味の素の労働時間短縮は日本の慣行となるか? 

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味の素が2017年度より所定労働時間を20分短縮し、1日7時間15分にすることが報じられた。基本給は変わらないので、実質的には月1万4千円以上のベースアップに相当するという。これは、日本企業の新しい慣行となるのだろうか。

近年、こうした労働時間の短縮は、他にも数社で導入されている。昨今の日本企業は、賃金を上げることには慎重であるが、その分、労働時間の短縮で従業員の待遇改善を図ろうとしているようだ。労働時間の短縮は、安倍内閣が呼びかける働き方改革の趣旨にも合っている。日本人がより「豊かに」暮らすためには、お金よりむしろ時間を増やすことが重要ということだろう。

ハーバード大学のガルブレイス教授(現在は名誉教授)は、1958年の著書「ゆたかな社会」(Affluent Society)の中で、これからは「豊かさの質」が変わると予言した。今はまだ豊かさとは金銭的・物質的なものであるが、本来の豊かさとは精神的なものであり、「欲しいモノが手に入ること」から「やりたいコトができること」へと豊かさの定義が変わると考えた。貧しい社会においては、豊かさを得るためにはまず金銭と物質の充実が先決だ。だが、それらを得た後に気づくのは、いくら金銭や物質があっても、「時間がない」生活は、豊かさを実感させてはくれないということだ。

筆者は17年前、オーストラリアのシドニーで働いていたが、シドニーのビジネスパーソンたちの生活は、それこそ「豊かな生活」だった。平日は夕方6時を過ぎると、ビジネス街からは人の気配がなくなってしまう。みんな家に帰ったりジムに行ったり遊びに出たりするからだ。金曜日ともなれば、午後3時を過ぎれば誰ともなく誘い合って近くの店で一杯飲んで歓談し、5時には帰宅して家族と夕食を食べる。今年から日本で月1回導入されたプレミアムフライデーは、シドニーではすでに17年前には毎週行われていた。

それにもかかわらず、オーストラリアの労働生産性は日本より高い。いや、「だからこそ、高い」と言うべきか。彼らは、ただ働く時間が短いのではない。短い時間で、多くの価値を生んでいるのだ。「遊ぶために、働かない」のではなく、「遊ぶために、きっちり働いている」のである。日本の労働生産性は、OECDに加盟する先進35か国中、20位である(2016年発表)。この低位置はもう長い間、変わっていない。生産性の向上は、日本(人)の大きな課題である。

すべての生産性は、図1のように「アウトプット」÷「インプット」で計算される。そして労働生産性は、「産出付加価値」÷「労働時間」で算出される。

この数値を高めるためには、2つの可能性しかない。産出付加価値を増やすか、労働時間を減らすかである。

そしてこの時、ただ労働時間を減らすだけではいけない。産出付加価値を減らさずに、労働時間だけを減らすのだ。

かつてガルブレイスが「ゆたかな社会」を提唱した頃、日本にそれを実現しようと志した一人の男がいた。それが松下幸之助である。松下幸之助は1965年に日本企業として初めて週休二日制を自社(松下電器)に導入したが、その時の方針は、「能率を上げて、週休二日制を実現させよう」というものだった。能率、すなわち生産性である。

生産性を上げて労働時間を短縮することは、労働者にとっては実質的な賃上げではあるが、企業からはキャッシュは出ていかない。まさに「魔法の杖」なのだ。だから味の素がとったこうした方策は、これからも多くの企業へと波及してゆくと思われる。けれど、それが成功し新しい日本の労働慣行となるかどうかは、ひとえに生産性向上にかかっていると言えるだろう。

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