限界費用を正しく使い分けられていますか? 

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「限界費用」や「限界利益」という言葉、意味をきちんと説明できますか。数年前には『限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』という書籍が注目を浴びました。ドイツ政府が主導するIndustry4.0の参謀とでも言うべきジェレミー・リフキン氏の著作です。

この場合の「限界」という言葉は英語の「marginal」の訳ですが、ある意味で最も紛らわしい訳語の代表格です。また、経済学や戦略論で用いられる限界費用や限界利益と、(管理)会計の分野で用いられる限界利益などの使い方が多少違うことも、混乱に拍車をかけています。今回はこのあたりを簡単に整理してみます。

もともと経済学の考えでは、marginalという言葉は数学でいう微分、つまり関数のある値での傾きを表わします。

図1でいえば、赤線で示したQ1の数量における費用の傾きが、Q1から1単位余分に売る際の追加的費用を指します。これが本来の限界費用です。

これは限界収入も同じで、ある数量から1単位余分に売る際の追加的収入を指します。これはつまりその数量での価格です。限界収入と限界費用の差が経済学的な限界利益となります。限界利益がマイナスとなる以上の数量は提供するだけ利益が減るので、図2の限界収入と限界費用の交点Q2以上は提供しないというのが、オーソドックスなミクロ経済学のセオリーです(実際には、図2の限界収入や限界費用はもう少し複雑な挙動をしますが、そこは捨象しています)。

本来、「限界」ではなく、「追加的」とでも訳しておけば混乱は少なかったと思うのですが、いまさら変えるのは難しいので、意味合いとしてはこのようなものだと理解するしかないでしょう。経済学だけではなく、戦略論でもほぼ同様の考え方をします。

ちなみに、限界費用ゼロとは、図2でどんどん上昇する追加的費用の傾きがゼロに近づくことを意味します。なぜそのようなことが起きるかというと、一番の理由はデジタル社会が進展するからです。

たとえばデジタル商材は、複製や保管、転送コストが、実体のある「モノ」とは全然異なります。1度作ってしまえば、それを1単位追加的に提供するコストはほぼゼロに近いというのがその意味合いです(実際にはマーケティング費用などもあるので、本当にゼロになるかは疑問のあるところですが)。

冒頭に紹介した本では、エネルギーも、自然エネルギー(太陽光、風力など)を活用すれば、限界費用はゼロに近づくとしています。デジタル財にせよエネルギーにせよ、初期投資はかかるものの、いったんそれを行ってしまえば、追加的な提供コストは限りなくゼロに近づくというのは、企業が競争戦略などを立案する上でも非常に重要なポイントとなります。

ここで重要なのは、ゼロに近づくのは、あくまで限界コストだということです。初期投資が必要になる以上、総コストがゼロになることはありません。そこを正しく峻別しましょう。

ここまでは経済学的な視点からの議論をしましたが、管理会計では「限界」という言葉を多少異なった意味合いで用います。よく用いられる限界利益という言葉がその代表です。

図3はおなじみの固定費、変動費の挙動を示したグラフです。管理会計では一般に、限界利益という時は、

限界利益=売上高-変動費

を意味します。ここでのポイントは、追加1単位当たりの(微分的な)金額ではなく、総額で考えることが多いということです。

つまり、経済学では、限界利益という時には、(通貨を円とすれば)「円/ユニット」で考えるのに対し、管理会計では「円」で考えるということです。ランニングに例えれば、速度(km/時)で考えるのか、距離(km)で考えるのかの差があるのです。微分的に考えるときには限界利益率という用語を用います(実際には、限界利益も限界利益率も多少混在して使われているので要注意です)。

また、管理会計では通常は1年というマネジメント・サイクルで考えるため、固定費は一定、変動費の傾き(変動費率)も一定と考えます。これは経済学や戦略論では必ずしも1年という単位ではなく、長期的スパンで考えることが多いという点と大きく異なるポイントです。

現実には、変動費率や固定費が1年とは言え、ずっと同じことはまずありません。売上が稼働率100%を多少超えるあたりから、固定費も増えますし、変動費率も上がります。その意味でいえば、図2に示したような傾向は、本来は図3にもあるはずなのです。

ただし、管理会計ではそこまでの厳密さをモデルに盛り込むのではなく、モデルそのものは単純にし、運用で調整するのが一般的です。そこが経済学という学者が扱う学問と、管理会計という実学との差とも言えます。

以上をまとめると、
・本来は、「限界」というのは微分、すなわち追加的の意味
・管理会計では、限界利益(あるいは限界収入、限界費用)をその意味では用いないことが多い
・経済学と管理会計の固定費・変動費図では、時間軸がやや異なる
・経営学はモデルの正確さを追うよりも、モデルは単純にし、運用でカバーする
となります。

文脈なども意識し、「限界」という言葉がどのように用いられているか注意したいものです。
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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