パナソニックの三洋電機買収に見る“絶妙すぎる”交渉術 

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最近、とある事情から「ものの値段」について考えることが多くなってきているのですが、今日はたまたま「値段」に関するとても興味深いニュースが目についたので、それについて考えてみたいと思います。

そのニュースとは、パナソニック(旧松下電器産業)が三洋電機のTOB(公開株式買い付け)の価格として1株120円を提示した、というものです。asahi.comの記事によれば、この額を提示された米大手証券会社ゴールドマン・サックス(GS)の幹部は、即座に交渉の席を立ち、「今後の交渉は不可能。話し合いは打ち切る」と話したとのことです。

パナソニックといいGSといい、なかなか皆さん、役者ですね。こういう「値段」の交渉を見ると、裏側でどんな策略がこらされているのか、想像するのがとても楽しくなります。

世界金融危機を好機と見たパナソニックの英断

このディールに関する各社の交渉戦術についての想像を述べる前に、事情が分からない方のために三洋電機を巡るこれまでの経緯を簡単に説明しておきましょう。

三洋電機は、新潟県中越地震による工場被災、半導体の不振などがたたり、2004年頃からだんだん経営が傾き始めました。危機感を持った同社は長年続けてきた同族経営に新しい風を入れようと、社外からCEO(野中ともよ氏)を招聘するとともに、創業者井植歳男氏の孫である井植敏雅氏を社長に就けて経営再建をアピールします。

しかし再建は遅々として進まず、06年1月にはGS、大和証券SMBC、三井住友銀行の3者を引き受け先とする3000億円の優先株を発行、実質的な金融機関の管理下に入りました。その後過去の決算報告の虚偽記載が発覚などすったもんだがありましたが、リース事業や携帯電話事業の売却、家電事業の縮小・撤退などリストラを進めてきました。

08年4月期連結決算で4期ぶりに黒字転換を果たすと、金融3社は06年に引き受けた優先株の回収(売却)を考え始めます。引き受けた3,000億円の内訳は、GS、大和SMBCがそれぞれ1,250億円、三井住友銀が500億円で、優先株の取得価額は1株70円でした。このうち約42%の1,270億円が議決権付の優先株(A種)、残り約58%が議決権なしの優先株(B種)となっており、B種は1年後の07年から1株を普通株10株に転換可能というオプションがついていました。

もしこのオプションを金融3社が行使すると、GSと大和SMBCがそれぞれ29%、三井住友が(それまでに持っていた三洋の普通株も合わせると)12.3%と、合計で三洋の全株式の70.3%を保有することになります。

三洋電機は、09年3月まではこれらの優先株の売り先を指定することができるものの、それ以降、売り先を指定できなくなる。従って、事業をバラバラに解体して売り飛ばすかもしれないファンドに転売されるよりは、パナソニックのような同業の事業会社に売却されたほうが嬉しいわけです。

またパナソニックにとって、(ここでは詳しくは書きませんが)三洋電機の事業構造は、既存事業との重複がほとんどなく、買収相手としては理想的ということもあり、パナソニックが有望な身売り先になるだろうというのは、実はもう1年以上も前から業界内でしきりに囁かれていました。今年の4月には読売新聞が待ちきれずに、「三洋電機が松下電器と資本・業務提携」という特報(誤報でしたが)を飛ばしたりもしたぐらいです。

ただ、昨年末の時点では、業界筋から「(パナソニックの)大坪文雄社長は、三洋が完全にリストラを終えるまでは手を出すつもりはないと明言している」という話も聞こえてきており、「パナソニックは様子を見ているのだなあ」という印象を受けていました。

そんなところに、サブプライム問題に端を発する米国発の世界金融危機が発生し、金融各社の間で「少しでも投資収益を確定させて現金に換えたい」という思いが高まってきたことも影響し、今回の「今年度中に三洋電機を買収する」というパナソニックの決断、金融3社との合意につながったというわけです。

実は妥当すぎる三洋電機「120円」の値付け

三洋電機の株価は、11月25日の終値で156円。過去1カ月半の平均で見ても188円であり、パナソニックが提示した「120円」という値段は低すぎるように思えます。しかし、本当にそうでしょうか。

ある企業の妥当な株価はいくらかを計算するのに、もっとも簡単な方法が二つあります。一つは、「その会社が1株あたりどのくらいの利益を稼げそうか(PER:予想株価収益率)」から見る方法。もう一つは、「その会社が1株あたりどのくらいの資本を持っているか(PBR:株価純資産倍率)」から見る方法です。前者は企業の収益性・成長性を基準にした評価、後者は企業の安定性を基準にした評価です。

パナソニックが三洋電機につけた「1株120円」という値段は、この二つの評価方法から見ると、高いのでしょうか、安いのでしょうか。計算してみると、三洋電機の2009年3月期の予想当期純利益は350億円(つまり発行済み株式1株あたりの予想純益は18.69円)ですので、120円という株価のPERは6.42倍となります。また、2008年3月期の純資産は3080億円なので、同様に計算すると1株あたり純資産は165円、PBRは0.73倍となります。

パナソニック自身の26日時点の株価(1,358円)を元に計算した予想PER、PBRはそれぞれ9.07倍、0.76倍ですから、合併相手の三洋電機の評価は「PBRはほぼ同じだけど、PERがちょっと低いかな?」という程度に思えるかもしれません。

しかし、ここには実はギミックがあります。三洋電機の場合、GSなど3社が持っている優先株がもし普通株に転換されたら、株式数は一気に増えることになります。従い、PERやPBRもそれに合わせて計算し直さなければなりません。

これらすべての優先株が普通株に転換されたとすると、発行済み株式数は61億5800万株と、一気に3倍以上に増えます。したがい、1株120円という株価はPERで見ると25.75倍、PBRでは2.40倍と、パナソニックから見てとんでもない「過大評価」になってしまうわけです。

三洋電機TOBの株価は120円が妥当(というか、これでも高すぎる)というパナソニックの主張は、決して常識外れなものではありません。実は、三洋電機のウェブサイトでも、PBRやPERは優先株による希薄化後の数値が書かれています。つまり、200円以上で買うのが当然と語り、「こんな価格ではお話にならない」と交渉の席を蹴ってみせたゴールドマンこそが、実は「お話にならない」要求をしているというのが本当のところなわけです。

交渉の行方は?——GSはTOB合戦で勝てるのか

とはいえ、金融機関側にも「2006年3月に(普通株換算で)1株70円で投資したのだから、3年間の投資収益率を考えればもっと高く売りたい」という本音があるでしょう。asahi.comの記事によれば、GSは今年3月末の株価(210円)に基づいて三洋電機の優先株を資産計上しているので、200円以上は譲れないだろうとあります。つまり、IRR(内部収益率)で40%以上の収益を見込んでいるということです。プライベート・エクイティ投資としてはそのくらいの収益性は見込まないとやっていけないのでしょうが、果たしてその「強欲」がどこまで通用するかというのが今回の注目ポイントです。

というのも、株価の問題だけでなく、買い取る株の総数(シェア)というもう1つの問題があるからです。パナソニックとしては、三洋電機の二次電池事業を中心にさまざまな協業ができれば良いわけで、三洋電機が勝手に他企業と提携したり技術を外に売り払ったりしないように歯止めがかけられれば十分です。となると、役員会の主導権を握るためには50%超の株式があれば十分ですし、もっと言えば相手先経営陣との信頼関係がきちんとあり、「私に無断で(提携・M&Aなど)重要事案の決議をしてはいけない」という歯止めをかけるだけで良いのなら、33.4%以上の株式が手に入るだけでも十分と言えます。

今回、パナソニックが金融機関3社から直接優先株を買い取るのではなくTOB(公開株式買い付け)という手法を取ったのは、一つには経営の主導権の委譲を伴う売買を市場を介さずにしてはいけないという商法上の規則に基づくものだと聞きました(詳しいことは定かではありません)が、結果的にこれがパナソニックにとっては良い方向に転がる可能性があります。

というのも、主要3社の(優先株を含めた)保有株式数を見ると、もしパナソニックがこの値段でGSを説得できずとも、同社のメーンバンクでもある三井住友銀行の保有分11.12%(同社の保有する既存株式も入れれば12.30%)と、大和SMBCの持つ29%に相当する優先株を買い取れれば、合計で40.12%の株式を手に出来るわけです。そこに、市場からあと10%の株式をTOBで買い集めることができさえすれば、経営権を完全に掌握することができます。

一方のGSは持ち分の優先株をすべて転換すれば29%ですから、もしパナソニックが最低限の株式を買い取るだけで経営を掌握するのをじゃましたければ、あと5%程度の株を市場から買い集めれば良いということになります。ただし、その場合は29%に加えての買い増しですから、こっそり市場で買い集めるのではなく、TOBを宣言しなければなりません(これはライブドアの後で商法が改正されて、そういうルールになりました)。

もしこの交渉が完全決裂し、金融3社の間にも売却方針を巡って分裂が起こった場合は、少なくとも市場でどちらかが50%超の株式を買い集めるまでTOB合戦が行われることになるでしょう。でも、この件に関してパナソニックではなくGSの肩を持つ(TOBに応募する)機関投資家が現れるとは、価格の如何にかかわらず非常に考えにくいでしょうね。

となると、GSは結局どこかで投資を回収するために優先株を買い取ってくれる相手を探さなければなりません。市場で売却できなければ、パナソニックに売るしかないのです。よその国のファンドを連れて来ようにも、そのファンドも三洋電機を巡ってパナソニックと委任状争奪戦を戦うかTOB合戦をするかしなければ利益を確定できないんです、と言われたら、買うわけがないですからね。

誰が最後まで我慢できるか?時間の勝負ならパナの勝ち!

とはいえ、パナソニックも大和SMBCと三井住友銀から優先株を譲ってもらうだけでは、三洋に対する実効的な支配ができないという弱みはあります。だから、パナソニックによる実際のTOB価格は、そのときの株式市場での株価にある程度収斂せざるを得ないでしょう。

では、いったい「いつ」の株価に収斂するのでしょうか。おそらく最後の焦点はそこだと思います。つまり、これ以上株式市場が悪化しそうなのか、それとも良くなる見込みがあるのか、パナソニックと金融機関はそれぞれいつまで「耐え」られるのか。

私の予想ですが、株式市場は今のところ、来年3月ぐらいまでは好転する材料はないと見ています。また、現在の三洋電機の時価総額は2,246億円ですが、GSの言う通りのカネを払えば100%の買収には1兆円以上の現金が必要です。そんな金を今すぐ払える事業会社やファンドは、このご時世に世界中探しても見つかるとは思えません。

一方、パナソニックの側は、もちろん三洋の持つ二次電池や太陽電池などの技術が他のメーカーに渡ってしまうとしたらそれはそれで残念なことですが、同社の将来に甚大な影響を及ぼすというわけでもなく、株式市場も三洋の買収を好感してはいるものの、株価に対する影響はせいぜい1〜2割というところでしかありません。そして、三洋電機本体は当面は安泰の様子です。つまり、急いで買収しなければならない必要がないのです。

したがって、三洋電機を挟んで来年の年末とかまでパナソニックとにらみ合いする気が金融機関にないのであれば、恐らく早くパナソニックと妥協したほうが身のためということになります。日本側の2社はそのことをよく分かっているでしょう。年末から来年にかけて、足下でこれからさらにどんなことが起こるか分からないのですから、手持ちの現金を増やせるのならさっさと増やしたいという気持ちもあるかもしれません。

私の読みでは、パナソニックによる三洋電機のTOB価格は最終的に140〜160円程度までは上がるのではないかと思いますが、それで妥結でしょう。でなければ誰も得をしません。120円という「正論過ぎる低価格」をまず主張し、周囲の状況も読みながら売り手を追い込もうという意図が見えるパナソニックの交渉術は、さすがというほかないと思いました。

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