Honda Jetを「トラフィック・ライト」で解説する 

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グロービス経営大学院でベンチャー戦略の教鞭を取る岡村勝弘氏による誌上ケーススタディ第4回。事業創造、変革の特筆すべき事例を取り上げ、ビジネススクールなどで学ぶフレームワークを用いながら、独自の視点で、そこから得られる学びを詳説する。第4回は、美しい曲線の印象的な小型ビジネス機HondaJetについて「トラフィック・ライト」を用いて考える。

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戦後日本において大成功を遂げた企業の代名詞であるホンダ(本田技研工業)は、1986年より航空機の研究開発を始め、2006年10月に、「HondaJet」という名称で、小型ビジネスジェット機の受注を始めた*1。“まるでパンケーキのように売れていく”好調さで、わずか3日で100機を超える受注を獲得*2。2010年に受渡しを予定している。

ホンダは、日本有数の自動車メーカーであるが、1948年の創業時はオートバイを事業ドメインとし、現在も世界一位のバイクメーカーである。1963年に自動車事業に参入、現在は、発電機、耕運機、船外機なども手がけている。2008年3月期の売上げは12兆円、営業利益9531億円(営業利益率7.9%)。研究開発には売上高比4.9%にあたる5880億円を投じている。

急拡大を見込む超小型ビジネスジェット市場

ここで、まず、航空機産業の構造について概観してみよう。

民間に使用される航空機の市場規模は2008年現在、約9兆円、2027年には17兆円程度になると予想されている*3。市場の牽引役として耳目を集めているのは、座席数20席以下の超小型ビジネスジェット機(Very Light Jet、以下VLJ)と呼ばれるカテゴリー。20年後には全世界の保有機数4万を超える一大勢力になる*3とも目されている。

市場のプレイヤーは、さほど多くはない。特に、座席数100を超える、中・大規模の航空機を製造する企業は再編を繰り返し、現在ではボーイング社とエアバス社の2社に集約されている。一方、100席未満の小型機市場は、1990年代からの新規参入が目立つ。1986年にカナダのボンバルディア社が参入、ブラジルのエンブラエル社も1994年の民営化以来、気を吐いている。このほか、日本からは三菱重工が座席数70~90のリージョナルジェット「MRJ」を発表、中国、ロシアも開発に凌ぎを削っている。

これらに加え、2006年に登場したのが先述のVLJと呼ばれるカテゴリーだ。企業や一部富裕層を中心に、まず米国から市場が急拡大すると見られている。ホンダのHondaJetは、このカテゴリーに含まれる。

中でも注目されるのは、米国ニューメキシコ州アルバカーキに所在するエクリプス・アビエーション社。マイクロソフトの経営メンバーだったヴァーン・ラバーン氏が設立したことでも知られ、低価格の新型ジェット機「Eclipse500」に注文が殺到しているという*4。エクリプス・アビエーションの設立は1998年。2003年にカナダのジェットエンジンのメーカー、プラット・アンド・ホイットニーから「PW610F」ジェットエンジンの供給を得て、2006年にFAA(Federal Aviation Administration、連邦航空局)の承認を獲得。2007年1月には最初の納品を実現している。

一方、ホンダは、1993年に世界初の全複合材製ビジネスジェット実験機「MH02」の初飛行に成功。その後も自社製ターボファンエンジンの改良と並行して、翼や胴体などにホンダ独自のテクノロジーを盛り込んだ低燃費で高効率の機体の研究を進め、従来機と比較して燃費、キャビンの広さを格段に向上させた新しいコンセプトの小型ビジネスジェットHondaJetを開発。2003年12月には、ターボファンエンジン「HF118」を搭載し、米国において世界的にも前例の少ない自社製エンジンと自社製機体の組み合わせによるビジネス機の飛行試験を開始した*1。

なお、その後の2004年10月には、GEと(ホンダ エアロ インクとの)50対50の資本比率で GE Honda エアロ エンジンズ社を設立。両社のノウハウを取り入れた新エンジン「HF120」を開発している。

新規事業選択を四つの“信号機”によって行う

今回は、このHondaJetの事業性について「トラフィック・ライト」で検討してみよう。

トラフィック・ライトは、アンドリュー・キャンベル、ロバート・パークの両氏が著した『成長への賭け』*5に紹介されている、新規事業選択の審査基準のフレームワークだ。この規準を使って新規事業プロジェクトを選択すれば、合理的な成功確率を有するプロジェクトに投資できるとしている。

トラフィック・ライトでは、次の四つの質問について、「赤信号(ストップ)」か、「黄信号」か、「青信号(ゴー)」かを、それぞれ判断する。

(1)価値優位性
わが社のこの新規事業は、「大きく優位」(青)、「優位性が低いかまたは不確実」(黄)、「大きく不利」(赤)のいずれの状況に置かれているのか。

(2)プロフィット・プール
この新しい市場のプロフィット・プール(利益の貯水池)は、平均的(黄)か、「レア・ゲーム」(青)か、「負け犬」(赤)か。「レア・ゲーム」市場とは平均的な能力の企業であってもうまくいってしまう市場のこと。「負け犬」市場とは大半の競合他社が現在は資本コストをまかないきれていないか、将来そうなる可能性の高い市場のこと。

(3)リーダーシップ・スポンサーシップ
この新規事業のリーダー(および親会社のスポンサー)は、競合事業のリーダー(スポンサー)よりも、明らかに優れている(青)のか、同じ程度(黄)か、劣っている(赤)のか。

(4)既存事業
この新規事業が既存事業に与える影響は、相当のプラス(青)か、不確実(黄)か、かなりマイナス(赤)か。

赤信号が皆無で、青信号が一つでもあれば、プロジェクトを進めるには十分と言うのが、キャンベルとパークの主張である。その一方で赤信号が一つでもあれば、プロジェクトは中止すべきとしている。

なお、(1)の価値優位性の判断は少し複雑だ。自社独自の貢献度(実務レベル、親会社レベル)から、取引できる貢献度(%)と競合他社の独自の貢献度、新規事業を学習するコスト(実務レベル、親会社レベル)を控除する。

(2)のプロフィット・プールも同様に入り組んでいる。「高収益を生み出すビジネスモデルの可能性(コストに見合う価値、損益分岐点売上に必要な市場シェア(%))」と、「高収益を生み出す産業構造の可能性(成長の可能性を考慮に入れた上での「5つの競争要因」)」、「自社がその市場でリーダーになれる確率」、「プロフィット・プールの規模を比較した試行テスト(商用化までにかかる時間を考慮)」、そして「ビジネスモデルの脆弱性(援助者の数、主要な変数への感応度)」を計ることとしている。

赤信号を青信号に変えてみせたホンダの信念

ここでは検討の時点をホンダが航空機の研究開発に参入した1986年と、HondaJet発表の直前となる2005年の二点に置いてみたい。

1986年時点での分析
この時点では、「HondaJet」という商品のコンセプトはできていない。また、ホンダは航空機メーカーとして、業界情報は乏しく、有能な人材プールもない、学習コストも高いと判断して、(1)価値優位性は赤。(2)プロフィット・プールは、航空機メーカーの多くが開発費をまかなえず、再編統合を迎えていた時期で、まだ、VLJ市場は見えないし、小型ジェットについても未知数だったため、赤と判断。(3)リーダーシップは、バイクや自動車などにおけるホンダの企業としての実績を勘案して黄。(4)既存事業は、エンジンや車体など共通しているとも言えるが、航空機のほう遥かに高い安全性と精度、また長期の耐久性を要求されていることから、赤と判断。従って、この新規事業プロジェクトは「やらないほうがいい」となる。

ところが、同じ事業を2005年時点の視座から眺めると異なる様相を呈してくる。先にも触れたとおり、1990年代には小型ジェット機市場への新規参入が相次ぎ、一定の成功を収める企業も出てきた。また、エクリプス・アビエーションが1998年に異業種から参入して、VLJという新しいカテゴリーを創出。同社らが立てた実績により、技術革新が促進されて、合金や炭素繊維といった新素材の実用化や、部材の低コスト化が進んだ。また、コンピュータを活用した設計シミュレーション技術なども、新規参入者の開発コストや期間低減に寄与したことは想像に難くない。これらを考え併せると……

2005年時点での分析
(1)価値優位性は、GEとの合弁会社設立で、より実効性の高いエンジン開発が可能となったこと。既存の航空業界の常識を打ち破る発想で、翼の上にエンジンを積載するなど機体設計を行い、それが結果として美しく、機内スペースを広く取れるなどの成果につながったことなどから、青に転じたものと判断。(2)プロフィット・プールは、エクリプスを含む幾つかの企業がVLJの開発を積極的に行っている(商品ライフサイクルで言うと「導入期」に相当する)事実と、ブランド力や品質などの付加価値によって一定の価額での購買が行われる有望な市場と判断し、青。(3)リーダーシップは、航空機市場における新カテゴリーのVLJに特化し、研究開発から商用化まで多くのステップを確実にこなしながら実績を上げてきたこと、親会社の強いスポンサーシップが期待できることなどから、黄。(4)既存事業は、基本的なエンジン技術や構造体、素材でのシナジーは検討できるが、それほど大きくはないと判断し、黄。結果として、この新規事業プロジェクトは「進めるべき」となる。

トラフィック・ライトで時系列の検討をすると、研究開発初期には新規事業としては成功の確率の低いプロジェクトと判断されたものが、長期間をかけて優位性を構築し、適切な市場を発見したことで、成功確率の高いプロジェクトへと転じてきた過程が、立体感を持って見て取れる。航空機事業と自動車事業・バイク事業とのシナジーも大きく捉えれば、充分に得ていかれるだろうし、VLJを経て、小型ジェット機や大型ジェット機、ジェットエンジン事業への可能性も広がる。その先には、民間ロケット・宇宙船事業も見えてくるかもしれない。

一般的な新規事業評価をすると「赤信号」となるものに腰を据えて取り組み、結果としてこうした可能性を拓いてみせたのは、言葉にすると陳腐だが、ホンダの「信念」に他ならないと、筆者は考える。同社が今後の本格的な研究開発競争や商品開発競争、販売マーケティング競争に勝ち残り、航空機事業を柱の事業にまで育て上げることに期待したい。

*1 本田技研工業ホームページより参照
*2 「特集 ボーイングvs.三菱vs.HONDA」(東洋経済、2008年9月20日号)を参照
*3 『飛翔 航空機産業公式ガイドブック』(財団法人経済産業調査会・編)を参照
*4 「米国で『安価』な超小型ジェット機が人気に--空の混雑を加速するとの指摘も」(CNET Japan、2006年4月28日)
*5 『成長への賭け(上)』(アンドリュー・キャンベル、ロバート・パーク・著、ファーストプレス・刊)

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