ホームレス向けのクルマから新たな生き方を見いだした 

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ミシガン大学の学生が快適にホームレス生活を送れるようなクルマ、HUV(ホームレス・ユーティリティ・ビークル)を開発した。できるだけモノを持たずに生活できるよう設計されたHUVを見て、新しい時代を生き抜くためのヒントをもらった気がした。(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年10月9日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)

人類はどうやらノマドに向かいつつある。

ノマド(nomad)とは“遊牧民”のこと。フランスの元大統領補佐官ジャック・アタリ氏が著書『21世紀の歴史』で用いたキーワードだ。メソポタミア時代に遊牧民から定住民になった人類が、1万年を経て21世紀に再び遊牧民になるという。確かに社会を見渡せば、インターネットの普及、国境越えの就業者の増加、企業の多(無)国籍化、フリーアドレスに正社員削減など、すでに遊牧は始まっている。

私も先日、会社員生活に別れを告げ、ノマドになった。企業に属さず、興味と契約で働く都会の遊牧民。明日をも知れぬ我が身に不安がないわけではない。どんな場所でも自在に力を発揮できる“超ノマド”になれる保証はなく、“下層ノマド”――ホームレスになることもありうる。

「そうならないように生き抜きたい」と決意を固めていたある日、米国ミシガン大学Stephen Millsさんの卒論テーマ、“Homeless Utility Vehicle (ホームレス・ユーティリティ・ビークル=HUV)”を知った。これ、まさに下層ノマド御用達のアイテム!

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Homeless Utility Vehicle (ホームレス・ユーティリティ・ビークル=HUV)

“快適”なHUV

HUVは一言でまとめると、移動・居住可能なホームレスのためのクルマ。Millsさんが自作したHUVでは、鉄パイプを溶接して後輪に26インチタイヤ、前輪には台車のタイヤを装着。寝起きもできるように合板を敷きつめ、鉄のフレームを上部にも立てた構造だ。

フレームを黒いビニールで覆い、プライバシーにも配慮しつつ、上部は透明の折りたたみ式風防を装着。雨風をしのげ、夜は囲って眠れるデザインだ。こんなHUVのアイデア、どこから来たのか? 狙いは何か? Millsさんにインタビューしてみた。

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HUVに乗るMillsさん

「ホームレスをめぐる米国内の複雑な状況に問題提起をしたかったんです。だからボクのHUVは構造とデザインでイノベーションを狙いました」

当時、アート系の工業デザイン科の学生だったMillsさん。コンセプト創りだけではなく、カタチを作るクラフトマンとしての挑戦でもあった。

Millsさんは製作したHUVに自ら乗り込んで、その快適性を確かめた。ミシガン大学があるアナーバーは五大湖近くの温暖な地域だが、Millsさんの過酷な実験は真冬に行われた。雪が降っていてマイナス4度だった夜も、HUVの中で眠った。「ジッパーで締めれば寒くなかった」と話す。

大きな視点からHUVを眺めると、さまざまな“問題提起”を感じる。HUV=移動車としての道路交通上の扱い、駐車すれば都市計画や土地占有権の問題など。所持品の運搬ができるシェルター(一時避難所)と見れば、自治体の災害装備品とも言える。

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家でもあり移動車でもあるHUV。押すも可、引くも可。所有物も運搬できる

ホームレスになってもモノに執着

MillsさんのWebサイトにあった次の写真が私にも問題提起した。ホームレスになってもこんなに荷物持ちがいるのだ。この執着が実に人間臭く、実に痛々しくもあった。

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Millsさんに「どのくらいの荷物を載せると想定して、HUVを設計したのですか?」と質問した。彼の答えはシンプルだった。「居住空間を広げることを重視して、最小限の荷物しか載せられないようにしました。持てば持つほど盗まれる危険がありますし」

写真手前のカゴが所有品入れで、奥の2つのカゴはリサイクル品回収用。ちょうどそのころ、金融危機で経営破たんした証券会社から、身辺整理をしてオフィスを後にする元社員たちの映像をテレビで見た。文書箱1つだけ、腕に抱えて去ってゆく姿だ。HUVのカゴは、その文書箱の大きさくらいだった。

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HUVの所有物入れ

日本の路上を観察しても、重装備のホームレスと軽装備のホームレスがいる。段ボールで“家”を作る人もいれば、着の身着のままで移動する人もいる。ホームレスになろうと、荷物が多い人は多いし、少ない人は少ない。

余談だが私は「書類の量と仕事の切れ味は反比例する」と思っている。多くの人々を観察した上での結論だ。とすると会社から去る時、身辺整理物が段ボール箱1つ半にもなった私、切れ味鈍しなのだろうか?

“消費”時代から“動費”時代へ

所有物とその運搬、ノマドと密接な関係がある。

情報機器で身を固めた“デジタル”ノマドが増え、今やカフェも電車も家も仕事場となる。だから、身軽にモバイルできるミニノートPCが売れる。ソフトウェアもメールもファイルも写真も、ハードディスクではなくネット上にバーチャル所有するようになった。もはや新聞は紙で読まなくなり、小説も携帯で読む。そんな時代だからなのか、私の文章もいつまでもバーチャルな空間に漂い続けるだけで、“本”にならないのを少し嘆いている(笑)。

モノの所有概念が薄れ、なるべく身軽になろうとする人が増えた。モノは今や、オークションで売るか捨てるかリサイクルするまでの“一時所有品”となった。家は賃貸、友人はネットの中だけ、結婚レスに子どもレス。そもそも恋愛レスで、「決まったパートナーとだけ付き合うのは面倒」という人も増えた。

“消費”という経済成長期の大量生産・大量消費の用語、低成長と遊牧民の時代に入り違和感がでてきた。遊牧民の世界では“動費”――動きつつ消費、こっちのほうがしっくりくる。

ノマドの血は流れているか?

Millsさんにはファンドの支援が付いて、現在、数台のHUVを制作中。「ホームレスにモニター貸与して意見を聞き、改良したHUVを全米に供給したい」と語る。だが社会的には、心地良いHUVを普及させるのと、ホームレスを社会に戻すのとどちらがいいのだろうか。う~ん、複雑だ。

サラリーマンの家庭にサラリーマンの子息、公務員の家庭に公務員のせがれ。政治家地盤に政治家の後継(ゆゆしき問題です)、芸術一家は芸術肌というように、親が“ノマド遺伝子”を持っているかということは重要な問題だ。来るべきノマド時代に備えて、自分にどれだけノマドの血が流れているか考えてみよう。お決まりの「無人島に何を持っていく?」ではなく、「ホームレスになったら何を運搬する?」と問いかけてみて――。

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