第12回 無意識に偏ったデータ ~なんで皆、納得してくれないの?~ 

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日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する。最終回となる今回は、主張の根拠となる情報に疑義が呈されたケースを見ていこう。(この連載は、ダイヤモンド社「DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。

用意周到、完璧に作ったはずの企画・提案だったのに、実際のプレゼン時には周囲から思いがけない反応が噴出。自分の描いたシナリオ通りに進まなかった・・・という経験、あなたはしたことはないだろうか?今回は、そういった失敗例を紹介する。

【失敗例】自信はあったのに反論が。「なぜ皆、同意してくれない・・・」

全国で流通業を展開しているP社のマーケティング部に勤務する霧島綾香は朝から緊張していた。今日はマーケティング本部長らが列席する新規事業企画会議において彼女の企画をプレゼンすることになっていたからだ。

綾香の企画案は、中堅化粧品会社のN社と組んで、プライベートブランド(PB)を展開するというものだ。たまたまN社に務める大学時代の友人がN社社長の御曹司という縁があり、彼からの相談がきっかけで、直属の上長である桑野の了承の下、事業企画を始めたものだ。説得力のあるプレゼンができれば、そのまま新しいビジネスが動き始めるかもしれない。旧友の期待にも応えられる。ワクワクする反面、いつもとは違う緊張感を感じていた。

新ビジネスの提案は今回が初めての綾香にとって、プレゼン資料作りは大変ではあったが、上長や先輩に助言を仰いだり、ビジネス書を買って猛烈に勉強したりすることで、何とか自分なりに納得のいくものが仕上がった。

「市場の話、競合の話、自社の話・・・3C(Customer、Competitor、Company)の枠組みはそれなりに押さえて情報は集めたわ。ネットもかなり調べたし、想定ユーザーへのヒアリングもした。数字のシミュレーションもしっかりやった。ビジネスプランに盛り込む要素で大きな漏れはないはず」。綾香は反芻していた。

最終的なプレゼンの構成は以下のようなもので、ビジネスプランの教科書にあった最もオーソドックスなものを踏襲していた。

0)サマリー
・提案の骨子
・提案の背景と当社にとっての意味合い
1)高い市場の魅力度
・市場規模と成長の見込み
・競合の概況
2)実現可能かつ勝算ある戦略
・KSF(Key Success Factors)と、自社およびN社の優位性
・ビジネスモデル、N社との役割分担
・オペレーション、マーケティングの詳細
・必要となる経営資源とその目処
3)リスクとリターン
・期待リターン(財務面、非財務面)
・想定されるリスクとその対応

上長の桑野からも「オーディエンスがどう反応するか予想はつきにくいけど、よくまとめたとは思うよ」とのコメントをもらっていた。それはそれで励みにはなっていたが、「これなら絶対に大丈夫」との太鼓判まではいかなかった。

桑野なりに何か違和感を感じていたのだろうか? 本来であればそうした疑念をすべて解消した上でプレゼンに臨みたかったのだが、桑野も多忙を極めていて、なかなか踏み込んだ指導ができない。そうした中で迎えたプレゼン当日であった。

綾香は自信を持ってプレゼンを行なった。オーディエンスの反応は決して悪くはない。だからといってきわめて良好というわけでもない。綾香はプレゼンを行なう途中から、そうした空気を感じていた。

「では、質問あればお願いします」一通りのプレゼンを終えた綾香は言った。

「面白い提案だとは思うが・・・」

いきなりマーケティング本部長の夏野が口を開いた。

「たしかに、資料としてはよくまとまっているし、このシミュレーション通りに行けばすばらしいことだ。しかし、何か違和感を感じるんだよな」

「違和感と申しますと?」

「一言で言えば、情報がきれい過ぎるというか、もっと悪い言葉で言えば都合よすぎるというか」

「情報は満遍なく網羅したつもりですし、改竄などはしていませんが」

綾香は丁寧に言葉を選びつつも、ややムッとした口調で返答した。

「ああ悪い。もちろん、霧島君がデータの改竄をやっているなどと言っているわけではない。おそらく、ここにあるデータそのものは事実なんだろうと思う。ただし、事実は事実として、その解釈や取捨選択がやや恣意的なような気がするんだ」

「私も似たような感触を持ったわ」

シニアマネジャーの岬が続いた。

「例えば、この非常に好意的なヒアリング結果だけど、これって全体で何人に聞いて、そのうち何人くらいのコメントを抜粋したものなのかな?」

「ヒアリングは15名程度に対して行ないました。ここに抜粋したのは、そのうち代表的な3人のものです」

「代表的な3人か・・・。それは一般のお客様?」

「必ずしもそうではないです。想定ターゲットになりそうな社内の女性や、知人なども入っています」

「そうか。悪くはないけど、やはりちょっと偏っているかもしれないわね」

「・・・」

そのとき、思い出したようにマーケティング部長代理の内田が口を開いた。

「そういえば、N社のカウンターパートは霧島君の大学時代からの友人だと聞いたけど、そのあたりで私情が入ったなんてことはないのかね」

この発言が場を刺激し、プレゼン内容の本質は別のところで議論が盛り上がり始めてしまった。

「それはまずいかもしれないね。古くからの友人が絡むと、どうしても私情というものが入るからな」
「こういうのって、直接の関係のない人間が担当するほうがいいんじゃないの?」

そうした中、綾香はぼんやりこう考えていた。「絶対に私情なんて挟んでない! 絶対に事実は事実よ。でも、皆にはそう見えないのかしら・・・」

【解説】今回の問題点 事実重視はいいが、「事実=真実」ではない

プレゼンテーションに限らず、交渉や会議などの場面において、主張に説得力を持たせるためには、(1)相手の関心や、そもそもの目的や論点を押さえている、(2)その目的や論点に沿いながら、議論するためには何をポイントとして大枠で押さえるべきかを意識している、といった基本に加え、(3)ファクトに基づいて論旨を組み立てること(Fact Base)の重要性が強調されることが多い。

実際、説得力のないパターンとしてよくあるのは、事実ではなく、伝え手の主観や個人的な経験を理由としているケースだ。これが即NGというわけではないが、主観に頼れば頼るほど理由としての妥当性は低くなる可能性が高い。自分の主観と相手の主観が一致することが前提となるからだ。

理由として妥当であっても、それが具体性に欠けるものである場合も、納得性に欠けるものとなってしまいやすい。例えば、「彼は周囲の誰が見ても納得のいく成績を残しているので、昇給させましょう」という主張がその典型だ。具体性、客観性が欠けているため、議論はなかなかまとまりにくいだろう。おそらく「何らかの客観的な基準を作ろう」という話になるはずだ。

今回のケースでは、綾香は上記の(1)(2)はしっかりプロセスを踏み(特に(2)についてはかなりしっかり確認し)、プレゼンに臨んだ。その点は高く評価されよう。

問題は(3)だ。先述したような主観的情報ではなく、それなりに客観的な情報を提示したにもかかわらず(綾香はファクトと信じたにもかかわらず)、必ずしも真実を代表するファクトではないのではないかという疑念を持たれたのである。

よく言われることだが、事実も、その取捨選択如何で、ある人物を悪人に見せることもできれば、逆に聖人に見せることもできる。ある出来事に関して安心させることもできれば、恐怖を煽ることもできる。「目隠しして象を触る人」のエピソードを思い出すとよいだろう。各人の触感がどれだけ正しくても(局所的にはファクトでも)、片寄っていては全体像を浮き彫りにすることはできないのだ。

近年はGoogleの検索エンジンなどが発達したおかげで、オフィスにいながらにしてさまざまな情報が集まるようになった。これは嬉しいことではあるが、情報が豊富に手に入るがゆえに、自分に都合のいいものをピックアップしているだけでも、ある程度の量の情報が手に入ってしまい、もっともらしくたくさんの根拠を集めたように見せることも可能となっている、という状況は意識しておくべきだ。

今回のケースにおいて、実際に綾香の提示したファクトがそれだけ真実に近かったかは断言できない。しかし、多くの人間が違和感を持ったという事実を考えると、綾香自身は意識しなくても、知らず知らずのうちに取捨選択や意味づけに客観性が欠けてしまった可能性は否定できない。

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