第5回 ストレスを理解する 

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ストレス過剰時代には“社員の心のありよう”が会社の業績を左右する――。個人あるいは職場全体のストレス状況の把握から、早期予防、事後対策、職場復帰に至るソリューションを、先進企業事例とともに解説した書籍、『ビジネススクールで教えるメンタルヘルスマネジメント入門―適応アプローチで個人と組織の活力を引き出す』(佐藤隆・著、グロービス経営研究所・監修)から、「第1部 基礎編」の内容を、今回、発行元であるダイヤモンド社のご厚意により、特別に抜粋して5回連載として再掲載します。最終回となる今回は、ストレスについて詳説します。

ストレスとは何か

適応アプローチを理解するうえで最も重要な概念が、これまでにも当たり前のように使ってきた「ストレス」という考え方です。日常用語としても定着した感のあるストレスについて、あらためて整理しておきましょう。

もともと「ストレス(stress)」は、物理学の用語で「ひずみ」の意味で、これが転じて、生理学的な心身の「歪み」を生じた状態を表す意味でも使われるようになりました。

ストレス学説の生みの親であり「ストレス学の父」といわれるカナダの生理学者、ハンス・セリエ*1(1907-82)は、36年の『ネイチャー』誌*2およびアメリカ医学誌に「種々障害性作因によって引き起こされる一症候群」という論文*3を発表し、そのなかでストレスという語を初めて公式に使用しました。セリエは後にカナダ・ストレス研究所*4を設立し、ストレス研究の基礎を築いていきます。

ストレスに関する誤解

あなたは、どのくらいストレスについて正しく理解しているでしょうか。以下の質問が正しいかどうか考えてみてください。

(1)ストレスは悪いものだから、消し去るべきである。
(2)うつ病の原因は、ストレスであり、身体の病気ではない。
(3)のんびりした田舎暮らしではストレスが少なく、大都会に多い。
(4)パーッと飲んで食べて歌って発散するなどは効果的なストレス解消である。
(5)精神的に弱い人がストレスに弱い。

「はい」は、いくつあったでしょうか。実は、これらはすべて間違いなのです。ストレス反応は、必ずしもネガティブなものばかりではありません。ストレスは「身体がエネルギーをつくり出していくメカニズム」ともいえます。人間は原始の時代から、生き抜くためにストレスと戦うか回避するかを選ぶことを繰り返してきました。適度なストレスがあるからこそ人間の目標や努力が生じ、やる気が養われるのです。ストレスのない生活は、心身の退化を招きます。適正なストレスが健康と生産性を向上させます。セリエは「ストレスは人生のスパイスである」という言葉を残しています。*5

しかし一方で、ストレスは不快感情を引き起こし、やがてストレス疾患をもたらす可能性があることは疑いようのない事実です。

では我々は何をすべきなのでしょうか。第一にストレスというものをよく知ることです。ストレスのメカニズムを知ると同時に、何がよいストレスで何が悪いストレスかを峻別する必要があります。第二に、ストレスを上手にコントロールしていかなくてはなりません。同時にストレス耐性(stress tolerance:ストレスに耐える力)を高め、免疫力を向上させることも重要です。この第二の点については、『ビジネススクールで教えるメンタルヘルスマネジメント入門』第3部1章のコーピング(対処法)で解説します。

以下、ストレスについてさらに詳細に見ていきましょう。

ストレッサーとストレス反応

ストレスを発生させる原因や環境(作用因子)をストレッサー(stressor)、ストレッサーによる生物的・心理的・社会的反応のことをストレス反応(stress reaction)といいます。たとえば、寒くて鳥肌が立つという場合、「寒い」がストレッサーで「鳥肌が立つ」がストレス反応です。

こうした例からもわかるように、ストレスとは本来、作用因子であるストレッサーに対する生体の防御反応、あるいは、生体が変化に適応していくための必要不可欠なメカニズムなのです。

ストレッサーは下の表のように分類できます。このなかで「心理的なもの」は、他のストレッサーから引き起こされることが多いのですが、それが新たなストレッサーとしてストレスを引き起こします。

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心理学的観点から見たストレス

セリエのストレス論は医学的見地からのものでしたが、R・S・ラザルスは、心理学的観点からストレス論を展開しました。これは、ストレスがあっても、受け手がそれをどのように認知するかによってストレスが異なるという理論です。本書でもおおむねこの考え方を採用します。

人間はストレッサーがあった場合、防衛的観点からそれが自分にとって有害かどうかを考えます。そしてストレッサーをどのように認知するかを「評価(appraise)」と呼びます。ストレッサーが「有害でない」と認知されればストレスは生じません(一次評価:primary appraisal)。

ここで有害と感じられたときは二次評価(secondary appraisal)に移ります。二次評価では、その事態に対処する「効果的な方法を知っているか(結果期待)」と「その効果的な方法を実行できるか(効力期待)」が評価されます。結果的に「対処できる」と考えたときにはストレスは緩和され、「対処できない」としたときにはストレスは高じます。

過去に同様のストレスを克服した経験があれば、あまり大きなストレスにはなりませんし、まったく初めての問題であれば不安感が増して大きなストレスになります。つまり、ストレスに対する対処能力の有無によって、ストレスを受けるかどうかが異なるのです。

言い換えれば、ラザルスの理論では、心理的ストレス反応を決めるものは、認知的評価(ストレッサーを有害なものと認知するか否か)と対処(コーピング、適切な対処がとれるかどうか)の結果ということになります。認知-評価-対処-結果というプロセスになります。

ラザルスはまた、私たちの大きな人生上の出来事よりも毎日の生活で持続している小さな苛立ちがストレスになると考え、これを「デイリーハッスルズ(日常の苛立ちごと)」と呼びました。ラザルスは、ほんの些細なイライラ(人間関係のトラブルや給料が上がらない、通勤の混雑、仕事や勉強がうまくいかない等)の積み重なりの持続が、大きなストレス要因となると考えました。誰でも大きなストレスになるような出来事でなくとも日常生活の小さなイライラのようなストレスの積み重ねが心身の健康に影響を与えるという考え方です。職場のストレスもこの日常的イベントの一つと考えます*6。

職場のストレスモデル

次に、ビジネス・パーソンが感じる職場のストレスについて説明しましょう。職場におけるストレス反応のモデルにはさまざまなものがあります。本書では、米国労働安全保健研究所(NIOSH、National Institute for Occupational Safety and Health)の「職業性ストレスモデル*7」に準拠しています。下の図は、そのNIOSHの「職業性ストレスモデル」を筆者が一部改変したものです*8。なお、NIOSHモデルのほかに、「ミシガン・モデル*9」、「職業ストレスモデル*10」、「仕事要求-コントロールモデル*11」、「努力-報酬 不均衡モデル*12」といった職業性ストレスモデルの理論があります。

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このモデルでは、仕事上のストレス要因(職場環境や人間関係)が、ストレス反応(心身の不調)を引き起こし、その状態が継続すると疾病につながると考えます。

さらに、媒介変数として、個人的要因(性格や年齢)、仕事外の要因(プライベートの問題)、緩衝要因(上司や家族のサポート)を考えます。これらの変数の違いによって、同じストレス要因にさらされた場合でも、表出するストレス反応が異なってくるのです。

『ビジネススクールで教えるメンタルヘルスマネジメント入門』第2部では、媒介変数のなかでも個人的対応が可能なものとして、ストレスを高めてしまう「性格(ストレス受容性格)」の把握方法について解説します。

コラム:セリエによる一般適応症候群の三つのステップ

外界からストレッサーが加わると、生体内部の状態を一定に保とうとするホメオスターシス*13(恒常性維持機能)が働き、緊張状態になります。これがストレス状態です。ストレス状態が続くと、適応症候群となります。セリエはこれを、一般適応症候群*14と呼び三つのステップを経ると考えました。

(1)警告反応期(alarm reaction)
ストレッサーによるショックに対する生体反応である血圧、体温、血糖の上昇等に対して、ホメオスターシスが働く段階。ネズミにストレスを与えると、副腎、リンパ腺、心臓と胃壁に反応が見られます。これはストレッサーに対する最初の反応として起こる生体防衛反応です。血圧、体温、血糖の上昇等に対して、すぐに警告を発し、ホメオスターシスを保つための指令を送る等の機能が働いている状態です。

(2)抵抗期(stage of resistance)
適応のためのエネルギーが使用される段階。ストレッサーから身体を防衛するための反応(たとえば緊張状態など)が起こります。警告反応期から抵抗期に進む時期、外見上の変化はありません。セリエの実験では、ストレスにさらされつづけたネズミは、急に同じレベルのストレスにさらされたネズミより高いレベルの緊張状態になることがわかりました。ストレッサーから身体を防衛するための反応が続く状態では、適応のためにエネルギーが使用されます。

(3)疲はい期(stage of exhaustion)
身体のエネルギーには限界があります。(2)のような抵抗状態のためにエネルギーが消費されつづけると、いずれは枯渇し、生体は消耗し、病気もしくは死に至るのです。ネズミの場合はストレスにさらされつづけると数週間で疲はい期に至り、死んでしまいます。

*1 1907年ウィーン生まれ。プラーグ大学で医学を学び、カナダのマギール大学で研究を進めた。セリエ博士は、4代にわたる医者の家系で、ハンガリー出身。
*2 ハンス・セリエ「ネズミの母体内胎盤の生理研究」『Proceedings of Royal Society』1935年、イギリス
*3 Selye,H. A Syndrome Produced by Diverse Necuosus Agents. Nature, 138,32.
*4 1979年にセリエ博士、アール博士、トフラー博士と藤井尚治博士、および7人のノーベル賞科学者によって設立されたストレス学の世界的研究所。
*5 セリエは、今は大変だけど将来の希望ややりがいにつながっているような「よいストレス」と、意味のない強制的な労働によってもたらされるような「悪いストレス」を分けて考えている。
*6 『ストレスとコーピング』林峻一郎・編訳、R・S・ラザルス講演、星和書店、1990年
*7 Hurrell,JJ McLaney,MA:Exposure to job stress.-A new psychometric instrument scand 5work Environ Health,14(suppl.1)22-28 1988
*8 『ストレス心理学』小杉正太郎・編著、大塚泰正、島津明人、田中健吾、田中美由紀、種市康太郎、林弥生、福川康之、山崎健二・著、川島書店、2002年
*9 Kahn,R., Wolfe,D., Quinn,R., Snoek,J., & Rosenthal,R. 1964 Organizational Stress:Studies in role conflict and ambiguity. John Wiley & Sons: New York.
*10 Karasek, R.A.and Theorell,T.1990 Healthy Work: Stress, Productivity, and the reconstruction of working life. Basic Books: New York
*11 Cooper, C,L.& Marshall,J.1976 Occupational sources of stress: A review of the literature relating to coronary heart disease and mental ill health .Journal of Occupational Psychology,49 , 11-28.
*12 Siegrist , J. 1996 Adverse health effects high-effort/low reward conditions. Journal of health psychology, 1, 27-41.
*13 生物の内部を一定の状態に保つ働きのこと。たとえば、暑くなると発汗を促し、寒くなると身が震えて体温を保とうとすることを指す。
*14 この一般適応症候群に至るプロセスを、セリエは「ストレス概念(stress concept)」と呼び、stress theoryとは距離を置いている。また、ストレス病とは呼ばず、「適応の病気(disease of adaptation)」と呼んでいる。

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