第5回 思い込みによる前提違い~本当にそれで進めていいの?~ 

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日常のビジネスシーンに潜む数々の“落とし穴”。なかでも、営業先でのプレゼンや得意先へのメールなどコミュニケーションにおける転ばぬ先の杖を中心に、グロービス経営大学院で教鞭を執る嶋田毅が紹介する新連載。第5回は前回に引き続き、「指示の落とし穴」について別なケースを使って説明します(この連載は、ダイヤモンド社「DIAMOND online 」に寄稿の内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。

前回は、もともとの前提や文脈を離れたところで数字が一人歩きしてしまうという落とし穴を紹介した。今回は、もともとの前提から外れてしまうという点では前回と似ているが、その原因が「錯覚」や「ヒューリスティクス(複雑な意思決定を行う際に、暗黙のうちに用いている簡便な思考法)によるエラー」の色合いが濃い落とし穴を紹介する。なお今回、紹介するケースは、『Diamondハーバード・ビジネス・レビュー別冊12月号 プロフェッショナル養成講座』に寄稿した内容をベースにしている。

【失敗例】人事部長 小野氏のケース 「社長はたぶん・・・」

中田恭子氏は、中田フードトレーディング社の社長である。同社は国内で有機野菜や魚介類の流通および外食産業向けにコンサルティングを手がけている新進企業だ。スタッフは現在100人前後で、全員が中途採用の社員もしくは派遣スタッフであった。中田氏は、会社も大きくなったこともあって、来年からは大卒採用を開始しようと考えた。

中田氏はさっそく、人事部長である小野真樹夫氏を呼び、その計画について簡単に説明した。

小野 「では、初年度の人数はまずは2、3人程度ということですね」

中田 「ええ、当社もいまのところ知名度や採用ノウハウがないし、採った後に指導できる若手も少ないから、最初のうちは小さく始めるのがいいでしょう。かといって、1人では寂しいでしょうから、最低2人は採りたいわね」

小野 「募集はどのようにしましょうか」

中田 「まずはHPに募集を出しましょう。それ以外は、スタッフのつてを頼って、いくつかの大学に募集案内を出すのがいいでしょうね。あと、中小企業合同の会社説明会などにもいくつか参加しましょう。なるべく私自身が出向いて話をするようにするわ」

小野 「採用条件はどうしますか」

中田 「金銭面の条件を上げすぎるのはやめておきましょう。それでは大手に勝てないわ。福利厚生まで考えれば、なおさらだわ。むしろ、小さい会社だからこそ、若いうちからチャレンジができる面を打ち出しましょう」

小野 「それは賛成ですね。あと、人材要件についてはどうしますか」

中田 「やる気のある人間で、食へのこだわりがある人間であれば、『来る者、拒まず』よ。男女、大学名は関係なくいきましょう」

小野 「了解しました。その線でもう少し具体的なアクション・プランを考えてみます」

中田氏は打ち合わせが終わると、客先に向かうべく、会議室のドアに手をかけた。そして、思い出したように小野氏に言った。

中田 「できれば、英語ができる人間がいいわね。絶対ではないけど、できればそういう人材を優先して採りたいわ」

小野 「英語ですか」

中田 「そう。よろしく頼むわね」

中田氏はそう言うと、会議室を出て足早に去っていった。小野氏はやや意外といった感じの表情を浮かべながら考えていた。

「うちは国内事業だけなのに、なぜ英語なんだろう。中途採用にも、そんな条件は入れてないし。もしかしたら近い将来、海外にでも展開しようというのかな」

そしてそこまで考えて、最近、中田社長のデスクにある雑誌が置かれていたのを思い出した。

「そういえば、ハワイに関する雑誌を何冊も読んでいたな。正月休みもたしかハワイに行っていたはずだ。うーん、重役会議なんかではまだ黙っているけど、ハワイへの進出を本格的に考えているのだろうか。だとしたら、これからいろいろ大変な仕事が増えそうだ」

小野氏はさっそく部下の中村君を呼び出し、こう伝えた。

「中村君。ここだけの話だが、どうも社長は海外進出も視野に入れているようだ。わが社も新規採用を始めるんだが、その募集に当たっては、英語ができるという要素も頭に入れておいてくれ」

【解説】小野氏の推論は妥当?「隠れた前提」を正しく把握することが必要

さて、小野氏は中田氏の発言を受けて、「ハワイにでも進出するのか」と想像し、その上で部下に指示を与えた。小野氏の頭のなかの推論を図示すると、【図1】「小野氏の推論」のようになる。

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【図1】「小野氏の推論」

時系列で見ると、小野氏は中田社長の発言を受け、その発言の理由として「海外展開でもするつもりなのか」と考えた。「英語の必要性→海外展開」という発想自体はある意味、自然ともいえる。次に彼は、社長のデスクにハワイ関連の雑誌がたくさん置かれていたこと、そして社長が休暇でハワイに出かけたことを思い出し、「(そうか!)ハワイへの進出を考えているんだ」と推論を進める。

さて、最初の推論だが、「英語の得意な人材を優先して採用したい」という発言の背景として、小野氏は「海外展開」を想起した。しかし、それ以外の根拠の可能性は考えられないだろうか。もし小野氏の推論が正しければ大きな問題はないだろうが、前提が違っていたとしたら、多くの人間に伝わるにつれ、組織的混乱が起こる可能性がある。

では、社長は「英語が得意な学生」に何を期待しているのだろうか。1つの可能性として、たとえば「英語が得意な人間は全般的に優秀だ」という社長の思いがあるのかもしれない(この命題の是非自体はここでは論じない)。そうだとすると、社長の頭のなかは、【図2】「他の可能性」の(1)のようになっていたわけである。

あるいは、別の可能性として、社長は「若いうちに英語をマスターした人間は、何事にも好奇心やチャレンジ精神が旺盛な人間が多い」と思っているのかもしれないし(【図2】「他の可能性」の(2)を参照)、あるいは「英語の得意な人は、異文化にも興味を抱くなど、多様な視点を備えている人が多い」「当社にも今後はもっと多様な視点がほしい」と考えている可能性もある(【図2】「他の可能性」の(3)(4)を参照)。

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【図2】他の可能性

さらに言えば、1つの根拠によるものではなく、これらの根拠をいくつか合わせ持ったうえでの発言かもしれない。いずれにせよ、可能性は「海外展開」の1つだけではなかったのだ。

錯覚や思い込みによる「前提違い」という落とし穴を避けるには?

小野氏の例は、人間が陥りがちな典型的な錯覚、ヒューリスティクス(複雑な意思決定を行う際に、暗黙のうちに用いている簡便な思考法)によるエラーと言える。つまり、いったん結論らしきものを導き出してしまうと、都合のよい情報のみに注目し、都合の悪い情報には目を向けなくなるというパターンだ。いったんこうした状況になると、結論はますます本人の中で確固としたものになり、ますます都合のいい情報のみを取捨選択するようになる。思考のバッドサイクルだ。

ひょっとしたら、社長はハワイ旅行が気に入って、また来年も行こうと検討していただけかもしれない。「重役会議でまだ黙っている」というのは重要なネガティブ情報のはずだが、それについてはなぜかスルーしてしまっている。こうした思考のエラーは、多くの人間に指示を出す立場の管理職になるほど、その悪影響は大きくなるため、要注意だ。

こうした落とし穴に陥らないための特効薬はなかなかないのだが、有名な思考エラーについては「ビジネスパーソンの教養」として知っておくとともに、自分自身の「思考の癖」を理解し、自分自身の思考を批判的かつ客観的に眺めることがやはり必要だ。そうした心構えを持ち、実践することは、相手の思考の癖や、明示されていない前提についても考えることにつながり、コミュニケーションの効果を大きく高めることにもなる。

ぜひ一度、「自分の判断に影響を与えている価値観や好き嫌い、思い込みはないだろうか」「なぜ彼や彼女はいつもあのような議論をするのだろう」と問いかけるとよいだろう。

なお、せっかくの機会なので、今回のケースの他にも、多くの人間が経験しているであろう錯覚をご紹介しよう。
まず、手に入りやすい情報を過大に評価して判断するというエラーもよく起こりがちだ。先のケースと共通項多いエラーと言えよう。

イメージに引きずられるという 思考エラーの典型例

他に有名なエラーとしては、典型的なイメージに引っ張られすぎる、というものがある。これは心理学では「典型的ヒューリスティクス」と呼ばれており、以下に示す「リンダ問題」が有名である。

【リンダ問題】
リンダは31歳の独身女性。ものをはっきりいうタイプで、頭がよく、大学では哲学を専攻した。学生として差別問題や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核デモにも参加していた。

さて、次の2つの文のうち、どちらがより可能性が高いか?
A:彼女は現在、銀行の出納係である。
B:彼女は現在、銀行の出納係であり、女性解放運動に熱心である。

BはAの部分集合であるから、当然、Aの方が可能性が高い。しかし、多くの人は、最初の人物描写に引っ張られてしまい、Bと答えてしまう。

繰り返しになるが、こうした有名な錯覚、エラーは、「ビジネスパーソンの教養」として押さえておきたいものである。

次回も引き続き、『指示の落とし穴』について、別のケースをご紹介します

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