トランプ大統領が僕に突きつける道徳的・倫理的な後ろめたさ 

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トランプ大統領は何かと失言や暴言が多く、周囲が「ツッコミ」を入れたくなる人物である。そもそも、あの珍妙な髪形からして、ツッコミを誘っているとしか思えない。スーツのサイズもちょっと大きくて、コミカルな感じがする。最近も、テロの容疑者らに対する水責めの尋問を「絶対に有効だ」と発言し、マティス国防長官に慌てて否定されるなど、ツッコミどころ満載である。

しかし、周囲の「ツッコミ」を無視して、トランプ大統領が自分の意見を押し通したら、どうなってしまうのか。そうした懸念は、早くも現実になってしまった。それが、1月27日に署名した大統領令である。


この大統領令は、最側近であるスティーブン・バノン首席戦略官らによって極秘で起草されたという。だから、良識ある側近たちはタイムリーに「ツッコミ」を入れることができなかった。しかし、今回は共和党の議員も黙っていなかった。なぜなら、トランプ大統領が不人気政策を採れば、2年に1度の中間選挙で共和党が議席を失う可能性が高いからである。

共和党大物議員らの「ツッコミ」によってトランプ大統領の勢いは萎むかと思われたが、そうはならなかった。何と、大統領令に従わない官僚を立て続けに解任してしまったのだ。もはや、強大な権力を握ってしまったトランプ大統領を止めることは難しいのだろうか。トランプ大統領はヒットラーのような独裁者になってしまうのか。

独裁者を許さない「自由の国」

結論から言うと、トランプ大統領は独裁者にはならないだろう。

なぜなら、アメリカは、独裁者を極端に嫌うからである。だから、独裁者が生まれないようなシステムになっている(2年ごとの中間選挙など)。その理由は、アメリカという国の成り立ちにある

もともとアメリカという国家は、英国で迫害を受けたピューリタン達が、自由を求めて建設した国だ。だから、専制政治によって「自由」が抑圧されるのを最も嫌う。ちなみにアメリカの自由とは「一部の人が、他の一部の人によって強制されることができるだけ少ない状態(F.ハイエク)」を意味する。

しかし、個々が自由を追求すれば、どこかで衝突することもある。そこで、後から「国家」と「法」が必要になってくる。異なる自由が衝突したときは、「法」によって決着をつけるしかないのだが、その際に説明を求められるのは自由な「個人」の側ではなく、「法」の側である。だからアメリカは訴訟社会になる。

今回も「合法性」が争点になっている。

解任されたイエーツ司法長官代理が大統領令に従わなかったのは、大統領令が「合法」だと確信できないからであり、「倫理」の面でも問題があるからだと発言している。イエーツ氏の解任後、司法省は「大統領令は「合法」なもので、適切に作成されていると判断している」と発表した。

一方、ワシントン州(マイクロソフト、スターバックス、アマゾン・ドット・コムの本拠地)はシアトル連邦地裁に大統領令を「州の経済に損害を与える」上、「違憲」であるとして提訴。その結果、連邦地裁は州の訴えを認め、大統領令の効力を停止する仮処分決定を下した。今のところトランプ大統領側が劣勢のように見える。しかし、決着はまだ付いていない。今後、連邦高裁や連邦最高裁の判断はどちらに傾くか分からない。

イエーツ氏やワシントン州とトランプ大統領の言い分の、どちらが正しいのだろうか。

衝突する2つの「自由」

この件に関する一連の報道では、トランプ大統領は自由の敵で、反トランプは自由の擁護者のように位置づけられることが多い。しかし、トランプ大統領にも「自由」の擁護者としての側面がある。

衝突する2つの「自由」

つまり、2つの自由が衝突しているのだ。だから、「法」や「倫理」に判断が委ねられることになる。なお、反トランプ側が求める自由のうち、合衆国や州の法律に抵触する可能性があるのは「1」である。

その理由は、今回の大統領令が「アメリカのグリーンカード(永住権)を持つ市民」と「合法ビザを持つ人」も対象になっているからである。例えば、「グリーンカードを持ってシリコンバレーで働くイラン人」は、90日間は海外からアメリカに入国することができない。つまり、アメリカ国籍を持たないアメリカ市民の自由が脅かされている。実際、グーグルは対象となる187名に緊急帰国命令を出したという。ジョン・マケイン議員など共和党の大物たちが批判しているのは、この点である。合法ビザやグリーンカードを持っていて入国できないというのは、違法となる可能性がある。

さて、アメリカのグリーンカード取得者が対象になっている点を除けば、1~3は全て「アメリカ市民ではない人」に関する自由である。つまり、アメリカ市民の自由は何も脅かされていない。むしろ、トランプ政権は90日間の準備期間に入国審査を見直すことで、テロの危険を低減しようとしている。だから、トランプ大統領の論理に従えば、今回の施策によってアメリカ市民は「テロという暴力からの自由」を獲得できる。

では、トランプ大統領に反対する立場の考えはどうかというと、先に挙げたように、共和党の主流派は、入国禁止が合法ビザ取得者やグリーンカード取得者に適用されることを問題視している。しかし、熱心な民主党支持者や今回の大統領令に対してデモ行進を行っている人たちは、それだけに反対なのではない。1、2、3の全て反対にという人が多い。

なぜ、こうした人たちは「米国以外(紛争国)の人が、米国に入国する自由」まで擁護するのだろうか。トランプ大統領が推進する米国民の自由(テロの不安からの解放)は、後回しにしていいのだろうか。

反トランプ側の言い分には色々あるが、「自由を求めてやってくる移民を排除するのは、アメリカらしくない」という点で共通している。つまり、「自由を適用する範囲」が異なるのだ。

なぜ、自由を適用する範囲の違いが生まれてしまうのか。

ナショナリストとグローバリスト

その理由は、何を「正しい行為」とするかの違いにある。すなわち、倫理観・道徳観の違いだ。

イエーツ前司法長官代理は、「合法性」と同時に「倫理性」を問題にしていた。では、彼女から見てトランプ大統領はいかなる倫理規範に抵触したのだろうか。それは「人々を政治的、宗教的な理由で分け隔ててはならない」という倫理規範である。ゆえに、イスラム教徒が多い国の国民を、政治的な理由で差別するのは、倫理的に正しくない行為となる。

ちなみに、こうした倫理は「合衆国憲法」にも反映されている。反トランプ派が大統領令を「違憲」とする根拠は、「ある宗教を他の宗教よりも公式に優遇することはできない」とする憲法修正第1条の国教条項である(1982年連邦最高裁判決)。しかし、トランプ大統領も反論しているように、米国は世界のイスラム教徒の大多数にとって開かれているため、法だけでは大統領令を否定しにくい(私見だが、今回の大統領令は連邦最高裁でも違憲にはならないだろう)。だから倫理や道徳の出番となる。

一方のトランプ大統領側は、異なる倫理に従っている。それは「国家の指導者は、何よりも自国の市民と自国の文化に忠誠を尽くすべき」という倫理である。ゆえに、他国の人がアメリカに入国する自由よりも、自国の市民の安全を重視するのは、倫理的に正しい行為となる。また、アメリカ文化はイスラム教徒を排除しないが、基本的にキリスト教文化の国である。米国市民ではないイスラム教徒にまで忠誠を尽くす理由は無い。

こうした違いについて、政治的右派と左派の研究で有名なジョナサン・ハイト(ニューヨーク大学)は、次のようなキーワードで整理している(筆者意訳)。

  

この分類に従えば、A:ナショナリスト=トランプ的、B:グローバリスト=反トランプ的、になる。

反トランプ的なグローバリストたちは、「目の前で溺れている子供に対する道徳的義務と、南スーダンで飢えている子供に対する道徳的義務は等しい(P.シンガー)」と考える。したがって、あからさまに目の前の国民を優先するトランプは「反道徳的」な人物であり、大統領令の「倫理性」には問題があることになる。

しかし、この考え方は新しいもので、過去数十年の間に登場したものだという(J.ハイト)。人類はその歴史の大半において、地縁や血縁、宗教などによって固く結ばれたコミュニティの中で生きてきた。ナショナリストは「親密な愛情や忠誠を強調するし、それは本物のコミュニティにとって必要なもの(D.ブルックス)」でもある。だから、こうしたトランプ的な世界観を「独善的」として片づけるのは間違いだろう。

トランプ大統領は自由と平等を踏みにじる不道徳な人物なのではない。それはグローバリストによる一方的な見方である。トランプ大統領は、コミュニティの親密な愛情や忠誠を重視する「ナショナリスト」なのだ。良く考えたらレーガンやブッシュも「ナショナリスト寄り」だったのだが、アメリカを「世界の警察」と位置づけていた点で、グローバリストでもあった。トランプ大統領がこれだけメディアから叩かれるのは、「グローバリスト全盛」の時代において、ナショナリストであることを貫いているからだ。

トランプのことが気になる理由

そろそろ、私の本音を吐露しよう。

日本人である私が、なぜ米国大統領であるトランプの言動に興味を持つのか。正直なところ、オバマに対する興味よりもトランプ大統領に対する興味の方が数段上である。最近まで、自分でもその理由が分からなかった。

私は、現代における「知性と良識ある人間」とは、アップルCEOのクックやオバマのような「グローバリスト」だと考えていた。だから、自分はグローバリストの側であろうとしていたし、そちら側の人間だと思っていた。グローバリストの立場から見れば、ローカルな共同体にこだわる人は知性的ではなく、良識を備えていない人物だと判断される。トランプや側近のバノンに対するマスコミの批判は、まさにこれである。

しかし、トランプ大統領は、私に語りかける。「お前は、国境も宗教もなく、人間はみな平等に扱うべきだというが、本当にそう思っているのか?」、「お前が俺(トランプ)を嫌うのは、自分が『グローバリストもどき』だということを、認めたくないからじゃないか?」と。

確かに、自分はシリアの難民と自分の親戚を同じように心配しているだろうか。そこまでじゃなくても、自分の隣近所にシリアからの難民が大勢押し寄せたときに、同じ市民として歓迎できるだろうか。トランプ大統領の言動について、自分の属するコミュニティ(国や企業など)への影響ばかり気にしていないか。

皆さんはどうだろう。

正直に認めよう。私のトランプ大統領に対する「怖いもの見たさ」の感情は、「グローバリストもどき」の後ろめたさである。トランプの発言は、我々の道徳観と倫理観に向けられているのだ。
 

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