リスクフリーレートは本当に無リスクなのか? 

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今回は、ファイナンスで企業の資本コスト(WACC)を求めたりするときに登場するリスクフリーレートについて考えてみましょう。

まずはリスクフリーレートと資本コストの関係のおさらいです。資本コストは基本的に有利子負債のコストとエクイティのコストの加重平均で求められます。ただし、単なる加重平均ではなく、有利子負債のコストについては節税効果が働くため、実効税率を差し引いて掛け算した上で加重平均を求めます。資本コストはプロジェクトのNPV(正味現在価値)を求める際などに不可欠な超重要コンセプトです。

リスクフリーレートは読んで字のごとく、無リスクの金利(利回り)を指します。それにβ(市場全体に対するその株式の感応度)とマーケットリスクプレミアムの積を足したものがその企業のエクイティのコストとなるとファイナンスでは考えます。

教科書を読むと、リスクフリーレートは通常10年物の国債の利回りを用いると書かれています。NPVを求める際は、本来、プロジェクトと同じ長さの無リスク資産の利回りを使うべきなのですが、そうした資産はそう都合よくは存在しないので、便宜的に10年物の国債を用いるのです。

ところで、皆さんは日本の現在(2016年12月上旬)の国債の格付けをご存知でしょうか? 代表的な格付け機関であるムーディーズの表現を借りればA1 、S&Pの表現ではA+となります。ムーディーズとS&Pでそれほど大きな格付けの差異はないので、以下はムーディーズの格付けを例に議論します。

A1という格付けは、大きな切り方でいえばA(シングルA)に含まれ、上から3番目のランクに当たります。最高の格付けはAaaで、ドイツやカナダ、シンガポールなどがこの格付けです(ムーディーズの格付けは、大きくAaa、Aa、A、Baa、Ba、B、Caa、SD、Dの9段階があり、AaからCaaまではさらに1から3までの数字をつけることで細分化しています)。

Aも一応「信用リスクは低い」ということではありますが、もう2つ下のBaになるとジャンクとされますので、意地の悪い見方をすると、日本の国債はAaa(信用力が最大)とBa(ジャンク)の中間くらいの格付け範囲に入っているとも言えるわけです。ちなみに、2014年まではギリギリAaに含まれる格付け(Aa3)だったのですが、A1へと細かい刻みで1ノッチ下げられてしまったせいで、Aのランクに含まれることになってしまいました。

ここで「あれっ」と思われた方もいらっしゃるでしょう。国債は無リスクのはずなのに、格付け上は最高ではない。ということは、少なからずリスクが存在するのではないかという疑問が生じてくるのです。

格付けは基本的に「元本償還と利払いの確実性の度合い」を示すものですから、少なくとも格付け機関は日本の国債について「元本償還と利払いの確実性」は100%ではなく、リスクがあると考えていることになります。それにもかかわらず、国債をリスクフリーレートとして用いることに問題はないのでしょうか?

これについてはいくつかの考え方があります。1つの考え方は、そもそも格付け機関の格付けそのものが信用できない、日本の国債がデフォルトになる危険性などないというものです。

格付けの信頼性の問題に関しては、リーマンショックの際に大いに話題になりました。サブプライムローンやそれを多額に取り扱っている金融機関について、格付け機関は「リスクは低い」と判断していました。それを考えれば、彼らの格付けが大してあてにはならないという見方もあながち否定できません。日本の国債の90%以上が国内で消化されていることや、韓国や中国の国債の格付けがAaと日本の国債よりも上の評価であることなども、現在の格付けに疑問を呈する材料とする議論もあります。

一方で、いくら日本国債のほとんどが国内で消化されているとはいえ、GDP比では世界の中でもダントツのトップであり、何かしらのアクションが必要なのは事実です。それを矮小化しかねない議論は好ましいと言えません。

もう1つの考え方はより実務的な発想です。確かに日本の国債が無リスクかと言えばそんなことはありません。ただし、そのリスクが無視しうるほど小さいのであれば、実務的には誤差の範囲として扱ってしまえということです。

実際、過去にA以上の格付けの国債がデフォルトになったことはありません。確率的には大震災並みのリスクはあるかもしれないものの、そのような時にはリスクフリーレート云々ではなく、もっと別のことのマネジメントが重要になるだろうから、多少のリスクは無視しうるものと考え、無リスク扱いしようというものです。つまり「リスクフリー」は完全な無リスクを指すのではなく、「限りなく無リスクに近い」として処理しようということです。

話をエクイティのコストに戻すと、β×リスクプレミアムの方が通常は大きくなります。また、それぞれ、計算の前提によって大きく数値が変動するため、リスクフリーレートが0.2%であろうが、0.2001%であろうが、実務的にはほとんど問題になりません。

こうしたことを考えれば、少なくとも格付けがA以上である限りは、10年物国債の利回りをリスクフリーレートとして近似することに現実的な問題はないのです。

では、仮に日本の国債の格付けがBaa,さらにはBaに下がったらリスクフリーレートはどう考えればいいのでしょうか?実際、新興国の企業などが悩む問題ですが、これについては今回の議論からは外れるため割愛します。何種類かのやり方があるので、ご興味のある方はぜひ調べてみてください。

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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