市場の成熟と経営のソフトイシュー化・その3(結) 

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市場の成熟化と商品寿命の短命化によってますますハードルの上がる新商品の開発・投入を、どのようにマネジメントすれば良いのか。この問いに答えるため、前回は新商品開発という営みが企業において持つ内部的な意味合いについてご説明しました。

新商品の成功確率を上げる、言い換えれば失敗の確率を下げるということは、もちろんとても重要なことです。しかし、マネジメントが失敗の確率を下げようとするあまり、現場の試行錯誤とその結果の確認というサイクル自体を断ち切ってしまっては、新商品を作り上げていくプロセスにおける人材と組織の成長という、マネジメントが目指すべきもう一つの大きな果実を手にできなくなる恐れが生じます。

真の目的は「ビジネスを動かすケイパビリティ」の構築

「目的と手段を取り違える」という言葉がありますが、成熟市場における新商品開発のマネジメントは、まさにこの「目的」と「手段」の関係が従来の概念と入れ替わる現象が問題となります。企業はもちろん最終的には売上と利益の成長を達成しなければならないのですが、新商品開発はそれにダイレクトに繋がる「手段」であるというよりは、企業が売上と利益の成長を手にするうえで必要不可欠な人材と組織の成長を実現するための「手段」でもあるのです。

成熟した市場においては、消費者の目は肥え、見せかけの品質だけの商品、安かろう悪かろうの商品を提供しても売れなくなり、利益を出せる会社と出せない会社の差が激しくなります。そのような市場を相手にしたマネジメントの優先課題は、短期的な売上の伸長よりは中長期的な企業自体の魅力と収益力を高めることに置かれます。

そこでカギになるのは、やはり企業を構成する人材と組織のケイパビリティ(組織的戦略遂行能力)です。つまり、新商品の開発という「手段」を通じて、自社の強みを把握して顧客のニーズを満たすための商品/サービスを構想し、経営上のリスクを抑えながらそのビジネスを立ち上げ、動かしていくケイパビリティを企業内に構築することが、ここでの真の「目的」なのです。

経験と実績に基づく「個人芸」への依存が悪弊を生む

では、新しいビジネスを立ち上げて動かすとは、具体的にどのようなケイパビリティによって可能になるものなのでしょうか。

従来、こうした能力は社内のごくごく一握りの(場合によっては声の大きい)社員に「あるとされ」ており、すぐれて属人的な能力でそうしたプロジェクトを進めていたのではないかと思います。その人物が本当に新商品や新事業の開発に向いているのかどうか、果たしてそのようなやり方が良いのかどうかといったことが誰にも分からないまま、多くは経営トップの好き嫌いでメンバーが決定され、プロジェクトがスタートする。その他大勢の一般社員にはまったく知られることなくプロジェクトが進められ、ローンチの段階になって突如商品だけが現れる——どの企業でも、新商品開発プロジェクトというのはこれと(当たらずとも遠からずの)似たようなプロセスを踏んでいるのではないでしょうか。

その中で必要な能力と言えば、プロジェクトで要求された無理難題のスペックを、過去の経験や蓄積を踏まえて可能にしてしまう職人的な離れ技だったり、個人的な人脈から大口の販売先を探り当て、不可能と思われた売り上げ目標をなぜか期末には達成できてしまう凄腕営業の能力だったり、というイメージを持つ方も少なくないのではないかと思います。

事前情報が社内外に不用意に漏れては大変といった配慮から、しばしば新商品開発にはこのようなクローズで特定個人に強く依存したプロセスやリソースの管理が行われます。しかし、その副作用として開発プロセス自体が社内でもブラックボックスとなり、またそれを率いるリーダーもメンバーも、自分が今やっているプロジェクトの進め方が果たして正しいのかどうかが確認できないまま、さまざまなプロジェクトが生まれては消えていくという事態も生じます。当然ながらこうしたクローズなプロセスに関与できるのは社長など経営トップのみとなるため、前回も述べたように心配の余り計画にいちいち口を出す経営者が出てくるのです。

経営を左右する、個人と組織の「ソフトイシュー」

過去の経験という"ストック(蓄積)"に基づいた個人芸は、当然ながら個人に蓄積されるものであり、組織のケイパビリティにはなりません。つまり、新商品開発の目的を「組織ケイパビリティの構築」とした途端、このような従来型の新製品開発のプロセスをまず見直す必要が生まれます。

もしケイパビリティ構築を主目的とすえるならば、重要なことはいかに個々のメンバーにプロジェクトへ「参加している」という意識を持たせるかがカギになります。なぜなら、新商品開発のプロセスにメンバー1人1人が「部品」的に関わるだけでは、そのプロセスを組織全体のノウハウ、経験にすることにはならないからです。

個々のメンバーが実際にこなす仕事はプロジェクトのごく一部に過ぎないものだとしても、それがプロジェクト全体の中でどういう役割、位置づけなのか。自分の強み、やりがいは何で、自分の担当以外のプロセスを担っているメンバーとうまく「協働」するためには、自分は何をし、また他のメンバーのどんな強みを頼り、やりがいに訴えれば良いのか。そうしたことを特定個人ではなく組織として認識・共有し、自立的にプロセスをマネジメントする経験を持つことが、ケイパビリティの構築につながります。

このような、新商品開発の比較的オープンなプロセスで求められる能力や要素を、私は従来の「経験に基づく個人芸」に対して、「異なる才能の化学反応、およびそれを引き起こす力」と定義しています。もっと抽象的な言い方で言えば、「個人と組織のソフトイシューを把握し、マネージする力」と言えるかもしれません。

個人のやりがいや持てる才能、性格は、必ずしも論理的、目的合理性のあるものばかりではありません。すべての人が「より多くの利益を上げ、多額の給料をもらう」ことを至上目的として仕事をするわけでもありませんし、「自分が成果を出す」ことにこだわる人もいる一方で、「他人が成果を出すのを手助けする」ことに喜びを感じる人もいます。一般に、経営学的な知識や論理によって定義できる問題を「ハードイシュー」と呼ぶのに対し、こうしたぼんやりとした感情や人格的素質に関する問題を「ソフトイシュー」と呼びます。

日本はソフトイシューに関する知恵の先進国?!

市場が成熟し、新商品を開発したり新事業を立ち上げたりすることが、単純に売上と利益の成長の手段とならなくなったとき、企業にとっての優位性、すなわちマネジメントにとってのゴールは、人材と組織のケイパビリティの構築に変化します。その場合、個人によってさまざまに違う感情的/人格的な問題、つまりソフトイシューを組織としてハンドリングする能力、ノウハウが決定的に重要になります。

一見とても難しそうに思える話ですが、実はよく考えてみれば、このようなノウハウは、私たちが昔から「職場の人間関係を円滑にする」などと称し、さまざまな形で実行しているものが多いです。

非常にシンプルな方法としては「プロジェクトチームのメンバー全員を一つの大部屋に押し込む」「メンバー全員で泊まり込みの合宿会議をやる」といったものがあります。また、顧客インタビューやコンセプトメーキングの会議など、プロジェクト全体の方向性を決める重要な場面、決定的な場面にメンバーを同席させる、途中のプロセスにしかかかわらないメンバーに対しても販売やサポートなどの顧客接点業務を体験させるといった方法があり得るでしょう。

このほか、私が最近出会った方法として、チームメンバー全員が「自分がやりがいを感じるのはどんなことか」「自分が過去にやりがいを感じたのは具体的にどんな時だったか」「今後そのやりがいをもう一度感じるために、どんなアクションが必要か?」という問いに対する自分の答えをメンバーと共有することにより、お互いのソフトイシューを共有するというワークショップもあります。

世界的に見ても、最近はこのようなソフトイシューにフォーカスしたマネジメント手法やケイパビリティ構築について、多くの議論が交わされるようになっています。こうした領域は我々日本人にとっては、明示知化されていないだけで実は世界最先端のノウハウをもともと持っているのではないかと思っています。そのような知恵がもっと日本から世界に向けて提案されるようになると面白いのではないでしょうか。

▼「マーケティングの泉」とは
毎日手に取る商品から、新しいサービス、気づかず消費者が誘導される購買行動まで、グロービス経営研究所研究員川上慎市郎が新しい視点でコメントする。

▼「グロービス経営研究所コラム」とは
グロービス経営研究所の研究員がその知見や日々の活動を発信するブログ。「変革ファシリテーション道場」「組織学習とイノベーションなど専門分野に特化した内容や、「知的好奇心・大阪通信」「当世研究員気質」などのコラムがある。

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