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アップルのiPodを「ブルー・オーシャン戦略」で解説する

投稿日:2008/06/18更新日:2019/04/09

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グロービス経営大学院でベンチャー戦略の教鞭を取る岡村勝弘氏による新連載。事業創造、変革の特筆すべき事例を取り上げ、ビジネススクールなどで学ぶフレームワークを用いながら、独自の視点で、そこから得られる学びを詳説する。第2回は、アップル復活を率いた音楽プレイヤー「iPod」シリーズについて。

アップルの携帯デジタル音楽プレイヤー「iPod(アイポッド)」を知らない人は、もはやいないだろう。Windows 95の発売来、パソコンのプラットフォーム争いではウィンドウズ陣営に完敗した同社(当時はアップルコンピュータ、2007年1月に社名をアップルに改称)を、完全復活せしめた立役者である。2001年の発売来、急速に市場を席巻し、街行く人のイヤホンをトレードマークとも言える白色のものに塗り替えていった。

iPodは、どれほど売れているのだろう。調査会社のBCN総研が発表している携帯デジタル音楽プレイヤーの機種実売ランキングを見ると、1位から14位までは全てiPodシリーズ。15位から17位に、ようやくソニーのウォークマンシリーズが登場する圧倒的な強さを見せている。同・調べによると2007年12月時点での日本の国内シェアはアップル54.8%、ソニー28.8%と、ソニーが追い上げを見せているものの、米国では依然、アップルが7割のシェアを握っているという。

売れているのは、プレイヤーだけではない。2008年4月4日、アップルは、同社のオンライン音楽・動画配信サイト「iTunes Store」が、ウォルマートを抜き、全米第1位の音楽小売業者となったことを発表した。iTunes Storeは、iPodユーザーらがパソコン上で使用する音楽再生・管理ソフト「iTunes」を通じ、600万曲(日本では500万曲)からなる世界最大のミュージックカタログを約5000万人の顧客に向けて提供。2003年4月の開設来(開設当時の呼称は「iTune Music Store」、日本では2005年8月にサービス開始)、40億を超える楽曲を販売してきた。

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米国証券取引委員会(Seculity Exchange Commission)による電子開示システム「EDGAR」で確認すると、2007年のアップルの売上高240億ドル、純利益34億9600万ドル(売上高純利益率14.6%)に占めるiPodのシェアは、iPod本体の売上高83億500万ドルに関連売上高24億9500万ドルを合算すると、売上高全体の45%にも達する。わずか5年前、2003年の同社売上高62億ドル(純利益6900万ドル、売上高純利益率1.1%)に占めるiPodのシェアは6.14%(iPod本体の売上高3億4500万ドル、関連売上高3600万ドル)であるから、パソコン「Macintosh」シリーズを中核としていたアップルの事業構造が、極めて短期間に大きく転換したことは明確に見てとれるだろう。

「ブルー・オーシャン」を引き出す「戦略キャンパス」と「4つのアクション」

さて今回は、iPodの成功を「ブルー・オーシャン戦略」にあてて説明してみたい。ブルー・オーシャン戦略は、前回紹介した「デルタモデル」よりは知名度も高く、多くの経営者が実践しようともしているため、詳細を知っている人も多いだろう。

『ブルー・オーシャン戦略』(W・チャン・キム、レオ・モボルニュ・著、ランダムハウス講談社・刊)によると、(ブルー・オーシャン戦略は)「ライバル企業を打ち負かそうとするのではなく、むしろ、買い手や自社にとっての価値を大幅に高め、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にする」こととある。しかも、競合を大きく凌駕する全く新しい技術の投入や、市場参入のタイミングによって勝機を取るのではなく、差別化と低価格化を同時に満たし、顧客にとっての「バリュー・イノベーション」を実現すれば、従来品の延長線上にあるような技術・商品であっても広いビジネスの地平を切り拓けるものとしている。

アップルは、ソニーや松下電器産業などが携帯デジタル音楽プレイヤーの技術・デザイン競争に明け暮れているそのときに、後発で性能的には大差のない商品(むしろ低いという見方すらある)を投入して圧勝した。そして今も圧倒的なシェアを維持し、高収益を上げている。まさに、血みどろの競争が繰り広げられている場(レッド・オーシャン)を尻目に、未知の市場空間(ブルー・オーシャン)を切り拓いたと言える。

ブルー・オーシャン市場を自社のものにできれば素晴らしいことは理解できる、しかし、どうやって切り拓けばいいのか。アップルの拓いた市場と、ソニーや松下が凌ぎを削った市場は具体的に何を異にしていたのか。

ブルー・オーシャン戦略では、ブルー・オーシャン市場を築きたい人のために「戦略キャンパス」、「4つのアクション」と呼ぶツールを用意している。順を追って説明しよう。

ブルー・オーシャン市場を探すために、まず既存の市場について戦略キャンパスを作成する。市場で競合各社が何に投資しているか、製品、サービス、配送などの何を強みにしているのかを横軸に取り、顧客にとっての各要因の価値の高さを縦軸に示す「価値曲線」を作るのだ。これを携帯デジタル音楽プレイヤーで説明すると例えば以下のような図ができる。

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ここで着眼すべきは、当該の市場がレッド・オーシャンであるとすると、競合各社、自社ともに多少の差異はあれど、基本的には酷似した価値曲線を描くということだ。競争の激化したレッド・オーシャンでは、競合の提供する製品・サービスに対して遅れを取ることがないように目を光らせ合うため、次第に非常に似通った価値を提供するようになる。

一方、ブルー・オーシャンでは、これらと異なる価値曲線を目指すことが重要となる。この際、全く新しい技術などによって、これまでにない市場の創造を目指すのではなく、既存市場を決定づける要因を問い直し、市場を再定義するのがブルー・オーシャン戦略の大きな特色の一つである。

具体的には、「4つのアクション」によって、(売り手が重要と考えているが)買い手が不要と考える要因を除き、他方で既存市場では提供されていなかった新たな価値を追加する。「Eliminate-業界常識として製品やサービスに備わっている要素のうち、取り除くべきものは何か」、「Reduce-業界標準と比べて思いきり減らすべき要素は何か」、「Raise-業界標準と比べて大胆に増やすべき要素は何か」、「Create-業界でこれまでに提供されていない、今後付け加えるべき要素は何か」という検討を経て、低価格化と差別化の双方を満たす「戦略キャンパス」を再構築していくのである。

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ハードの開発よりも権利関係の問題解決を勝機に

図1、図2ともに、正確な事実に基づかない点もあるが、iPod開発当時の状況を推察しながら筆者が独自に作成してみた。

まず当初のアップルは、ソニーなどに比べて技術優位はないと考えた。また、大量生産を担保できていない状態では、精密機械の製造技術も高くはないと判断した。ブランド力も、長く携帯音楽プレイヤーを販売してきたソニーらと比べると見劣りする。

しかし一方で、「ナップスター」など、インターネット上の配信サービスを利用して音楽を無料で楽しむパソコンユーザーが台頭してきた米国では、手持ちの音楽CDから楽曲を携帯プレイヤーに移し変えるよりも、好きなときに好きな曲だけをダウンロードして聴くことが当たり前となりつつあった。ユーザーは、新曲を誰よりも速く手に入れたい。しかも簡単に。無数にある音楽から好きなものを探し出すためには検索性も重要だ。

インターネットを介した音楽配信サービスは、ソニーも1999年12月に先鞭をつけている。しかし、自らも音楽レーベルを運営するソニーは、コピー防止にこだわった。加えて、「ATRAC」と呼ぶ独自の圧縮技術に固執した結果として、多くの楽曲を集めることができなかった。他方、自社レーベルというしがらみのないアップルは、各社から音楽・動画といったソフトを集積してくることができた。また、多くのミュージシャンやデザイナーが愛用するパソコンを提供してきた背景から、最初から一定数の音楽のヘビーユーザーを顧客として抱えている強みもあった。

アップルが、こうした「戦略キャンパス」を描いてiPodの戦略を検討したかは無論、定かではないが、市場環境や自社の強みについて検討する過程で、プレイヤーの性能競争やマーケティング競争に正面から参入するのではなく、コンテンツ(楽曲)の権利関係に関わる問題解決こそが自らの強みを引き出すことに気づいていったのではないかと筆者は推測している。

さて、iPod発売後の快進撃については多くを語るまでもないだろう。

2001年11月、初代iPodはMacintosh専用で、約1000曲を格納できる5GB HDD搭載、重さ185gのモデルとして399ドルで発売された。翌7月、第2世代iPodはWindowsにも対応、10GB(399ドル)、20GB(499ドル)と容量を格調した。2003年4月には、“ultrathin”の第3世代を発表、価格も10GBで299ドル、15GBで399ドル、30GBで499ドルと、更に引き下げた。

このように市場を開拓した後には、製品の競争力を上げるために、急速に性能の向上、価格の低減を図り、世代交代させていった。また、ユーザーのセグメントに合わせ、「iPod nano」、「iPod shuffle」などシリーズを拡充。国際展開も急ぎ、日本でも後発ながら首位になった。音楽だけではなく写真や動画にもカバー範囲を広げ、これら技術を引き下げ、2007年6月には「iPhone」を発売。携帯電話市場に参入するに至った。クラスで、1999年代のアップルコンピュータを描いたケースなどを学んだ人から見ると、信じられないほどの復活劇ではないかと思う(このケースから、その後のアップルの大躍進を言い当てられる人は、まずいないだろう)。

この間、競合はどうしていたのか。ソニーは1979年のカセットプレイヤー「ウォークマン」の発売来、携帯音楽プレイヤーの市場で長くリーダーとして君臨していた。デジタルプレイヤーにも1999年にはフラッシュメモリー内蔵のウォークマンで、いち早く参入。同時期に音楽配信サービス「bitmusic」を始めていたことは先にも述べたとおりだ。

2004年には、アップル追撃に向けて米国にコネクトカンパニーを設置。オーディオ製品同士を接続して付加価値を創出することを目指し、ハードウェアだけではなく、コンテンツ配信ビジネスにも本腰を入れた。しかし現時点では、まだ充分な結果が出ているとは言いがたい状況だ。日本でもアップルに大差を付けられているものの、昨年よりシェアを伸ばし始めており、復活の萌芽が見られないわけではない。

フレームワークは考える一助となるツール

今回は、iPodという身近で分かりやすい商品について「ブルー・オーシャン戦略」で検討してきた。携帯音楽プレイヤーという、一見すると参入障壁の非常に高い製品群を、新たな捉え方をすることで従来にない市場開拓につなげ、他社と血みどろの戦いをすることなく勝ち続けているという意味では、非常に適切な事例だったと思う。しかし一方で、実際に手を動かして「戦略キャンパス」を作成してみると、このツールによって本当にブルー・オーシャンを発見できるのか、「4つのアクション」だけでビジネスプランを精査していくことには無理があるのではないかと、疑問も残る。

ただ、もとより「フレームワーク」というのは、そうしたものなのだ。どれほど有名なものであっても、既存のフレームワークだけで現実のビジネスを完璧に説明することは難しい。フレームワークは、物事を整理し、考えるためのツールに過ぎず、まずは既存のフレームワークを使って何が分かるか、説明できるか、逆に何が分からないか、おかしいところはどこか、と検討しながら、徐々に結論に近づく一助として活用していくことが肝要だ。本連載で行っているように様々なフレームワークを取り上げ、実際に当てはまりそうなビジネスの事例を探し、個々のフレームワークの長所・短所を体得していくことも、良いトレーニングになるだろう。著名なフレームワークを知識として覚えるだけではなく、日々、考えるツールとして使ってみること。その過程こそが、新たな視点の獲得、経営力向上につながるものとして重要と、筆者は考えている。

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