辛抱強いリスクテイカーを自由資本市場の女神は見捨てない 

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「株で儲ける」という話は、大抵うさん臭いイメージでとらえられます。額に汗して働くわけでもなく、付加価値を産み出したしたわけでもないのに金儲けをするのは邪道だ、という見解に共感する人は日本に限らず多くいます。

しかし自由資本市場は、リスクを顧みずにチャレンジした人に予期せぬ形で報いてくれることがあります。今回は番外編として、ファイナンスのスキルや株式市場が、起業家に対して暖かい、素敵な一面を持っていることを、20年にわたり私が付き合っていた、ある小さなベンチャー会社の実例を通じて紹介します。

「株式って不思議ですね」

2013年の暮れ、私はKさんが創業社長を続けてきたU社のX社への売却の報告を、赤坂のカフェで聞いていました。買収後の統合は順調に進んでおり、さらにU社が創業メンバーの一人から借りていた1000万円を無事返すことができたと、Kさんは嬉しそうに話してくれました。U社からの収益ではとても返せそうにない借金なので、いずれ自分が親から譲り受けたアパートを売って会社に代わって返済するしかないと腹をくくっていたところ、今回のU社売却でKさんが手に入れたX社株式の一部を売って返済資金ができたのです。

Kさんはこう続けました。「20年間、毎月資金繰りに苦労していたのに、こんなに簡単に現金が手に入ると狐につままれたような気分です。株式って不思議ですね。U社の株では値段がつかないのに、X社の株に交換した途端、こんなに簡単に現金になるなんて・・・」

私はしたり顔で答えました。「それが上場株式市場の、そして資本主義・自由市場社会の素敵なところなんだよ」。

U社存亡の危機に役立ったファイナンスとM&Aスキル

U社は1990年代初めに30歳そこそこのKさんが創立した、マーケットリサーチ会社です。「日本のマーケットリサーチの在り方を根本から変える!」という話を屈託無く話す彼女のパワーとバイタリティを面白いと思い、取締役を引き受けました。U社は小さなベンチャー会社ですがグローバル企業と渡り合う機会も多く、その中で私のファイナンスキルとM&Aアドバイザー経験を、以下の3つのエピソードの形で生かすことができました。

1. アーン・アウト(Earn-Out)の売却スキーム
設立5年ほど経ち、スタッフも充実して売上が10億円に届く見通しが立ってきた頃、U社は欧州大手広告代理店イージス社(2013年に電通が買収)のマーケットリサーチ子会社から買収を持ちかけられました。Kさんは「自分は新しいタイプのマーケットリサーチのアイデアがある」と言って、伝統的な市場調査事業を売却する決断をあっさり下しました。まだ伸びしろのある事業の価格算定は、売り手と買い手の将来見通しが折り合わず難航します。特に実績のある欧米の買い手は、ひ弱なベンチャーに対して強い交渉力でねじ伏せにかかります。

そこで私はアーン・アウト方式の売却という形で交渉を進めました。それは、「とりあえずU社の希望価格の半分程度で売却するが、その後3年間の利益・キャッシュフローがU社の見通しどおり実現した暁に残り半分を追加で払う」という売却方法です。

勘違いしがちですが、この事例に限らずM&A取引でカネを手に入れるのはその事業のオーナー(株主、事業部門譲渡では会社)であって、事業部門の経営者や社員ではありません。向こう3年間のバラ色収支見通し実現のために一番頑張るのはU社やKさんではなく売りに出された事業の経営陣なのですが、その果実はオーナーの懐に入ります。その「ねじれ」はアーン・アウト方式では顕著になります。そこで、売却後の上乗せ支払い分については事業経営陣にU社から追加ボーナスとして支払うアレンジを組み合わせました。結果的にほぼ見通し通りの実績を達成し、事業経営陣はイージスグループの信頼を勝ち取り、皆ハッピーな形で取引は3年後に完了しました。

2. 金融業界での信用とネットワーク
まとまった金を手に入れたKさんは、それを様々な新規事業に投資するのですが、これらが時代を先取りし過ぎたのかことごとく難航してしまいます。特に米国調査会社と合弁で立ち上げたパネル事業が大きな金食い虫になり、U社の資金繰りを危機的状況に落とし入れました。合弁相手は資金力があるのでU社持ち分売却という流れになりましたが、こういう撤退交渉は相手に足元を見られるのが常です。相手は百戦錬磨の米国会社、M&A経験豊富な会計士出身の凄腕CFOとの交渉、と聞き私も身構えました。

ところが偶然にも彼はかつて私が投資銀行時代に手がけたM&A案件で同じチームを組んだ会計事務所の戦友でした。その案件での仕事ぶりを知っていて互いに信頼、リスペクトしていたのが幸いし、極めてフェアに交渉することができました。最後は「これ以上無理を言われたらMs.Kが再起不能になるから勘弁してくれ」と泣きを入れつつ、同時に彼のCFOとしての説明責任を果たせるぎりぎりの落とし所を水面下で見極めて取引をまとめることができました。

3. X社との株式交換ディール
それからさらに5年が経ち、U社は労働集約的事業モデルからの脱却ができず、相変わらず自転車操業状況を続けていました。Kさんに「そろそろ身を引く覚悟を決めたほうがよいのでは」とアドバイスした矢先に、上場会社であるX社から買収提案が舞い込んできました。U社が長年培ってきたマーケットリサーチ分析力を、同社のM社長が高く評価してくれたのです。

会社売却とはいえ、Kさんおよび主たる従業員に引き続き頑張ってもらうことを前提とした話だと聞き、私は「株式交換の形での売却をお願いしては?」と提案しました。U社の財務諸表には、そのリサーチ分析能力の価値は載っていません。上場会社はそういう会社に多額の「のれん代」を払って買収するのを好まないので、純資産価格で買い叩かれてしまいがちです。それを避ける方法のひとつが株式交換です。

株式交換の比率算定の簡単な資料を作成し、それに基づいてKさんはM社長と交渉しました。M社長はベンチャー投資・経営支援の経験を持ち、X社を創業5年でマザーズ上場に導き、その後もM&Aで事業拡大を成功させた、自由資本市場のなんたるかを熟知した方です。提案は比較的すんなり受け入れられ、Kさん始めU社の創業メンバーおよび創業期出資者は長年塩漬け状態だったU社株と交換でX社の上場株式を受け取りました。

創業メンバーへの借金返済金は誰が出したのか?

冒頭に挙げた、創業メンバーへの借金返済資金は結局どこの誰が負担したのでしょうか。それは株式市場にKさんがX社株式を売り出した日にその市場でX社株を買った、Kさんの事情を全く知り得ないであろう投資家です。しかし将来成長を期待してX社の株式を買うという行為を通じて、その投資家は同社の経営に対する評価をしました。その評価には、意識していようがいまいがU社を買収したX社・M社長の経営判断への支持も含まれています。

株式交換の形をとることによってU社の将来性はX社の将来性と一体化し、その結果Kさんはじめ創業メンバーの20年間の汗と涙の結晶は彼女らにそれなりのリターンをもたらしました。さらに、Kさんが果たせなかった「日本のマーケットリサーチを変える」という夢は、より資本力のある上場会社に引き継がれ、開花する可能性がより高まったと言えるでしょう。

株式市場は卵の孵化器(インキュベーター)

実際にX社株を市場で買い付けた投資家は、生保や年金基金のような機関投資家だったかもしれません。彼らはリスクを分散しながらリターンを最大化するためにポートフォリオを組みます。アセット・マネジメント会社は様々な投資家のニーズに応えるパッケージを作り、投資信託として販売しています。その中にX社株式が組み込まれていれば、1000万円の返済資金の一部を負担したのはその投資信託を銀行窓口で買った人、ということになります。

つまるところこの仕組みは、小口でリスク分散ができる上場株式投資の利便性と、いつでも自由に売れる市場の流動性、の2つに支えられています。株式市場やM&Aという活動は、カジノゲームのように会社をもてあそびながら金儲けしたり大損したりする場所、よりもっと奥深い、人々のチャレンジ精神を支援し新たなイノベーションを産み出す卵の孵化器という、社会にとって大切な機能を担っているのです。

U社の話は日本流に言えば「金は天下の回りもの、お天道様はちゃんとお見通し」といったところでしょう。自由資本市場には天下の回りものである資本を健全に循環させる「お天道様」がいなければばならない。そのためにはファイナンススキルを持った経営者と投資家が切磋琢磨し合う、市場参加者の層の厚みが必要です。

余談:「それってシリコンバレーの手法のまんまですね」

つい最近、この話をスタンフォード大学でMBAを取得後、1年間シリコンバレーでベンチャー立ち上げ経験した人にしたところ、彼はこう言ってくれました。「森生さんがやったことと、今シリコンバレーでベンチャーキャピタリストが使っている手法はほとんど同じですよ」。

20年間をまたぐこのエピソードは、今日のシリコンバレーの起業ストーリーになぞらえて読んでいただいても大丈夫そうだ、と付け加えておきます。
 

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