「弱いセ・リーグ」に見る日本市場ガラパゴス化の病理 

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日本のプロ野球は、良くも悪くもいろいろな面でビジネスパーソンにとってのヒントが満載です。今回は、いわゆる日本市場のガラパゴス化全般に通じる病理的背景を、DH制(指名打者制度)を題材に、経営学的視点で考えます。

さて、今年もプロ野球ではセ・パ両リーグの交流戦が行われています。6/15現在、パ・リーグが49勝40敗1分、勝率5割5分1厘と今年も大差がついています。2005年に交流戦がスタートして以来、過去12年中、11年はパ・リーグの勝ち越しでした。しかも、パ・リーグのチームの勝率が、大差と言える5割5分を超えることが5回もありました(今年は、残り試合でセ・リーグが14勝4敗以上なら逆転しますが、それでも僅差であり、パ・リーグの長年にわたる優位性は明確です)。

これだけの差が生まれる原因は何なのでしょうか。よく指摘されるのはDH制(指名打者制度)を採用するパ・リーグと採用しないセ・リーグの差です。これはメジャーリーグにおいて、DH制を採用しているアメリカン・リーグが、それを採用していないナショナル・リーグに毎年交流戦で勝ち越していることからも強い根拠とされています。実際には他にも理由はあるでしょうが、今回はここに絞って議論を進めます。

ではなぜDH制を採用しているリーグの方が強くなるのでしょうか。しばしば挙げられる理由は以下です。

・分業制、専業制が進む結果、選手は専門性を上げることにエネルギーを投下しやすい
・打撃力のないピッチャーを相手に(多少手を抜いて)投げる機会がないので、ピッチャーの力が鍛えられる
・早いイニングに代打の関係で先発ピッチャーが交代することも少ないので、打者も鍛えられる
・野手枠が1人多いので、若手を成長させる機会が増える
・同じく野手枠が1人多いので、ベテランの好打者や外国人選手をチームに留めておきやすい

他にもメリットの多いDH制ですが、では、なぜセ・リーグはこれを採用しないのでしょうか。しかも、DH制は世界標準の公式ルールです。WBCも(いったん公式競技からは外れましたが)オリンピックもDH制ですし、お隣の韓国や台湾のプロ野球は完全にDH制です。アメリカでもマイナーリーグやカレッジはDH制を採用しており、日本でも社会人や多くの大学リーグはDH制です。

ちなみに、40年以上前にパ・リーグがDH制を採用した時に、セ・リーグがそれを見送った理由は以下です。

・1世紀半になろうとする野球の伝統を根本的にくつがえしてしまう 
・投手に代打を出す時期と人選は野球戦術の中心であり、その面白みをなくしてしまう 
・投手も攻撃に参加するという考え方をなくしてしまう 
・DH制のルールがややこしくファンに混乱をおこさせる
・ベーブ・ルースやスタン・ミュージアルは投手から野手にかわって成功したが、そのような例がなくなる
・仕返しの恐れがないので、投手が平気でビーンボールを投げる 
・いい投手は完投するので得点力は大して上がらない
・投手成績、打撃成績の比較が無意味になる
・バントが少なくなり野球の醍醐味がなくなる

筆者もそれなりにプロ野球ファンですが、正直、噴飯ものの理由ばかりで、いくらでも反論、反証可能です。交流戦で実力差が明らかになった昨今、「プレーのレベルは低いけど、せこい駆け引きや伝統墨守の方が大事だから今のルールは変えない」と言われてもちょっと納得感はありません。

しかし、ある調査によると、セ・リーグはDH制を採用しなくてもいいというファンの意見が7割に上るそうです。世界的な公式ルールの導入を必要ないという意見がまかり通るのは野球ならではでしょう。たとえば、ラグビーで「トライは4点」のままにするとか、バレーボールで「サービス権有り、15点先取」のルールが日本にだけ残るということがありえなかったのとは対照的です。

野球でこのようなことが起きてしまう理由の1つに、トップレベルでの国際化の遅れがあります。他のスポーツに比べ、トップレベルでの真剣勝負の機会はいまだにほぼゼロです。WBCは一応ありますが、サッカーのW杯やEUROなどに比べるとスタートラインにすら立てていません。

トップレベルで真剣勝負があれば、そこでの成績不振は通常は問題視されます。仮に日本のサッカー代表チームが国際試合で勝てない原因が、「日本ではキーパーへのバックパスが許容されているのに、国際試合ではそれが使えないから」などという理由によるのであれば、サッカーファンは黙っていないでしょう。すぐに世界標準ルールに合わせるはずです。

実際アメリカでも、興行上、得点を増やしたいという理由から長らくゾーンディフェンスを禁止していたNBA(プロバスケットボール)は、世界大会での競争力低下を理由に、国際標準ルールではOKのゾーンディフェンスを解禁しました。こうした圧力が野球にはありません。

第二に、プロ野球はなまじ国内で根強い人気があり、また国内の市場規模も大きいという事情もあります。国内市場規模が小さければ、戦略上、海外にコンテンツを売る必要性が高まり、国際ルールに合わせるプレッシャーがかかったりもしますが、それもないのです。

その他にも、日本独自の高校野球人気という要因もあります。DH制が国際標準ルールであることを知らないままDH制のない高校野球に慣れ親しんだ結果、DH制の方にむしろ違和感を抱くという日本のファンは多いでしょう。

また、長らく人気では優位に立っていたセ・リーグが、いまさらDH制に変えられないという、つまらない要因もあるかもしれません。

こうしてみてくると、国際競争の欠如、問題意識の弱い顧客(ファン)、そもそも世界標準でないことに対する無知、業界内の妙なプライドによる思考停止など、典型的な「日本市場のガラパゴス化現象」の要因がここにもあることが分かります。圧力がなければ、良い方向であってもそちらに変われないというのでは、ちょっと寂しいものがあります。

今回は市場のガラパゴス化を取り上げましたが、冒頭にも述べたように、プロ野球は、学ぶ点もあればそれ以上に反面教師の宝庫でもあります(これはディスっているのではなく、筆者が古くからのファンであるがゆえに、ちょっと厳し目に書いています)。

スポーツビジネスに携わる方はもちろん、一般の方も「同じ罠に陥らないように」というヒントを探してみると面白いのではないでしょうか。
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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