する必要がでてくる。小島氏が着目したのは海外老舗レストランとの「アライアンス戦略」である。このアライアンスを実現するため、小島氏は腹をくくり、マルハから籍を抜いて、自らベンチャー企業のオーナー経営者的立場で相手の懐に飛び込んでいった。

やがてこの「アライアンス戦略」は、同社が海外老舗レストランを日本へ誘致する場合の定石となり、さらに「アライアンス型経営」へと発展していった。すなわち「アライアンス」が、一手段戦略のレベルを超え、経営の在り方そのものになったということである。

なお、小島氏の志向するアライアンスは、旧来型の「合弁企業」設立でない点は要注目である。日本の税金の高さが海外企業誘致のネックになっている以上は、合弁企業形式は不利と判断し、協同組合方式を採用している。

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鳥が空を飛んでいる時に目に映るであろう景色、すなわち俯瞰的な景色を「鳥瞰図」という。それとは逆に、小さな虫が森の中や地面を動く時に目に映るであろうディテールに満ちた景色は「虫瞰図」と呼ぶ。

経営的な文脈で言えば、「鳥瞰図」的視点とは、自社を取り巻く環境やその中における自社の立ち位置・力量を、やや突き放したところから相対的・客観的に把握する視点である。それに対し「虫瞰図」的視点とは、「現場」の錯綜した状況の中から有益な情報を、自分の経験から直感的に把握し、即時対応する視点である。

小島氏の経営手腕が傑出しているファクターの一つに、この両者の適切な使い分けがある。

「鳥瞰図」的視点を発揮した最たるものとしては、「自社分析能力」が挙げられよう。経営学的には「SWOT分析」(強み・弱み/機会・脅威分析)などのフレームワークが用いられるが、小島氏はその分析姿勢、能力が群を抜いているのだ。

小島氏は言う。「失敗するのは、最初に目標を設定するからなんですよ。その目標を達成するための強みや弱み、機会や脅威を測定して戦略策定するものだから、結局、身の丈以上の無理をして、最終的に目標未達を招くんです。ですからまず、自分たちには、何なら出来るのか、何が出来ないのかを明らかにすることが大切なんです。それをクリアにした上で、ではその中で何をやりたいか?という目標設定に移っていくことが必要です」、と。

こうした自社分析の賜物であろう、今後の在り方について、小島氏は次のように述べている。「経営には適正規模があると思っています。当社の場合は、年商50億円くらいでしょうか。それ以上の量的膨張には興味がありません。適切規模に留め、あとはクオリティアップに回すのが良いと考えています。必要以上の利益を追求しても短命に終わるだけです。そうした意味合いで、将来にわたって株式上場は絶対にしません」。

他方、「虫瞰図」的視点を際立って発揮している部分として注目されるのは、「海外現地のシステムやプロセスへの迅速かつ柔軟な対応能力」である。

海外の現地のレストランオーナーたちと、どう折衝・交際していくか。どのようなシステムを採用するか――経営者自らが臆することなく飛び込んでゆくことで体感的・直感的に把握し、即断即決で対応していく。小島氏の現地への深い理解とこだわり、即断即決の対応が、マルハレストランシステムズの今日の成功をもたらしている。レストランビジネスの世界に限らず、これは日本の経営者として非常に優れたポイントであろう。

失敗を奨励する企業文化の醸成を

どんな会社であれ、その会社に特有の価値観、規範は存在するものだ。これを「組織文化」ないしは「企業文化」と呼ぶ。

企業文化の中でも重要なものの一つに、「失敗への対処法」がある。日本では、昔から「信賞必罰」などと言って、失敗した者は、それなりの責任をとらないといけないように言われ、それが正しいあり方であるようにされてきた。

しかし、環境変化の速度も規模も桁違いに大きい現代の企業経営にあっては、H.イゴール アンゾフの言う「部分的無知」の中での絶え間ない意思決定が求められていると言っても過言ではない。「実際損失」を懸念して意思決定を遅らせていたら、チャンスは永遠に去ってしまう。あくまでも「機会損失」を避ける方向での果断な意思決定が求められる時代である。そう考えた時、「失敗」に対する企業の対応は、非常に大切になってくる。

通常、失敗に対しては三つの対応パターンがある。1番目は、旧来の大多数の日本企業が採用してきた「失敗の処罰」。2番目は「失敗の許容」。3番目は「失敗の奨励」である。

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小島氏は言う。「自分の人生や会社をダメにしてしまうような失敗は避けるべきですが、小さな失敗は大いに経験すべきだと考えており、社内でも常にそのように言っています。なぜなら、失敗があって初めて人間は成長するからです。自分のことが分かるようになるためには、『小さな失敗』という経験が必要なんですよ」。

日本ではほとんどの企業が「処罰」型で、「許容」型企業は少ない。さらに「奨励」型を見出すことは大変難しい。小島氏の企業群が「奨励」型であることがどれほど価値があることか。これは改めて言うまでもないだろう。

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