日本交通「徳を残そう」 

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タクシー王子の経営理念

社是「徳を残そう」

桜にN、日本交通に集う私達は、
誇りを持って働き、高い業績を上げ、
物心両面の幸せを実現して更に
誇りを持って働き、以って仕事を
通じて後世に「徳」を残すことを、
その経営理念といたします。

日本交通は、わが国で最大手のタクシー会社だ。一時は、無理な不動産投資などの放漫経営が原因で1900億円もの借金を抱え瀕死の状況であったが、先代から経営のバトンを受け継いだ創業家3代目の川鍋一朗社長(以下、川鍋社長)によるリストラを初めとする大胆な組織変革が奏功し、負債を一掃した。現在は「拾う(タクシー)から選ぶタクシー」などのスローガンの下、「攻めの戦略」でさらなる業界ポジションの強化を図っている。

この日本交通の新しい社是が上記のものであり、川鍋社長が数年前に策定したものだ。一見して目に付くのは「徳」の言葉。この言葉を選んだ背景を、川鍋社長は著書の中でこう語る。

・・・会社が危機を脱した2005年、再建を手伝っていただいた弁護士の清水先生にこんなことを言われた。
「自分がやってきた何百件という案件の中で、日本交通の案件は五指に入るほどうまくいった。なんでか分かりますか?君はがんばった。私もがんばった。だけどそれだけじゃ、ここまでうまくはいかない。この会社が過去に積み上げてきた徳があったから、もう1回チャンスを与えられたということなんだ。(中略)先人の残した徳が、今の日本交通を救った。だから、会社が復活したら、君はもういちど徳を残さなければいけないよ」
(中略)今後は、「桜にN」を通じて、社会に「徳」を残すことが私の使命だ。新しい社是は、こうして生まれた。(『タクシー王子、東京を往く。』(文芸春秋社・刊)より抜粋)

東洋と西洋が混ざり合った社是

川鍋社長はクリスチャンだそうだが(さらに言えば米国でMBAを取得し、外資系コンサルティングファームでの勤務経験を持つ)、ここに見られる発想は極めて東洋的だ。キリスト教の予定説的な考え方ではなく「因果は巡る」「情けは人の為ならず」に通じる因果律の考え方である。

では完全に東洋的かといえば、必ずしもそうではないところが面白い。例えば「高い業績を上げ」のフレーズ。「徳」を説く一部の経営者は、その中身を「善行」や「道徳的行為」あるいは「自己犠牲による利他的行為」など、狭い領域に押し込めがちだ。それも一つの見識であろうが、資金提供者の期待に応え、利益を出すという資本主義の要請とは必ずしも相容れない場面もある。

その点、日本交通は明確に、高い業績による従業員の物心両面の充足(さらには明示されていないが、資金提供者の満足)をうたっている。それが「徳」を残す上での必要条件であるとでも言うかのように。

「貧すれば鈍す」という言葉もある。適切・適正に利益を上げ、従業員が生き生きと働きつつ「徳」を残すことがやはり良い会社の条件であることを強調しているように思える。おそらく、過去の失敗からの学びを反映し、従業員に対する経営のコミットメントを示すという意味合いも強いのだろう。

「徳を施す」あるいは「徳をなす」ではなく、「後世に『徳』を残す」という表現も考えさせられる。必然的に長期的なものの見方を促し、同時に、お客様や、自分の家族(特に子孫)という身近な対象と、日本や世界の先行きというマクロな領域に意識を向けさせられるからだ。単なる行動規範を超え、キャリアというものに対する問題意識を喚起することを狙っているようにも見える。

一般に、多くのタクシー運転手は、普通の労働者とはやや異なる職業意識を持つ。刹那的に行動する人も少なくなく、その動機付けは経営上、重要な課題である。この課題をクリアすることはなかなか難しいことではあるが、自分の仕事の意味や自分のキャリアをしっかり考えてもらうことは間違いなくその第一歩である。具体的アクションは、さまざまな人的資源管理の施策に組み込まれているのだろうが、そうした想いが表出したようにも思える。

東洋的発想と西洋的発想、現在と将来、ミクロ的視点とマクロ的視点——わずか数行の間に込められた、これからの経営のあり方を示唆した社是は、ユニークなバックグラウンドを持つ川鍋社長だからこそ生まれたのかもしれない。

ちなみに、筆者は以前、主催するカンファレンスにおいて、川鍋社長をパネラーの1人としてお招きし、自らそのパネルのモデレーターを務めた経験がある。非常に気さくで真面目で芯の強そうな方であった。今後も益々のご活躍を期待したい。

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