数字力の「楽園」を目指すために~定量分析の教科書セミナー(後) 

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『定量分析の教科書――ビジネス数字力養成講座』出版記念セミナー[2]

一見難しそうに見える分析の方法も、元をたどっていくと、広い意味での比較をしていると思ってほしい。原因系、インプットの違いと、結果との関係をぶつけてみることによって、何が何にきいているのかを考えてみる。それは、基本的に因果関係が知りたいということにほかならない。時々、クラスで少し格好いい言い方をしていて、「皆さんはおそらく、ある意味未来を変えるために仕事をしていて、因果関係が変われば未来は変えられる」と。そのための分析や比較ということ。経営の本質は、「因果関係の把握により、企業の未来を変えることだ」ということに尽きると思う。

ソー・ファット?(だから何?)と言われないために

分析の短所というものもじつはある。いくつか見ていこう。

まずは、データそのものの信頼性だ。データから意味を導くときに、納得感が不十分になるのはこのケースが多いだろう。

また、データはしっかりしているとしても、何が言いたいのか分からないようなグラフとか表がたくさん出てくる場合がある。これを私は「ソー・ファット(だから何?)・チャート」と呼んでいるのだが、この10年くらいでデータを収集するコストが劇的に下がったことも関係してか、ソー・ファット・チャートがかなり増えてきているように思う。これは、分析に関する本質的な問題を象徴しているように思う。

「そもそも何のための分析なのか」が問われていないデータの羅列に何の意味があるのか。ここにソー・ファット?という感想が生まれる。「分析」をしなければならないということで、どうしてもすぐにデータを集めて分析する行為を始めがちだが、ただ、最終的に作りたいのは、相手に納得してもらうという状態であり、誤解を恐れずに言えば、それはある種のストーリーの共有だと思う。

因果関係とは、ストーリーである

分析という文脈の中で「ストーリー」という言葉を聞くと違和感があるかもしれないが、じつは本質的には因果関係に関わってくる話なんだということ。とくに、人の心が動かされたり、肚の底から納得できるストーリーは、因果関係について語られているものだと思っている。因果関係をきちんと伝えたい、そのためにはどういう目的に対してどういうストーリーを語らないといけないのか。そういったことを意識してから分析を始めない限りは、つまり当てずっぽうのままでは、期待値は宝くじを当てようとするようなもの。ソー・ファット・チャートから脱するためには、最初にきちんと目的地点を意識して、そこに至るまでのストーリーを想定し、そこから逆算をしてどんなデータを集めてどんなことを語らなければいけないのか、それを考えることが重要になってくるのだと思う。

ただ、ここにも分析の短所はあるにはある。よく出る質問でもあるのだが、いわゆる「決め打ち」になってしまうリスクもある。それに関して言えば、あるストーリーが外れた場合には、それとは違う因果の可能性を考え直さなければいけないし、手間暇も時間もかかってしまうかもしれない。ただ、少なくともゴール地点を意識しないで始める分析は、それ以上に(ビジネスで一番貴重なものである)時間を食い潰してしまう。つまり、非常に効率が悪い。それを回避する意味では、まずデータ収集を始める前に、答えるべき問い、目的は何か、それに答えられるストーリーライン、それを「仮説」といったりもするが、それを意識することが重要になる。

また、仮説というものは通常、1つで足りることはなく、実際には仮説群になる。「こうして、こうして、こうするとこうなる」ということだが、これははっきり言ってストーリーそのものではないか。その中でこういうことが言いたい、そのためにはおそらくこんなグラフが必要になる、だからこのグラフを持ってくる、といった感覚で、言いたいことに対して逆算して目的に迫っていく。そのようなプロセスがくるくると回る、そんな頭の使い方が分析では大事になってくると思っている。

その比較には、インパクトがあるか?

分析においては、比較の視点が重要だということは本のなかで何度も語っているが、比較のときに見ていかなければいけないいくつかのポイントの中でも、最も大事なのが「インパクト」だ。皆さんが分析する数字やデータに、注意力、集中力、時間を振り向けるのに見合うリターンがあるか、ということ。得意な人ほど、分析の中にのめり込んでいってしまい、「確かにそうかもしれないけれど、その分析は価値があるのか。案外、どうでもいい違いではないか」となりやすい。

比較の難しさと想像力

比較するときの難しさに関してもう一つ、「何を比較すべきか」という話をしたい。分析は、因果関係を知るためにやるのだが、基本的には比較をするとして、何と何を比較するのかというのは大事なところだ。

第二次世界大戦の末期、アメリカの空軍に、多くの爆撃機が撃墜される状況が生じていた。そのときに、爆撃機に鉄の板を貼って補強しよう、そうすれば多少弾が当たっても落ちないのではないかということで、基地に帰りついた爆撃機を観察し、弾が当たっているのはこんな感じだった。

さて、みなさんへの質問だが、どこに鉄の板を貼ればいいだろうか。もう少し端的に言えば、弾が当たっている場所がいいか、当たっていない場所かいいのか、この二択で考えてみてほしい。普通に考えたら、弾が当たっている場所だと思うのではないか。答えを言ってしまうと、弾が当たっていない場所なのだが、なぜなのか、理由を考えてみてほしい。

ここで関心を持つべきなのは、飛行機が帰ってきているか、帰ってこなかったか、という結果の違いだ。人はたいてい、目の前のものをつい比較してしまいやすいが、いま比べなければいけないのは、帰ってきた飛行機と帰ってこなかった飛行機のはずだ。ところが帰って来なかった飛行機は、おそらく撃墜されてドーバー海峡に沈んでしまっているため引き上げるのは難しい状態だとすると目の前にはないわけで、想像力を働かせる必要がある。対空砲火や空中戦の場合、弾がどこに当たるかはランダムになりそうだと想像して、機体のあちこちに弾が当たる状況にも関わらず、帰ってきた多くの飛行機が被弾していない機体の箇所は、そこに被弾した飛行機はおそらく帰って来られなかったと考えられないだろうか。そのように考えれば、強化しないといけないのはむしろ弾が当たっていない場所ではないか。

あらためて言われてみれば、当たり前だと思うかもしれないが、実際の検証プロジェクトの際も、ほとんどの専門家は弾が当たっている場所だと考えていたという。ある統計学者だけが、弾が当たっていない場所だと見当をつけたが、彼は、基本的にはとてもフェアな比較をしていたと考えていいだろうと思う。

ここで痛感するのは、「分析は比較だ」ということ。因果関係を解き明かすために分析する、その分析の要素は比較だということ。まっとうな比較をしなければならないということだということを、みなさんにはご理解いただけたと思う。

数字力の“楽園”を目指すために

最後に、私が好きな言葉で締めくくりたいと思う。まずは相対性理論のアインシュタインの言葉「If you can’t explain it simply, you don’t understand it well enough.」だ。「もしあなたがそのことを簡単に説明できないということは、よく分かっていませんよね」ということ。先に紹介したファインマンにも通じるが、やはり、複雑なことをいかにシンプルに換骨奪胎できるかというのは大事だと思っている。本当に分かっているか、分かっていないかの見極めというのは、難しいことを自分なりのシンプルな言葉で説明できるところなのかなと思う。みなさんも、簡単な言葉で説明できるかどうか、本当に理解できているかということを自身に問いかけていただければありがたい。

おそらくビッグデータ解析もそうだが、複雑なことを複雑なまま分析する手法がこれから主流になってくるかもしれない。もしそうであればあるほど、複雑なことを簡単にしてみるという人間の能力はより大事になってくるのではないか。とくに「ストーリーにする」というところは、人を動かすためにはどうしても必要だし重要だと思っている。ストーリー化するところまで人工知能ができるかどうかでいえば、まだまだ難しい領域だと思う。ストーリーを作れるかどうか、そして簡単に説明できるか、そのあたりの力をこれからも更に伸ばしていっていただければと願っている。

もうひとつ、御手洗(冨士夫、元キヤノン社長)さんの言葉で、経営にとっての数字の意味について、「数字なき物語も、物語なき数字も意味はない」という言葉。これは私がことあるごとに引用しているものだが、経営にとっての数字の意味をこれ以上に簡潔に言うのは難しいのではないかと思う。数字なき物語というときの「物語」を何と受け取るか。それはさきほどお話した「ストーリー」だと言ってもいいかもしれないし、戦略とか経営計画と置いてみてもいいと思う。数字がない戦略や計画は、何でも書けてしまう。そういう意味で言えば、唯一、数字だけが現実との接点だとも思える。ストーリーに現実感を持たせられる、その唯一の接点が数字にある。その意味では、数字は絶対に必要なものだと思う。一方で、数字だけでストーリー感がないというのは、数字がどのように実現されうるのか、その展開のイメージが全く湧かないということだろうと思う。人が動くためにはストーリーが必要だし、現実との接点という意味で数字は不可欠だというこということ、そのエッセンスをこれ以上なく短く表現しているこの言葉が好きで、最後に皆さんにこれをお伝えして、数字力に関する今日のセッションを終えたいと思う。

※この記事は、2017年1月30日にグロービス経営大学院 東京校で行われたセミナー「『定量分析の教科書』 ~30代までに身につけたい数字力の磨き方~」を元に編集しました

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