米国流は“悪”なのか?「行き過ぎた自由主義」という危険な論理 

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先週末、世界20カ国からワシントンに首脳が集まった。世界経済を揺るがしている金融危機について世界が結束して当たることを確認するためである。

麻生総理はこの緊急首脳会議(金融サミット)について、将来の歴史家は世界が変わった事件としてこのサミットを位置付けるのではないか、というようなことを記者会見で言った。意識しているのは、第2次大戦後の世界の通貨制度を定めたブレトンウッズ会議のことなのだろう。

金融サミットを行った価値はある

英エコノミスト誌は、この会議を米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズで開かれた会議になぞらえるのは「ナンセンス」だと一蹴している。ブレトンウッズでは、3週間にわたって会議が行われたし、それに先立つ2年間以上にわたる準備期間があったからだ。参加国も45カ国だった。

同誌は「それでも3つの理由で、このサミットをやる価値はある」と書いている。

1つは、経済問題に取り組む多国間の枠組みとしてこのG20は、これまでのG7よりも幅が広く有効かもしれないということ。G20は10年前に新興国市場が危機に陥ったとき作られた組織。それだけにスペインが入っていないとか、金融危機とあまり関係のないアルゼンチンが入っていたりするけれども、世界のキープレイヤーをほとんど網羅しているだけに、有効な枠組みになりそうだ。

2つめは、危機管理である。金融危機は何とか抑え込まれたように見えるが、景気に関しては暗いニュースが増えている。先進国が深刻な不況に向かいつつあるため、世界の需要は落ち込んでいる。デフレに陥る可能性は大きくはないとはいえ、もはや根拠のないリスクとはいえない。先進国の需要が減少していることで、新興国の輸出は厳しい打撃を受けている。中国は4兆元(約57兆円)という財政支出で景気を支えると発表した。こうした財政出動も個々にやるよりも、世界各国が結束して行うほうが効果は大きい。

3つめは、金融への規制問題だ。国際金融システムとは世界の資本市場と主権国家との綱引きのようなものだ。資金は国境を越えて動くし、規模の大きい金融機関は国内市場を遙かに超えて成長する。金融は世界経済におけるもっともグローバル化している分野の1つだ。同時に金融とは本質的に不安定なところがあるため、各国政府は金融を安定的にするために大きな役割を果たしている。

各国は国際金融を歓迎しているものの、それを規制監督するための国際金融監督庁のようなものを「国際的」に設立する準備はできていないという。政治家がどう言辞を弄(ろう)しても、国際的に金融監督機関に国家主権を明け渡すなどということはない。まして「最後の貸し手」としての中央銀行的な組織を創設するなどは論外である。

こうした論理で同誌は、現在の金融危機を打開するためにもう少し穏健な方法を模索してはどうかと提案している。

今回の危機は「行き過ぎた自由主義」のせいなのか?

今回の危機は「行き過ぎた自由主義」のせいだとする論調が、日本のマスコミでも日に日に強まっているように見える。しかしこれは、危険な論理だと思う。過去の経済の歴史の中で、官僚や政治家が経済をうまく運営できたということはなかった。だからこそ自由な市場の方が価格が公正に形成され、資源が最も効率的に配分されるとしてきた。実際、ソ連が崩壊したのは、あまりにも非効率的な生産体制であったため、国家の重みに耐えられなくなったからだ。

監督規制の強化を主張する声が大きいのは、新興国と欧州。この規制強化が果たして吉と出るのか、それとも凶と出るのか。それはもう少し時間がたたないと分からない。

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