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第9回 相手の面子を潰す ~人間は感情の動物~

投稿日:2008/09/30更新日:2019/04/09

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日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する。第9回は、「相手の感情を害し、交渉が暗礁に乗り上げる」というケースを見ていこう。(この連載は、ダイヤモンド社「DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。

前回および前々回は、会議の落とし穴について紹介した。本連載も残り4回。今回から最終回にかけては、「交渉」に関連する落とし穴について紹介していく。

【失敗例】工作機械メーカー営業マン浅野君のケース「担当者を怒らせてしまった」

浅野君は1カ月前に工作機械メーカー本郷製作所に中途入社してきた若手社員である。前職時代の営業力を買われ、新規顧客の開拓を任されている。

最初はアポをとることも容易ではなかったが、3年前から納入実績が途絶えている弥生産業に電話をかけたところ、「話を聞いてみたい」という返答があった。

最初に話をしたのは、弥生産業の製造部の柏部長だ。柏部長は、本郷製作所の新製品の特徴一つひとつに大きくうなずき、最後には「今一番問題なのは生産性があがっていないことだ。これまではコストに意識が行きすぎて、かえって生産性が落ちてコスト高という結果になっていた。そろそろ意識を変えていかなくてはならない。すぐにでもおたくの製品を導入したいね。もともと、おたくとの取引を打ち切ったのは、個人的には間違いだと思っている」

喜ぶ浅野君であったが、柏部長はこう付け加えた。

「ただ、条件面等も含め、うちでは、実際の契約は購買部が最終意思決定することになっている。私からも話はしておくので、購買部の駒場部長と条件を詰めてくれないか」

1週間後、駒場部長との面談を迎えた。その日までに浅野君は上司と相談しながら見積もり提示額や値引きの仕方、値引き限度額といった詳細まで詰めていった。また、3年前の取引中止は、主に駒場部長の意向によるものとの情報も得ていた。

そして面談当日。駒場氏は、不快感を表情ににじませていた。そして開口一番、駒場氏はこう切り出した。

「柏部長のところに最初に話に行ったようだね。その後、いきなり柏部長が生産管理課の人間を連れてきて生産性がどうだ、という話をしに来たからたまったもんじゃない。私だって購入コストだけでなく、ランニングコストや生産性向上によるコスト削減も視野に入れた上でいろいろ検討しているんだ。これじゃあ、まるで私が購入コストだけで判断している間抜けみたいじゃないか」

浅野君は駒場氏の言葉に少し驚きながらも、ちょうど生産性向上によるコスト削減効果に話が及んだので、口を挟んだ。

「駒場さん、生産性向上によるコスト削減について、参考になる資料をお持ちしました。是非こちらをご覧ください」

「話のわからない人だね。今生産性の話をしているんじゃない。だいたい、そんなことはうちでもできる」

駒場氏は語気強く遮った。

「まあ、今日はこれくらいで終わりにしましょう。うちもいろいろ他社さんの製品も含めてじっくり検討したいですから」

駒場氏は、冷静さは取り戻しながらも、嫌味な口調で面談を終わりにしてしまった。

浅野君が帰社してから上司に今回の面談について報告すると、彼はため息をつきながらこう言った。

「そうか、駒場さんへそ曲げちゃったな。あの人、やたらとプライド高いんだよ。過去の自分の判断を否定されたようで頭に来たんだろう。浅野君が悪いわけじゃないけど、面倒なことになったものだ」

【解説】今回の問題点 相手の自尊心を傷つける結果に…

今回のケースでは、交渉の担当者が、面子をつぶされたと感じて態度を硬化させ、交渉がスムースにいかなくなった。主人公の浅野君にとっては想定外、コントロール外の要素もあり、気の毒な側面が多いが、こうしたことはしばしば起こりがちだ。

人間は自尊心の生き物である。どんな人間でも、口にこそ出さないものの、最も大切かつ最も正しいのは自分であり、他人は自分をそのように扱う義務があると考えている。たとえ明らかに間違ったことをした場合でも、「自分がそんなことをするわけない」と、傍目には見苦しい理由付け(合理化)さえしようとする。そうした人間に対して、(たとえ本当のことであったとしても)間違いや落ち度を公然と指摘したりすれば、態度を硬直させ、非協力的になるのは必然の帰結だ。

実際のところ、ビジネスパーソンが怒りを覚え、合理的な判断ができなくなる(あるいは頭ではわかっていても、心理的に受け入れようとしなくなる)原因は、突き詰めれば「自分の存在が無視された、あるいは軽んじられた」「不当に扱われた」「メンツを潰された」「自分の立場、存在意義をわかっていない」などに集約される。つまり、本来自分が受けるべき(と考えている)扱いを受けられなかったことで自尊心を傷つけられ、感情を害し、合理的な利害を度外視してしまうのである。こうした事態は、内容そのもの(WHAT)に関してもさることながら、どのように扱われたか(HOW/WHEN/WHERE/WHO)に関して起こることが多い。

こうした状況になると、本来交渉の焦点となるべき内容そのもの(WHAT)の妥当性などは吹き飛んでしまう。個別案件について多少の合理的利得を得るよりも、自尊心を維持することの方がはるかに大きな価値を持つと思い込むようになるからだ。

「大人げない」と感じるかもしれないが、「なぜすぐに対応しなかったのか」「なぜ本人が来ない」「謝るなら電子メールではなく面と向かって謝れ」「なぜ俺に事前に報告しなかった」といったことがボトルネックとなるのがビジネス社会の現実である。

「相手の面子をつぶす」という 落とし穴を避けるには?

利害や規範(「べき論」)といった合理的な議論に入る前に、まず相手の感情や立場を理解・尊重することが必要である。ここですれ違ってしまうと、むしろ、後段で合理的であれば合理的である分、逆に態度をより一層硬化させることにもなりかねない。

優秀な交渉者は、こうした点をよく理解し、相手の感情や立場を蔑ろにすることはしない。それをよく理解し、理解していることを相手に伝えた上で共感を示し、感情や立場と、利害とを分離させて交渉を進める。

逆に、交渉が下手な人間は、利害に関する交渉で行き詰まると相手個人を非難するなど、自ら交渉を難航させる種をまいてしまっている。

コツは、単純ではあるが、自分がそう扱われたくないようなやり方で相手を扱わないことだ。

では感情を害してしまった相手にはどう接すればいいのだろうか。キーワードは「RESPECT(相手に対する敬意)」「RECOGNITION(相手の存在を気にかける)」そして「SYMPATHY(共感)」だ。当たり前のことだが、「自分はこれだけ他人に認められ、大事にされている」という自尊心を回復させることである。自分まで感情的になってしまわずに、常に自分の気持ちを落ち着けて冷静になることが必要である。

自分の方に落ち度があった場合にはまずは丁重に謝り、相手がもう何も言うことがないと思うぐらいまで言い分を聞くことも時には必要だ。どんなに怒っている人間でも、その言いたいことを言っている間に感情はある程度おさまってくるし、相手の真摯な態度に自尊心も回復し、徐々に好意さえ抱くようになるからである。合理的に説得するのはそのタイミングからでよい。

相手に言いたいことを言わせている間は、無意味な言い訳はしないように心がける方がいい。人間の自然な感情として、何かしらの言い訳をしたくなるものだが、それは得策ではない。言い訳することで、その瞬間は自分のプライドを維持することができるかもしれないが、それは長期的には交渉を不利に導く可能性が高い。

繰り返しになるが、利得や規範(「べき論」)といった「合理的」なアプローチが、交渉や説得で有効となるのは、あくまで相手が感情を害していない場合であることは銘記しておきたい。

次回も、『交渉の落とし穴』についてご紹介します。

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