シティはブレグジット​後もシティたりうるのか 

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「トランプ騒動」の陰に隠れた格好ではありますが、今年の6月にはイギリスで国民投票があり、まさかのEU離脱が決まりました。さまざまな予測や観測がなされましたが、その中でも大きな議論となったことの1つにシティ(The City)の競争力低下の懸念があります。シティはウォールストリートと並ぶ世界金融の中心地であり、金融がGDPや税収の大きな部分を占めるイギリスの心臓部でもあります。グローバル・ファイナンシャル・センター指数(GFCI)でもロンドンはニューヨークを押さえてトップに立っています。

今回は、シティ発達の歴史を簡単に振り返りながら、ブレグジット​後もシティが競争力を持ちうるのかを考えてみましょう。

シティの歴史は古く、11世紀あるいは12世紀にはその原型が生まれたとされています。自治都市として発展を遂げ、現在でもロンドン市長とは別に市長がいます。国王や女王でさえ、自由に出入りできない地域でした。自治都市ゆえ、議会が決める法律さえも治外法権的に無視するということも長らく行われてきました。

シティが特に発達を遂げたのは17世紀頃からと言われています。イギリスは16世紀のエリザベス1世の時代に国力を増し(参照:「エリザベス1世のリアリズム―目的のためには手段を選ぶな」)、植民地も増やしていきました。また、ちょうどその頃、アムステルダムを追われたユダヤ人が、居心地のいいイギリスに流れ込んできたという事情もありました。ユダヤ人が金貸しとして優秀であることは有名ですが、それがシティの競争力の土台にもなったのです。

当時、ヨーロッパの各国は戦費調達に苦労していましたが、そこに資金を提供したのがシティの銀行家たちです。彼らはまた事業家たちにも高利でお金を貸し、富を蓄えていきました。19世紀頃にはイギリスは7つの海を手中にする大国家となりましたが、それに伴いシティも発展していきました。

シティの相対的な競争力が落ちたのは20世紀に入ってアメリカに追い上げられた時です。ヨーロッパが2度の大戦で荒廃したのに対し、アメリカはそうした戦災を逃れました。また、ウォールストリートはシティ以上にユダヤ人が多い地域でもあり、それが金融国家としてのアメリカの発展を支えたのです。

ウォールストリートにナンバー1の地位を譲ったシティが再度活気を取り戻したのはマーガレット・サッチャー元首相の規制緩和によるところが大です。その結果、いわゆるウインブルドン現象も起こりましたが、とにもかくにも金融街としての競争力は取り戻しました。

では結局、シティの競争力はどこから来ているのでしょうか。第一に長い歴史の中でプラットフォームとなったということの強みがあります。プラットフォームはネットワークの経済性が働くと、より強固になります。つまり便利になれば、そこに人や企業が集まり、ますます便利になるということです。このサイクルがいったん回ってしまうと、後続のプレーヤーはなかなかそれを追いぬけません。歴史の積み重ねがあればなおのことです。

シティがプラットフォームとなれたさらなる理由として、英語を公用語としているという事情もあります。英語の重要性はグローバル化が進む近年ますます高まっており、それが英語圏の都市の地位を上げているのです。ちなみに、先述のGFCIでは、英語圏のシンガポールと香港が、5位の東京を押さえてそれぞれ3位、4位を占めています。それだけ言語の力は大きいのです。

シティが金融都市としての地位を保ち続けているもう1つの重要な理由として、ケイマン諸島を始めとする、タックスヘイブンネットワークの中心にあるという事情があります。タックスヘイブンも、イギリス系とアメリカ系が強いのですが、特にイギリス系のタックスヘイブンは比較的「甘め」とされており、世界中から富が集まってくる構造が出来上がっています。ここでもネットワークの経済性が多少働くとともに、英語という公用語のアドバンテージが効いています。

では、こうしたアドバンテージはブレグジット​後、どうなってしまうのでしょうか?現在恐れられているのは、外資系金融機関の雇用が自由にできなくなること、ユーロ建ての取引に制限がかかってしまう可能性などです。せっかく、「便利さが便利さを増幅する」というメカニズムが働いていたのに、それに制約がかかることが最大のリスクとされています。

一方で、金融業界の人間でも、ブレグジット​は長い目で見たときにプラスになるのではないかという指摘もあります。たとえばEUはアメリカのIT企業に規制をかけたり多額の訴訟を起こしたりすることでも有名ですが、そうしたEUの規制強化から自由になれることは実はメリットの方が大きいという指摘です。たとえばタックスヘイブン関連の規制も今後強まることが見込まれる中で、ある程度は独自性を保てるというのは決して悪い話ではないというのは一理あります。

また、ヨーロッパという地理的にも重要な地域において、英語圏であるシティはやはり地位を保ち続けるという観測もあります。EUにしても、不要な混乱を起こしてまでイギリスを除け者にはしないだろうという見方もあります。このあたりの話はゲーム理論的な要素も絡んでくるため、単純な予測は難しいものがありますが、金融を主力産業とするイギリスの首脳が、国力をみすみす殺ぐような愚かな意思決定をすることはないだろうというのが多くの人々の見立てです。

最終的にはプラットフォームとしてのシティの魅力度をどう維持するかという問題になるわけですが、イギリス人は過去の植民地経営にも見られるように、伝統的に老獪な部分を多分に持ち合わせています。あくまで個人的な仮説ではありますが、いきなりウォールストリートに大きく後れをとることはないだろうというのが筆者の考えです。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・時間をかけて出来上がったプラットフォームは強い。また、立地や言語はその際、非常に大きなアドバンテージとなることがある
・変化は大きなリスクであるが、何もしないこともリスクと言える。変化を機会ととらえるメンタリティとそれをものにするバイタリティが必要
・どの産業を国策的に保護するかが国の成り立ちを大きく変えることがある。その国策にうまく乗ることも必要

 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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