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第10回 シンガポールに抜かれた日本

投稿日:2008/07/10更新日:2019/04/09

積極的な開放政策が功を奏したシンガポールが、1人当たりGDPで日本を抜いた。中国、インドが台頭し、アジアの経済地図が塗り変わっていく中での小国の躍進。日本にとっての示唆とは何か。グロービス経営大学院客員教授・田崎正巳が考察する。

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7月5日付け日本経済新聞夕刊に出ていた記事が目に留まりました。記事は、

「アジア一豊かな国はシンガポール――。国際通貨基金(IMF)の調査で、2007年のシンガポールの1人当たり国内総生産(GDP)が3万5000ドルを超え、日本の約3万4300ドルを抜くことが明らかになった。資源に乏しいシンガポールは積極的な外資・外国人の誘致策で経済の活性化に取り組んでおり、市場開放が後手に回った日本との違いが鮮明になった格好だ」

とありました。来るべきものが来たか、とは思いましたが、正直言って、「こんなに早く抜かれたの」という気持ちもあります。

私が初めてシンガポールに仕事で行ってからもう20年を超えてしまいました。古い中国の顔がちょっぴり残っていたあの華僑の国、1人当たりGDPはまだ日本の半分くらいしかなかった小国、マレーシアから分離独立するとき、マレーシア人に「かわいそうに、シンガポールはあんな小島でこれからどうやって生きていくのだろう」と、同情された島国。立派になりました。

シンガポールの成長は大変嬉しいことです。問題は、ずっと似たようなGDPが続いている日本でしょう。日本経済の低迷ぶりは、重々承知していましたが、頭のどこかで、「そうはいっても、アジアでは日本が一番に決まっている」というのがまだ残っていました。世界でダントツだったアメリカが、なんかよく知らない東洋の小国に抜かれた時もこんな気分だったのかな、と思います。でも、これは一時的な現象ではなく、間違いなく今後の傾向として続いていくのでしょう。

国の競争力の源泉は、本当に企業経営と似てきているなと思います。今の1人当たりGDP上位国は、ほとんどが人口1000万人以下の小国です。もう大国の時代は過ぎようとしているのかもしれません。

企業は専業優位の時代に

まず企業経営の観点です。

昨年亡くなられたジェームス・C・アベグレンさん(ボストン・コンサルティング・グループ日本支社の設立者で、日本企業についての研究の第一人者)が書かれた『新・日本の経営』(日本経済新聞社)という本があります。

アベグレンさんは、戦前からNECや住友電工を研究していたほど日本企業に精通していましたが、本の中で、もう「多角化総合組」は負け組となった、とおっしゃっています。「新・日本の経営」では総合電機9社(日立、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ソニー、松下、三洋、シャープ)と専業9社(TDK、ヒロセ電機、京セラ、マブチモーター、村田製作所、ローム、キーエンス、ファナック、日本電産)を比較しています。

同じ9社ずつですが、知名度、プレステージ、企業イメージなどでは比較にならないほど総合の方が高いでしょう。ですが、経営指標となるとどうなるでしょうか?データはやや古いですが、この本では2002年度をベースに比較しています。

売り上げ規模は、総合9社の1社平均は5兆円であるのに対して、専業9社の平均は総合の1事業部にも満たないであろう、1社平均3100億円でしかありません。ですが、過去5年間(1997年から02年)の売上高平均成長率、過去5年間の年平均純利益率など、多くの経営指標は専業の方が上回っています。

つまり、総合だ、規模だというメリットは、その会社に対して「大きさ」や「立派さ」を感じている人以外にはほとんどないのが実態なのです。

同じ電機業界で、こうも差が出るのはなぜなんでしょうか。私は、戦略なき総合化、多角化が意味をなさない時代に入って来たのだと思います。総合電機といわれるところは、多少の差はあれ、テレビも作れば半導体もやる、パソコンも作れば携帯電話もやるというように、ほとんど横並びで事業を広げてきました。せいぜい重電系と家電系で違いがある程度です。

これは、国家や市場が必ず右肩上がりで成長するという時期にはありえたビジネスモデルかもしれません。理屈は、「テレビも冷蔵庫も半導体もあれもこれも、たくさんの事業を手掛けておけば必ず成長事業に当たるから、広げておこう」というものです。

つまり上手く経営できた人は15%成長で、下手な人でも5%成長を実現できたという、恵まれた時代にだけありえたモデルでしょう。「誰でも参加するだけで成長の恩恵にあずかれる」時代はとうになくなったので、今は上位1~3社しか生き残れないし、オイシイ思いはトップ企業しかできない時代です。

今は逆に、「たくさん事業を抱えていると、必ず赤字事業、問題事業を抱えてしまう」というリスクの方が大きいわけです。だから、日立でもNECでも、A事業を立て直している間にB事業が赤字になり、B事業に目を向けるとC事業がシェアを失っていくという、モグラたたきがいつになっても終わらないのです。現にこれらの企業はもう何年間も、「今期はリストラを徹底します」とか「集中と選択をやります」と言っているような気がします。

他方、専業はその名の通り、専業です。社長以下、研究開発、生産、営業に至るまで、その専業である事業のことばかり考えていて、その事業での浮き沈みのリスクを考慮しても、そこに集中して環境の変化に対応している優位性があるのでしょう。つまり、環境変化対応力が優れているのです。

日本は小国家の連合体を目指すべき?

国家も、これに似た状況になってきているのだと思います。日本は、「ハイテクだ、自動車だ」と言いながら、ITも金融も農業も食品も化学も鉄鋼も、あれもこれもなんでも頑張らないといけないわけです。世界規模での競争を考えた時に、これら全てにいつでも勝ち続けるなんてもはや不可能です。

トヨタがちょっと頑張っても足を引っ張る産業が必ずあるので、平均値としての1人当たりGDPはもうあまり伸びないのでしょう。あのアメリカですら、もう総花的に全部勝つなんて不可能です。シティバンクがおかしくなり、GMの株価が10ドルを切ってしまっては、多少の元気のいいベンチャーが出たところでとても補えるものではありません。ドイツやフランスなど従来の大国といわれるところはどこも似たようなものです。

一方、小国は違います。優れた指導者がいて、どこに集中するか決めて、着実な手を打てば経済成長はできるでしょう。いくつもの事業で同時に成功させるなんて難しいことは言わなくていいわけです。グローバル市場から、ある事業の特化された市場を取って、それを少ない人口で「割り算」すれば、おのずと1人当たりGDPは上がります。

スイス、ルクセンブルグの金融、フィンランド、アイルランドのITなどその典型でしょう。これらの国には、トヨタもGEもないけれど、それでも十分成長できるのです。シンガポールは、金融に加えて、「地域の顔」でもあります。東南アジアのみならず、アジアの表玄関といえるでしょう。最近教えてもらった言葉に「MICE」(マイスと読みます)という、ビジネス客が多数来訪する分野を総称する旅行会社用語があります。Meeting,Incentive,Convention,Eventの略ですが、会議やイベントなどの開催はアジアではシンガポールがナンバーワンなんだそうです。これも立派なNO1ビジネスです。

先日のエコノミスト誌には、「これからのアジアの大国は、中国とインドである」とありました。時代は着実に変わっています。私がヨーロッパの投資家と仕事をしていた15年前には、「日本」などと声高に言う必要はありませんでした。いつも、「アジアへ投資を!」と言っていればよかったのです。

なぜなら、その頃はアジアの経済の90%近くを日本が占めていたので、アジア≒日本でした。でもこれからは、「規模では中国、インド、1人当たりではシンガポール」となっていくのでしょう。

じゃあ、日本は何ができるのか。何をすべきなのか。日本国内に「疑似小国家」を作ることかなと思います。道州制でもなんでも形は構いませんが、中央の小役人が余計な口出しができない状態をどう作り上げるかがカギでしょう。

日本という国は、アジアの老大国として謙虚にアジアの一員らしくふるまっていくのが意外と正しい道なのではないでしょうか?指導国ではなく、一平和国家として。独立心溢れる小国家の連合体となっていれば、尚いいですね。

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