私たちがアベグレン氏からもらったもの -君島朋子 

アベグレン名誉学長追悼
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2007年5月に他界された、ジェームス・C・アベグレン氏の足跡を、近しく接せられた方々から寄せられた追悼文で振り返ります。3番目のご登場は、君島朋子氏。君島氏は、グロービス経営研究所においてアベグレン氏の「日本企業経営」という大学院科目を開発しました。アベグレン氏がこの1年間、最も情熱を注いだ、若い人材への伝承を身近にお手伝いした人です。

私が先生に初めてお会いしたのは2005年4月。株式会社立のMBA、グロービス経営大学院大学の翌4月開学を目指し、文部科学省への認可申請を進めているさなかでした。

以前はマッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントとして業界の末席にあった私にとって、ボストンコンサルティンググループ(以下BCG)東京オフィスを創設したアベグレン先生は、まさに雲の上の著名人。しかし、緊張しながらお会いした先生は、驚くほど穏やかで、そして私にも丁寧に接してくださる紳士的な方でした。ただ、議論の際などに垣間見せる鋭い視線には、決して冷めぬ情熱と洞察力の凄さが、同時に宿ってもいました。

私たちの依頼に応え、先生は経営大学院の名誉学長に就任し、また、自ら教壇にも立ってくださることとなりました。

文部科学省への申請書類の作成のため、先生から直接に伺ったご経歴は、日本のコンサルティング業界の創生そのもの。「そのとき、ヘンダーソン(BCG創始者のブルース・ヘンダーソン氏)が電話してきて・・・」「エクスペリエンス・カーブ(BCGが打ち出した経営コンセプトの一つ)についての講演では・・・」といった説明を聞きながら、「大変な人がこの大学院に来てくださった」という感銘を改めて噛み締めました。

先生が声高に持論を主張されることは、殆どありませんでしたが、時折、強く諭すように話されることがありました。なかでも、私たち日本人が、もっと日本という国に誇りを持たなければならないということ。そして、歴史や経済を踏まえた、より広く、より高い視座で物事を判断できる経営者を育成しなければならないということ。その二点は特に、繰り返し言われました。それこそが、先生がグロービス経営大学院に学ぶビジネスパーソンに伝え、また成し遂げたいと願われたことだったのだと思います。

「今日、タクシーに乗ったら運転手が私に、『アメリカは凄いですね』という話ばかりしてきたんですよ。日本は謙遜する文化ですけどね、私が『日本の方がいいところがたくさんあるでしょう』と言っても、『そんなことはない』って言うのですよ。どうしてもっと日本に誇りを持たない?」。怒ったような、悔しいような表情で言われた言葉が、今も忘れられません。そんな先生は、いつも(トヨタ自動車の)プリウスをご自身で運転していらっしゃいました。

経営大学院では「日本企業経営」と題する講義を持たれ、そこでは学生に積極的に討議してほしい、そして、もっと本を読ませたい、と言われました。「もっと歴史や経済を考えられなければダメでしょう。『失われた10年』は、『失われた』時間じゃない。社会を再設計するために必要だった時間でしょう」

社会システムの変化を鳥俯瞰的に捉え、本質的に理解できなければ、そこで営みを続ける個々の企業の変化の真因も理解できない。それが先生の主張でした。

「アメリカは特殊な国。日本にとって常に適当なモデルではない。必ずヨーロッパを入れて少なくとも3極比較をしなさい」と言われたこともありました。ついつい日米二極の比較をして将来を探ろうとしてしまう私は、その言葉にはっとさせられました。もっと広い視点を持ちなさい。先生のメッセージは一貫していました。

「私のメールアドレスを学生さんに教えてあげてください。クラスでは話せない相談をしたかったらそちらへ」「早めに入学式の日程を教えてください、空けますから」「この週はヨーロッパに出張ですから、学生さんに伝えて」

多くの取材や講演をこなされ、年に何度も海外の取締役会に出張される多忙な毎日にもかかわらず、先生は学生のためには必ず時間を作ってくださいました。

そして、クラスの後には必ず、「○○さんは本を読んでいないね、もっと広い視点がないと」「今日の皆さんの発表はちょっと視野が狭かったでしょう」と、細かなアドバイスを残されました。その目配りは広く深く、いつも、そこに先生のご経験の豊富さと、妥協を是としないプロフェッショナリズムを見る思いがしました。

大学院では、私人としての先生の姿に触れる機会もありました。研究室には奥様とそのお母様・娘さん・お孫さんという家族の写真を飾られ、「日本の美しい女性4世代です」と自慢していらっしゃいました。そして、奥様と訪れた京都や、千葉の別荘で過ごした休日の様子を語られました。

先生の千葉の別荘は、テラスから直接静かな海辺に下りられる貴重なロケーションにあります。建築雑誌にも紹介された、その美しい建物の2階の書斎には、数々の歴史的な写真と心理学や経営関係の書籍がずらりと並べられています。「私はあちらにずっといたいくらいですよ」。先生は、別荘でご家族と過ごし、静かな思索の時間を持つことも、とても大切にしておられたのです。

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